フランスの労働基準監督官制度

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1. 労働基準監督官制度の概要

現行のフランスの労働基準監督制度の法的根拠は、2008年12月30日付デクレ第2008-1503号(Décret n° 2008-1503 du 30 décembre 2008 relatif à la fusion des services d'inspection du travail)である。2009年1月1日から従来、農業や船員等4つの産業ごとに設置されていた労働監督諸機関の統合が行われ、労働担当大臣が所管する単一の監督機関となった(注1)

労働基準監督行政は、労働分野に関する権利や義務などを労働者や使用者に周知させるとともに、違法行為を見つけ出し、違法が確認されば当該の雇用主の処罰の決定を司る。労働監督官の任務は、労働法典や労働に関する法規約、労働協約や労使合意(conventions et accords collectifs de travail)で定められた規則の適用を促すことである(労働法典L8112-1条)。

(1)労働監督担当部局

中央当局において労働監督を担当するのが労働・雇用・職業教育・労使対話省(Ministère du Travail, de l’Emploi, de la Formation Professionnelle et du Dialogue social)(以下、労働省)の労働総局(DGT: Direction générale du travail)である(注2)

DGTは、労働政策の立案、推進および調整を通して、企業における集団的・個別的労使関係や労働条件を規制する法律の遵守を監督する。

(2)監督組織―中央および地方組織

労働監督業務は、地域圏(région)レベルおよび県(département)レベルで実施されている。地域圏(région)レベルは、地域圏企業・競争・消費・労働・雇用局(DIRECCTE)を通して任務が遂行される(注3)。県(département)レベルでは、地方分署(unités territoriales)および監督課(sections d’inspection)を通して行われる。

地域圏レベルの業務を担うDIRECCTEは、旧地域圏労働・雇用・職業訓練局(DRTEFP)および旧県労働・雇用・職業訓練局(DDTEFP)が統合された機関である。DIRECCTEは、経済担当省、産業担当省および雇用担当省と労働担当省に共通の支部局であり、その所管には、労働政策および監督業務が含まれる。

各地域圏に置かれたDIRECCTEは、労働政策部門、企業・雇用・経済部門、競争・消費・不正行為取り締まり・計測部門の3つの部門からなる。

(3)関連する中央機関

関連する中央機関には、全国労働監督評議会(CNIT)、業務総合管理・近代化局(DAGEMO)、社会問題総合監督局(IGAS)、国立労働・雇用・職業訓練研究所(INTEFP)がある。

(ア)全国労働監督評議会(CNIT, Conseil national de l'inspection du travail)

2007年3月2日付デクレ第2007-279号(Décret n° 2007-279 du 2 mars 2007 instituant un Conseil national de l’inspection du travail)により、労働監督の任務および保証の遂行確保に貢献する評議会である。

(イ)社会問題総合監督局(IGAS, Inspection générale des affaires sociales)

社会問題総合監督局は、1967年に創設され部局であり、行政・社会面の検査、監査、調査、助言および評価に関わる任務一般を遂行している部局である(注4)

(ウ)国立労働・雇用・職業訓練研究所(INTEFP, Institut National du Travail de l'Emploi et de la Formation Professionnelle)

国立労働・雇用・職業訓練研究所は、労働監督官・労働監督官補の初期教育および生涯教育、その他省職員の教育、労働・雇用・職業訓練の分野における他の官民団体との提携・協力活動の実施等、複数の任務を有する行政法人である(注5)

(4)労働基準監査の範囲

フランスの労働基準監督官(労働監督官(inpecteurs)および労働監督官補(contrôleurs)、この区分については後述する)の任務は、労働関連法令が遵守されているかどうかを監査することである(注6)。ここで言う労働関連法令には、労働法典のほか、労使間で合意された団体協約も含まれる。

フランスの労働監督制度が対象とする分野は広範にわたっており、労働安全衛生(職業的リスクの予防および労働条件との関連で)、労働基準関連の法令の遵守のための監督、労使対話(集団的労働関係との関連で)、不法労働対策、雇用・職業訓練関連も対象となっている。

さらに、労働監督官・労働監督官補は、雇用主、従業員および従業員代表に対して、その権利・義務を通知するという助言・情報提供の任務もある。

2. 労働基準監督官の区分、任用および研修

(1)監査官の区分と地位

労働監督職は、労働監督官(inpecteurs)と労働監督官補(contrôleurs)とに区別される。

労働監督官の地位は、2003年8月20日付政令第2003-770号(Décret n°2003-770 du 20 août 2003 portant statut particulier du corps de l'inspection du travail)に規定されており、カテゴリーA上級国家公務員、労働監督官補はカテゴリーB中級国家公務員である。

労働監督官と労働監督官補の違いは、対象とする企業の規模によって区別されており、50人以上の企業を担当するのが労働監督官で、50人以下の企業を担当するのが労働監督官補となっている。その他、労働組合に加入している者の解雇に関する案件や、労働時間の例外規定に関する処分の決定権は、労働監督官は認められているが、労働監督官補にはないといった違いもある。

この労働監督官と労働監督官補の区分は、3年後をめどに労働監督官に統合予定である。その目的は、労働監督官に集中している業務量を分散し、監督官補を含めた労働監督官全体の体制で対応することである(注7)

(2)採用基準

労働監督官及び労働監督官補の採用資格の基準は、ともに高卒程度となっている。だが、実際に採用されえる労働監督官の場合は、職業経験が3年以上必要となっている。ただし、実際に採用される労働監督官の80%程度は、職業経験が5年以上の者である(注8)

(3)研修

労働監督官及び労働監督官補を育成するための研修は、国立労働・雇用・職業訓練研究所(INTEFP)で行われている(注9)

労働監督官は、国立労働・雇用・職業訓練研究所(INTEFP)で18ヵ月間の研修を受ける。産業セクターの中には、専門の労働監督官が付くもの(農業、交通等)もある(注10)

選抜試験に合格した労働監督官補の候補者は、INTEFPで12ヵ月間の研修を受ける。その間の身分は、労働監督官補研修員(contrôleurs du travail stagiaires)である。

労働監督官補は、労働、雇用、職業訓練に関わる任務の実行に参加し、それらの職務の遂行中は、労働監督官の直接指揮下に置かれる。労働監督官補は、労働監督官のすべての権限を行使できるわけではない。

3. 労働基準監督官の人員、年間の監督件数等

(1)人員

2014年の時点の数値として、労働監督官の総数は 2236 人である。そのうち労働監督官(inspecteur du travail)が1060人で、労働監督官補(contrôleur du travail)が1176人である。労働監督官が1人当たり監督対象とする労働者数は、8139人である(図表1および2参照) (注11)。2005年以降の推移をみてみると、2009年に増員されたこと、2005年から2009年までは労働監督官と労働監督官補ともに増加しているのに対して、2010年から2014年にかけては労働監督官が増加し、労働監督官補が減少していることがみてとれる。

記述のとおり、労働監督官と労働監督官補の区分は、2年後をめどに労働監督官に統合予定である。労働監督官補の実務能力向上により労働監督官としての任務を担うことができるようにする取り組みがなされている(注12)

2013年と2014年の取締状況は、図表3のとおりである。ただし、監督分野の区分が異なるため厳密には比較することができない。2014年の統計によると、DIRECCTEによる監督行政によって、年間61万2207件の法令違反が確認できた。ちなみに2005年の統計で、9万42の事業所に対して総計21万6892 回の取締りが実施され、合計で73万6203件の法令違反が確認されている。

図表1:労働監督官の人数の推移
2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
監督官 458 463 488 535 767 775 796 783 781 1,060
監督官補 941 967 1,053 1,171 1,423 1,482 1,450 1,428 1,320 1,176
合計 1,399 1,430 1,541 1,706 2,190 2,257 2,246 2,211 2,101 2,236
  • 出所:Ministère du Travail, de l’Emploi, de la Formation professionnelle et du Dialogue social (2015a)等より作成。

図表2:労働監督官の人数の推移
図表2:画像

  • 出所:図表1と同じ。

図表3:分野別労働監督件数
図表2:画像

  • 出所:Ministère du Travail, de l’Emploi, de la Formation professionnelle et du Dialogue social (2015b)及びMinistère du Travail, de l’Emploi, de la Formation professionnelle et du Dialogue social (2014b)より作成。

(2)労働監督官の業務遂行

労働監督官の業務と活動に関して、年間の監督件数や日々の業務の流れ等は以下のとおりである。

(ア)訪問・視察の種類

フランスの労働監督官には、従業員が雇用されている施設に立ち入ることができる視察権(droit de visite)がある。視察は予告なしで、日中・夜間を問わず行うことができる。監督官は、視察を自発的に行うこともあれば、申し立てを受けて行うこともある。視察には、場合により従業員代表が立ち会うこともある。視察する施設に人が居住している場合、立ち入りには当該居住者の許可および同意が必要である。

視察権を無許可労働対策という特別な枠組みの中で行使する場合、違反指摘の資格を有するのは、検事の要請および大審裁判所の命令を受けた司法警察官である。

(イ)予防対策の役割

労働基準法令の違反を未然に予防するという点において、労働監督官補が重要な役割を果たしている。労働監督官補は、労働法令遵守状況の検査という職務の遂行を通して、職業的リスクの予防に寄与することができる。ただし、労働監督官補がこの予防という職能を特に発揮するのは、調停員および相談員として介入する場合である。労働監督官補のそうした介入が、紛争の解決につながり得るからである。労働監督官補の介入目的には、以下の様なものがある。「個人的な紛争の予防」「調停手続の開始」「保護された従業員の解雇の承認」「社内規則の内容が適法かどうかの確認」「所定の時間数を超える時間外労働の許可」。

なお、労働監督官も、権利・義務の通知という形で雇用者・従業員双方への助言および情報提供を行うが、これもまた、予防という枠組みに属する職務である。

(3)監督官以外の職務分野(注13)

(ア)労働基準監督医務官

労働基準監督医務官(Médecin Inspecteur du Travail)は、職場での労働者の肉体的・精神的な健康の確保を目的とした業務に携わっている。具体的には、健康に関わるリスクに対する警告を行ったり、監査結果などを作成したり、産業医(médecins du travail)に対して、医療や衛生に関する技術指導や助言を行う等の業務である。

労働基準監督医務官は、フルタイムの無期雇用契約の契約職員(agents contractuels)である。労働基準監督医務官となるには、認定産業医(Spécialiste en médecine du travail)として5年以上の経験が必要で、労働法や公衆衛生、企業の実態、職場の安全等に精通している必要がある。労働基準監督医務官は、地方圏の企業・競争・消費・労働・雇用局DIRECCTE に所属し、労働基準監督に関係する部署などと連携しながら、任務にあたっている。

(イ)労働安全専門技官

労働安全・事故防止専門技官(Ingénieurs de prévention、以下、労働安全専門技官)は、化学や電気、機械などの専門家が多く、必要に応じて、労働基準監督官の技術的支援を担う。すなわち、例えば、必ずしも化学等に精通している訳ではない労働基準監督官が職場の安全等に関する判断するのに限界がある時もある。そのような時に、その分野の専門家である労働安全専門技官の支援を受け、労働基準監督官が報告書を作成したり、処分の決定などを行うのである(労働法典L8123-4条 )。労働安全専門技官は、事業所の立ち入り調査をすることが認められており、また、健康や安全、労働条件に関わる問題がある場合、必要書類を使用者に提出させたりすることもできる(同)。なお、労働安全専門技官が、業務上知り得た秘密(技術秘密など)を暴露することは禁じられており、それに違反した場合は、刑事処分の対象となり得る (労働法典L8123-5条20)。

この労働安全専門技官は、地方圏の企業・競争・消費・労働・雇用局DIRECCTE 所属の契約職員である。

(ウ)情報提供窓口担当官

地方圏のDIRECCTEでは、労働に関する法規範や協約制度に関する国民からの問い合わせに応じる担当官が設置されている。電話や面会、電子メール等での情報提供窓口を開設している。使用者や労働者に対して、法規範などに関する情報を提供することは、既述のように、労働基準監督制度の一環である。それを担当するのが情報提供窓口担当官(Agents des services des renseignements au public)である。

参考資料

  • Direction Générale du Travail, Ministère du Travail, de l’Emploi, de la Formation professionnelle et du Dialogue socialb (2015) ,《Rapport d’activité DGT 2015》.
  • Ministère du Travail, de l’Emploi, de la Formation professionnelle et du Dialogue social (2014a), 《L’inspection du travail en France en 2013》.
  • Ministère du Travail, de l’Emploi, de la Formation professionnelle et du Dialogue social, (2014b) 《2013 : Rapport sur l’inspection du travail – Annexes》, 《Ministère du Travail, de l’Emploi, de la Formation professionnelle et du Dialogue social, Documents disponibles sur le CD annexe》.
  • Ministère du Travail, de l’Emploi, de la Formation professionnelle et du Dialogue social (2015a), 《L’inspection du travail en France en 2014》.
  • Ministère du Travail, de l’Emploi, de la Formation professionnelle et du Dialogue social (2015b), 《2014 : Rapport sur l’inspection du travail - Annexes》, 《Effectifs et ètablissements 2014》.
  • Ministère du travail, des relations sociales, de la famille, de la solidarité et de la ville, Direction générale du travail (2009),《L’inspection du travail en France : rapport DGT 2008》.
  • Ministère du travail, des relations sociales, de la solidarité, Direction générale du travail (2005),《L’inspection du travail en France 2005: Rapport au Bureau International du Travail》.
  • Rapport du Groupe D’experts (2016), Salaire Minimum Interprofessionnel de Croissance、5 DÉCEMBRE 2016.
  • フランス労働省ウェブサイト新しいウィンドウ (L’inspection du travail)
  • ILO, 2013, “Labour inspection country profiles: France.
    http://www.oit.org/labadmin/info/WCMS_DOC_LAB_INF_CTR_EN/lang--en/index.htm新しいウィンドウ
    http://www.oit.org/labadmin/info/WCMS_144167/lang--en/index.htm新しいウィンドウ
  • 鈴木俊晴(2015)「『違法労働』監視制度の国際動向(PDF:766KB)」『日本労働研究雑誌』57(1)、53-62ページ、2015年1月号、労働政策研究・研修機構
  • 自治体国際化協会(2005)「第3章 フランス」『自治体業務のアウトソーシング』財団法人 自治体国際化協会
  • 藤本玲(2017)「フランスにおける労働基準監督業務」(JILPT海外情報協力員レポート)(2017年6月)。

2018年4月 フォーカス:諸外国の労働基準監督制度

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