米・AFL-CIOがメキシコの労働条件改善求める
―NAFTA再交渉

トランプ大統領が主導する自由貿易協定の見直し、その筆頭にある北米自由貿易協定(NAFTA: North American Free Trade Agreement)の再交渉が2017年7月以降、遅くとも年内には開始される見込みとなった。今回のNAFTA再交渉では、米労組を中心に、同協定に含まれる労働規制の見直しに向けた流れが作られている。労働規制に留意しつつNAFTA再交渉を巡る米墨両国の動きを確認する。

トランプ大統領の公約―NAFTA再交渉

米墨加の3カ国間で締結されたNAFTAは、商品・サービスの貿易障壁の撤廃による国境を越えた移動の促進、投資機会の拡大、知的財産の保護・規制などを目的に掲げ、92年12月に署名、94年1月に発効した。協定締結時より段階的、品目別に関税率の低下・撤廃が行われ、2008年に全対象品目の関税が撤廃された。トランプ大統領は選挙期間中から、NAFTAを「米国史上最悪の貿易協定」と呼び、メキシコからの輸入品、特に自動車・自動車部品に高い関税を課すなどの見直しを行うか、さもなければ脱退すると公約していた。

以前より、アナリストや研究者の間では、NAFTAのもたらしたプラスとマイナスの影響が論じられてきた。しかし、脱退の可能性もある現在では、NAFTA発効後にアメリカの一部の工場および雇用が失われたのは確かであるが、それは、中国からの輸入、製造工程の自動化やクリーン・エネルギー志向といったグローバリゼーションの進展や新たな産業の出現など、メキシコとの貿易以外の要因が大きいとの分析が多くみられる(注1)。明確な根拠を示すことなくメキシコへの非難を続けるトランプ大統領は、TPP離脱の大統領令を署名した1月23日、NAFTAの再交渉を公式に表明した。

米労組AFL-CIOは再交渉に積極的な姿勢

アメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)は当初より、再交渉へ参加する意欲を強く示していた。2016年12月、AFL-CIOは、NAFTA再交渉で取り上げるべき6つの重要項目(『労働者のためにNAFTAを改善する6つの方法』)を発表した(注2)。これによれば、再交渉において、①外国投資家と国家との紛争解決手段としての私的司法制度(ISDS条項)の廃止(注3)、②労働・環境規制の強化、③為替操作に対する取り組み、④自動車・自動車部品に対する原産地ルールの強化、⑤米国製品の購入を進めるBuy Americanルールに反するような政府調達条項の削除、⑥アンチダンピング・相殺関税についての審査及び紛争解決に関する取り決めの見直しまたは廃止――を求めている。選挙戦ではヒラリー候補の強力なサポーターであったAFL-CIOは、トランプ大統領の医療保険制度改革等に強く抵抗しながらも、大統領の経済政策については歓迎する姿勢をみせ、NAFTA再交渉への協力を申し出ている。これらの行動に、再交渉への高い関心が表れている。

1月24日のガーディアン紙に寄稿したAFL-CIOのトラムカ会長は、NAFTA再交渉では最初にISDS条項廃止を、次に「労働規制」の強化を、最後にその他の項目に取り組むべきだと述べている(注4)。この「労働規制」は、正式には、「労働に関する北米協定」(NAALC:North American Agreement on Labor Cooperation)の名称をもち、本協定に付随する協定のため「補完協定」(side agreement)とも呼ばれる。そもそもNAFTAは先進国と途上国間に結ばれた最初の自由貿易協定である。それゆえ途上国の低賃金労働によって自国の労働者の賃金が引き下げられる「底辺への競争」を危惧した米労組は、NAFTA締結に反対の立場をとっていた。これを背景として、NAFTAは参加国内の労働基準や労働条件の規制を盛り込んだ初めての自由貿易協定となった。

NAALCは、「職場の安全衛生」「児童労働」「最低賃金規制」にかかる権利の侵害があった場合、当該国に通商制裁を行うことを認めている。また、結社の自由やストライキの行使、差別撤廃等のその他重要な権利侵害に対しては、制裁は認められないが、それら権利の促進を求めることは可能である。権利の侵害が起きた際の告発の処理機関として、各国政府の労働省下に国家管理部(NAO)が置かれ、当該問題の発生した国以外のNAOに告発することが規定されている。このことにより、これまでNAALCは労働組合の国際協力を促進し、そのシステムを通じて、参加国での労働法違反の告発や、政府、企業並びに(メキシコの場合)官製組合への圧力として機能してきた(注5)

さらに近年の米国が締結した自由貿易協定では、結社の自由や団体交渉権を含む、より広範な労働者の権利に法的強制力が認められている(注6)。この場合、労組の影響力もより強くなると考えられる。

米通商代表が議会に草案を提出

米政府も、再交渉の場で労働規制を取り挙げることを想定している。米通商代表部(USTR)は、3月30日、NAFTA再交渉に向けた草案を議会に提出した。草案には、非関税障壁の廃止、原産地ルールの変更、電子商取引・知的財産権の保護・強化、ISDS条項の維持・改善、政府調達ルールの変更、国内産業が脅かされる場合に特恵関税の一時的廃止を可能とするメカニズムの構築(注7)、国営企業による不公正競争の防止、環境・労働関連の規制・諮問制度の改善、反ダンピング・相殺関税に関する紛争処理制度の廃止等が具体的なトピックとして挙がる。その前文では、25年前の交渉で作成されたNAFTAが時代遅れである領域として、特に、電子商取引(が含まれていないこと)、労働・環境規制、知財権利、国営企業、原産地規則などが言及され、これらが反映された近年の貿易協定の踏襲を示唆している。(注8)

メキシコ政府、使用者らは積極的な対応

全輸出額の8割を米国向けに占めるメキシコでは、NAFTAの再交渉が決定した直後に、政府および経営者側は、公の場で再交渉への姿勢を示した。まず、メキシコのペニャ・ニエト大統領は、トランプ大統領が再交渉を表明した同日に、米国政府との交渉における10の目標を提示した。①メキシコ移民の権利と取扱い、②移民の本国送還における取扱い、③中米諸国の発展への両国の協力、④自由な送金の確保、⑤武器等の不法な持ち込みの防止、⑥北米自由貿易の維持、⑦通信・エネルギー・電子取引等の新規産業の追加、⑧メキシコ労働者の賃金の改善、⑨投資環境の保全、⑩国境に関する協力、である。メキシコ人移民への差別的発言や国境の壁建設の費用請求などを繰り返すトランプ大統領に対して、メキシコ政府としては、貿易以外の諸項目を交渉のテーブルに載せることを強調している。(注9)

経営者側は、1月の時点で、経営者調整会議(CCE)と全国工業会議所連合(CONCAMIN)の主導で、政府と協働するための国際交渉戦略諮問委員会(CCENI)や、全産業の主要企業家らが参加する「密室クラブ」(Cuarto de Junto)を立ち上げ、協議を始めていた。これらの場で、アメリカの脱退も視野に入れ、再交渉の様々なシナリオを想定した対応策が練られている。防衛するだけではなく、むしろこの機会を利用すべきだとの意見もある(注10)(注11) 使用者団体と政府の話し合いは、2月初めに開始された。

メキシコの代表的労組はPRI政権や米労組に追従

一方で、消極的な姿勢を労働組合はみせている。メキシコでは、20世紀前半に国家主導による農民、労働者、公務員の組織化が行われ、主要組織は各部門の代表権を独占し利益分配を受けるのと引き換えに、国家への忠誠が求められる「国家コーポラティズム」が生まれた。これを出自とする労働組合(以下「官製組合」と呼ぶ)が今日まで労働者代表として主要な政治ポストを占めている(注12)。しかし90年代以降、独立系組合が労組の経営参加、経営者との協力(注13)、組織内民主主義などを主張し台頭してきた。今日では、独立系組合の組合員規模は官製組合のそれを上回ると考えられる。2017年2月、現政権与党の制度的革命党(PRI)は、官製組合であるメキシコ労働者連合(CTM)にNAFTA見直し議論への参加を要請した。CTM会長のアセベス・デル・オルモ氏は、「メキシコの直面するチャレンジに対して、労働者は、企業および大統領と協力する用意がある」(注14)と受け身の姿勢でこれに応えた。

これに対して、メキシコ最大の独立系組合である労働者全国連合(UNT)は、4月5日に行われた組合会議にて、アメリカのAFL-CIOと協働で(注15)、移民、労働問題、国境の壁建設およびNAFTA再交渉の課題に取り組むことを発表した。メキシコの通信社Notimexによれば、両組織は、これらの行動計画を策定するため組織間協定を拡張する予定で、すでに話し合いと情報交換を始めている。UNTはまた、NAFTA再交渉において独立系労働運動の姿勢を提示できるような交渉の空間を求めた。(注16)

労働補完協定改定の可能性

メキシコ国内では、今回の再交渉を前に、経営者側が自発的な対応策をとる一方、労働組合側は官製も独立系も出足が遅く、米国の後追いとの印象は否めない。とはいえ、米労組による不均衡を是正するためのメキシコの低賃金および労働条件の見直し要求、米通商代表による労働規制の更新に言及する草案の提出、そして近年の米国の貿易協定にみられるより広範な権利の保護を目的とした労働関連条項の存在といった条件が揃っており、NAFTAの労働補完協定を見直すにあたっての大きな障壁は(トランプ大統領自身の他に)ないと言える。長期的にはメキシコの労使関係および組合活動に影響を及ぼす可能性があり、メキシコに工場を置きアメリカに製品を輸出している日本企業にとっても、無関係ではない。

(和田佳浦 早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程)

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