デンマークにおけるLGBTの就労をめぐる状況

オノ・ラスムス・セヴェリン・フォラス
(コペンハーゲン大学大学院修士課程)

  1. 概要
  2. 主な法制度
  3. 職場における差別問題の規模
  4. LGBT有力者と政府のLGBT平等に向けた政策
  5. カミングアウトが困難である特定の職種
  6. 労働組合の役割
  7. LGBT就労分野に関する裁判所等の判断・裁判例
  8. NPOの労働市場に向けた活動
  9. 健康保険制度及びNPOの健康に向けた活動の影響
  10. 企業の活動
  11. 最後に

1. 概要

写真

写真:コペンハーゲン市庁舎隣りのレインボースクエア
にはLGBTの象徴である「虹の旗(レインボーフラッグ)」
が掲げられている。(著者撮影)

デンマーク王国は北欧に位置する欧州連合(EU)加盟国で、LGBTの平等に関して先進国として知られている。同性の性的・恋愛的関係は1933年に合法化され、1981年にデンマークは、それまで疾患扱いしてきた同性愛を、もはや疾患とは見なさないと宣言した。1989年にデンマークは世界初の国として同性のカップルに適用されるシビル・ユニオン(登録パートナシップ制度)を導入。2012年、結婚する両者の性別を問わない婚姻法により完全な同性婚が可能となった。2014年、パスポートなどに表記される公式な性別を(手術による性転換の有無を問わず)変更できる制度の導入後、2017年にデンマークは世界初の国として、トランスジェンダーであること(いわゆる「性同一性障害」)の疾患扱いを廃止した。これによりトランスジェンダーは「障害」と見なされなくなった(注1)。首都のコペンハーゲン市は、「世界で一番ゲイフレンドリーな都市」と言われることもある(注2)

デンマーク王国はデンマーク本土、フェロー諸島、グリーンランドからなる王国で、このうちフェロー諸島とグリーンランドはそれぞれ広範な自治権が認められており、EUにも加盟していない。そのため、地域によってLGBTに関する法律や政策も異なる。例えば、同性婚の合法化は両地域でデンマーク本土より遅れ、グリーンランドでは2015年、フェロー諸島では2016年にそれぞれ可能となった。以下では、デンマーク本土を中心にLGBTの就労をめぐる状況を紹介する。

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2. 主な法制度

EU加盟国として、デンマークはドイツ等と同様、雇用・職業に関する事柄における平等取り扱いに関する指令(注3)に基づき、性別などの他に性的指向による差別も法文で明示的に禁止している(注4)。この中には、「雇用過程で志願者の性的指向等に関する情報を要求・収集・受理・利用してはならない」といった、具体的な禁止も複数含まれている。(この法律はEU指令に基づくものなので、EUに加盟していないフェロー諸島とグリーンランドには適用されない。両地域には男女平等に関する法律はあるものの、性的指向による差別を禁止する法律は存在しない(注5)。)

この指令による法律以外にも、1987年に導入されたデンマーク独自の法律で、事業のサービス提供などにおける性的指向による差別を禁止している(注6)。さらに同年からは刑法にも、「特定の集団を、人種、肌色、国籍あるいは民族的な出身、宗教、または性的指向により、脅迫、嘲弄、または侮辱するような発言または表現」を、罰金または禁固最長2年で処罰する条項が追加された(注7)。この条項が性的指向に関して適用された事例はまだないが、法廷で審理された事件は1件ある(注8)

3. 職場における差別問題の規模

2013年の国際調査では、就職活動または職場においてLGBTであるが故に差別を(調査当時過去12カ月の内に)経験していたLGBTの者の割合は11%と、EUの当時28カ国の中で最も少なかった(注9)。一方、2016年の調査では、LGBTの者の内40%が職場で自分の性的指向または性別アイデンティティを「ある程度」または「完全に」隠していることが分かった(注10)。逆に、53%は「あまり」または「全く」隠しておらず、同僚に対してカミングアウトしているLGBTのデンマーク人は決して稀ではない。18~29歳の年齢層では隠していないのは65%で、差別を経験した割合は(全年齢層で)2013年の調査よりも少ない9%だった。

4. LGBT有力者と政府のLGBT平等に向けた政策

歴代内閣でLGBTの者が大臣を務めた例は、現在のポールセン司法大臣を含め、少なくとも5件(全て男性)あり、現在の国会にはLGBTの国会議員が179人の内少なくとも7人いる。政治的な対立などで性的指向を理由に相手を批判することは保守派でもタブーと言っても間違いない。代表的な例を挙げれば、保守派であるデンマーク国民党の市議会議員が2017年にゲイを「異常者」などと強い表現で批判するコラムを公開した後、全国から批判が殺到し、党本部が本人を警告処分にしている(注11)

2017年から、デンマークの平等担当大臣はLGBTに関する各省の政策を監視し統一させる責任を負うこととなった。その一環として、内閣一同がLGBT分野の政策を同じ方向に進めるようコーディネートする目的の(大臣間および官僚間の)会議などを主催することが平等担当大臣の権限に新しく追加された。平等担当大臣のLGBT分野に関する新しい責任に伴う費用や政策の予算として、政府の2018年度国家予算法案により、平等担当大臣の予算を、2018年~2021年の間、年間300万クローネ(約5400万円)引き上げる予定である(注12)。ちなみに、平等担当大臣の主要な役割は、平等に関する調査を行い、これに基づき「平等監視役」として平等分野の問題を公表し国民と共有する、またはそれらの問題の分野を担当する大臣に対して解決策の提案を行うことである。また、予算に基づき平等関連の活動・プロジェクトなどを行い、あるいは第三者のプロジェクトを支援することである。とりわけ今後数年間は、LGBT分野の新しい役割に伴い引き上げられる予算により、LGBTの平等を促進する活動を一層多く主催・支援できることが期待されている。

LGBT分野のNPO・NGOは、特定一人の大臣がLGBT分野の全体的な責任を負うことを歓迎し、これにより諸団体と政府との協力がより円滑になることを期待している。この「LGBT政策一括担当大臣」に命名されて間もなく、平等担当大臣は、2018年に「LGBTアクションプラン」を発表する予定であると宣言した。このアクションプランの予算は現在国会で審議中のため未確定だが、6分野での新政策を予定しており、その一つとして「労働市場における(LGBTに対する)オープンさと包容力を促進する」政策が予定されている(注13)

中央政府の公務員・職員・外交官などでも、LGBTの人は通常自然に受け入れられる。その例として、環境食料省の長年に渡る職場委員(職員の一人であり労働組合の職場担当者)に尋ねたところ、「LGBTの差別に関する問題が発生したことは近年なく、同省のLGBTの職員も同じ見解であり、省内で比較的高位にあるLGBTの者も見られる」とのことだった。別の省では、同性の配偶者を持つ元駐日デンマーク大使(現駐中大使)の例もある。

その一方で、著名人物・有力者ではゲイの男性の多さに比べて、レズビアンやトランスジェンダーの著名人や有力者が極めて稀なことに疑問を呈する意見、更にはこうした数の違いはゲイ(G)以外のLGBTの者に対する偏見が未だに根強い証拠であるという意見も出ている(注14)。だが、2017年11月に行われる地方選挙では、デンマーク自由党(現首相が所属する党)の立候補者の中にトランスジェンダーの者もおり(注15)、全国全党の立候補者の中には、LGBTの者が少なくとも25人おり、そのうち7人は女性である(注16)

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5. カミングアウトが困難である特定の職種

職種によりカミングアウトの難易度が異なってくるのはほぼ確実である。その例はサッカー業界で、デンマークにはカミングアウト済みの男子プロサッカー選手はいない(注17)。このことは近年注目を集めており、2009年にある男子サッカー選手はホモフォビアの明らかな発言のため解雇された(注18)。2017年はデンマークプロサッカー選手労働組合によるキャンペーンがあり、プロサッカー選手が「虹の旗(レインボーフラッグ)」の腕章をつけて試合に出たり、この職種に特殊な問題が存在することに関して取材を受けたりしたが、依然としてカミングアウトはない。これは特に注目を浴びている例であるが、他にも一般的な状況と違いカミングアウトが困難な職種があると思われる。

6. 労働組合の役割

組合組織率が約70%(注19)であるデンマークでは、法的な保護の他に、労働組合の役割は非常に大きい。上述のEU指令に基づくデンマークの国内法には「本法により保証される水準以上の差別に対する保護を保証する労働協約が適用可能な場合、本法は適用されない」とあり、これはデンマークの就労に関する法律の一般的な原理とも言ってよい。つまり、就労分野では、労働協約の保護が不十分な場合のみ国内法による保護が適用される制度である。しかし、下記に紹介する通り、労働組合(またはその連合)と経営者団体(あるいは経営者団体連盟)という両者による解決方法が充実しているため、大半の場合は法的保護を法廷での裁判の形で必要とする場合は少ない。

デンマークでは、職場で問題が発生した場合は、まず職場委員(職員の一人であり労働組合の職場担当者)にそれを報告し、職場委員が本人の上司に連絡をとり、問題を当事者間で解決させることが多い。(デンマークは場合によっては本人が上司に個人的に直接問題を指摘できるような文化であるため、このような解決も多いと思われる。)

このような解決が不可能な場合、正式な解決方法は二つある。労働協約の解釈およびその履行に関する判断や処分を担当するデンマーク労働裁判所による裁判がその一つである。この労働裁判所は、労働組合と経営者団体の提案に基づき雇用大臣が指名する裁判官からなるため、労働裁判所による問題解決は、「労使双方による解決方法」に分類される。しかし、今回の調査では、性的指向に関する労働裁判所の正式な裁判は見つからなかった。

これは、第二の方法が頻繁に使われるためであろう。すなわち、労働仲裁裁判所を介した解決だ。具体的には、労働裁判所が指定する仲裁者および、双方の当事者が所属する労働組合・経営者団体当事者が指定するそれぞれ二人の代理人の計5人からなる臨時仲裁組織によって、最終的な判決を下すというものだ。しかし、仲裁裁判所による正式な判決を待つ以前に、任意で示談を成立させることが可能であり、LGBT分野に詳しい労働組合関係者によると、雇用主が賠償金などを払う代わりに事件が公開されないような当事者間の合意がよく見られる。

このように、LGBTの就労者に対する差別の解決方法でも、デンマークは北欧諸国と類似した労働協約中心の制度である。つまり、デンマークの就労分野では、正式な法律の重要性は、主に労働協約の「最低限」または補完という役割と、労使双方の交渉における間接的な効果(何かの事柄が違法であると指摘できること)にある。問題が発生した場合の解決方法に関しても、労使双方が裁判を避け仲裁や示談を試みることが多い。また、労働仲裁裁判所を規定した法律によれば、正式な判決にも公開の義務はない(注20)。これらの理由により、差別に関する多くの事件は公開されないまま解決され、LGBTの就労における差別をめぐる通常の裁判所による裁判等は他国に比べ非常に稀である。

7. LGBT就労分野に関する裁判所等の判断・裁判例

上記の労働組合中心の制度の枠組み内で解決が困難であったり、望まれなかったりする場合、または労働協約の保護がない職場などの場合は、差別禁止法の執行を担当する平等委員会あるいは裁判所が正式な判決を下すこともある。2008年、ゲイの職員に対し頻繁に「ゲイなど首吊りにすればいい」などの暴言を発した店主は10万クローネ(約180万円)の賠償金を課せられた(注21)。2015年には、地方裁判所がトランスジェンダーの女性を外見などの理由で免職した派遣会社に賠償金3万クローネ(約54万円)の賠償金を課した(注22)。さらに2017年には、平等委員会(裁判所に類似した役割があり差別禁止法を執行する機関)は、服装に関する方針がなく私服が一般的だった職場で女装を禁止された男性に関し、これは性別による差別だと判断し、服装に関する方針がある場合でも両性同一の方針でなければならないとした(注23)

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8. NPOの労働市場に向けた活動

LGBT問題に取り組んでいるデンマークの代表的なNPOは「LGBT Danmark」(LGBTデンマーク)で、このNPOは小中高生を相手とする啓発活動から政府政治家に対する提案・情報提供・要望書提出まで、幅広い分野に関心を持ち多様な活動を行っている。この団体は、労働市場に向けた活動では、差別被害者の相談に乗り、労働組合や裁判所による問題解決方法に関して助言しその過程で支援するなどの活動を通じて、LGBTの労働者を支えている。またマクロレベルでは、労働組合や経営者団体との協力によりLGBTに対する差別の認識を関係者間で高め、政治家に対しより効率的な解決プロセスを要求している(注24)

更に、このNPOは「思いやりのある労働市場へ」(Empatisk Arbejdsmarked)というキャンペーンで、企業・雇用主としての政府機関・労働組合・経営者団体に向けた研修会を実施している。3時間の講義から、ワークショップ過程の末に企業が「LGBTフレンドリー」である証明書を発行され、その証明となるロゴのホームページ上などでの利用を認められる制度まで、各規模で職場の包容力を高める目的の啓発活動を(有料で)提供している(注25)

また、特定の問題に注目するNPOもある。例えば、Sabaah(サバー)は、少数民族(例えば移民難民やその子孫)のバックグラウンドを持つLGBTの者を支援するNPOとして、このグループ独特の問題を中心に活動している(注26)

9. 健康保険制度及びNPOの健康に向けた活動の影響

デンマークでは大半の病院・クリニックが国立である。日本やドイツなどでは保険料の支払いが必要だが、デンマークでは所得税を支払うことにより基本的に無料で治療が受けられ、これにはLGBTがそうでない人々よりも頻繁に必要とする治療も含まれる。例えば、HIVの治療も無料であり(注27)、これによりHIV感染者も治療費が原因で他の労働者に比べて生活が圧迫されるということはない。また首都圏では自治体の政策により同性と性的関係を持つ男性(MSM)に向け通常有料であるB型肝炎のワクチンも無料で提供されている(注28)

これに関連し、NPOデンマークエイズ基金(AIDS-Fondet)は三大都市のコペンハーゲン・オーデンセ・オーフス各市で、MSMに向けて無料でHIVと梅毒の瞬間検査を提供するクリニックを経営している。これらの検査は通常のクリニック・病院でも無料であるが、デンマークエイズ基金が経営するクリニックでは匿名で検査を受けられ、更にその職員は一般の健康機関よりもLGBTの者の状況を把握している。デンマークエイズ基金はこれらのクリニック経営の他、職場におけるHIV感染者に対する偏見をなくすための啓発活動なども行い、HIV感染者を就労面も含め全般的に支援している。

10. 企業の活動

画像

写真:デンマーク産業連盟(Dansk Industri)本部の、
LGBTプライドウィーク時の照明。
(©HANS SOENDERGAARD撮影)

デンマーク産業連盟(Dansk Industri)は、毎年コペンハーゲン市のプライドウィークに参加し、近年ではプライドウィークの間、その行事の舞台となる市庁舎前広場の隣にある本部の照明を虹の旗の色に設定している。また、プライドウィークを通して行われるディベートなどにも積極的に参加している他、ホームページでは「性別、肌色、年齢や性的指向は、能力の優れた者の採用の妨害になってはならない」とし、多様性は経済成長を促進すると訴えている(注29)

2014年の調査では、自分の職場に支援ネットワークが存在すると答えたLGBTの者は9.4%と少なかったが、支援ネットワークが存在しないと答えた者の内、54.6%が「自分でそんなネットワークを始めることに興味がありますか」という質問に否定的に答えた(注30)。また、このようなネットワークに参加した経験のある者に尋ねたところ、LGBTに関する包容力が社会で高まっていく中、ネットワークの参加者の間でもネットワークの必要性が薄まっているとの意識が広がっていた。更に、デンマークは中小企業が全国の企業の9割と圧倒的に多いため(注31)、大規模なネットワーク組織が必要なほどの職員数でもない状況が一般的である。

11. 最後に

上記で分かるように、デンマークの労働市場は、LGBTに対する包容力が比較的に高い。差別は皆無ではないが、労働協約の保護があり差別は違法である。また、政府もLGBTの平等や人権を注目しており、職場におけるオープンさの促進を目指している。

政府がこれに注目する主な理由は、LGBTを支える政策が次の選挙に有利に働くと考えているのに違いない。実際、デンマーク国民の大半は、LGBTに対する差別に強く反対している。デンマーク産業連盟の上記の意見は、言い換えれば「差別は経済成長を妨げる」ということであり、デンマークでこれは事実である。雇用主側が差別事件の公開を避けたい場合が多いことはつまり、LGBTの者を差別したことがメディアなどで話題になれば、その会社の人気が下がる危険性があることが原因であろう。

しかし、そんな価値観が過半数を占めているデンマーク社会でも、上記に挙げたサッカー業界の例や差別に関する裁判の例の内容で分かるように、その価値観が社会の隅々まで広がっているわけではない。これは、デンマーク政府や各種NPOの今後の大事な仕事の一つである。

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プロフィール

写真:オノ・ラスムス・セヴェリン・フォラス氏

オノ・ラスムス・セヴェリン・フォラス(Onno Rasmus Severin VOLLERS)

コペンハーゲン大学大学院修士課程(政治学・国際関係論専攻)在籍。学士(政治学)。デンマーク環境食料省職員(有給実習生)。元・駐日デンマーク大使館インターン(2016年8月~2017年1月)。コペンハーゲン大学の日本学学士課程に二年間在籍した経験もあり、政治学の学士論文では日本国会会議録に基づき日韓関係の現状などを分析。LGBTの人権やLGBT分野の問題及びその解決策にも関心があり、チェチェン共和国におけるLGBTの状況に関し国際関係論を活かした分析なども。コペンハーゲン市内の日本語教室で日本語教師としても活躍。北ドイツのデンマーク少数民族出身。

2017年11月 フォーカス: カナダとデンマークのLGBTの就労をめぐる状況

2017年4月 フォーカス: 欧米諸国のLGBTの就労をめぐる状況

関連情報

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