地域格差と地域雇用:EU
EUにおける地域経済格差とその是正のための政策

  • カテゴリー:地域雇用
  • フォーカス:2007年1月

現在のEU域内における「経済格差」といった場合、加盟各国の国内における地域格差の問題とともに、加盟国間の格差の問題がからみあっている。

本報告ではまずGDP、所得、失業率について加盟国間格差を把握する。続いて、格差是正のための政策について、その特徴と評価について紹介する。

なお、EU加盟国拡大の推移に関しては巻末の図表を参照していただきたい。

GDPの格差

EU統計局が発表する一人当たりGDP指数に基づき、加盟国間での格差に焦点を当てる(注1)。図表1のとおり、2005年でみると、ルクセンブルグの251からラトビアの48、ポーランドの50まで格差が見られる。

GDPの格差は2000年から2002年に縮まる傾向が見られたものの、総じて広がる傾向が確認できる。ただ、ポルトガルとラトビアの格差は縮まる傾向にある。

図表1

資料出所:欧州統計局発表資料より作成

図表2

資料出所:欧州統計局発表資料より作成

所得の格差

次に年間の平均所得の比較をしたものが図表3である(注2)。

図表3

資料出所:欧州統計局資料より作成

注:10人以上の企業に働くフルタイム労働者を対象とする調査

2003年に関しては、2007年加盟のブルガリアを含む16カ国のデータがある。デンマークとブルガリアでは26倍以上もの開きがある。デンマークとスロバキア、ハンガリーでは、それぞれ、9倍と7倍以上の開きがある。ちなみに、更に古いデータではあるが、2000年のデータにおいてEU15カ国とEU25カ国の比較が可能である。EU15カ国民の平均年間所得は3万1768.5ユーロであったのに対して、EU25カ国では2万8434.7ユーロであった。

次に法定最低賃金で比較したものが図表4である。EU15カ国内では、ルクセンブルグとポルトガルの格差が最も大きく2.7倍の開きがある。EU25カ国内ではルクセンブルグとラトビアで5.9倍の開き、2007年新規加盟のルーマニアとルクセンブルグでは7.4倍の開きが見られる。

※欧州統計局のウェブサイトより作成

※PPS:購買力平価(The Purchaseing Power Standard)で換算

失業率の格差

『Employment in Europe 2006』に基づき加盟国の2005年の失業率を示したものが図表5である。失業問題が深刻な女性、若年者の失業率についても併記した。また、各国の中でも特徴的な動きを示している国を抽出し1994年以降の推移をグラフ化したものが図表6である。

図表5

資料出所:”Employment in Europe 2006”より作成

図表6 EU15カ国(抜粋)失業率推移

資料出所:”Employment in Europe 2006”より作成

アイルランドは1994年には14.3%という水準であったが、2005年には4.3%という良好な水準となっている。スペインは1994年に19.5%という高い水準であったが、2005年には9.2%にまで改善している。ルクセンブルグは概ね2%台という水準を示しているが近年4%から5%台になっている。格差という視点で見れば、1994年にはスペインとルクセンブルグは、19.5%と3.2%という格差があったものが、9.2%と4.5%に縮まっている。

次に示したのが2004年5月加盟までのEU25カ国の失業率の推移である(図表7)。失業率水準の格差は、2000年から2005年で縮小しているとは言いがたい。スロバキアが16%台から19%台という高い水準を示しており、大きな改善の傾向が見られないからである。

図表7

資料出所:”Employment in Europe 2006”より作成

東方拡大とその影響

上記で示したようにEU域内のGDP、平均所得、失業率に見られる経済格差は、2004年5月の第5次拡大の結果、更に広がることとなり、格差是正のための政策は重要性を増してきている。EU15カ国と2007年1月に加盟したルーマニア、ブルガリアとの間には第5次加盟国以上の開きがある。また、加盟申請中のクロアチアやマケドニア、トルコも視野に入れて格差問題を考えるならば、今後、EUの加盟国拡大は経済格差の拡大と是正を繰り返しながら展開していかざるを得ない。

今後の加盟国の拡大を格差拡大との関係ではどのように評価できるのだろうか。2007年のブルガリア、ルーマニアの加盟について、欧州労連(ETUC)と欧州産業経営者連盟(UNICE)はともに歓迎の意を示している。ただ、ETUCは域内における賃金水準と労働条件が公正なものとなるように徹底することを求め、特に、ブルガリアにおける労使の対話が十分になされていない現状を指摘する。一方、UNICEは人、モノ、資本、サービスの域内移動の自由が十分に確保されていないことに関しては苦言を呈している。

格差とEUの基本原則のあり方

労使関係という観点での地域格差は、上記のブルガリアの事例以外にも指摘することができる。例えば、団体交渉の結果、合意された内容が労働者全体の何割の労働条件に影響力があるのかという労働協約適用率について比較することができる。旧加盟国はベルギーの100%、オーストリアの98%ほどではないにしても、ほぼ60%以上はカバーされている。それに対して、新規加盟国は、50%を下回っており、リトアニアに至っては10から15%となっている(注3)。

経済格差は、EUの共同体としての基本原則(域内の人、モノ、資本、サービスの移動の自由の保証)の達成も困難なものとしている。2004年の第5次拡大では人の移動に関して一定の制約を設ける国が多数を占めたし、その時は人の移動に制限を設けなかったイギリスも2007年の拡大においては一定の制限を設けるとしている。

域内格差は、経済面での障壁を残してしまうだけではなく、行政運営上の障壁、法制度面や、文化的社会的な面での障壁除去を困難なものとしている。2007年の拡大によって公用語が23カ国になってしまうことも域内を均衡させることを困難にしている要素である。拡大を受け入れる側の国民にも影響が現れている。世論調査の結果、ドイツ国民の64%、フランスの国民の58%が、これ以上の拡大は好ましくないと回答しているからだ(注4)。

経済格差の是正のための政策

EUの政策には農業政策、競争政策、地域政策、通貨統合政策、環境政策がある。域内地域格差を是正するための取組みとしては、地域政策(構造政策という名称)がとられている。域内の競争力を促進させることによって、域内市場が統合され、その結果、直接投資(生産拠点の最適化など)によって地域格差が是正されていく機能もあると経済理論上は期待されている。だが、実際には十分な地域間格差の是正にはつながっていない。欧州統計局のデータによると、EUの市場統合によって経済指標が改善する傾向が見られる国もあるが、加盟国全体で明らかな改善傾向が見られるわけではない。そのため域内の競争力を促進させる政策とともに、競争政策の結果やEU拡大に伴って生じる社会的・経済的格差を是正するための地域政策が取られている。地域政策は農業政策に次ぐ予算規模を占める重要な政策である。

地域政策の特徴

近年、地域政策(構造政策)の予算はEUの予算総額の約3分の1を占める規模である。地域政策の財政は、(1)欧州地域開発基金、(2)欧州社会基金、(3)欧州農業指導補償基金、(4)漁業指導財政指導、4つの「構造基金」の他、結束基金や欧州投資銀行による融資がある。

構造政策は、加盟国主導で目的分野別に優先順位を格付けして実施されるもの、欧州全域を対象として欧州主導で行われるものなどに分けられる。2000年から2006年予算において、目的別のプログラムは「目的1」から「目的3」まで分類されている。この中で「目的1」は、最も優先順位の高いものであり、後進地域の開発を促進するために活用される。その対象地域として認定される基準は、GDP地域別水準がEU平均の75%以下である(目的2及び3の内容については図表8を参照)。

構造政策の中でも結束基金に関しては、1人あたりGDPの水準がEU平均の90%に満たない国を対象としており、ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン、4カ国を支援する目的で設立された基金である。

2007年から2013年予算での構造政策に関して、国別割当の内訳を示したものが図表9である。予算割当とともに人口規模を併記した。ここで着目したいのは受給額と人口規模の関係である。

ポーランドは人口規模において7.7%を占めるに過ぎないが欧州委員会から地域格差是正のために19.4%の補助金を受け取る。同じく、人口規模では8.9%のスペインは10.18%を受け取ることになる。一方で、人口割合で16.87%を占めるドイツは7.61%を受け取る。フランスも人口規模で12.2%を占めるが、4.41%を受け取るに過ぎない。

*予算額の単位は100万ユーロ

**人口規模の単位は100万人(2005年)

資料出所:欧州委員会ウェブサイト及び"Emplyment in Europe 2006"

図表10

地域政策の評価

EUという共同体はドイツとフランスを中心とする国が受給国を支援している。地域格差是正政策そのものに対する疑義はなく、実施効果も概ね前向きに評価されている。受給国からは総じて満足との評価が出ている。地域政策に関するレポート(注5)が特に強調するのがアイルランドのGDP水準(指数)の上昇である。1988年の64から2000年には119へと上昇した。その後の発表によれば、2005年までに139へと上昇している。また、失業率についても1994年の14.3%から2005年の4.3%へと大幅に改善されている。地域政策の実施によって雇用問題が解決されていった一例と言える。旧加盟国中で、スペイン、ギリシャ、ポルトガルの1人当たり国民総生産についても、10年間でEU平均の68%から79%へと上昇してきていると評価する。

ただ、2007年の第6次拡大以降、受給国と拠出国の立場の違いが顕在化してきている。構造政策のあり方に関しての議論が今後も続けられていくことになろう。また、受給国、拠出国を問わず基金の手続きや運用面での制約が多く、地域のニーズに柔軟に対応できないという課題が指摘されている。

参考

  • 堀林巧 (2005)「欧州経済格差の歴史と現状--いくつかの所説紹介を中心に」『金沢大学経済学部論集』金沢大学経済学部、25巻(2号) [2005.3]、p161~190
  • 奥田仁(1999)「EUの地域政策」『北海学園大学経済学論集』第46巻4号、p117~138
  • 久門宏子(2004)「地域政策」、辰巳浅嗣編『EU―欧州統合の現在』創元社、第15章
  • EU Commission, “Report on Economic and Social Cohesion” Jan. 2001, Jan. 2002, May 2005
  • 欧州労使関係観測所(EIRO)ウェブサイト
  • 1ユーロ (EUR) =154.93円(※みずほ銀行ウェブサイト新しいウィンドウへ2007年1月9日現在のレート参考)

2007年1月 フォーカス: 地域格差と地域雇用

関連情報