最低賃金制度をめぐる欧米諸国の最近の動向:はじめに

近年、経済のグローバル化や市場経済の競争激化等の中で、社会的セーフティネットの一つである最低賃金制度の重要度が増している。我が国でもワーキングプアなど格差の解消の観点から注目度が非常に上がり、各界で様々な議論を呼んだ。昨年末には、最低賃金が低賃金労働者の労働条件の下支えとして十全に機能するよう所要の法改正が行われたところである。欧米諸国においても最近、期を合わせるように最低賃金制度をめぐり熱い議論が行われている。

そこで本特集では、最低賃金制度をめぐる主要先進国の最近の動向を伝える。まず、アメリカでは、近年連邦最低賃金の改定が行われていなかったが、最低賃金の実質価値が低下傾向にあったことなどから、主に民主党からの提案により最低賃金改定法案が議会に提出され、昨年7月、約10年ぶりに連邦最低賃金が引き上げられた。2009年7月までの3回に分け段階的に引き上げられ、改定前の時給額5.15ドルから4割アップの同7.25ドルになる予定となっている。

欧州に目を向けると、各国で様々な動きが出ている。フランスでは昨年の大統領選で最低賃金問題が争点の一つとなり、サルコジ現大統領の対抗馬となった社会党のロワイヤル候補はSMIC(最低賃金)を月額1500ユーロ相当に引き上げることを公約に掲げた。大幅なSMICの引き上げには慎重な立場の現大統領であるが、SMICは週35時間制の導入やインフレと市場賃金の改定をその「自動的メカニズム」により取り込んでいくため上昇が続いており、遠くない将来、皮肉にも「ライバル」が掲げた1500ユーロに到達するとみられている。このため、政府はSMICのあり方について再検討しているといわれている。

一方、労使自治を尊重するドイツでは、賃金の下限は法定ではなく産業ごとの労使合意によって決められているが、近年低賃金労働者の増加や組織率の低下などにより労働協約の適用率の低い業種も増えており、こうした業種の労働組合を中心に全国一律の法定最低賃金を導入すべきとする声が上がっている。しかしこれに対する連立与党内の足並みは揃っていないようである。

また欧州では、拡大を続けるEUとの関係から制度を見直そうとする動きも出ている。ドイツでは、最近増加している労働協約が適用されない外国企業からの派遣労働について、政府は賃金ダンピングを阻止するため、一定業種を対象に最低賃金を義務づける「労働者送り出し法」を活用し最低賃金業種の拡大を目指そうとしている。オランダも移民労働者と最低賃金との関係で進展があった。オランダは2007年5月から東欧のEU新加盟国からの移民労働者の受け入れを自由化したが、これに伴い違法な低賃金の移民労働者が流入するのを抑えるため、それまで罰則のなかった最低賃金違反に対し罰金などの行政罰を新たに設けている。

最後にイギリスであるが、同国では旧制度による特定業種・職種の最低賃金が1993年に廃止された後、政府による賃金規制のない期間があったが、労働党政権下の1999年に全国一律の法定最低賃金が導入された。その歴史はまだ10年あまりと短いが、労働党はこの最低賃金制度を最も成功した政策の一つとして自ら評価している。最低賃金額の設定が最も懸念された雇用面などへの影響を配慮して行われているほか、実際上の決定機関である低賃金委員会が調査研究を通じて現状把握につとめるなど調整機能を十分果たしていることから、これまでのところ最低賃金制度を大きく見直すような動きは出ていない模様である。

本稿では、以下、アメリカフランスドイツオランダイギリスの最低賃金制度をめぐる最近の議論、動きを中心に報告する。

2008年9月 フォーカス: 最低賃金制度をめぐる欧米諸国の最近の動向

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