検証:企業が負担する社会保障コスト
—少子高齢化時代に果たす役割を睨んでの国際比較
(日本、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス)

目次

  1. はじめに
  2. 英米独仏の社会保障制度
    1. イギリス
    2. アメリカ
    3. ドイツ
    4. フランス
  3. 「社会支出(給付)」の比較
  4. 「収入(財源)」の比較
    1. 国民負担率
    2. 社会保障財源の構成
    3. 社会保険料率の労使負担
    4. 社会保障統計の国際基準
  5. 法定外福利の比較(その特徴と背景)
    1. イギリス
    2. アメリカ
    3. ドイツ
    4. フランス
    5. 日本
  6. まとめ
    1. 労働費用総額と社会保障費用
    2. 高齢化と社会保障負担
    3. アイルランド・モデル
    4. 企業福祉が持つ社会保障補完機能
    5. 海外の少子高齢化対策

本特集の目的は企業が負担する社会保障コストについて日本、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランスを対象にその実情を把握し、その上で少子高齢化時代において求められる社会保障と、その重要な部分を構成する企業福祉のありかたを遠望することにある。その背景には、企業が負担する社会保障コストの多寡は企業の競争力と、雇用にも影響を及ぼすとの問題意識がある。そうした作業を進めるための視座として(1)租税負担と社会保険料負担、もしくは両者混合型の選択(2)法定福利と法定外福利の分担(3)少子・高齢化時代における社会保障と企業福祉のあり方――を設定した。

こうした作業の結果、企業との関連では、企業の負担する社会保障コストの多寡と競争力はその二つのみを抽出して考察可能なほど単純化できないこと、企業の負担する社会保障コストについて今後を見通すためには少子高齢化など社会環境の変化がより支配的な要因となること、そうした中で企業が独自に提供する企業福祉には国の制度を補完する役割が期待されること、などが見えてきた。

一方、国の政策との関連では、少子高齢化時代にあっては女性や高齢者が社会補償の受け手ではなく制度の支え手として活躍できるように社会整備を図る必要があること、その成功のカギを握るのがワーク・ライフ・バランスの普及・実践であること、などが描出できる。

こうした検証作業を行うため本特集では、以下の流れに従って作業を進めた。第1にイギリス、アメリカ、ドイツ、フランスについて国全体の社会保障制度を概観した。

続いての「5.法定外福利の比較」では、企業が従業員とその家族を主な対象に提供する企業福祉に焦点を絞り5カ国の比較と特徴の把握に取り組んだ。

「6.まとめ」ではやや視点を広げて、社会保障と企業福祉の両面から少子高齢化社会におけるあり方について洞察を試みた。作業を通じて、少子高齢化社会においては高齢者の現役世代に対する依存度が今後急速に高まることを確認できた。主要国ではこうしたことへの対応策として社会保障負担の見直し論が共通して高まっているなか、我が国においては、社会保険方式を基本とし、その場合の社会保険料は労使折半を基本とするなどの説の強いことが指摘できる。

ここではイギリス、アメリカ、ドイツおよびフランスの4カ国について社会保障制度の概況と特徴を確認する。確認のためのポイントは主なサービスについて(1)該当する制度は受益者が経費を負担する社会保険制度として運営されているのか(2)それとも租税を財源とする国庫負担となっているのか(3)あるいは両者混合型なのか――に注目するとともに、さらに今後の運営上の課題についても俯瞰する(注1)。

(1)イギリス

イギリスの社会保障制度の軸は(1)全ての国民を対象とした社会保険制度としての「国民保険」(NIS)(2)租税を財源とする非拠出給付(児童手当など)や所得関連給付(3)税財源で賄われ、原則無料の医療サービスである「国民保険サービス」(NHS)――の3本で構成される。医療サービスである「国民保険サービス」については長年の投資不足により手術や入院の長期待機が蔓延化しており医療提供体制の拡大を中心とした改革が求められている。

受益者の掛け金で運営される「国民保険」(NIS)は(1)退職年金(基礎年金)(2)国家第二年金(3)就労不能給付(4)遺族関連給付(5)求職者手当(6)業務災害障害給付――のサービスを提供している。

年金制度は比較的安定した状況にあるといわれる。制度は二階建てで一階部分はNISを財源とする公的年金「退職年金(基礎年金)」が構成し、全ての就業者がこの公的年金に加入する義務がある。二階部分は「その他の年金」とも呼ばれ(1)国家第二年金(加入率は34%)(2)職域年金(同40%)(3)個人年金(同26%)――がある。この部分も1階部分と同様に全ての就業者が選択して加入することとなっている。

イギリス独自の年金システムとして2001年4月に発売開始となった「ステークホルダー年金」がある。これは企業年金を設けていない企業の従業員を主な対象とした職域年金の一つ。特徴は金融機関の販売する年金商品のうち一定の要件を満たすものをステークホルダー年金として契約するもので、被用者の掛け金を所得控除することで加入を促す仕組み。発売当初は注目を集めたが、発売2年後の評価では販売件数の伸び悩み、購入層に関する予測の見込み違いなどを理由に制度の見直しが指摘されている。

二階部分のもう一つの柱である国家第二年金は所得比例で年金を給付するシステムであって従来の国家所得比例年金に比べると、低所得者に有利な設計という特徴がある。イギリスでは公的年金の「民営化」が進められており、一定の要件を満たす企業年金、個人年金の加入者は国家第二年金に加入しなくてもよいこととされている。ただし企業年金制度も一般的に運用利回りの鈍化、平均寿命の延びを背景に積立不足が生じており状況は深刻。こうした事情から企業年金制度ではこれまで主体だった確定給付型から確定拠出型への移行が急増している。

(2)アメリカ

アメリカの主な公的社会保障制度としては(1)OASDIの略称で、連邦政府が運営する老齢・遺族・障害年金(2)公的医療保障制度(3)補足的所得保障(SSI)(4)貧困家庭一時扶助(TANF)――がある。このうち公的医療保障制度には高齢者と障害者の医療を保障するメディケア、低所得者に医療扶助を行うメディケイドが含まれる。

OASDIは一般に社会保障年金(Social Security)と呼ばれる。財源は社会保障税。税率は給与の12.4%で労使が折半する。2005年6月末現在、4800万人が受給しており、その平均月額は、退職者単身世帯で946ドル、夫婦二人世帯で1578ドルである。

OASDIはアメリカにおける唯一の社会保障制度といわれるが、その将来見通しは必ずしも楽観的ではない。その背景として1946~64年生れのいわゆる団塊世代の引退が2010年以降に始まることと、その結果2017年には単年度赤字へ陥るとともに2041年には財政破綻を来たすと試算されていることがある。ブッシュ大統領は年金改革を任期2期目の最重要課題として掲げ個人退職勘定(注2)の創設を提案しているが国民の反応は年代によって賛否が別れるほか、民主党と米労働総同盟・産別会議(AFL―CIO)が大反対を唱えており今後の見通しはなお不透明な状態にある。

こうした公的年金を補足するものとしてアメリカでは企業年金が多様な発展を見せており、特に1980年代以降、確定拠出型企業年金の一種である「401(k)」が急速に普及した。「401(k)」の導入は事業主の任意であって法的に強制されているわけではない。しかし現実には大企業の87%が採用しており、その結果2003年の資産額は2兆1800億ドルにも達するなど膨大なものとなっている。

「401(k)」の特徴は(1)受給開始時までに拠出された拠出金の合計額と、加入者(被用者)が選択した方法による運用実績によって、給付額が事後的に決定されること(2)拠出金の拠出は、加入者が行うものを基本としつつ、事業主からの一定のマッチング(追加拠出)を認めていること(3)拠出に対し、労使に一定の税控除が与えられる――といわれる。

「401(k)」が急速に普及する一方で古くから採用されていた確定給付型企業年金は、2000年以降の株式市場の低迷と、低金利の影響から年金資産の総額が給付債務の総額を下回る「積立不足」の状況が生じたことなどにより、「401(k)」への移行またはプランの廃止が起こっている。

(3)ドイツ

世界で最初に社会保険制度を導入した国として知られるドイツでは現在(1)年金保険(2)医療保険(3)労働災害保険(4)失業保険(5)介護保険――を柱とする制度が社会保険料で運用されている。このほかに租税を財源とするものとして社会扶助と児童手当がある。このうち年金保険は1階建ての構造を持ち職業別階層別に分立している。2005年1月より、これまで分立していたブルーカラーの労働者年金保険とホワイトカラーの職員年金保険が統合し、一般年金保険となっている。

医療保険は一般制度と自営農業者を対象とする農業者疾病保険に大別されるが、このうち一般制度は強制適用ではなく国民皆保険政策はとられていない。しかし実際には85%の国民が公的医療保険でカバーされている。

我が国が制度創設に際して参考にしたといわれる介護保険は原則として全国民の強制加入。財源は全額保険料であり国庫補助は行われていない。保険料は原則賃金の1.7%であり、これを労使が折半する(注3)。

主な社会保障サービスを社会保険で運用するドイツでは保険料の負担の大きくなりすぎたことが原因で企業の国際競争力や雇用創出能力を失わせている、との議論がある。

2004年の保険料では年金19.5%、医療保険14.3%(旧西ドイツ地域)、介護保険1.7%、失業保険6.5%が課せられており負担率の合計は労使合わせて42%にも達する(労働災害保険は全額使用者負担であるため使用者はさらに負担が高くなる)。この問題を重視した第二次シュレーダー政権は2002年11月に問題検討のための委員会を発足させ年金.医療、介護各保険の中長期的な抜本改革案の審議を開始した。こうした結果シュレーダー政権は2003年3月に「アジェンダ2010」と題する労働市場改革、医療保険改革、年金改革断行のための改革方針を表明した。その後の政治的調整を経て2003年に医療保険改革法、短期的年金改革法、2004年に中期的年金改革法が成立した。

(4)フランス

フランスの社会保障制度は(1)社会保険制度(2)社会扶助制度――の2本の大きな柱で構成される。このうち社会保険料で運営される社会保険制度は(1)疾病保険(2)年金(老齢保険と呼ばれる)(3)家族手当――をカバーする。ただし社会保険制度は職域ごとに分立しており極めて複雑だが、その中で加入者数の最も多いのが民間企業の被用者を対象とする一般制度で、国民全体の約80%(4.700万人)の国民が加入している。同制度の保険料は労使で分担するものの使用者の負担割合が非常に高いのが特徴といわれる。

表1:フランスの社会保障制度の運営組織

表1

資料出所:厚生労働省大臣官房国際課 2006年 『2004~2005海外情勢報告』

注:要介護者や障害者のための全国自立連帯金庫(CNSA)が2005年から創設されている。

フランスの年金制度は1階建て。その中で強制加入方式の職域年金が多数分立している。ただし無業者は任意加入であるため国民皆保険とはなっていない。このほかに法定年金の支給水準の低さを補う役割を果たす補完退職年金制度がある。これは元来労働協約に基づく私的な制度であって法定制度ではないが、現在は強制適用されている。年金制度に関する今後の見通しでは団塊の世代の60歳に到達を原因とする年金受給者の急増問題がある。この傾向は既に2005年頃から始まっているが保険料や給付水準、支給開始年齢を中心とする制度の将来的な見直しが不可避といわれており、中でも民間に比べて優遇されてきた公務員年金制度の改革が俎上にあげられている。

医療保険制度も年金同様、職域ごとに多数の制度が分立するがいずれも強制加入方式をとる。このうち最も加入者の多いのが一般制度で80%が加入している。財源は労使が拠出する保険料で被用者が給与全額の0.75%、使用者が12.8%(2006年は被用者0.75%、使用者13.1%に変更)を負担する。医療保険はここ数年連続して赤字が続き病院運営の改善や費用の評価を内容とする病院改革が政治課題となってきている。

年金制度、医療制度からも推測可能なようにフランスの社会保険は保険制度の整備が進む以前から機能していた職域ごとの互助会組合が、保険制度に組み込まれる形で形成されてきたところに特徴がある。失業保険も形の上では労使の中央協約に基づく私的仕組みとして運用されている。しかしこのことが制度を複雑にする原因ともなっている。

もう一方の柱である社会扶助制度は租税を財源とし、社会保険制度の給付を受けない障害者、高齢者、のために障害者扶助、高齢者扶助、家族・児童扶助などがある。フランスの社会保障制度は、受益者が支払う掛け金による社会保険方式を基本としつつも社会的連帯の名目で徴収される一般拠出金(税金)を入れ込んだ2つの形態で運用されているのが特徴といえる(注4)。

政策分野別に社会支出の対国内総生産比を比較したのが表2である。これでみるとドイツ、フランス、イギリス、日本、アメリカの順になる。国ごとの所得水準や高齢化の状況も異なるから単純にその数値の高低を比較してもあまり意味は無いが、いずれにしてもドイツ、フランスが抜きん出て高く以下イギリス、日本と続く。

表2:政策分野別社会支出の対国内総生産比の国際比較(2001年)

表2

資料出所:国立社会保障・人口問題研究所『平成15年度社会保障給付費』より引用

注:OECD Social Expenditure Database では、支出だけを集計しており、財源についての集計は行っていない。

イギリスの国民医療費の対GDP比は欧州諸国でも低位にある。このことには国内でも批判が強く、ブレア政権は国民医療費の規模をEU諸国の平均レベルまで引き上げるため、4年間毎年平均6.3%の「国民保険サービス」(NHS)予算引き上げを表明している。

アメリカの公的社会支出が最も低いのは「政府は原則として個人の生活に干渉しない」という自己責任の精神が基盤となっているためで、ここでも本人の自立と企業主導による福祉に軸を置くというアメリカの伝統は継承され、今日に至っている。

こうした現象の裏にあるのが社会保障負担の上昇具合でその上昇率には注意を要する。それをみたのが表3で1980年から2001年までの推移を表している。1980年と01年の格差を高い順から並べるとフランス=7.4、日本=7.2、イギリス=4.2、ドイツ=3.9、アメリカ=1.6のポイント幅となり我が国の上昇率の高さが目立つ。社会保障給付を一定にしたまま高齢化が進めば社会保障負担率は加速度的に急進することは不可避だが、さらに一歩進めて高福祉・高負担を見据えた社会保障のあり方として、税方式や社会保険方式の選択、さらには被用者と事業主の負担のあり方を巡る具体的な課題が、上昇率の高さから読み取ることができる(注5)。

表3:社会支出の対GDP比率の推移(OECD基準による計算)

表3

資料出所:国立社会保障・人口問題研究所2006『平成17年版社会保障統計年鑑』よりJILPTが作成

本特集では、一般に使用されている各種のデータを用いつつ国民負担率、社会保障財源の構成、社会保険料率の労使負担について概況を把握する。

(1)国民負担率

国民が1年間に収める税金と社会保険料の合計が国民所得に占める割合を国民負担率という。5カ国についてその割合を示しているのが表4である。それでみると圧倒的に高いのがフランスの60.9%。以下ドイツの58.4%、イギリスの47.1%、日本の35.3%と続く。アメリカは31.8%だが同国の.政府は個人の生活に干渉しないという自己責任の精神、連邦制であるため州の権限が強い社会保障制度となっていることなどを考えるとやや例外といえる。フランスやドイツと比べると日本の35.3%はまだまだ低いようにみえる。しかし問題は将来の比率の伸びにある。1982年の臨時行政調査会答申は、国民負担率を高齢化のピークにおいても50%以下に留めるべき、と指摘している。因みに我が国の高齢者人口は平成32(2020)年までに急速に増加し、その後はおおむね安定的に推移するとみこまれているが、そこに至るまでの社会保障給付費の増大に伴う関係経費の増大は、他の政策のための経費を圧縮し財政の硬直化を招くとの懸念が根底にある(注:厚生白書平成11年)。

表4:国民負担率の推移

表4

資料出所:厚生労働省『2004~2005年海外情勢報告』、国立社会保障・人口問題研究所『平成17年版社会保障統計年報』からJILPTが作成

おなじ議論は他の対象国でも行われており、ドイツでは「福祉国家の拡大には限度がある。あまり高い社会保障のレベルは、民間のイニシャチブと自己責任を欠如させ、公共の精神をむしばみ、人々に現状維持の考え方を浸透させる。これは市場経済システムの基本原則に全く反する」と見直しを提言している(注:ドイツ大蔵省1996年3月「財政政策2000」)。

(2)社会保障財源の構成

社会保障支出(給付費)を賄う財源の構成をみたのが表5である。

表5:財源の構成割合

表5

資料出所:厚生省1999年『平成11年版厚生白書』よりJILPTが作成

4カ国との比較では、我が国の保険料負担が占める割合はアメリカと並んで、社会保険中心のドイツ、フランスと公費中心型のイギリスの中間に位置していることが特徴。またわが国の公費の占める割合は、50%を超えるイギリスとそれに続くフランスの中間にあり、アメリカやドイツと同程度となっている。イギリスの公費負担が高い理由は租税を財源とする原則無料の医療サービスである「国民保険サービス」が運営されていることによる。

わが国の推移をみると1970年は、被用者が支払う各種社会保険の保険料と企業主が支払う事業主負担が約60%、これに対して税で賄われる公費負担が約25%であった。約3分の1というその割合は1970年代を通じて動きは無かったが、その後すこしずつ低下している。こうした変化を引き起こしている背景として平成11年の厚生白書は「我が国の社会保障制度のうち医療保険や社会保険分野が急速に拡大してきたことの反映である」と分析している。

(3)社会保険料率の労使負担

表6からは社会保険のどの部分について誰がどの割合で負担しているのかが分かる。それを分類するとフランスが事業主負担型であること、それに対してイギリス、アメリカがフランスほどではないが事業主の負担が従業員より若干高いこと、さらにドイツとわが国が完全な労使折半型であることが分かる。ただし、これは社会保険に関してのみの分類であるからこれに租税分を加えると多少、様子が異なることはいうまでもない。

表6:社会保険料率の労使負担割合(2004年)

表6

出所:厚生労働省資料をもとにJILPTが作成

利用に際しての注意

  1. 厚生年金2004.10
  2. 医療および介護は、それぞれ政府健保と組合健保に関わる料率の平均値
  3. 本人のこと。及び週91~610ポンドの所得部分における保険料。被用者には更に610ポンドを超える所得部分につき1.0%の保険料がかかる。
  4. メディケアパートAを指す
  5. 全疾病金庫平均値
  6. この項目にはこのほかに寡婦保険:0.1%があるがこれは本人負担
  7. フランスの家族手当には、児童手当のみならず出産手当、育児休業手当に相当するようなものまで含んでいるため、その他に計上。

この表からはみえないがわが国の社会保障負担は租税よりも保険料負担で増加していることに注目して、企業は「税負担の拡大による対応」を望む割合が高いとする研究もある(注6)。

(4)社会保障統計の国際基準

社会保障コストを「支出」(注7)からみるための国際的資料としてはOECDの「政策分野区分国際統計」が一般的といわれる。この他にILOが定めた旧と新の2つの基準(ILO社会保障費)、さらにはEUが加盟国を対象とした「EUROSTAT 社会保護費統計」があるが、前者は統計の継続性、後者は対象範囲の面で制限があるためあまり利用されていない。

OECDの「政策分野区分国際統計」は従来13項目の政策分野を定義してきたが2004年版(内容は2001年の状況)以降、9項目の政策分野に整理統合した。表7はOECDの定義を理解するために新・旧それぞれについてわが国の例と比較したものであるである(新基準は次期の公表分より改変されることになっている)。

表7:政策分野別社会支出の項目説明

表7

注1:OECD定義とはOECDSocial Expenditure databaseの基準である。

注2:OECDでは、公的機関また民間機関による、世帯および個人に対する、公的支出、義務的私的支出、任意の私的支出の3種類の費用を別に計上しているが、日本の場合、厚生年金基金等と農業者年金基金等の給付 は、義務的私的支出に分類している。なお、任意の私的支出は計上していない。

資料出所:国立社会保障・人口問題研究所資料からJILPT作成

表7

注1:OECD定義とはOECD Social Expenditure database 2004edの基準である。

注2:OECDの英語表示で最後の政策分野は「他の政策分野」となっているが、邦訳では最も代表的な制度 として生活保護を代表させた。

資料出所:国立社会保障・人口問題研究所資料からJILPT作成

「収入」については適切な資料が存在しない。その理由はOECD基準が財源を含んでいないこと(支出面のみの統計であること)、さらにILOの社会保障費では調査が継続されていないこと、EUROSTAT 社会保護費統計は独自の概念を使用するため我が国との完全横並びの比較には無理があることによる。

法定外福利は一般的に、企業が自由な意思により自らの費用をもって従業員に提供する福利厚生のためのサービスといわれる。そのため各国ごとに異なった文化や歴史的背景が影響して制度は単純に比較できないが、「項目を揃えての職域福利費水準の国際比較試算」という考え方があり、それを引用したのが表8である。比較年は必ずしも一定ではないが入手可能な数値で比較すると日本、イギリス、ドイツで職域福利の比率が高まっていることが分かる(アメリカは労働費用を100とする2000年の数値が無いため比較できない)。

表8:労働費用にしめる職域福利費の割合(単位%)

表8

資料出所:以下の資料をもとにJILPTが作成した

  1. 日本経済団体連盟「福利厚生費調査」2001年度. 2004年度
  2. EUROSTAT “ Labor Costs Principal Result 1992” “Labor Costs Survey 2000”
  3. US Chamber of Commerce “ The Employee Benefits Study 2001.2005”

この表からいえることとして、わが国の法定外福利は現物給与、労働者住宅費、文化・体育・レク費など幅広くきめ細かく勤労者生活の向上を図る特徴が伺えるが、これに対して欧米の法定外福利は退職金・企業年金への付加、医療・社会保障への付加、失業・社会保障への付加などのように公的な社会補償を補完するものとしての性格の強いことが特徴。

このほか我が国を除く全ての国で「有給休暇・祝祭日支払い」のコストが計上されていることとその比率の大きさが目立つ。これは従業員による有給取得のためのコストを指すもので、欧米では明確に法定外福利に位置付けるがわが国の場合は明確になっていない(詳しくは「(5)日本」で触れる。

(1)イギリス

企業福利に関する体系的な統計がないため全体的な把握は困難であるが、全体の給付の程度はそれほど高くはないといわれる。その中で注目すべきものとしては企業年金の一種である「ステークホルダー年金」がある。これは企業年金を設けていない企業の従業員を主な対象とした職域年金の一つで、5人以上を雇用する事業主は民間の保険業者が販売する商品の一つを選定して被用者に情報提供を行い、希望する被用者については事業主が掛け金を天引きで徴収して代行納付する義務が課せられている。これに違反した場合は最高5万ポンドの罰金が科せられる。しかし最近の調査では90%の事業主は被用者からの契約実績が無いなど問題も生じており、見直し論が持ち上がっている(概要は2.英米独仏の社会保障制度を参照)。

(2)アメリカ

公的制度が制限的であるのに対して民間の果たす役割の大きいことがアメリカの特徴といわれる。年金、医療保険に対する事業主の1時間当たりの供出額をみるとどちらも私的制度への拠出が公的制度への拠出を上回っている。(表9)

表9:アメリカの事業主の1時間あたりの拠出額

表9

出所:アメリカ労働統計局(BLS)雇用費用調査

法定外福利に関する主な項目としてはこの他に生活援助としてチャイルドケア、自社製品の従業員への割引セール、育児に対する費用援助などがあるが、その中で医療保険の比重が圧倒的に高いことが目立つ。従来多くの企業は、従業員や組合員に対し、一定の医療、手術、処方薬などをカバーする保険プランの提供を保障してきたが、保険料高騰により企業負担が増大し、経営を圧迫するようになった。医療保険産業は、保険料高騰に合わせて各種保険プラン価格を引き上げる一方で、カバーできる適用範囲の削減や見直しを行っている。各種保険プランは、各企業が保険会社との交渉で作り上げていくのが通常であるが、最近は保障範囲を狭める傾向が強い。アメリカの労働者は、こうした保険負担に代表される社会保障給付への関心が非常に強い。

過去10年間、時間給はほとんど上昇していないが、社会保障給付は維持されている。労働組合の交渉事項をみても、賃金の上昇より社会保障給付の維持を選択する傾向がある。物価上昇率を考慮すると、その選択の方が生活の質の向上につながるためで、社会保障給付がアメリカにおける賃金制度の中心となりつつあるともいえる。

(3)ドイツ

ドイツでは企業での厚生関連の費用を賃金付帯費用と呼び、この費用は(1)法的レベル(2)労働協約レベル(3)企業レベル――の3レベルに別れる。このうち(1)法的レベルは法定福利費、労働協約レベルと企業レベルが法定外福利に該当する。法定外福利には(1)休暇手当を含む有給休暇への支出(2)クリスマス手当など特別手当(3)企業年金(4)従業員への財産形成促進給付(5)その他の支出(職業訓練・再訓練の費用、解雇の際の補償金、福利厚生施設、従業員家族への支出など)がある。ただし労働協約レベルの費用は経営組織法や労働協約法の拘束を受けるため、正確な意味では法定外福利とはいえないといわれる。このことから労働協約レベルの範囲を縮小し、企業レベルの範囲を拡大することで企業の裁量範囲を拡大し、結果として賃金付帯費用の削減を図ろうとする動きもあるといわれる。ここ数年、賃金、雇用など主要な労働条件に関しても協約レベルでの拘束から外れて企業内労使の決定に委ねる開放条項の広がりが注目を集めているが、それと同じ現象が法定福利の分野でも生じているとの指摘だ。一般的に開放条項導入のためには労働組合の同意が必要だが、ここに伝統的ドイツ労働運動の変質を指摘する見方もある。こうした開放条項の導入の背景には賃金付帯費用の上昇があり、この費用の高まりがドイツ企業の国際競争力や雇用に与える悪影響を懸念する声がある(注8)。

(4)フランス

フランスの法定外福利は日本よりも高い。その理由として失業保険と退職費用の存在がある。失業保険は労使の代表が合意した協約を政府が承認するという協約制度が採用されており、この関係から失業保険は法定外の支出として計上される仕組みになっている。個別の事業主にとって失業保険の保険料負担は強制保険と同じ意味を持ちつつも法定外福利となる背景にはこういう事情がある。

退職費用についても同様の理由がある。退職費用は(1)労使協定によって設けられた退職金(2)大企業のみにみられる補助的年金または退職金――があり、すべての労働者の加入が義務付けられている。これらの保険料や年金給付の算定、資格要件の決定などは国が規制するため、あたかも公的年金のように見えるが、しかし実際の運用は労使代表が構成する委員会に委ねられており、これもまた失業保険と同様に協約を根拠とする制度となっている。

いずれにしても労働協約に基づく私的な補償は公的な補償を補完する重要な役割を果たしているが、その根底には法的補償のレベルが低いことと、労使の中央協定によって制度が設置、運営されるという歴史的経緯がある。(注9)

(5)日本

労働費用に占める法定福利費と法定外福利費の割合をまとめると表10の順位になる。

表10:労働費用に占める法定福利費と法定外福利費の割合

表10 労働費用に占める法定福利費と法定外福利費の割合

出所:厚生労働省資料をもとにJILPTが作成

所得水準など経済状況が異なるから各項目が占める割合の比較だけから多くはいえないが、その構成には我が国の特徴が強く表れている。その一つが法定外福利費の中にある「労働者住宅費」で、これは他の国の住居費には出てこない。その理由はそもそも調査項目として存在しないことによる(注10)。

我が国の場合には社宅、独身寮、従業員の持ち家補助などが該当し、この部分が法定外福利費のかなりの比重となっていることが分かる。こうした特長は我が国の企業福祉が始まった頃から「未整備の社会保障制度を代替する役割が企業内福祉として期待されていた」(注11)ということと、そのために企業主導で基本的な枠組みが作られてきたということとが関連している。

住宅はその典型例であり国や自治体の手薄な住宅サービスを補完する機能として社宅や独身寮の提供・整備が推進されたと理解できる。このことは企業福祉というものが「医療、老後・不時の場合の所得、育児、住宅など生活保障に関する需要について労務管理のひとつの手段として充足する」(注12)役割を担ってきたことを表わしている。

見方を変えるならば、福祉について企業が高い比重で関わるということは従業員が企業籍を持っている限り企業福祉という手厚いサービスが保証される反面、企業を離れる時にはその多くを失うことを意味するわけで、このことが終身雇用システムを支える装置として重要な機能を果たしてきたことはいうまでもない。これとは反対に企業との関連性を回避する目的から企業よりも国や自治体に福祉サービス提供の主体者であることを求め、会社は潰れても人間は潰れない道を選択してきた欧米との対比を考えると興味深いものがある。

第2点として欧米では「有給休暇・祝祭日のための支払い」コストが法定外費用として計上されているのに対して我が国では明確になっていないことが指摘できる。これは賃金水準を議論する場合の大きな論点となっている。その理由は賃金水準を計算する場合、わが国の経営側は「実労働時間あたり賃金」を基準にすることが多いのに対して欧米では「支払い対象時間あたり賃金」を用いることが多く、そこに大きな差が生じることを意味する。支払い対象時間には当然のことならが「有給休暇・祝祭日」の払いがあった場合には、その分も分母に含まれることなるが、実労働時間では除外されるという問題があり、このことが労使交渉における賃金国際比較で大きな争点となることが多い)。

(1)労働総額と社会保障負担

企業にとっては「社会保障費用」であっても「賃金」であっても労働費用総額を構成する要素であることに変わりはない。企業財務の考え方に従うなら「賃金総額=賃金水準×従業員総数」で算出されるから、賃金総額が一定だとするならば賃金水準の高低は結局、従業員の採用数を左右するということになる。つまり社会保障負担割合の高低は従業員総数とトレードオフの関係にある。

ついでながら賃金水準を下げれば賃金総額は変えなくても従業員総数は拡大できるという理屈になるが、それが成り立つとすれば賃金決定は経営の思うままであり、賃金管理などそもそも不要になる。現実の賃金水準は労働市場における労働力受給、消費水準など社会的に決められる要素が大きく、それらを踏まえつつ労使交渉で決まるのが一般的である。企業の社会保障負担割合が高くなっても付加価値を増し、付加価値の増加率以下費用を抑えて、技術水準が一定な限り企業の利益を増やせば、従業員総数を維持できることになるが、より少ない従業員でより大きな付加価値を産み出すことを求められる現代経営においてそれは「いうは易く・・・」という反論を引き出すのみであろう。

企業の社会保障負担を企業財務の観点から見る場合には少々注意が必要である。それは法定外福利については企業の方針、あるいは労使で議論し決定する事は可能だが、法定福利についは税金と同様に企業の裁量や労使交渉の結論が入り込む余地は少ないという点である。

こうした特性をもつ法定福利費の比重は既にみてきたように社会環境条件の変化、中でも高齢化の進展に大きく影響されることになり、このことが企業の採用方針決定に大きな影響を及ぼす構造となっている。以下はこのことに注目して展開したい。

(2)高齢化と社会保障負担

一般には高齢化率が7%を超えた社会を「高齢化社会」、その2倍の14%を超えた社会を「高齢社会」と呼んでおり(注13)、高齢化率が7%を超えてから14%に達するまでに要した年数を高齢化のスピードを測る手段として比較する方法がある。その到達年数はフランスが115年、スウェーデンが85年、イギリスが47年、ドイツが40年であるのに対して我が国は24年である。1970(昭和45)に7%を超え1994(平成6)には14%に達しているのである。ここからも「我が国の高齢化は、世界に例をみない速度で進行している」(注14)ことが理解できる。

ここで再び表4にもどる。日本を除く4カ国は1985年からの推移であるが傾向は読み取ることができる。我が国の国民負担率は1970年度(昭和45)の24.3%と比べると2000年には36.7%となり、表には掲載していないが2005年のそれは35.9%と見込まれている。1970年と2005年の数値を比較すると租税負担率は18.9%から21.5%へと2.5ポイント増に留まっているが社会保障費は5.4%から14.4%へと9.0ポイント跳ね上がり増加ぶりが目立つ。

その社会保障費について、財源構成の面から事業主負担割合の変化をみるために再び表5に戻りたい。この表から事業主負担は1970年の31.2%が1996年には31.5%と0.3ポインント上昇したこと、一方の被保険者拠出は1970年の28.5%が1996年には29.0%へと0.5ポイント上昇したことが分かる。これとほぼ同じ時期を対象に雇用者数の推移をみたのが表11である。この表からは雇用者数は1970年以降60万人台で増えつづけ90から92年を天井に200万人台の増加を見せる。しかしこれをピークに増加幅が小さくなり98以降では減少も生じるなどの変化がを描いている。

表11:雇用者数の推移

表11 雇用者数の推移

資料出所:社会経済生産性本部『活用労働統計』よりJILPTが作成社会経済生産性本部『活用労働統計』よりJILPTが作成

事業主負担割合の増減と雇用者数の変化を並べて引用したのは両数値の変化について関心があったためである。しかしだからといって表5と表11の対比のみをもって企業の社会保障負担(ここでは事業主負担割合のこと)と雇用者数の変化との関連を論じるのはいささか単純すぎる。当然のことながら雇用者数を規定する基本的な枠組みは総人口であるし、さらには経済成長にともなう労働力需給の増減、産業・雇用構造の変動とそうした中での配分や移動の問題も条件として加わってくるのであるから、そうした要件の分析とそれらとの関連についての解明抜きに論じるわけにはいかない。

本小特集をもってそうした分析・解明まで掘り下げることは課題が大きすぎるので、以下ではここまでの作業で明らかになった要因、つまり企業の社会保障負担に及ぼす社会環境条件の変化に焦点を絞り、賃金管理という視点から考察をすすめる。(注15)

(3)アイルランド・モデル

OECDがアイルランドにおける高齢化の進行とそれに対応するための取り組みをまとめた報告書がある(注16)。その中で2050年の高齢者依存率(65歳以上人口の20~64歳人口に占める割合を示した概念でold-age dependency ratioと表記されている)について加盟国の将来を予測している部分がある。それによるとアイルランドは2000年が20%、2025年が30%弱、そして2050年は55%を少々超える率であるのに対してわが国は、2025年には早くも53%を上回り2050年には75%に近づく。つまり現役の労働者4人で3人もの高齢者を支える社会になることを意味している。

定義はやや異なるが政府がまとめた『高齢社会白書』も我が国の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)について「総人口が減少することにより上昇を続け、2015(平成27)年に26.0%、2050(平成62)年には35.7%に達し、国民の約3人に一人が65歳以上の高齢者という極めて高齢化の進んだ社会の到来が見込まれている」としている。

政府がまとめた「社会保障負担の見通し」(注17)はコスト負担の側面から将来を推計している。つまり2004年には85兆円であった社会保障予算が2025年には168兆円まで脹らむことになるがその結果、事業主(企業)が負担する額も25兆円(2004年)から41兆円(2025年)へと増大することになる。

(4)企業福祉が持つ社会保障補完機能

社会保障財源が深刻化する中で、それでも一定の社会保障水準を維持しようとするならば社会保障を補完するものとして企業福祉を位置付けるべきとする研究がある(注18)。

そこでの最大の課題は企業規模による格差の存在だろう。例えば大企業ほど「[現金給与以外の労働費用]」の割合が高い傾向がみられ、その中で「[退職金等の費用]」と「[法定外福利費]」の企業間格差が著しいこと、さらには企業内福祉の格差として正規従業員(正社員)と非正規従業員(パートタイマー等)との格差が指摘されている。法定外福利だけでなく、正規社員と非正規社員との間には法定福利に関する格差もある。非正規社員の割合が増加しているが、雇用は増えても社会保険非加入者が増えていることは目下の社会保険財政にとって非常に大きな問題である。これは政府管掌健康保険や厚生年金と、大企業の健康保険組合や厚生年金基金、企業年金とを比較し、掛け金に対する企業補助や給付に関する格差を指摘するもので、福祉の中立性、公平性の維持の上から検討が必要であろう。

企業福祉を社会保障の補完として位置付ける場合には法定福利、法定外福利ともに大企業の正規従業員のみが恩恵を受けている社会的弊害、という問題を是正し公平なシステムとしての運用が前提となる。企業福祉と社会保障との機能分担の基準、企業内福祉の今後のあるべき方向性と限界などについて突き詰めた議論をしておく必要がある。

(5)海外の少子高齢化対策

少子化と高齢化は殆どの先進国が共通して直面する今世紀の課題である。こうした意味から高齢化社会における政策の成功例としてフィンランドやイギリスの高齢者雇用支援策を紹介する研究がある(注19)。ここで共通している思想は「高齢者について社会保障の受け手となることからの回避と、健康である限り社会保障の負担者として制度を支える役割を期待」できるような「年齢に関わりなく働けるシステムの構築」である。しかしこうした研究もフィンランドやイギリスの経験を手放しで成功例として評価しているわけではない。65歳以上の人々を高齢者という枠組みで単純に一括することの問題性(逆にいうと本人の意思や生き方を軽視することへの危険性)、さらには年齢に関わりなく働けるシステムの構築のために多額のコスト負担が避けられないこと、こうした課題の解決が政策の正否を決める大きな要因であることを警告している。

これらと並んでアイルランドの経験も見落とすことはできない。その最大の理由は先進国がこぞって合計特殊出生率の低下と人口減に直面する中で、同国は1990年をボトムに、その低下傾向を反転・回復させたこと、それに加えて同国が1994年から2004年までの間、平均年率7.9%の高度成長を達成したという事実への注目がある。その理由について「それを導いたのは女性、とくに育児期女性の大幅な労働力率上昇、それによる女性労働者大幅増、及び女性の経営職・上級行政職・管理職・プロフェッショナルへの進出」など女性の寄与、さらにはそれを支える政策としてワーク・ライフ・バランス(WLB)の導入がカギであったと見る研究がある(注20)。

しかしここでもアイルランドのWLB政策が北欧、米、オーストラリアなどの幅広い経験の上に構築された制度であること、さらにはその政策も所得の裏付け抜きに導入は不可能であり、その裏づけの柱として社会保障改革が存在していることを見落としてはならない。

本特集ではイギリス=淀川京子、アメリカ=吉原夕紀子、ドイツ=大島秀之、フランス=町田敦子が担当した。

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