アジア諸国の日系企業をとりまく投資環境の変化と労使関係:ミャンマー
投資環境の整備

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東亜大学客員教授 西澤信善

  1. 米国およびEU(欧州連合)との関係改善
  2. 本格化する日本のODA
  3. 日系企業の進出
  4. むすび

経済制裁がミャンマーの経済発展の重しになってきたことは確かである。テイン・セイン政権が民主化に取り組み、人権状況の改善に動いたのも経済制裁の解除を狙っていたことは間違いないところであろう。ミャンマーを厳しく批判してきた欧米が制裁解除に踏み切ったことはミャンマー経済に大きなインパクトを与えた。西側諸国の援助資金が流入してきたことによりミャンマーの経済発展のボトルネックになってきたインフラ整備が進みだした。とりわけ、日本のODA(政府開発援助)の果たしている役割は大きい。特に、日本の援助は、鉄道、道路、電力、通信、経済特区などのハード・インフラの整備のみならず、法や制度のいわゆるソフトのインフラ整備や人材育成においても貢献度が高い。これらはいわば民間の企業活動にとり不可欠な環境を形成するものである。ミャンマー政府は経済活性化のため外国資本の誘致に全力を挙げているが、良好な環境が整えられてこそ国内外の企業による投資が見込めるのである。軍政下(1988年9月~2011年3月)でも中国の援助を得てインフラ整備が進められたが、中国の援助は天然ガス関連のインフラ整備や自国用の電源開発に偏っており基礎インフラの整備は不十分であったと言わざるを得ない。

本稿は、欧米諸国との関係改善が経済制裁の解除をもたらしたこと、日本のODAがハードのインフラ整備にどのように活用されているか、そして日系企業の進出状況はどうなっているのかを明らかにする。

1. 米国およびEU(欧州連合)との関係改善

欧米諸国による経済制裁の解除

テイン・セイン政権の民主化に向けての動きや人権状況の改善に一早く反応したのが、米国、EUそして日本であった。米国のオバマ政権は2009年の発足当初からアジア重視を謳い、アジアへの関与の度合いを高める方針を打ち出していた。米国はテイン・セイン政権が民主的改革に取り組んだことを好機と捉え、すばやく接近した。米国のクリントン国務長官が2011年11月から12月にかけ実に57年ぶりにミャンマーを訪問し、テイン・セイン大統領と会談した。同長官はテイン・セイン政権の一連の政治改革を評価し一層の進展を促すとともに、関係正常化に着手することを明らかにした。まず、臨時大使を大使に格上げし関係改善の第一歩とするとともに、改革の進捗状況をにらみながら段階的に経済制裁を解除していった。2012年7月には米国企業による新規投資の認可および金融取引の制限を解除する措置がとられた。前者は1997年以来、取られていた措置である。こうした動きを受けて米企業もミャンマーへの投資の動きを強め、ペプシコ、GE、コカ・コーラなどの著名企業の進出が具体化することになる。また、金融取引の制限が取り除かれたことにより、米ドルでの決済、送金が可能となった。ミャンマーでは制裁以前は外国貿易の決済には米国のドルが使用されていたが、金融取引の自由化が認められたことにより、外国貿易の大きな障害が一つ取り除かれたことになる。

さらに同年9月、国連総会出席のため米国を訪問していたテイン・セイン大統領はクリントン国務長官と会談し、この席で米国側はミャンマーに科しているミャンマー製品の禁輸措置を緩和すると伝えた。この措置によりヒスイとルビーを除くミャンマー産品の米国への輸出が可能になる。ただし、米国の経済制裁は法律に基づいているものが多く、上院・下院の承認が必要となる。輸入禁止は2003年のアウンサン・スーチー氏の三度目の自宅軟禁措置に対して取られたものである。この禁輸措置によってとりわけ大きな打撃を受けたのは縫製業であり、縫製工場に働く多くの労働者が路頭に迷ったと言われている。これによって米国がミャンマーに科していた主要な三つの経済制裁すなわち新規投資の禁止、金融取引の制限およびミャンマー製品の輸入禁止が解除されることになる。こうした一連の関係改善の動きを経て、同年11月19日オバマ大統領が現職の大統領としては初めてミャンマーを訪問した。同大統領はテイン・セイン大統領と会談し、一層の民主化、政治犯の無条件釈放、少数民族との和解を求めるとともに2013年度までの2年間で教育や医療などの分野に最大1億7000万ドルの開発援助を供与することを明らかにした。両国政府には、この訪問を契機に米国とミャンマーは新しい段階に入ったことを内外にアピールする狙いがあったものと思われる。ただし、米国は完全に制裁を解除したわけではなく、一部制裁措置が残っている。米国はなおも財務省の制裁リスト(SDNリスト)に記載されている企業や個人との取引を禁じている。このリストに掲載されている個人や企業は、旧軍事政権の一部の要人や同政権に近い企業が含まれており、米系企業の現地企業との提携や取引の制約となっている。今後、リストからの除外が課題となる。

米国と並んでEUとの関係改善も進んだ。EUも軍政下の民主派に対する強圧的な対応を批判して、軍政要人に対するビザ不発行、ミャンマー製品に対する特恵関税の停止などの措置をとってきた。しかし、テイン・セイン政権の一連の民主的改革を評価して、順次、制裁を撤廃してきている。とりわけ、特恵関税の復活は同政権の進める輸出志向政策の後押しとなろう。EUの輸出振興策としては、EUが貿易開発計画を推し進める目的でドイツ国際協力公社が輸出向け食品、特に水産物や豆類の改善に重点を置くほか、インフラの近代化を目指して技術支援を実施する。また、投資保護に関しては、保護協定の中身について検討が行われているが、2016年の初めには合意に達する見込みである。

対ミャンマー援助と欧米企業の進出

米国およびEUの経済制裁が解除されるにつれ、欧米の援助が本格化した。2015年4月現在のODAの国別データによれば、欧米および日本の対ミャンマー援助は大きく伸びている。経済協力開発機構(OECD)開発援助委員会の統計によると、各国の対ミャンマー経済協力では、2008年、09年および11年の1位が英国で、援助支出額は5314万~8235万ドル。2010年と12年は日本が1位で、それぞれ4683万ドル、9278万ドルであった。ほかに上位に名を連ねたのは、米国、オーストラリア、ノルウェーなどである(表1)。

表1:諸外国の対ミャンマー経済協力実績
(上段:国名 下段:金額 百万ドル)
暦年 1位 2位 3位 4位 5位 合計
2008年 英国
82.35
米国
71.59
オーストラリア
47.14
日本
42.48
ノルウェー
29.64
 
429.16
2009年 英国
53.14
日本
48.28
米国
35.22
ノルウェー
18.88
オーストラリア
17.89
 
240.22
2010年 日本
46.83
オーストラリア
44.40
英国
44.17
米国
31.28
ノルウェー
21.71
 
254.59
2011年 英国
62.21
日本
46.51
オーストラリア
44.43
米国
29.04
ノルウェー
19.90
 
283.04
2012年 日本
92.78
オーストラリア
57.73
英国
48.08
米国
33.05
ノルウェー
22.83
 
347.96
  • 資料出所:外務省HP  ODAミャンマー国別データブック (PDF)p.43, OECD/DAC(開発援助委員会)

経済制裁の解除が米国との関係改善の第一段階とすれば、第二段階は経済関係の強化である。米国はもともとミャンマーとの経済関係はそれほど深くない。しかし、オバマ政権にとっては地理的にきわめて重要な位置にあるミャンマーとの経済関係を深めることは、アジア重視の一環として米国の影響力をインドシナ半島全域に広める意義がある。これは、同時に、東シナ海の岩礁埋め立てで海洋進出を図る中国を牽制する戦略的な意味を持とう。2013年5月米国を訪問したテイン・セイン大統領はオバマ大統領と会談し、貿易および投資を拡大するためのハイレベルの協議機関を設置することおよび米国がインフラ整備などで協力することで合意をみた。それに基づき、貿易および投資の拡大、経済協力の推進、貿易・投資のルールの作成などを目的とした貿易・投資枠組み協定(TIFA)が締結された。こうした動きを受けて欧米系の企業もミャンマーに注目し始めている。欧州の企業がミャンマーへの投資に踏み切ったのは、2013年4月に欧州連合(EU)が制裁を一部解除したことがきっかけとなっている。テイン・セイン大統領も4月欧州諸国を訪問してミャンマーへの投資を呼びかけた。欧州の企業はミャンマーのエネルギー資源、電話サービス、医療機器などに関心をもっている。これまでに進出を決めた、あるいは予定している主な欧米系の企業は、コカ・コーラ(米:清涼飲料水)、ペプシコ(米:清涼飲料水)、ジェネラル・エレクトリック、(GE、米:発電用ガスタービンの納入や小型旅客機のリース)、フォード・モーター(米:自動車販売)、トタル(仏:海底油田の開発)、テレノール(ノルウェー:携帯電話)、フィリップス(オランダ:医療機器およびエレクトロニクス事業)、WPP(英:広告会社に出資)、ロレアル(仏:子会社設立)、ヒルトン・ワールドワイド(米:ホテルの新設)、APRエナジー(火力発電)、ハイネケン(オランダ:ビール工場)、ユニリーバ(英・オランダ:工場建設)、アコー(仏:ホテル新規開業)などである。

2. 本格化する日本のODA

民主的改革の評価

日本政府もテイン・セイン政権の民主的改革や人権状況の改善を評価して本格的な支援に乗り出した。もともと日本の対ミャンマー政策は、建設的関与(constructive engagement)に近かったといえる。しかしながら、経済支援の中心である円借款を停止したことは欧米と歩調を合わせたとみることができる。日本政府は経済制裁という刺激的な言葉を避けてきたことは事実であるが、実態的には制裁に加わっていたことは否定することはできない。円借款を停止したことに加えて、日系企業が投資を手控えたことがミャンマー経済に大きな打撃を与えた。日系企業が投資を手控えたのは企業の自主判断であり、日本政府は投資を禁止する措置は取っていない。ミャンマーと欧米諸国との経済関係はそれほど深くない。しかし、日本の円借款が途絶え、日本の企業が入ってこなくなったことは、実質的にはこちらの方がミャンマーにははるかに深刻な打撃を与えた。日本はミャンマーとの歴史的関係が深く、欧米のような孤立化政策はとらず、軍政下でも対話のパイプを通じて絶えず民主化を呼びかけてきた経緯がある。2011年3月の民政移管後はテイン・セイン政権の一連の民主的改革を評価したこともあり、急速に関係改善が進んだ。

ミャンマーに対する支援の再開

2011年11月の日ASEAN首脳会議の際に行われたた日ミャンマー首脳会議では、野田総理(当時)は民主化・国民和解の取り組みを評価するとともに、今後ともテイン・セイン大統領の努力を支援したい旨を表明した。同年12月には玄葉外務大臣(当時)が訪問し、経済協力、人的交流、投資協定の協議開始などを進めることを明らかにした。さらに2012年4月に日メコン首脳会議が東京で開催されたが、その際持たれた日ミャンマー首脳会議で、日本政府はミャンマーに対する経済協力方針を根本的に見直し、①国民生活支援の向上、②経済・社会を支える人材の能力向上や制度の整備支援、③持続的経済成長のために必要なインフラや制度の整備支援、を三本柱として実施することを表明した。日本の二国間経済協力は、円借款、無償および技術協力の形態で行われるが、金額的にも最も多くインパクトが大きいのが円借款である。しかし、ミャンマーへの円借款再開の障害となったのが、5000億円にも上る延滞債務であった。この延滞債務につき一部を免除する措置をとり、円借款再開の道を開いた。ミャンマー重視の表れである。すなわち、日本はミャンマーに対し約5000億円の延滞債務をもつが、そのうちおよそ3000億円を放棄し、残りの1989億円を邦銀によるブリッジ・ローン(つなぎ融資)で解消する方針を固めた。これは一種の借り換えのテクニックである。すなわち、まず、ミャンマー政府が邦銀から資金を借り、それでもって一旦日本政府に返済し延滞債務を解消する。日本政府はその同額を新たにミャンマー政府に貸し付け、ミャンマー政府はその借り入れた資金でもって邦銀に返済する。要するに、延滞債務を解消するため邦銀のブリッジ・ローンを利用し借り換えを行ったことになる。このほか、経済関係のさらなる進展のために、二国間投資協定の協議を加速させること、また、ティラワ経済特区開発のためのマスター・プラン作りに日本が協力することでも合意をみた。

日本政府および国際機関のミャンマーに対する支援が大きく動き出すきっかけとなったのは、2012年10月に東京で開催された国際通貨基金(IMF)・世界銀行の年次総会の際に開催されたミャンマー支援会合の場である。ここでミャンマーのウィン・シェイン財務歳入相は、改革に向けての取り組みに対し国際機関および各国に支援を呼びかけた。日本政府はミャンマーに対する最大の債権国であり、すでに債権の一部放棄と円借款再開を明らかにしていたが、再開時期を具体的に2013年の前半と言及した。また、延滞債務約4億ドルもつ世界銀行および同じくおよそ5億ドルのそれをもつアジア開発銀行(ADB)も2013年1月には解消することを明らかにした。そして、日本のミャンマーへの支援が具体的に動きだすのが、2013年5月の安倍首相のミャンマー訪問であった。この時、日本政府は910億円にものぼる経済協力を約束したのである。

日本の対ミャンマー援助は2012年度から円借款が再開された。すでに明らかにしたように、債務免除も行った。円借款の金額をみると、12年度が1989億円、13年度が510億円であった(表2)。他方、2012年度以降、無償資金協力および技術協力ともに金額は急増した。すなわち、無償資金協力は2011年度までが年13億~46億円で、2012年度は277億円、2013年度は197億円と大きく拡大している。これまでの累計は2378億円になる。技術協力は合計571億円で、うち国際協力機構(JICA)によるものが532億円。無償資金協力は寺子屋など学校建設支援が32件と最多となっている。ほかに、病院、保健センター整備、上水整備向けに実施された。

表2:日本の対ミャンマー経済協力
(単位:億円)
年度 円借款 無償資金協力 技術協力 合計
2009年度   23.03 23.31 46.34
2010年度   13.33 20.24 33.57
2011年度   45.13 21.23 66.36
2012年度 1,988.81 277.30 42.00 2,308.11
2013年度 510.52 196.86 61.59 768.97
  • 資料出所:表1に同じ。p.40

主要なODA案件

円借款のプロジェクトでとりわけ重要性をもつのが、電力供給、ヤンゴン給水事業、鉄道整備、経済回廊の整備、通信インフラなどである。ティラワの経済特区も重要性をもつがこれは次節で言及する。以下、これらの重要案件を日本アセアンセンター主催「ミャンマー投資セミナー」の資料によってみておこう。

電力部門

電力不足は投資の妨げになっており、最も緊急に整備を要する。現在、日本政府は電力のマスター・プラン作りに協力している。2013年度の最大電力供給実績は約1500メガワットであるのに対し、電力需要は2000メガワットであり、500メガワットの不足が生じている。とりわけ、ヤンゴン地区は大きな需給ギャップが生じており、乾季にはしばしば計画停電を余儀なくされる。現在、電力の約7割が水力発電に拠っているが、発電ダムサイトがミャンマーの東北地方に偏在しており、主要な電力消費地である南部に安定的に電力を供給するためには基幹送電系統および変電所の整備は緊急を要する。今後は水力発電に替わり、石炭火力、ガス発電、再生可能エネルギーなどにとってかわられよう。電力関係の有償資金協力プロジェクトは次の通りである。①貧困削減地方開発事業フェーズ1(円借款170億円:道路、電力、給水などの生活基盤インフラの新設・改修を行い、ミャンマー全土の開発・貧困削減を目指す)、②インフラ緊急復旧改善事業フェーズ1(円借款140.52億円:ヤンゴン都市圏の火力発電所・変電所等の改修を行い、経済開発および国民の生計向上を目指す)、③ティラワ地区インフラ開発事業フェーズ1(円借款200億円:ティラワ経済特区の電力供給および港湾を整備し企業誘致、雇用拡大を図る)、④全国基幹送電設備整備事業フェーズ1(円借款246.78億円:東北部の大規模水力発電所から南部へ送電する500kv変電設備の新設)、ヤンゴン配電網改善事業フェーズ1(円借款61億円:ヤンゴン地域の66kv配電用変電所の改修や配電線張替を図る)、などである。

道路部門

現在、アジア開発銀行が進めるGMS(Greater Mekong Subregion)プログラムに見られるようにメコン地域を一体化して開発を進める構想が進行中である。とりわけ、重要性をもつのは、この地域の国々の連結性(connectivity)を高めることである。その中心を担うのが国際間の高速道路である。日本政府はメコン地域全域の道路による連結性を高めるため南北経済回廊、東西経済回廊および南部経済回廊の建設を支援してきた。このうちベトナムのダナンとミャンマーのモールミャインを結ぶ東西経済回廊のうちミャンマー区間は経済制裁のため整備が遅れていた。この区間の一部の道路の道幅は狭く片側通行しかできなかったが、バイパスが完成したことによりスムーズな通行が可能になった。ヤンゴンとバンコク間が国際幹線道路で結ばれれば、海上輸送よりも輸送時間、日数が大幅に改善されることになり、貿易の活発化、分業の進展が期待される。日本政府はモールミャインとミヤワディ間の橋梁整備として411億円の円借款を供与する。そのほか、中国雲南省の昆明からミャンマー領のムセを通り、マンダレーを経てヤンゴンに至るルートは大方整備が進み、インド北東部のインパールからミャンマーを経由しバンコクに至るルートもすでに俎上に上っている。

鉄道部門

鉄道の近代化も日本のODAの重要案件である。現在、進行中の案件は下記の4件である。①ヤンゴン~マンダレー間幹線鉄道近代化フェーズ1(円借款200億円:ヤンゴン~タウングー間270kmをフェーズ1とし、軌道、土木構造物、信号、車両等の改修、改良を実施する)、②鉄道軌道の保線・維持管理にかかる人材育成(保線作業のパイロット工事や日本の鉄道事業者による技術研修を通じ、ミャンマー人の技術者を育成する)、③鉄道信号システムの改良(無償40億円:列車集中監視システムやヤンゴン駅に運行管理センターを設置し、集中制御を行うほか、自動踏切装置を数カ所に設置する)、④ヤンゴン環状鉄道改修事業(円借款・調査中:ヤンゴン環状線の近代化を図るためロードマップの作成と需要が高い西側優先区間の改修に関するF/S(実現可能性調査)を実施)、などがそれである。

通信部門

通信インフラの整備も日本のODAが最も注力する分野の一つである。通信需要は急拡大しており、主要3都市すなわちヤンゴン、ネピドーおよびマンダレーを結ぶ通信網の拡充は喫緊の課題になっている。主な事業案件は、①3都市間の基幹通信網強化、②ヤンゴン市内通信網拡充、③国際関門局強化、④インターネット接続環境改善およびIPアドレス枯渇対策、⑤ティラワ地域通信網拡充、などである。総事業費は126億5500万円で、事業期間として2015年3月から2020年8月までを見込んでいる。

ヤンゴン上水部門

ヤンゴン都市圏における上水道設備を拡充することにより増大する水需要に対応するとともに、生活環境の改善および経済発展に寄与することを目的としている。事業案件としては、①ラグンビン浄水場関連設備(送水ポンプ・SCADA等)、②送水管・配水本管敷設、③配水支管敷設、⑤塩素消毒設備設置、などがある。総事業費は311億8000万円で、事業実施期間は2014年3月から2021年11月を見込んでいる。実施主体は、ヤンゴン市開発委員会である。

3. 日系企業の進出

経済制裁が解除されるにつれて最後のフロンティアとしてミャンマー経済が再びクローズアップされてきた。5000万人を超える人口、豊富な労働力、各種の資源、巨大マーケットに囲まれた地理上の優位性などミャンマー経済のポテンシャリティーの高さが改めて注目されることになった。とりわけ、熱い視線を送ったのが日系企業である。もともと日系企業はミャンマー経済に強い関心を抱いていたが、欧米が経済制裁を科していたこともあり投資を手控えてきた。軍政下で投資を行った国は、もっぱら中国やASEAN諸国であり、この間に日本のプレゼンスは大きく低下してしまった。欧米諸国もいくつかの国がエネルギー資源を中心に投資を行っているが、それらは経済制裁が本格化する前に行われたものであった。しかし、民政移管後その制約が取り払われたこともあり、日系企業は再度、注目し始めたのである。ミャンマーが世界の関心を集めたのは、それだけではなく中国やタイでの投資環境の変化もある。中国では今世紀に入り賃金がかなり高騰し、もはや労働集約産業の進出先としては魅力が薄れてきた。また、歴史認識や領土問題を原因として反日の機運が高まり、日系企業が襲撃されたり、日本製品の不買運動が起こされたりした。こうしたところから中国一国に集中するリスクが意識され、中国以外の国に投資先を求める動きが出てきた。いわゆるチャイナ+ワンである。そのワンとしてミャンマーが注目されたのである。タイでも中国と同様、賃金の高騰という問題を抱えるようになっている。タイにはすでに相当数の企業が進出しているが、労働集約的な工程はラオスやカンボジアなどの周辺諸国に移す動きがある。つまり、交通網が整備されればタイと周辺諸国との間に工程間分業が成り立つのである。こちらは、タイ+ワンと呼ばれる。いま、タイとミャンマーとの間は急ピッチで道路網が整備されており、それが完成すれば両国間の分業が十分可能になるのである。

2012年頃から日本から相次いで経団連、日本商工会議所、経済同友会、地域の経済団体、地方自治体などによる投資ミッションが派遣されている。また、ミャンマー政府の協力を得て、日本アセアンセンターやJETROなどが主催する投資セミナーが数多く開催されるようになっている。いずれの投資セミナーも定員を大きく上回る申し込みがあり盛況である。しかしながら、一気に大量に企業が進出しているわけではない。2015年9月30日現在、外国直接投資額(FDI)の認可ベースで見た場合、日本は12位であり大きく出遅れている(表3)。上位3位に顔を出しているのは、中国、シンガポールそして香港である。確かに視察が多い割には、投資額が少ないという印象はぬぐえない。実際、筆者もミャンマー政府関係者から日系企業の腰の重さの苦情を聞いたことがある。日系企業の進出の遅さを揶揄して、“ネイトー(NATO: No Action Talking Only)”と言われたこともある。日系企業の進出を遅らせていた真の理由は、米国によるミャンマーに対する経済制裁やミャンマー国外で起こされた進出企業の製品不買運動である。スーチー氏がミャンマーへ投資をしないように呼びかけたことも影響したと考えられる。しかし、これらの障害は基本的にはテイン・セイン政権になって取り除かれたといってよいであろう。

表3:対ミャンマー投資額(FDI)上位15位
(2015年9月30日現在)
順位 国・地域名 外国投資
件数 承認額(100万ドル) シェア(%)
1 中国 83 14,729.2 31.2
2 シンガポール 136 10,512.1 22.3
3 香港 96 7,184.8 15.2
4 英国 48 3,400.6 7.2
5 韓国 108 3,313.2 7.0
6 タイ 51 3,161.6 6.7
7 マレーシア 25 1,065.0 2.3
8 オランダ 10 747.5 1.6
9 インド 21 726.1 1.5
10 ベトナム 9 690.9 1.5
11 フランス 3 537.6 1.1
12 日本 69 463.7 1.0
13 カナダ 5 156.3 0.3
14 ロシア 2 94.0 0.2
15 リベリア 4 79.2 0.2
  • 資料出所:Directorate of Investment and Company Admission HPより

目下のところ、日系企業の投資を遅らせている要因は何か。それは、ハードおよびソフトのインフラの未整備である。とりわけ、ハードのインフラの未整備が投資のボトルネックになっている。進出を考える企業の多くが指摘するのが電力不足であり、それが大きな障害になっていることは明らかである。すでに進出している企業も大半は自家発電の設備を備え付けている。電力以外にも、道路整備も特に重要に思われる。現在、ヤンゴンからバンコクへの輸送はシンガポールを経由する海上輸送によって行われている。タイからの輸入全体の75%、そしてタイへの輸出の56%が海上輸送に依存しているが、現状では実に21日間の日数を要している。もし、ヤンゴンとバンコクを結ぶ道路(距離はおよそ870km)が完成すれば、トラックでの輸送所要日数は1.9日間に短縮される。こうしたことを考えれば、国境間を結ぶ幹線道路の整備は貿易、投資にとって極めて重要な意義を有していることがわかる。通信インフラも企業活動に必須である。携帯電話の普及は目覚ましいものがあり、それとともにインターネットの普及も急速に進んでいる。そして、電力、通信、道路、鉄道などの整備に日本のODAがきわめて重要な役割を果たしているのである。

日系企業の投資分野

さて、これまでミャンマーに進出した日系企業の投資先の分野を見ておこう。それを示したのが、表4である。これを見てわかるように、これまでのところ製造業に集中している。つまり、日系の製造業を惹き付けているのは、中国の5分の1程度といわれる安い賃金であることが分かる。製造業の件数は52件に上り、認可投資額は3億ドルに達している。その割合は件数で74%、認可投資額の60%をそれぞれ占める。今後、インフラの整備、ティラワの経済特区の拡張、外国銀行の営業拡大、経済法の整備、証券市場の開設などが進めば日系企業の本格的な進出が始まるであろう。ミャンマー政府も数年のうちに日系企業が大きく順位を上げてくるものとみている。

表4:日系企業の投資先分野(セクター)
(2015年6月30現在)
  セクター 件数 認可投資額(100万USドル)
1 漁業 3 13.972
2 製造業 52 307.814
3 農業 2 20.25
4 石油・ガス 1 40
5 ホテル・観光業 3 68
6 不動産 1 31.313
7 その他 8 36.603
  70 517.952
  • 資料出所:『ミャンマー投資セミナー』配布資料

ティラワ経済特区

日系企業の進出の画期になるとみられているのが、ヤンゴンの南約23kmの地点に造成中のティラワの経済特区である。経済特区はある一定の地域にインフラを完備し、様々な優遇措置を講じて企業の誘致を進めるものである。経済特区法が制定され、「国内の産業および運営により、国の発展を促進する」、「製品加工、貿易およびサービス産業を向上させる」、「国民への最先端技術の訓練、習得および移転を可能にする」、「国民の雇用機会を創出する」ことなどを目的としている。経済特区は現在3カ所指定されているが、その中で最も先行しているのがティラワの経済特区である。これは日本とミャンマーの経済協力の象徴的プロジェクトである。テイン・セイン政権になり、同政権の外資導入の切り札として再浮上してきたものである。2400ヘクタールに及ぶ広大な土地が経済特区に指定されており、ヤンゴン川の河岸に設置されたティラワ港に接している。ティラワ経済特区は、2014年1月に日本とミャンマーの合同出資で設立されたミャンマー日本ティラワ開発公社(MJTD:Myanmar Japan Thilawa Development)によって推進されている。MJTDは両国の官民合同による設立であり、出資の割合は日本政府および企業コンソーシアムが49%、ミャンマー・コンソーシアムが41%そしてミャンマー政府が残りの10%となっている。先行開発区は396へクタールあり、ゾーンAと呼ばれている。ゾーンAはフェーズⅠ(189ヘクタール)およびフェーズⅡに分けられており、前者は2015年半ばには完成し、同年9月23日開業の記念式典が行われた。2015年6月末で入居契約を交わした企業は41社であり、その内訳は日本が最も多く21社でほぼ半分を占めている。続いてミャンマーが5社、台湾が4社、タイが3社、中国が2社、ほかに米国、スウェーデン、豪州、マレーシア、シンガポール、香港がそれぞれ1社ずつとなっている。なお、9月段階では契約企業は47社に増えている。雇用者数は5~6万人が見込まれている。今後は、隣接地700ヘクタールが追加的に開発される。(Myanmar News Brief 第87号、日本経済新聞2015年9月24日付)

4. むすび

テイン・セイン政権になってミャンマーの投資環境は大きく変わりつつある。何よりも大半の経済制裁が解除された意義が大きい。経済制裁が解除されたことにより、欧米諸国および日本そして国際機関の経済支援が本格化した。これにより、電力、運輸(道路、橋梁、鉄道など)、通信、経済特区の整備、上水道等の生活インフラなどの経済活動必須のインフラ整備が進み出した。とりわけ、日本のODAの中でも円借款が再開されたインパクトは大きい。経済制裁の解除、インフラ整備の進展、為替・金融制度の改革などによる投資環境が整備されるにつれ、民間企業のミャンマーに対する投資意欲は高まっている。2013年度および2014年度の投資額(FDI)は41億ドルおよび80億ドルに達している。2015年6月30日現在の累計投資額は566億ドルに達しているが、そのうちのほぼ7割は石油・天然ガスおよび電力に向けられていた。しかし、近年は労働集約産業への投資が増えていることもあり、製造業が1割のシェアを占め第3位に顔を出している。日系企業の投資額は5億ドル強で現段階ではさほど目立つものではない。しかし、インフラ整備、ティラワの経済特区の開業、邦銀の支店開設などを契機に日系企業の進出が本格化することが予想される。

(追記)
2015年11月8日総選挙が実施され、国民民主連盟(NLD)が改選議席の3分の2以上を獲得し総議席の過半数を制した。大統領、国軍最高司令官も結果を尊重すると言明しており、政権移譲が確実となった。経済政策は当面大きな変更はないとみられている。

参考文献

  • 国際機関日本アセアンセンター(2015)『ミャンマー投資セミナー』(配布資料)
  • 小島英太郎(2013)「ミャンマー 欧米企業の参入が加速」(『ジェトロセンサー』世界のビジネス潮流を読むAREA REPORT)
  • 下斗米一明(2012)「ミャンマー経済制裁の行方―外国企業にとっての進出環境―」(三井物産戦略研究所欧米室)
  • ピークス・グローバル・パートナーズ株式会社刊 『ミャンマー・ニューズ・ブリーフ(MNB: Myanmar News Brief)』各号
  • ミャンマー投資委員会(2015)『ミャンマー投資ガイド2014』

参考レート

プロフィール

西澤信善(にしざわ・のぶよし)

東亜大学人間科学部および近畿大学客員教授。神戸大学名誉教授。神戸大学大学院経済学研究科博士課程中途退学。アジア経済研究所(現日本貿易振興機構アジア経済研究所)に入所し、神戸大学大学院国際協力研究科教授、近畿大学経済学部教授などを経て、2014年4月から現職。1977~79年在ビルマ日本大使館勤務。専攻はミャンマー経済を中心とする東南アジア経済論。主な著作に『メコン地域開発とASEAN共同体 ―域内格差の是正を目指して』(共編著、晃洋書房、2014年)、『アジア経済論』(共編著、ミネルヴァ書房、2004年)、『ミャンマーの経済改革と開放政策――軍政10年の総括』(勁草書房、2000年)など。

2016年1月 フォーカス:アジア諸国の日系企業をとりまく投資環境の変化と労使関係

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