ドイツの失業対策
—「雇用の奇跡」と労働時間—

JILPT招聘研究員 ハルトムート・ザイフェルト

戦後最悪ともいわれる経済危機において、ドイツ労働市場の状況は危機に見舞われた他国よりもはるかに深刻であった。こうした中で、短時間労働やフレックスタイムの積極的な利用が、ほとんど不可避と思われた雇用減少を緩和した。これはドイツの「雇用の奇跡」(注1)とも言われている。労働時間の推移は、ドイツにおける労働市場のフレキシビリティーと労働協約の規定が対立するものではないことをはっきりと証明した。多数の労働協約は、過去20年間、可変的な所定労働時間またはコリドールモデル、雇用保障契約(金属産業)や労働時間口座の利用を拡大してきた。商品・サービスの需要の低下に合わせて労働時間を調整するこれらの方法がなければ、2009年末までに100万人を超える雇用が失われていたであろう(注2)。

本稿では、ドイツにおけるこれまでの労働時間柔軟化の経緯を概観し、今回の経済危機の特徴と過去の景気後退期と比較した労働時間の役割の変化を明らかにする。さらに労働時間短縮をめぐり新たに浮上してきたいくつかの問題の指摘を行うとともに、今後の展望を試みることとしたい。

1.労働時間柔軟化の経緯

近年の2つの傾向が、ドイツにおいてフレックスタイムの利用を拡大した。一つ目は、ますます多くの労働協約が企業協定の枠内で標準労働時間から逸脱することを認めていること。二つ目は、労働協約上の所定労働時間を可変的に配分することができる労働時間口座が普及したことである。

(1)労働協約上のコリドール規定

フォルクスワーゲン社が1994年に週4日制を期限付きで導入し約2万人の雇用を保障して以降、いくつかの業界の労働協約当事者が標準労働時間からの逸脱を可能にする規定を取り決めた。業界や労働協約分野によって期限付き労働時間短縮の範囲には差があり、調整幅は週当たり2.5時間から8.5時間、あるいは所定の週労働時間の6.75%から25%までとした。所定労働時間の期限付き短縮は、企業全体に適用する場合もあれば、企業の一部または一定の従業員群に適用する場合もある。これにより企業は、必要な労働力を柔軟かつ的確にコントロールできるようになった。

さらに多くの業界で、経済状況に応じて労働時間の短縮だけでなく延長も可能とする可変的な労働時間制度導入の動きが加速した。これは、時短政策の中で労働時間の設定を一定の幅で認める制度であり、「労働時間回廊(コリドール)モデル」と呼ばれる。化学産業界においては、標準労働時間37.5時間に対して週労働時間の調整幅は週35時間から40時間であり、金属産業界においては標準労働時間35時間に対して調整幅は30時間から40時間である。その見返りとして、一連の労働協約は雇用保障を定めている。協定期間中は、操業短縮の対象とされた従業員は、企業側の理由に基づいて解雇されてはならない。従業員20名以上の企業の事業所委員会に対するアンケート調査の結果によれば、好景気だった2007年、事業所委員会のある企業のほぼ4分の1(23%)が、少なくとも一時的に所定労働時間を延長していた。景気浮揚において労働時間を延長していた企業は、2008年に始まる経済危機下では、労働協約上の標準労働時間の水準に引き下げるだけでなく、コリドール規定の下限にまで引き下げた。経済危機から特に強い影響を受けた金属産業の企業は、労働時間を上限まで延長していた場合、この規定によってのみ、労働時間を最大25%引き下げられる。逆に、すでに経済危機の開始以前に労働時間を短縮していた企業は、調整幅を利用し尽くしているため、雇用保障のためには、労働時間口座の利用しか手段は残されていなかった。

(2)労働時間口座

労働時間口座は、労働量を変動する需要に合わせて調整するもうひとつの方法である。硬直的な所定労働時間という従来のモデルと異なり、いまや労働時間とは、期間によって一定幅の範囲内で上下に逸脱しながら、一定期間内に達成すべき平均値を示すものとなっている。

労働時間口座の普及に関するデータは、どのような定義をするかにもよるが、最近の調査 によると全就業者への労働時間口座の普及を2007年で47%と推計している。経済危機の影響を特に強く受けた加工業においてその割合は54%弱、サービス業で43%である(図1)。

図1 企業規模と経済部門別に見た労働時間口座をもつ従業員(2007)

図1

資料出所:Groß/Schwarz、2009年

労働時間口座の雇用安定に対する貢献のパラメーターは、勘定残高の調整期間と、時間残高・時間債務の規定にある。これまでのところ、調整期間が最大1年の短期口座が主流で、製造業の企業規定は、調整期間を平均40週、産業界全体では31週としている。時間残高と時間債務の基準値は現在のところ体系的に規定されているわけではない。製造業においては、平均で135時間まで時間残高を積み立てることができ、時間債務は平均で65時間に制限されている。産業界全体では、時間残高と時間債務の基準値は、90時間と48時間となっている。これらの基準値は、製造業において年間労働時間(フルタイム就業者)の約12.5%の平均的調整幅、産業界全体において8%強の平均的調整幅となっている。

(3)雇用保障のための労働時間短縮

労働時間口座を、労働協約上の短縮規定またはコリドール規定と組み合わせると、トータルで大きな労働時間の差が生じてくる。景気後退期には、これらのツールを解雇の代案として用いるか、いかなる組み合わせと配分で用いるかという検討がなされる。労働時間口座の形態にせよ労働協約上のコリドールモデルにせよ、可変的労働時間は企業に一定のコストメリットと生産性メリットを与えると考えられている。企業は解雇コストと将来の採用コストを回避し、息の合った作業チームを維持することで、企業独自の人的資源を確保するのである。つまり、大量解雇を行った場合に生じる、生産性と技術革新能力を低減させる企業内の動揺も回避できるメッリトがある。

同様にもちろん従業員も恩恵を受ける。雇用の維持は、とりわけ失業率が高い時期においては重要性が高い。さらにもう一つのメリットは、労働協約に基づく労働時間短縮の場合には所得の低下を伴うが、労働時間口座を利用する場合には伴わないことである。労働時間口座は、景気循環を越えて労働所得を期間内に平準化し、時間債務が積まれる場合でさえ所得を保障するシステムといえる。

2.経済危機と労働時間

世界的な金融危機はドイツを例外とせず、国民経済を戦後最大の経済危機に突き落とした。ドイツ経済は輸出依存度が高いため、世界経済の降下スパイラルの影響を特に強く受けた。国内の景気は、2008年から2009年前半にかけて劇的に後退した後、年央には安定した。以下では、現在の経済危機において、労働時間短縮が雇用政策上最も重要な措置であることを明らかにするため、現在の労働市場の動向を1970年代以降の景気後退期(第1景気後退期~第5景気後退期)の中で比較し検証してみる。

(1)現在の景気後退の特異性と労働市場

現在の景気後退と過去の景気後退期を比較すると、国内総生産の推移が非常に異なっていることがわかる(図2)。現在の景気後退は、08年第1四半期からの最初の5四半期で国内総生産が6.4%低下しており、過去の景気後退期に比べると、圧倒的に深刻な経済の落ち込みを示している。

図2 実質国内総生産の推移(季節調整値)

図2

資料出所:連邦統計庁:独自計算(WSI)

一方、就業の推移を見ると、現在の就業状況は、経済危機が6四半期続いた後でさえ、ほぼ起点水準にある。現在の経済危機の特別な深刻さを考えると、過去の推移に比べて注目すべきものといえよう。失業者数は、過去の景気後退期のように大幅には増加せず、わずかに2.2%(7万5000人)しか増加しなかった(図3)。

図3 就業の推移(季節調整値)

図3

出所:連邦統計庁:独自計算(WSI)

(2)労働時間の大幅な減少

現在の経済危機においては、過去におけるよりもはるかに内的・数的柔軟性の措置が主流となっている。需要の低下に直面した企業は、人員削減によるよりも、主に実労働総量の調整によって、労働量をコントロールしている。このことは、これまでのところ労働時間短縮が、経済危機において雇用政策の最も重要な手段であることを示している。この措置がいかなる効果を発揮するかは、就業者当たりの実労働時間数から直接読み取ることができる(図4)。第3景気後退期を除き、実労働時間数は、過去の景気後退期のいずれにおいても大幅に減少している。特徴的なのは第1と第2景気後退期の最初の6四半期に、就業者一人当たりの実労働時間数が3.5%ないし2.6%しか減少しなかったのに対し、現在の景気後退では4.4%と大幅に減少したことである。

図4 就業者一人当たりの実労働時間(季節調整値)

図4

資料出所:連邦統計庁:独自計算(WSI)

(3)操業短縮

操業短縮は公的労働市場政策の助成措置の一つである。企業は景気の理由から受注が落ち込んだ時は解雇の危険がある雇用ポストを維持するために連邦雇用エージェンシーに操短手当を申請できる。景気操短手当Konjunkurelles Kurzarbeitergeld(社会法典第3巻170条)のほかに季節操短手当Saison-Kurzarbeitergeld(社会法典第3巻175条と合わせて169条第2文)が主に建設業で季節的な需要の落ち込みに対処するためにある。
そのほか事業会社の採用対策を容易にする目的で移行期操短手当Transferkurzarbeitergeldがある。給付金の額は操業短縮の3つの形態すべてが同額。就業者はカットされた労働時間に対して―子供のいない人で60%、子供のいる人で67%の金額の操短手当を受け取る。また、賃金協約で公的操短手当に上乗せして実質労働報酬の75~100%に拡充することを定めている業界もある。

景気対策の枠内で連邦政府は2008年秋に操短手当の受給期間を6カ月から18カ月に、その後、2009年には最大24カ月に延長した。そのほか2009年1月1日以降は操業短縮期間中に技能対策を実施し、これに欧州社会基金からの資金を利用する可能性もある。さらにこれまでカットされた労働時間に対して社会保険料を納付しなければならなかった使用者は、操短手当受給7カ月目からは社会保険料の負担を減免されるようになった。

2009年6月には143万3000人の労働者が操短手当を受け取った。景気要因の操業短縮では30.5%の労働時間削減があった。これは43万2000人のフルタイム就業に匹敵し、他の表現を借りれば操業短縮は43万2000人のフルタイム雇用を維持したとも言える。主に操業短縮に陥ったのは下請けを含む自動車産業および機械産業だ。この2つの経済部門は輸出依存度が非常に高い。

(4)様々な労働時間短縮

操業短縮以外の労働時間削減の形態がどの程度雇用維持に繋がったのかを示す、就業者全体のデータはまだない。労働市場・職業研究所(IAB)によると、2009年には賃金協約が定めている週労働時間の縮減は約40%に上り、これが労働者一人当たりの労働時間全体の減少に決定的な役割を果たしている。操業短縮の利用が25%近く、残業と労働時間口座残高の縮減が各々約20%となっている。

このほか、ハンスベックラー財団(WSI)経済研究所が2009年夏に実施したアンケート調査が労働時間調整に関する分析を行っている。調査結果が裏付けているように、最も多くの企業が利用しているのは労働時間口座である(図5)。

図5 雇用保障のために実施した措置(全企業に対する割合、複数回答)

図5

資料出所:WSI「2009年企業アンケート調査:雇用保障」

(5)内的柔軟性の限界

内的・数的柔軟性というツールが景気後退期において労働市場に貢献することが明らかになったが、そこには限界もある。労働時間口座の時間残高は、長期的雇用保障を提供するものではなく、まして永続的雇用保障を提供するものではない。時間残高を使い果たし、時間債務の限度に達したときは、労働時間は自動的に約定調整水準に跳ね返る。コリドールモデルは、賃金が補償されないような、特に低賃金セクターの就業者においては限界を露呈する。従って、コリドールモデルは、平均して賃金水準が低い経済部門や、低賃金の就業者の割合が大きい経済部門には、ほとんど効果がないと考えられる。

3.結論と展望

2001年から2008年までの期間に、フルタイム就業者の平均週労働時間が39.9時間から40.6時間に延びた後、現在の経済危機の発生にともない労働時間の増加傾向はひとまず終わった。中期的には労働市場は今後も憂慮すべき状況が続くと予測され、2010年の国内総生産(GDP)が再び上昇するとしても、小幅にとどまるであろう。しかしGDPの上昇は危機の発生以前よりも少ない労働総量によって実現することが可能になると考えられる。つまりそれは、より少ない就業者、あるいはより少ない就業者当たりの労働時間しか必要としないことを意味する。すなわち前者の場合は失業者の増加、公的扶助給付費用の増大につながる。

おそらく、労働時間短縮が当面の失業者の激増を防いできたということに疑問の余地はないだろう。しかし、操短手当の受給は期限が限られている上、労働時間口座はほぼ使い果たされており、既存の労働協約上のコリドール規定の枠内での企業独自の労働時間短縮の余地はすでに大部分が利用済みである。今後の経済動向を楽観的に想定した場合でさえ、2008年の生産水準が達成されるまでには2、3年かかると予測され、さらに技術革新と組織の合理化が生産性を向上させるため、現在の雇用水準は労働時間の継続的引き下げなしでは維持することは困難であろう。

しかし労働時間短縮のルネッサンスは、次の根拠からも望ましいと考えられる。将来定年が引き上げられ、就業者が従来よりも長く職業生活を続けるようになると、労働負担の軽減(=労働時間短縮)を避けて通る道はない。夜間労働や交替制労働に従事する者等の場合はまさにそうであり、24時間体制の生産およびサービスを継続したいなら、労働時間の短縮は最も効果的な手段なのである。

他方、労働時間短縮は就労時間と就労外の時間とのバランスを高める、つまりワーク・ライフ・バランスのためにも必要である。また男女平等とも密接に関連している。男性と女性の短縮されたフルタイム労働は、多くの男性の長すぎる労働時間と女性のパートタイム労働に対する対案となり得、女性のキャリアチャンスを向上させるのに役立つ。最後に、社会は生涯学習により多くの時間を要求する知識社会へと進まざるをえないであろう。その多様な要請は、多様な労働時間構成を求める。危機後にかつての硬直な労働時間へと逆戻りするようなことがあれば、社会・経済政策上のビッグチャンスを逃すことになるであろう。


Hartmut Seifert(ハルトムート・ザイフェルト)
JILPT招聘研究員
ドイツハンスベックラー財団(WSI)経済研究所顧問・経済学博士

ドイツフライ大学ウエルツブルグ・ベルリン校経済学部卒業後経済学博士を取得。1974年より連邦職業訓練所ベルリン(BIBB)研究員、1975年よりハンスベックラー財団(WSI)主任研究員を経て1995年よりハンスベックラー財団(WSI)所長を務める。2000年より現職。
主な研究業績として「非正規雇用とフレクシキュリティ」(2005)、「フレクシキュリティー-理論と実証的証拠との間に」(2008)、その他フレクシキュリティ及び非正規雇用に関する研究成果多数。

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