「雇われない労働」と「元請け下請け関係」
―どちらの方向へ進むのか?

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シェアリングからギグへ

アメリカはシェアリング・エコノミー発祥の地として知られる。シェアリングとは、「分かち合う」という意味だが、シェアリング・エコノミーとして使われる場合は、「分かち合う」と同意義ではない。ここには、たとえば通勤時の高速道路の渋滞を防ぐために自家用車を乗り合いしたり、一軒家を複数の人で借りて一人当たりの家賃負担を軽減するといった、環境保護や資源の有効活用といった「シェアリング」からの影響が強いからである。

アメリカでシェアリング・エコノミーが注目されるようになったのは、2008年のAirbnb、2010年のウーバー、2012年のリフトとインスタカートが大きな成功を遂げてからのことである。Airbnbは個人の所有する空き部屋を旅行者に貸し出す仲介サービス、ウーバーとリフトはタクシー運転手とタクシー利用者をマッチングするサービス、インスタカートはスーパーマーケットの買い物代行をそれぞれ行う。ウーバー創業者トラビス・カラニック氏の資産は日本円で約6500億円(60億ドル)にのぼり、2015年の全米長者番付で4位に位置づけた。Airbnbは二人の創業者がおり、互いに約3500億円(33億ドル)の資産を有して、それぞれ長者番付で9位にいる。これらの大きくそして急速な成功ののち、宅配、清掃代行、在宅介護、料理代行、オフィス機器メンテナンスなど多くの分野の企業が生まれている。

これらの事業は、新しい分野での創造が行われたわけではない。従来行われてきたものを、インターネットのプラットフォームを使って組み替えたものにすぎない。このことから、プラットフォーム・ビジネスといわれることがある。

ここには、さまざまなサービスがある。モノや土地、スペース、資金といったサービスに加え、多くが労働力を提供するものである。

特に、労働力を提供するものについては、シェアリング・エコノミーではなく、ギグ・エコノミーという言葉を連邦労働省は使うようになっている。ギグとは演奏家がライブハウスでその場限りのセッションを組んで演奏し、終われば解散するということを指す。ギグ・エコノミーとはその刹那的な関係に着目した呼び方である。従来のビジネスモデルでは、サービスの提供者は企業に雇用されていた。ギグ・エコノミーのもとでは、サービスの仲介ごとに仕事を請け負うという関係に変化する。雇われずに働くということである。国勢調査によれば、2003年から2013年の10年間で非雇用事業が368万件ほど増加しており、急速に伸びていることがうかがえる(図表1)。

図表1:非雇用事業者の増加(2003年–13年)
産業 非雇用事業者数の増加, 2003–13
その他* 923,282
経営管理、支援、廃棄物管理、環境改善サービス 738,694
専門、科学、技術サービス 588,195
ヘルスケア、社会扶助 416,816
不動産、娯楽、レクリエーション 402,758
芸術、娯楽、レクリエーション 368,548
物流、倉庫 243,315

*修理、メンテナンス、対人・クリーニングサービス、 宗教、寄付金、市民、専門的、および類似の組織

出所: 2003–2013 Nonemployer Statistics, U.S. Census Bureau.

「雇われて働く」社会

ここで、雇われて働くことと、雇われずに働くことにどのような違いがあるのか整理してみよう。

雇われて働く場合、労働者は一定の条件を満たせば労働組合を組織することができる。そうすれば、労働組合を通じて労働条件を雇用主と交渉することが可能である。雇用主は雇っている労働者の健康保険や年金の掛け金を社会保障税という形で負担しなければならない。また、安全衛生や最低賃金、労働時間などの労働基準にかかわることも雇用主が法律で義務付けられているのである。

したがって、アメリカで雇われて働くということは、労働条件の交渉が可能で、健康保険や年金などの社会保障制度に守られているとともに、安全衛生法や労働基準法の保護を受けることができるのである。

雇われない働き方の場合、雇われる働き方と比べて、労働条件が後退する可能性がある。社会保障は、雇用主が負担する健康保険や年金、安全衛生や労働基準の外側に置かれてしまう。それでも、雇われないで働く労働者の持っている技能が高度で、企業側からみて希少性が高いものであれば、労働条件などの交渉力を労働者側が握ることができるかもしれない。しかし、ギグ・エコノミーでマッチングされるのは、運転手、介護労働者、買い出し、宅配といったようなスキルレベルの高くない労働が大半であるため、雇われる働き方と比べて不利な状況に置かれる可能性がある。

プラットフォーム・ビジネスは何を変えたのか

ギグ・エコノミーで行われている事業は、従来のものを組み替えたものにすぎないと述べた。それが何を意味するのか、タクシー事業を例にとり、説明することにする。

タクシーは街中で顧客を拾う、もしくは、タクシー乗り場で顧客を待つか、電話等により顧客を乗せるものとして、市単位等で営業の許可を受けるものである。市は運転手の業務内容や交通の安全、台数に規制をかけるために、免許制度を導入している。その一方で、事前に予約して乗車するいわゆるハイヤーは、市等の規制があるものの、タクシーと比較して厳格な制限がない。したがって、ウーバーやリフトといった企業は規制の厳しいタクシー業ではなく、ハイヤー業に参入したのである。

ハイヤーは電話を受けてから、車庫から配車をするために、タクシーと比べて即時性が低いという特徴があった。しかし、ウーバーやリフトは、インターネットや通信衛星による位置特定システム(GPS)によって、顧客からのリクエストがあれば、瞬時に配車を行うことが可能になったのである。

このためには、顧客と運転手双方にGPS機能を有したインターネット端末を所持している必要がある。それらを有するスマートフォンの普及により、街中を流すタクシーや、乗り場で待つといったことよりも、より迅速にハイヤーを利用できることになったと言い換えることができる。つまり、スマートフォンの普及や情報通信技術の進展によって、ハイヤーがタクシーと同じ意味を持つようになったのである。

これは、新たな創造があったということではなく、従来のビジネスモデルが置き換えられたということにすぎない。それは、宅配、清掃代行、在宅介護、料理代行、オフィス機器メンテナンスといった分野でも同様である。だが、従来のビジネスモデルをただ置き換えたわけではない。スキルレベルの高くない労働者を雇われない働き方のなかに放り込んだのである。

誤分類(Missclassification)

従来のビジネスモデルが置き換えられただけであっても、働く側からみれば、労働条件や社会保障において大きな違いがある。これは、行政側にとっても同様である。雇われて働く場合、行政は事業主に健康保険や年金、失業保険の掛け金の支払いを社会保障税というかたちで負わせている。具体的には、従業員の給与総額に対して税率を乗じるという形で社会保障税を徴収している。これが、請負を活用することへと変化した場合、従来のビジネスモデルが、スマートフォンによって仲介されるものへと置き換えられただけであっても、見かけ上の給与総額が減少し、結果として政府が徴収することができる社会保障税が減少することになるのである。

この点に関して、ビジネスモデルが従来の置き換えに過ぎず、雇用から請負へと切り替えることで人件費負担を逃れようとしていることが明らかな場合、連邦労働省と税の徴収を担う内国歳入庁が積極的に介入して、請負から雇用へと区分の見直しを行うといった施策が行われるようになった。これはオバマ政権下のことであり、誤分類(Missclassification)の修正という。

政府が委託する建設事業はこうした誤分類が多く発生している。その理由にはニューディール政策期につくられたデービス・ベーコン法の存在がある。同法は、連邦政府が委託する建設事業に従事する労働者の賃金が地域における一般的な労働者の水準を上回らなければならないことを定めている。この規制を回避して、人件費コストを低減するために、「誤分類」を利用する企業が増えている。

こうした委託事業は、住宅都市開発省が担っている。そのため、連邦労働省は住宅都市開発省とパートナーシップ協定を結んだのである。これは、調査協力、スタッフの教育訓練のために歩調をあわせることを目的としたものである。

誤分類の修正は、社会保障税の徴収といった場面だけでなく、失業保険給付という場面でも行われている。

ニューヨーク州労働省行政審判官(An administrative law judge)は、2017年6月9日に3人のウーバー社の元運転手に失業保険の受給資格があるとする判定をした。これは、元運転手の申請によるものである。

それに対して、ウーバー社は職務場所、勤務時間、欠勤届け義務や各種手当てがないことなどから、彼らが請負労働者であると主張していたが、行政審判官はその主張を退けた。

しかし、誤分類の修正の問題は、州ごとの司法判断によるところが大きく、方向性は定まっていない。

どれくらいの人が「雇われずに働く」方向へ向かっているのか

プラットフォーム・ビジネスが拡大の途上にあるなか、「雇われずに働く」働き方はどれだけ拡大しているのだろうか。

JPモルガン・チェイス研究所とマッキンゼーの二つのシンクタンクがそれぞれ2016年に「雇われずに働く」人の数を報告している。

JPモルガン・チェイス研究所は2012年から2015年の3年間で、ギグ・エコノミーで働く労働者が労働人口の6.5%にあたる1030万人だったとした。

内訳をみれば、25歳から34歳の比較的に若い労働者が多く、居住する地域は、アメリカ西部が多い。平均月収は2800ドル。そのうちギグ・エコノミーの年収は約3割、平均530ドルであり、副業としての収入だったことを指摘している。

一方で、マッキンゼーは、雇われずに働く、いわゆる独立労働者(インディペンデント・ワーカー)労働者の数が、生産年齢人口のうちで約27%(5400~6800万人)だったと報告した。独立労働者(インディペンデント・ワーカー)とは、高い自律性を持ち、仕事や課題ごとに報酬が支払われ、労働者と顧客との短期間の契約関係を持つ人のことを言う。

独立労働者としての働き方を「主たる収入」とするか、「補足的収入」とするかの二つに区分したうえで、そのそれぞれについて、「自発的選択(Preferred Choice)」、「フリーエージェント(Free Agents)」、「カジュアルな稼ぎ手(Cusual Earner)」、「必要な選択(Necessary Choice)」、「いやいやながらの労働者(Reluctants)」であるかどうかに分類した。このうち、独立労働者が「主たる収入」であり、それを「必要な選択」もしくは「いやいやながらの労働者」である場合、労働条件や社会保障が守られているかどうかが問題になる。

報告によれば、「カジュアルな稼ぎ手」が40%(2700万人)、「フリーエージェント」が32%(2200万人)、「財政難」と「リラクタント」は合計して28%、(1900万人)だった。

仕事上の満足度はいずれの場合も、独立性や時間管理、職場といった項目で従来型の働き方よりも満足度が高い。しかし、その一方で、収入の安定や水準といった項目で満足度が低い。

年齢別では25歳以下の若年者が23%、65歳以上の高齢者が8%だった。性別では女性が51%と女性が多い。世帯年収では2万5000ドル以下の者が21%を占めている。

報告書は、アメリカだけでなく、EU15カ国の動向にも触れており、両地域合計で生産年齢人口の20から30%(最大1億6200万)の独立労働者がいると推計している。とくに比率の多いところをみると、スペインが約31%(700~1200万人)、フランスが約30%(900~2100万人)、スウェーデンが約28%(100~200万人)、英国が約26%(600~1400万人)、ドイツが約25%(700~1300万人)だった。

これら「雇われずに働く」独立労働者のうち、デジタル・プラットフォームを活用したギグ・エコノミーの下で働いている人は、アメリカとEU15カ国のうちの4%(2400万人)だとする。生産年齢人口でみれば、15%に相当する。そのうち、労働力を提供する労働者が6%(900万人)、商品を売る労働者が63%(2100万人)、資産を貸す労働者が36%(800万人)である。

ところで、こうしたシンクタンクによる推計値はいくつかの点であいまいさを含んでいるため、必ずしも「雇われずに働く」人の数が大きく伸びているとみることはできない。

JPモルガン・チェイス研究所とマッキンゼーの二つの報告をみても、基礎数が異なっている。JPモルガン・チェイス研究所が用いているのが労働力人口であり、マッキンゼーは生産年齢人口を用いている。労働力人口は失業者数を含み、生産年齢人口は失業者と非労働力人口を含む。

どちらの報告書も、「雇われずに働く」人が将来にわたって永続的にその働き方を選ぶのか、もしくは「雇われて働く」働き方を希望していて、過渡的かつ暫定的に「雇われずに働く」働き方を選んでいるかについて、触れていない。したがって、双方の報告のみをもって、「雇われずに働く」働き方が今後も増えていく傾向にあるかどうかを判断することは難しい。

また、アメリカでは、独立労働者の数を把握するための公式調査は2005年から行われてこなかった。ようやく2017年5月に調査が実施されたが、まだその結果は公表されていない。調査は連邦労働省労働統計局が実施し、独立労働者だけでなく、派遣やテンポラリー、パートタイムなどの非正規雇用労働者を加えた非典型労働者(Contingent Worker)の数を把握することが目的となっている。

労働力を提供して「雇われずに働く」

ギグ・エコノミーで問題が指摘されるのは、デジタル・プラットフォームに基づいて労働力を提供する場合である。これは、前述したように、労働条件決定や社会保障における労働者保護の観点が欠如しているからである。その意味では、JPモルガン・チェイス研究所が労働力人口の6.5%(1030万人)、マッキンゼーが生産年齢人口の6%(900万人)とどちらも大きな数字ではなく、問題はまだ深刻化していないようにもみえる。

この点に関して、カリフォルニア州立大学バークレー校レーバーセンター、アンネッテ・バーンハート氏は、正確な数字は連邦労働省による公式統計を待つ必要があるものの、ギグ・エコノミーの下で雇われずに労働力を提供している労働者の数は就業人口のうちの1%未満にすぎないと指摘している。

カリフォルニア州立大学バークレー校レーバーセンターは、タクシーと利用者を仲介するウーバー社の運転手を継続的に調査してきているが、2010年の創業から市場を占有してしまうかにみえた同社の発展に陰りがみられるようになるとともに、「雇われずに働く」運転手の数も頭打ちの状態にあることを、バーンハート氏は指摘している。

運転手の内訳をみれば、「雇われて働く」ことへのつなぎとして考えている場合や、タクシー以外の仕事で雇用されているものの、副業として短時間のパートタイムとして働いている場合が大半を占めているという。

バーンハート氏は、「雇われずに働く」働き方が実態としては増えていないとする一方で、企業がコストを削減するために、不採算部門を下請け企業に外注化するためにデジタル・プラットフォームが活用されているとする。こうした下請け元請け関係の拡大は、下請け企業で働く労働者の労働条件が低下を招いているとして、これまで労働分野ではあまり取り組まれてこなかった下請け元請け関係の把握が重要であると指摘している。

必要なことは何か?

これまでを整理すれば、デジタル・プラットフォームを活用するギグ・エコミーは、新たな創造というよりも従来型のビジネスモデルを置き換えて、雇われて働いている人を雇われずに働くことへと送り込む、もしくは企業間の元請け下請け関係のなかに位置付けるということになる。

企業側にとっては、経営環境の不確実性に対する柔軟な人件費の調整や、不採算部門の外注化によるコスト削減が可能になる。

労働者にとっては、働く場所や時間、指揮命令関係における自由度が高い限りにおいて、満足度が高くなる可能性がある。一方で、継続して仕事を続けられるかどうかが不透明なこと、事実上の指揮命令の恐れや、低い労働条件の固定化、社会保障がないこと、職業訓練の機会が与えられないこと、労働組合に加入して権利を守ることが難しいこと、といった数多くの問題点がある。

この点に関して、マッキンゼー報告では、従来型の働き方で得られる収入や手当、雇用安定などと比べた場合に、現在すでにある格差を縮めることや、労働者の権利を尊重する倫理観が企業側に必要だとする。また、「雇われずに働く」労働者には、ほかの労働者と差別化することで、企業から絶えず求められるスキルを身に着けることが必要だとした。

ギグ・エコノミーが拡大するなか、「雇われずに働く」労働者の権利を保護する社会的な動きも始まりつつある。アメリカ労働組合総同盟・産業別組合会議(AFL・CIO)は、独立労働者を請負から雇用への区分変更を求めいく政策方針を役員会で採択している。

また、元請け下請け関係の拡大にともなう、下請け企業で働く労働者の権利擁護については、新たな規制の試みが始まっている。

ロス・アンジェルス市議会は、2015年9月に「賃金未払い取締り条例」を可決し、下請け企業が賃金未払い等の不法行為をした場合、元請け企業が事業継続のために5万ドルから15万ドルの範囲で保証金を支払う義務が課せられた。

ギグ・エコノミーの下で働く労働者に合法的な団結権を認めようとする試みもいくつかの地域で始まっている。

雇われずに働く労働者に、健康保険や年金、職業訓練機会を提供する権利擁護組織も誕生している。ニューヨークに本部を置く、フリーランサーズ・ユニオンである。この組織は、デジタル・プラットフォームで個人の労働者に仕事を仲介する企業、アップワーク社と提携しながら、労働者保護と働く側の満足度、企業利益を追求している。

こうした働き方がアメリカで今後、さらに拡大させていくのか、それとも従来型の雇用に基づく社会を維持しつつ、企業間の元請け下請け関係を拡大させていくのか、どの方向に向かうとしても、労働者保護の仕組みの整備が必要になるだろう。

(海外情報担当:山崎 憲)

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