アジア諸国の日系企業をとりまく投資環境の変化と労使関係:序文

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2015年末、ASEAN経済共同体(AEC)が発足した。ASEAN加盟10カ国が一つにまとまり、人口6億人を超える一大経済圏が誕生した。AECの創設が決まったのは2003年10月。バリで開催された第9回首脳会議においてASEAN各国は合意に到った。この合意はしかし、欧州連合のような「通貨の統合」、「人の移動の完全自由化」を含むものではない。まずは「関税撤廃などモノ・サービス・投資の移動の自由」、「熟練労働者の移動の自由」、「知的所有権の保護」等で共通の枠組みを作り、経済統合の深化を目指そうというのがその趣旨である。当初2020年までに発足する予定であったAECの創設は、2007年1月のASEAN首脳会議において2015年までに加速されることとなった。ただしこの前倒しを決めた「セブ宣言」では、AEC発足を2015年初頭としていたが、必ずしも加盟各国の足並みが揃わず、結局同年末となったという経緯がある。CLMV4カ国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)と原加盟6カ国の間の経済格差はなかなか縮小しない。AECの統合行程は「AECブループリント」(行程表)によって示されるが、作業行程の進捗は遅れ気味だ。もともと多様性に富むことが特徴のASEAN各国。これを一つにまとめ、同じ轍に乗せるのはそう容易なことではない。

現在アジア地域にはさまざまな経済連携が錯綜して存在する。先頃日本が合意にこぎつけたTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は中でもその代表格だろう。すでに交渉に参加しているシンガポール、ブルネイ、べトナム、マレーシアに加えタイもTPPへの参加を表明、フィリピン、インドネシアも参加に強い関心を寄せる。TPPへの参加・不参加は、今後ASEANの一体性に大きな影響を及ぼすと見られている。これに域内に網目のように張り巡らされる大小様々のFTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)が交錯する。さらに、ASEANが提唱して始まった広域的経済連携構想であるRCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)は、日本・中国・韓国・インド・オーストラリア・ニュージーランドの6カ国とASEANが保持する5つのFTAを束ねるものだ。実現すれば人口約34億人(世界全体の約半分)、GDP約20兆ドル(世界全体の約3割)という桁違いの巨大経済圏となる。各国の思惑が複雑に絡み、刻々とその姿を変貌させつつあるアジアの経済社会。しかし圏内に集積された数字の巨大さは、その構成員である個々の労働者にとって果たしてどれだけの意味を持つのだろうか。

アジア主要都市の最低賃金の上昇率(過去10年間の推移)をグラフで見ると(参考「アジア諸国の最低賃金」図1:最低賃金上昇率の推移)、どの都市も一様に右肩上がりであることが一目瞭然だ。AECの実現はこの傾向をさらに加速させる可能性を秘めるが、バランスを逸した引き上げは投資に影響するリスクも孕む。また、この地域にはグラフの対象自体から抜け落ちている労働者が多く存在することも、一方の現実である。ILOは、AECが域内経済に一定の成長をもたらすであろうことを認めつつも、同時にまだ域内には、インフォーマルな雇用を伴う貧困層が多く取り残されていることを指摘、貧富の格差がこれ以上拡大しない取り組みが必要との認識を示している。

汎アジア規模で始まろうとしているダイナミックな地域経済連携は、自らの果実を域内の全労働者に享受させることができるのか。アジアに吹く風が、地域に災禍をもたらすのではなく、恩恵を与えるものとするために必要なものとは何か。アジアの労働は今まさに新しい時代を迎えていると言えるのかもしれない。

(国際研究部)

2016年1月 フォーカス:アジア諸国の日系企業をとりまく投資環境の変化と労使関係

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