2012年2月開催「労働政策フォーラム」要旨
労働の多様化と法

アントワーンリヨン=カーン教授(パリ西ナンテールラデファンス大学)

JILPTは2月23日、ベルサール神保町(東京)にて「労働の多様化と法」をテーマに労働政策フォーラムを開催した。フランスの労働法学者アントワーンリヨン=カーン教授(パリ西ナンテール・ラ・デファンス大学)を招き実施したもの。以下、同教授が行った基調講演の要旨を紹介する。

Ⅰ「均質性」と「多様性」―機能不全に陥った「均質性」信仰

西欧諸国には、20世紀の最後の四半世紀まで支配的であった労働形態の「均質性」が歴史の変動の中で徐々に後退していき、「多様性」が台頭してきたという仮説が存在する。この仮説は、一見受け入れやすいもののように見えるが、実は検証可能なものはごく一部に過ぎない。実際には、多様性は過去にも存在していた。有期労働契約は以前からよく用いられていたし、業務のアウトソーシングも最近になって表れた現象ではない。つまり、「均質性」は一つの傾向であったにすぎないのだ。しかしながら「均質性」は、現実としてより、むしろ理念としてこれまで重要な地位を占めてきた。「均質性」は、20世紀後半の労働法が土台とする労働形態の「暗黙の構図」であったといえる。つまり、使用者と労働者間の関係のみならず、使用者団体と労働者団体間の関係を律するものとしての労働法は、一つのモデルを基にして構想されてきたのである。このモデルの貢献が、労働形態の「均質性」の存在を人々に広く知らしめた。しかし今日、このモデルは労働形態の実態とあまりにかけ離れてきたため、機能不全に陥っている。では、「多様性」の本質とはどのようなものだろうか。「多様性」の分析を行い、労働形態の多様化の動きを捉え直す必要がある。

Ⅱ「多様性」の意味するもの―三種類の多様性

多様性には、「内的多様性」、「雇用の法的形態の多様性」、「労働の性質の多様性」の三種類がある。

1.内的多様性

内的多様性における「内的」とは、従属労働とその労働条件に対して内的であることを意味する。つまり、これは労働条件に関わる多様性であるが、特に西欧諸国の大部分において労働協約で規定していた(すなわち均質化されていた)三つの要素の一つ、もしくは複数に関わる多様性だ。三つの要素とは、労働時間(時間の長さと勤務時間帯)、勤務場所(居住場所とは異なるのが原則)、賃金(労働時間の長さにスライドしているゆえに製品市場の変動には左右されない不可逆的賃金)である。これらの要素は伝統的に労使交渉で調整されており、国によっては法律で決定されてきた。団体交渉にしても法律にしても、これらの三つの要素の均質化を目指していた。すなわち、多様性を限定しようとしてきたのである。

こうした過去の秩序に変わって、その後、多様性が表出しはじめた。今日、多様な労働時間制度(イギリスやフランスが顕著な例であり場合によっては極端な個別化にまで至っている)や在宅勤務、成果主義報酬の増加といった傾向は至るところで見られる。実を言えば、それらは内的(企業内)フレキシビリティーと呼ばれるものの表れだ。こうしたフレキシビリティーが今や多くの国で奨励されている。

2.雇用の法的形態の多様性

(1)新しい雇用形態の出現

就労の法的形態という概念を正確に理解するには、労働法が長い間拠り所としてきた雇用モデルを振り返る必要がある。このモデルにおける労働契約は、キャリア展望の基礎を作るため無期契約であった。また労働時間は、労働者自身とその家族にとって必要なリソースを保証するためのフルタイムとみなされていた。しかし、有期契約の増加(スペインでは、労働者の三分の一が有期雇用である)とパートタイム労働の発展により、契約期間と労働時間の多様化が進んだ。

多様化は契約期間と労働時間に限らない。直接雇用の代替形態の発達、すなわち仲介業の出現を伴う間接雇用の発展も多様化の原因となっている。代表的な例が派遣労働だが、その他にも様々な新しい雇用形態が生まれてきた。従来のモデルと最もかけ離れている業態は、雇用仲介業者である。彼らは何の区別も制限も受けることなく、労働者を募集し、賃金を支払い、使用者のもとに派遣する雇用エージェンシーだ。これは一種の“雇用なき労働力の使用者”の登場を意味する。西欧の国々およびEUが、雇用の法的形態の多様化にどのように対応したかは興味深い研究テーマである。

(2)EU域内における調整

ところでフルタイムの直接雇用と異なる雇用形態は、どれも同じように評価されているわけではない。これらの形態が持つ一般的な利点が、一致した評価を受けたわけではないのだ。むしろ、その逆である。これを示すのがEUの法的アプローチである。EUは、三つの雇用形態を対象として域内の調和を図ろうと試みた。すなわち、EUの12カ国、次いで15カ国、最終的には27カ国の間で、共通の基準作りの方向性が模索された。対象となったのは次の三形態である。

  1. 派遣労働(2008年11月19日指令)
  2. 有期労働(1999年5月18日欧州枠組み協定、1999年6月28日指令)
  3. パートタイム労働(1997年6月6日欧州枠組み協定、1997年12月15日指令)
1.派遣労働

これらの法規制の成立時期を比較すると、派遣労働の成立の遅さはEU加盟国間の意見の不一致が高かったことを意味している。派遣労働―より一般的には労働市場における派遣仲介業は、ある国々においては最も危険で最も秩序を乱すものとみなされてきた。それゆえ、いくつかの国では長い間あらゆる仲介を禁じていた。フランスがその原則を受け入れられたのは1972年であり、イタリアやスペインは最近のことである(イタリアは1997年、スペインは1994年に派遣労働に関する法律を定めた)。現在のEU加盟国間の意見不一致は、2タイプの国々の間で見られる。すなわち、労働者派遣業を認めるが、専門的職種に限りその使用を認めているフランス、ドイツなどのタイプと、より広く雇用仲介業を認めようとする国々のタイプだ。しかし前者の国でさえ、派遣労働の使用に対して、どのような規制を加えるべきかに関しては意見が一致しているわけではない。EU法においては、労働者派遣の定義が定められておらず、上述の派遣労働に関するEU指令は、控え目な目標しか掲げていない。

2.有期労働

一方、有期労働については、EU加盟国間である程度一致した評価がなされている。ここで重要なのは、労使双方が有期労働協約締結に至り、そしてこの欧州労働協約が後にEU指令で認可されるなかで、期間の定めのない労働契約が雇用関係の一般的な形態であるという立場がとられた点だ。この宣言には大きな価値があるし、現実的な影響力も持つ。なぜなら、非合法的に締結されたいかなる有期契約も、期間の定めなく締結されたものとみなされるからだ。欧州労働協約の内容自体はかなりささやかなものであり、有期雇用での使用における合理性を要求しているだけで、濫用防止の厳密な方法を定義してはいない。しかし、どのようにして有期契約の反復更新という濫用を回避するかについて、各国で検討することを定めている。有期雇用の濫用防止への対策は、国によってバラツキがある。いくつかの国は、無期契約を解約(解雇)する場合に正当な理由が必要とされるように、有期雇用の利用についても正当な理由があることを条件としている。これに対して、有期契約の期間を制限するに留まっている国もある。フランスはおそらく、EUの中で最も厳格な法規制を適用している国の一つであろう。有期雇用を利用する理由に制限を設けているだけでなく、原則として、労働者にはかなりの額の不安定補償手当を受け取る権利が与えられている。この手当の目的は使用者が有期雇用の乱用を防ぐことだ。規制の緩い国もあるが、こうした国では、有期労働は伝統的な無期契約労働者の身分を保ったまま企業の需要に応えることが出来る制度だとみなされている。

3.パートタイム労働

他方、パートタイム労働は、何らの制限的な規制の対象となっていない。それどころか、これはEUの法律が奨励しようとする雇用形態であり、この利用を難しくするような各国の規制を禁止しているほどである。

以上のように、労働法は様々な雇用の法的形態を同一にはとらえてはいない。

3)均等待遇

また、EU法はこれらの雇用形態に該当する労働者に有利な形で均等待遇の規則を認めている。この均等待遇の規則は、一般には次のように表現される。「パートタイム労働者は、比較可能なフルタイム労働者と比べて不利益な取扱いを受けてはならない。有期契約労働者は、それと比較可能な無期労働者よりも不利益な取扱いを受けてはならない。派遣労働者は、使用企業に直接採用された労働者よりも不利益な取扱いを受けてはならない。」このような均等待遇の規則の存在は、これらの雇用形態を正常化することに寄与している。別の言い方をすれば、これらの雇用を許そうとしている。しかし同時に、これらの雇用形態を通じて、大幅な規制緩和がされることを禁じるものでもある。

しかし、これらのルールの適用には微妙な問題があり、時には非常にリベラルな解釈の対象となっている。例えばこれらのルールを無視することなく、企業の需要に応じて、すなわち最低労働時間を定めずに、パートタイム労働者が提供するサービスを利用することは可能だろうか? 欧州裁判所は、「平等取扱いのルールは、最低労働時間の保障も勤務時間帯の保障も一切ないまま必要なときに呼び出す労働形態を禁ずるものではない」との判断を下した。欧州裁判所の説明によれば、オンコールワーカーをフルタイム労働者と比較することは出来ない。なぜなら前者は申し出があった仕事を受諾もしくは拒絶出来るが、後者は出来ないからだ。この説明は、批判されている労働形態(オンコールワーク)を均等待遇原則の適用要件となる比較可能性の判断の素材として使っている点で問題だ。

3.労働の性質の多様性

三点目は、労働関係の性格づけに関わる多様性である。これはいくつかの点で一点目と二点目の多様性の延長であると言える。しかし、これは端的に言えば、国によって程度の違いこそあれ、従属労働とも独立自営労働とも呼べない労働形態の増加が引き起こす多様性だといえる。最近の調査により、その多くはこれまでの労働形態を踏襲することのない新しい形の労働であることが明らかになっている。西欧諸国は、こうした労働者の処遇はどうあるべきかという問題について検討を始めている。スペイン、イタリア、ドイツなどのように、すでに規範的なイニシアティブをとっている国もある。

(1)「従属労働」と「独立自営労働」

西欧諸国における「労働者の真の職業的自立」、「指令者への明らかな従属」のいずれの特徴にも該当しない労働形態の増加は、労働法の根本にある歴史的疑問を改めて突き付けた。どのような特性に基づけば、どのような基準を当てはめれば、労働法を形作る全てのルールを正当に適用できる労働者を識別できるのだろうか? どのような特性に基づいてどのような基準に当てはめて識別すべきなのだろうかという問いである。この疑問の背景には、労働を従属労働と独立自営労働とに二分する考え方の有効性が疑問視されていることがある。労働に適用される様々な法制度を正当化する根拠として、この区分方法に疑問の声が挙がっているのだ。こうした当惑は部分的に従属している独立自営労働者を指す名称が無秩序に使われている事にも表れている。「疑似従属労働者」、「見かけ上の独立自営労働者」、「経済的に従属している労働者」などだ。そして、この最後の「経済的に従属している労働者」という表現は問題の核心を突いている。こうした労働者たちは一般に独立自営労働者のカテゴリーに属するが、経済的には(相対的に)従属している状況にある。

(2)「経済的に従属している労働」

「経済的に従属している労働者」を対象とした西欧諸国で初めて成立した法規は、こうした労働者の定義について幾つかの基準を示している。主な基準は以下のとおりであるが、 現実にはこうした基準の複数に当てはまることがある。

  • 実行している労働の種類が、従属労働者と同等の社会的保護を必要としている。
  • 注文主の仲介を受けているので、労働者本人に市場との接触がない。
  • 収入の大半を特定の注文主に依存している(ドイツとスペインでは、収入の一定パーセンテージを特定の注文主に依存している労働者を対象とする新たなルールを設けている)。
  • 主な注文主の活動に合わせて労働者の活動が調整されている。
  • 注文主との関係が長期である。

(3)法はどのように対応しようとしているか

これら形態への対応策として法は三つの戦略を持っている。

第一の戦略は、新たな労働者カテゴリーを創ることなく、労働者を従属労働者と独立自営労働者に二分する方式を維持し、その上で従属労働のカテゴリーを見直して、経済的に従属している労働者を組み入れるというものだ。これは、経済的に従属している労働者は「偽りの独立自営労働者」だと考える人々が支持する戦略である。従属労働のカテゴリーの拡張は通常、カテゴリーを定義する権限を持つ機関の判断に任される。西欧においては、幾つかの例を除き、こうした定義は判例に従う。従って、この戦略が成功するかどうかは、裁判官たちが労働法の範囲の新たな拡張が有益であると考えるかどうかによる。この戦略の変種として、法律によって労働法の全てもしくは一部を、たとえ非従属であろうと、ある種の労働者に適用することが考えられる。フランスの法律では、独立自営であるか、従属しているかに関わらず、特定のカテゴリーの労働者に対して労働法の範囲を拡張している(例:流通網の販売拠点を管理運営する者を保護するための拡張)。

第二の戦略は、新たなカテゴリーを創り、これに名前を与え(疑似従属、もしくは経済的従属労働など)、このカテゴリーのために適切な制度を考案することだ。これはスペインの法律が最近選択した戦略であり、ドイツとイタリアの法律もスペインほどは踏み込まないもののやはりこれを選択している。フランスの法律も幾つかの職業(例:ホテルの管理運営を任された受任者と呼ばれる支配人)にこの戦略を適用した。この戦略を適用するには、従属労働や独立自営労働とは区別される経済的従属労働の基準を定義する必要がある。また、この新カテゴリーに適用すべき制度の中身の定義も必須である。これはおそらく、最もとりやすい戦略だ。従属労働と独立自営労働との中間に位置するこのカテゴリーを定義する基準、および、これに対応するルールの中身を決定する作業を政府と議会に任せればよいからだ。しかしながら西欧の歴史を鑑みると、この戦略には限界があるだろうとも思われる。他の法律との間に整合性の欠如が出るからだ。また利益団体の影響を許してしまう可能性もある。

第三の戦略はより野心的なものだ。それは保護の新たな適正化を目指すものである。これには、カテゴリーの総体的再編成が必要となる。つまり、独立自営労働と従属労働を両極として、この間にいくつかのステップ(従属の度合いに応じた段階)があるとし、様々な労働形態を連続性のなかに位置づけて分析する必要がある。これにより、両極に挟まれたいずれの場所に位置する労働者も、共通の土台としての基本的権利が認められることになる。この土台には個人の尊厳、職業の自由、均等、労働の安全と衛生、組合の自由、団体交渉、ストライキ、妊娠の保護、職業生活と私生活の両立、社会保障に関する権利が含まれる。この土台の上で保護は適正化され、従属の度合いに応じて定めていくことになるだろうが、従属労働者に対する現行の保護は存続する可能性がある。

このような戦略がある程度の現実性を持つには、いくつかの条件がある。つまり、当事者である労働者とその代表が、この戦略に積極的に関与することと、それぞれが他者との比較のうえで自分自身を定義し、ある場合には自身に適用されている制度(もしくは法的身分)を正当化もしくは固定化するために用いているカテゴリー分けを問い直すことが求められる。保護の再編成はその前段階として、現在のカテゴリーの解体を必要とするので、この戦略は複雑なプロセスを必要とする。もちろん、このような戦略は完全に実施されないとしても、より限定的な役割を担い、労働に関する法律全般の漸進的改訂のガイドラインになる可能性もある。

Ⅲまとめ

労働の多様化は、労働法の表面部分だけでなく、その根幹部分にも深く影響を及ぼすものである。雇用形態の多様化に伴って、平等の概念そのものが問い直されている。雇用形態の性質の多様化に伴って、労働法の正当性そのものが議論の対象とされ、法を作り出している方法もまた問われるに至っている。

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