アメリカの労働基準監督官制度

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1. 労働監督官制度の概要

賃金および労働時間に関する監督は連邦労働省、雇用基準局・賃金・時間部が、安全衛生に関する監督は、連邦労働省の外局である労働安全衛生庁(OSHA: Occupational Safety and Health Administration)がそれぞれ行う。

2. 労働監督官の権限

(1)組織と機能の構成を規定する法律は以下の通りである;

  • 賃金・時間 公正労働基準法(FLSA)4条、11条
  • 労働安全衛生法(OSHA Act)

(2)労働監査の範囲

FLSAに基づく監督は賃金および労働時間、OSHAに基づく監督は職場の安全衛生を範囲とする。なお、健康保険、年金、失業保険等の掛け金の徴収を内国歳入庁が行うことから、これらの分野に関して連邦労働省とともに監督を行うことがある。

3. 監督組織

(1)本部と地方組織

賃金および労働時間に関する監督は、連邦労働省、賃金・労働時間部・部長(Administrator, Wage and Hour Division)に賃金、労働時間その他の労働条件に関するデータ収集及び事業所の調査、臨検の権限を与えている。また、調査、臨検の担当者として調査官を設置することを規定しており、労働長官がFLSAに関連した業務について、議会への年次報告書を提出する義務を負う。賃金・労働時間局は全米各地、200箇所に事務所があり、2015年現在で調査官の人数は995人である。

安全衛生に関する監督は、労働安全衛生庁連邦本部に約1100人の労働監督官を、全国20の事務所に約2100人の監督官、差別陳情調査官(complaint discrimination investigator)、技術者、医師等を置く。

(2)年間計画および進捗、事務所間コミュニケーション

賃金および労働時間に関する監督は、オバマ政権下で、公式、非公式のパートナーシップの活用がすすんだ。その目的は、監督官の人数が限られていることと、他省庁、連邦労働省、州労働省等の同様の業務を担う部門間での二重行政の解消にある。内国歳入庁(IRS)との提携関係のほか、連邦労働省、賃金・時間局 と地方5地域の出先機関との情報共有の促進のための会議が設定され、情報共有がはかられている。また、外国人労働問題に関し、関係11カ国とCounselor Partnership Programをつくって情報共有をおこなっている。こうした連邦レベルの仕組みに加えて、地域レベルでは、CORP(Community Outreach and Resource Planning Officer)を55地区に設置している。その役割は使用者教育の促進である。雇用していた労働者の区分を個人請負労働に切り替えて、公正労働基準法の適用除外とするとともに、健康保険や年金の事業主負担から逃れる「誤分類(Miss-Classification)」の問題を取り締まるために、連邦労働省は30の州とパートナー協定を締結して情報共有を行っている。

安全衛生に関する監督業務は、対象とする事業所数が700万箇所と監督官の人数を大幅に上回っていることから、他の連邦、州、ローカルの政府機関や個人、組織もしくは報道機関から危険に関する情報があれば、その事業所に対する捜査を優先的に行うなど、連携を密接にとって行っている。

4. 労働監督官の身分

賃金および労働時間に関する監督官は、連邦労働省、雇用基準局、賃金・労働時間部の職員であり、安全衛生に関する監督官は、連邦労働省の外局である労働安全衛生庁(OSHA: Occupational Safety and Health Administration)の職員である。

5. 労働監督官の採用試験・研修制度

(1)賃金・時間監督官(注1)

  • 学歴:学部卒以上(専攻の指定なし)
  • 望ましい専攻:労使関係、人事管理、経営管理、労働経済、法など
  • 求められる職歴
一般行政職5級(GS-5 positions):

法令、規則、一般原則や概念に関する理解力。特別な状況下への適応、言語・数的データの分析、問題解決力、意思決定力、結論や情報を明示する言語および文章力

一般行政職7級(GS-7 positions):次の三つのうち二つ
  • 「公正労働基準法の一般的知識、産業の職業・賃金スケールについての知識、雇用および給与・賃金管理実態」
  • 「言語データおよび数的情報に関する分析力、インタビューや記録、不足したデータに基づいて事実を判定する意思決定力、法律・一般原則等に適応した調査の実施」
  • 「要求事項や権利を説明するためのコミュニケーション能力、さまざまな能力や背景を持つ人々との協働、自発的に要求に応じるようにする説得」
一般行政職9級(GS-9 positions)

9級に加えて、雇用状況に応じた賃金・労働時間について、連邦賃金・時間法の原則に適合するための能力。

(2)安全衛生監督官(注2)

  • 学士、修士卒以上(安全衛生分野専攻)もしくは、安全衛生、職業医学、毒物学、公衆衛生、数学、物理学、化学、生物学、機械工学、産業心理学などの学科の履修が少なくとも4学期時間に達していること
  • 経験
    一般行政職5級(GS-5 positions):安全衛生分野の基本原則を習得する科学技術に関連した職務の経験。上述の学歴と同等の知識があることを示すことができる職業経験。
    一般行政職5級以上(Above GS-5 positions):職務を首尾よく果たすことができる特有の知識、技能、能力を備えた安全衛生に関連した経験。
  • 資格
    認定安全衛生専門職(CSP; Certification as a Certified Safety Professional)、認定衛生管理者(CIH; Certified Industrial Hygienist)、認定保健物理技術者(CHP; Certified Health Physicist)もしくは、一般行政職5級(GS-5 positions)で求められる要件と同等の資格。

(3)研修制度

賃金および労働時間に関する監督では、監督官マニュアル「A Field Operation Handbook」を監督官に配布しているほか、年に数日間の研修を実施している。

安全衛生に関する監督は、イリノイ州デ・プレーンズにあるOSHAの研修所(OSHA Training Institute)で、連邦および州の監督官等を対象とした講習を行っている。この研修所には、OSHA研修所教育センター(OSHA Training Institute Education Centers)が付属しており、各州のコミュニティカレッジや大学、その他の非営利団体に置かれ、監督官だけでなく民間企業にも研修の門戸を開いている。

6. 監督対象の労働者数、監督対象の事業所数

安全衛生に関する対象事業所数は約700万箇所(注3)

7. 労働基準監督官の人数、年間の監督件数

賃金・労働時間に関する監督官は2015年で995人、安全衛生に関する監督官は約1100人。賃金・労働時間に関する監督官の人数は、一人当たりの取り締まり件数が多いことから、2008年の731人から2015年の995人へとおよそ250人増員を行っている。

連邦労働省、賃金・時間局が2015年に開始した調査は2991件で、同年に終了した調査は16081件だった。2009年以降で160億ドルの未払い賃金を回収し、2015年度には2億4600万ドル、24万人分の未払い賃金を回収した。

8. 労働監督官の業務と活動

2014年に就任したヴァイル賃金・時間局長により「戦略的執行(Strategic Enforcement)」  が導入された。この手法は、最低賃金違反が多い、飲食、ホテル、住宅建築、清掃、引越し業、農業製品、造園業、ヘルスケア、在宅介護、食料品店、小売等のうち、とくに、違反件数の90%から95%を占める産業を最優先にして取り締まりに当たるもので、現在は飲食産業を重点的に対象としている。そのうえで、「産業構造を把握し、企業間の元請け下請け関係のマッピング、調査手順の考慮、雇用責任の範囲の確認、他産業との関係に拡大」「産業特性、地域特性に基づく抑止力の行使」「苦情処理に基づく調査から戦略的資源に基づく調査への転換」「継続的な調査」との手順により監督業務にあたる。戦略的執行の実施により、労働者 1 人当たりの未払い賃金回収額は、2009年の785ドルが、2015年には1000ドルへと増加。

賃金・労働時間に関する監督官の日常的な業務は次の通り。「使用者もしくは使用者代表(弁護士)と面談」⇒「賃金や労働時間など、雇用条件に関する記録の提出を使用者に求める(内国歳入庁(IRS)と協力して納税記録と整合性を確認)」⇒「各種記録と実態についての従業員に対するインタビューの実施」⇒「使用者もしくは使用者代表と最終面談(問題の解決)」⇒「1年後、もしくは2年後の継続調査」。これにより、案件の95%が解決。

安全衛生に関する監督業務は、対象となる700万の事業所すべてを監督することができないため、OSHAが以下の優先順位に基づき、もっとも危険度が高い事業所に監督資源を集中させて捜査を毎年実施している。

  1. 切迫した危険な状況:死亡もしくは深刻な身体的傷害を引き起こす可能性のある危険。法令遵守責任者(Compliance officers)が、使用者に対して危険な状況をすみやかに正すもしくは、危機に瀕する被用者の危険を取り除くよう依頼する。
  2. 深刻な傷害と疾病:使用者の報告義務
    • 8時間以内:すべての労災死亡者数
    • 24時間以内:すべての労災入院患者数、手術数、失明者数
  3. 労働者の苦情:危険もしくは違反の申し立て。被用者は匿名で申し立ててよい。
  4. 他の連邦、州、ローカルの政府機関や個人、組織もしくは報道機関から危険に関する情報を受けたとき
  5. 狙いを定めた捜査:高い労災事故および疾病率の特定の危険度が高い産業、個人事業主を対象。
  6. フォローアップ捜査:前回捜査と比較した違反の減少の確認
  7. 2016年の連邦政府による監督件数は31948件、州政府による監督件数は43105件だった。2015年の労災死亡者は4836名。OHSAの予算額は2016年度で$552,787,000。

  8. 批准されたILO条約
  9. アメリカは、1947年「工業および商業における労働監督に関する条約(Conventionconcerning labour inspection in industry and commerce)」(81号条約)および,同条約を具体的に補足した勧告(81号勧告)、1969年「農業における労働監督に関する条約(Convention concerning labour inspection in agriculture)」(129号条約)および同勧告(133号勧告)、公共部門その他の部門についての1995 年「1947年の労働監督に関する条約を拡張適用する旨を定めた議定書(Protocol of 1995 to the Labour Inspection Convention, 1947)」(95年議定書)のいずれも批准していない。

参考文献

参考レート

2018年4月 フォーカス:諸外国の労働基準監督制度

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