アジア諸国の日系企業をとりまく投資環境の変化と労使関係:インドネシア
最近の労働事情

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弁護士 竹内 哲

  1. 最低賃金に関する規制
  2. 非正規雇用に関する規制
  3. 社会保険制度
  4. 外国人雇用に関する法制
  5. まとめ

ASEAN加盟国の中で最大の人口を擁するインドネシアに対しては、日系企業による投資が依然として堅調であり、進出後の日系企業が実際に現地でビジネスを行うに際して、インドネシアの労働法制及び労働事情は無視できないものとなってきている。インドネシアの労働法制及び労働事情については、近時大きく変化をしてきていることもあり、基本的な事項については理解をしておくことが望ましい。

労働法制に関するテーマは、多岐にわたるが、本稿では、インドネシアにおける最近の労働事情を象徴する規制として、最低賃金に関する規制、非正規雇用に関する規制、新たな社会保険制度及び外国人雇用に関する規制について、以下簡潔に紹介する。

1. 最低賃金に関する規制

最低賃金の決定方法

インドネシアの最低賃金は、基本給及び固定手当から構成される固定給についての最低限を定めるものであり、各州、各県、事業セクターごとに毎年決定される。最低賃金額については、従来、各自治体ごとに、KHL(Kebutuhan Hidup Layak)と呼ばれる適切な生活水準に必要な費用(1日3000キロカロリーを確保する生活水準を維持するための費用であり、食料品・衣服・家賃などの種目で構成される)を参考に毎年決定されていた。

しかし、2015年10月23日に施行された賃金に関する政令2015年78号によれば、これまでの最低賃金の決定プロセスを変更し、インフレ率と経済成長率を基に翌年の最低賃金の上昇率を自動的に算定する方式を全自治体で適用することが予定されている。2016年の最低賃金は新政令に定められた算定方式により計算されることになる(注1)

主要地方自治体における近年の最低賃金額の推移

表1は、ジャカルタ、ジャカルタ郊外で日系企業が多く所在するブカシ県・カラワン県及びインドネシア第2の都市であるスラバヤにおける過去4年間の最低賃金額の推移を記載したものである。

2012年には全国的な最低賃金引き上げのゼネラルストライキが起きたことから、2013年の最低賃金額が2012年のものと比べて大きく上昇し、その後も前年比で10%から20%前後の上昇率を記録している。豊富な労働力を必要とする日系製造業が多く所在する、ブカシ県及びカラワン県の2015年の最低賃金額については、2012年と比較した場合、その水準は2倍近く又は2倍以上のレベルまで上昇してきている。為替相場やインフレ率の変動を勘案しても、この数年で企業側の人件費負担が極めて大きくなってきていることがうかがえる。また、最低賃金額の上昇率は、個別企業の労働者・労働組合が翌年の賃金水準を企業と交渉する際にも参考とされるものであり、実勢賃金額という観点からは、企業が負担する一人当たりの人件費は表1に記載の最低賃金額を上回る水準である場合も多い。

表1:主要地方自治体の過去4年間における最低賃金の推移
(単位:ルピア、括弧欄は前年比上昇率)
  2012 2013 2014 2015
ジャカルタ 1,529,150 2,200,000
(44%)
2,441,301
(11%)
2,700,000
(11%)
ブカシ県 1,491,000 2,002,000
(34%)
2,447,445
(22%)
2,840,000
(16%)
カラワン県 1,269,227 2,000,000
(58%)
2,447,450
(22%)
2,957,450
(21%)
スラバヤ 1,257,000 1,740,000
(38%)
2,200,000
(26%)
2,710,000
(23%)

最低賃金の支払延期制度

最低賃金額の上昇に対応できない企業は、労使間の合意に基づく書面申請により、上昇後の最低賃金額の支払開始時期を延期することが認められている(注2)。かかる申請が認められる場合には、支払延期が認められる期間、対象となる従業員数及び延期期間中に従業員に支払うべき賃金額が、個別に決定される。しかしながら、かかる支払延期は、基本的には内資企業による申請が認められているようであり、日系企業を含めた外資企業による申請は認められづらいのが現状である。

2. 非正規雇用に関する規制

非正規雇用の種類

インドネシア労働法は、労働者保護のための規定が多く見られるが、正社員(期間の定めのない従業員)に関しては、解雇が厳しく制限されており、解雇をする場合においても、法律上高額の退職給付金の支給が予定されている。例えば、定年退職をする場合、最大で月額固定給の約32カ月分の退職給付金が法の求める最低ラインとして定められている。他方で、有期雇用社員、業務委託社員、派遣社員などの非正規雇用社員については、このような厳しい解雇制限及び退職金給付義務は定められていない。そのため、効率的な労務管理という観点から、企業としては非正規雇用をなるべく多く利用することに魅力を感じる。しかし、インドネシアにおいては、従来から労働者側からの非正規雇用社員の正社員化要求は活発であり、非正規雇用の制限という一大労働テーマに応える形で、2012年には業務委託社員及び派遣社員を利用できる範囲を限定する内容のアウトソーシングに関する規則が制定されている(注3)

非正規雇用の利用の範囲

表2は、有期雇用・業務委託・派遣の利用が可能な業務の一覧である。
この表の通り、法令上、非正規雇用が利用できる範囲は限定されている。有期雇用については一時的な業務についてのみ利用できることが前提とされているほか、業務委託についてはノンコア業務についてのみ利用が可能であり、派遣については利用できる業種が五つに制限されている。

さらに、有期雇用において一時的な業務であるかの判断基準については、具体的な行政指針等が存在せず、何をもって一時的な業務であるかについての明確な判断基準が存在しない。また、業務委託におけるノンコア業務であるか否かの判断基準は、上記アウトソーシングに関する規則上、各業界団体が業務フローを作成することにより定められるものとされているが、未だ業務フローが制定されていない業界団体も相当数存在する。

このように法令解釈が不明瞭である一方で、労働者側(労働組合及び労働局)は、使用者側の非正規雇用が違法なものであり、正規雇用に変更すべきであるという要求や指摘をしてくるため、使用者側としては、頭を抱えることが多い。

表2:非正規雇用の種類
非正規雇用の類型 対象業務
有期雇用契約
  1. 一度で終了する業務又は性質上一時的な性質の業務
  2. 3年以内に完了することが見込まれる業務
  3. 季節的な業務、または、
  4. 新製品・新サービスまたは調査実験段階にある製品に関連する業務
業務委託
  1. 委託会社のコア業務とは切り離されている業務
  2. 委託会社の直接・間接的命令に基づき遂行される業務
  3. 事業の補助的な活動である業務、かつ、
  4. 直接的に生産工程を妨げない業務
派遣
  1. クリーニングサービス
  2. 労働者用のケータリングサービス
  3. 警備員
  4. 鉱業・石油業の補助的サービス
  5. 労働者用の輸送サービス

外資企業の実態

2012年にアウトソーシングに関する規則が制定されたことを契機に、正社員、契約社員、派遣・業務委託社員の内訳を再考し、非正規雇用社員の正社員化を進めている外資企業も多く存在するが、依然として全ての企業で対応をできているわけではない。工場において数百人規模の人数を契約社員として雇用している場合、これらの社員を全て正社員化するということは、財務的にも極めてインパクトが大きい(前述の通り、正社員にすると、解雇が難しくなるほか、労働法の定める退職給付金の計算式に基づき退職給付金が算定されることになる)。現実的には、一度に全員を正社員化することは、インドネシアでビジネスを継続するためには困難であることも多いため、会社としては、正社員化を段階的に進めていくことを労働者・労働組合側に理解してもらうように努め、かつ、実際にも実行していく必要がある問題であるように思われる。

3. 社会保険制度

新たな社会保険制度

インドネシアでは、従来の労働者社会保障制度(JAMSOSTEK)に代わり、2014年1月より発足された社会保険庁(BPJS)の下での新たな社会保険制度(以下、本制度について通称であるBPJSという用語を用いる)が開始されている(注4)。従来のJAMSOSTEKにおいては、労災保険、死亡保険、老齢保険についてはインドネシア人のみが強制加入の対象であり、また、医療保険及び年金については任意加入とされていた。しかし、新たに開始されたBPJSの下では、全てのインドネシア人労働者及び6カ月を超えてインドネシアにおいて就労する外国人は、全ての社会保険(医療保険、労災保険、死亡保険、老齢保険、年金)に加入する必要がある。

社会保険料率

社会保険料率については、2014年1月のBPJS開始以降も議論が続けられてきており、近時内容が確定した。表3は、2015年10月時点における社会保険料率の一覧である。月額賃金についてこの負担割合にて労使で保険料の分担を行う。

医療保険制度(BPJS Kesehatanは、インドネシアにおける国民皆保険を企図したものである。保険料については、労働者の医療保険は、表3の負担割合にて労使で分担を行い、非労働者による保険料は政府が負担することとされている。また、2015年において医療保険料の負担を求められる対象賃金の上限額は700万ルピア(月額)とされている。医療保険制度の問題点としては、医療サービスを受けられる医療機関が、公的な診療機関及び医療保険制度に協賛している病院に限られており、必ずしも十分な医療を受けられるわけではないことが挙げられている。なお、任意で民間の医療保険に加入することは可能である。

また、労働保険(BPJS Ketenagakerjaan)については、保険料率の議論が長引いたため、2015年7月から制度が本格的に開始されている。年金については、将来、労使負担双方分合わせて8%(会社5%、従業員3%)まで引き上げられる予定である。また、2015年において年金支払の負担を求められる対象賃金の上限額についても700万ルピア(月額)とされている。

表3:BPJS社会保険概要
社会保険 会社負担 従業員負担
医療保険(BPJS Kesehatan) 4% 1%
労働保険(BPJS Ketenagakerjaan)
死亡保険 0.30%
労災保険 0.24%~1.74%
(業種により異なる)
老齢保険(一時金) 3.7% 2%
年金 2% 1%

4. 外国人雇用に関する法制

外国人雇用に関する連続した法改正

インドネシアにおいて外国人を雇用するためには、日系企業などの現地法人を含むインドネシア法人等の雇用主が外国人雇用計画書(RPTKA)を作成の上、就労許可(IMTA)を取得する必要がある。他方で、当該外国人においては暫定滞在許可(ITAS。暫定滞在許可証についてはKITAS)を取得することが必要となる。

外国人雇用に関しては、近時大きな法改正が連続して行われた。まず、2015年6月29日に労働移住大臣規則2015年第16号(第16号)が施行され、居住外国人役員のみならず、非居住外国人役員にまでIMTAの取得を義務付ける内容などが盛り込まれていたことから、実務では非常に多くの混乱が生じていた。しかし、2015年10月23日に、第16号の一部を改正する労働移住大臣規則2015年第35号(第35号)が制定され、第16号により実務上障害となっていたいくつかの制限が削除されるに至っている。かかる法改正は、インドネシアにおける朝令暮改的な法律改正を象徴するものであるが、短期間での見直しであったことからも、今後も追加の改正等が行われないかについて注意をしておく必要がある。

表4は、外国人雇用に関する主要な論点について、第16号及び第35号における変更点をまとめたものである。

外国人労働者の要件

外国人労働者の要件については、第16号制定以前の規則(注5)(旧規則)においては、インドネシア語によるコミュニケーションが可能であることが要件とされていたところ、同要件は第16号において削除されている。また、旧規則から追加された要件として、6カ月を超えて就労する外国人労働者については、納税者番号(NPWP)の取得・BPJSへの加入が義務付けられたほか、インドネシアの保険に加入することも求められている。第16号に定められている外国人労働者の要件については、第35号においても変更が加えられていないことから、現在も有効な規定である。

表4:外国人雇用の主要な規則
規則内容 労働移住大臣規則2015年第16号
(2015年6月29日施行)
労働移住大臣規則2015年第35号
(2015年10月23日施行)
外国人労働者の要件 外国人労働者は以下の要件を満たす必要がある。但し、1から3は取締役・コミサリス(注)などの役員等には適用されない。また、5以外は一時的業務を行うための外国人には適用されない。
  1. 就任する役職に応じた学歴を保有していること
  2. 就任する役職に応じた能力を有する証明書を保持していることまたは5年以上の実務経験を有していること
  3. インドネシア人に対して知識・技術移転を行う誓約書を提出していること
  4. 6カ月を超えて就労する外国人労働者については、NPWPを保有していること及びBPJSへ加入していること
  5. インドネシアの保険に加入していること
第35号による変更の対象ではなく、本要件は依然として有効である。
インドネシア人労働者の雇用義務 外国人労働者1人につき10人のインドネシア人労働者を雇用する必要がある(駐在員事務所を含む)。但し、取締役・コミサリス、一時的業務及び緊急業務を行うための外国人労働者には適用されない。 第35号により本義務は削除
非居住外国人取締役・コミサリスのIMTA取得義務 非居住外国人取締役・コミサリスであっても、IMTAを取得する必要がある。 第35号により本義務は削除
一時的業務のためのRPTKA/IMTAの範囲 管轄機関から許可を受けた商業目的の映画製作を行う場合、機械・電気工事やアフターセールスに関する業務を行う場合、インドネシアの会社の監査などを行う場合、セミナーを行う場合、会議に出席する場合等には、一時的業務のためのRPTKA/IMTAを取得する必要がある。 第35号により、一時的業務のためのRPTKA/IMTAを取得する必要がある場合について、セミナーを行う場合や会議に出席する場合が削除された。

(注)コミサリスは、コミサリス会の構成員である。コミサリス会は、取締役会による会社経営を監督し、取締役会に対して助言を行う会社機関であり、日本の監査役会に類似した性格を有する。

インドネシア人労働者の雇用義務

インドネシア人労働者の雇用義務については、第16号では、駐在員事務所の場合を含めて、1人の外国人労働者を雇用する場合には、最低10人のインドネシア人労働者を雇用することが求められていた。かかる雇用義務については、製造業などでは満たすことが容易である一方、サービス業などでは満たすことが難しく、実務上、対応に苦慮をしている企業が多かった。しかし、第35号により本義務は削除されている。そのため、今後は、以前のように、個別の申請ごとに外国人労働者1人に対して雇用すべきインドネシア人労働者の人数が定められることになるものと思われる。

非居住外国人取締役・コミサリスのIMTA取得義務

第16号の最大の改正点として、同規則上、非居住の外国人取締役及びコミサリスに係るIMTAの取得義務が明記されていた。多くの日系企業はインドネシア現地法人に非居住外国人取締役・コミサリスを設けていたことから、第16号が施行されてからは対応方法の検討に追われていた。特に、IMTAの取得に関しては、非居住外国人役員に対して、インドネシアにおいてグローバル所得ベースでの納税義務を課せられることになるのではないかという点について不明確な点が残っていた。そのため、IMTA取得にすぐには踏み切れず、実務ではかなりの混乱が生じていた。しかしながら、第35号により本義務が削除されたことにより、非居住外国人役員のためのIMTAの取得は不要となったことから、この問題はひとまずの解決を見たものと思われる。

一時的業務のためのRPTKA及びIMTAの範囲

第16号では、一時的業務のためのRPTKA及びIMTAが必要となる業務の範囲が拡大され、外国人が、管轄機関から許可を受けた商業目的の映画製作を行う場合、機械・電気工事やアフターセールスに関する業務を行う場合、インドネシアの会社の監査等を行う場合、セミナーを行う場合、会議に出席する場合等であっても、一時的業務のためのRPTKA/IMTAを取得することが求められていた。第16号が制定される以前は、セミナーや会議出席を行うためには、到着ビザ(非観光ビザ。入国時に35米ドルを支払うことにより取得できるビザ)又はビジネスビザで対応をするケースが多かったところ、同改正により到着ビザ及びビジネスビザの利用範囲が制限されることが懸念されていた。しかし、第35号によりセミナーや会議出席目的でインドネシアに訪問する場合には、一時的業務のためのRPTKA及びIMTAの取得が不要である旨が明記されたため、従来通り、到着ビザ又はビジネスビザによる対応が今後も継続するように思われる。

5. まとめ

最低賃金の上昇、非正規雇用の利用範囲の制限、新社会保険制度の下での新たな保険料負担、そして、外国人雇用に関する規制と、近時のインドネシアの労働法制及び労働環境は、従来よりも厳しいものとなってきており、また、法改正も頻繁に行われている。そのため、インドネシアへ既に進出をしている企業は、今後も法令・実務動向にも目を配りながら、現地法人における適切な労務管理を行うことが求められる。

※本稿に記載されている見解は、筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する法律事務所の見解を示すものではない。

参考レート

プロフィール

竹内哲(たけうち・てつ)

森・濱田松本法律事務所弁護士。2007年弁護士登録。2014年3月より、インドネシア・ジャカルタのAKSET法律事務所に出向。特にインドネシアへの日系企業による進出案件(M&A・JV設立)を手がけるほか、進出後の労務、コンプライアンス、コーポレートガバナンス等に関する各種相談を多数取り扱う。インドネシアに関する著書としては 『外国公務員贈賄規制と実務対応-海外進出企業のためのグローバルコンプライアンス』(共著、商事法務、2014年)。インドネシア法務に関する講演実績多数。

2016年1月 フォーカス:アジア諸国の日系企業をとりまく投資環境の変化と労使関係

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