アジアのIT人材育成戦略:韓国
韓国におけるIT人材の育成と管理

(本稿の内容は2006年3月にJILPTが開催した国際シンポジウム「インド・韓国のIT産業/急成長を担う高度人材、その育成戦略とは」に提出されたギュ・ヒ・ホァン氏らによるレジュメ(注1)に基づいている。)

はじめに

韓国はITインフラの整備が世界で最も進んだ国の一つといわれる。デジタル時代の最重要課題はIT人材の育成と活用である。しかし人材需要と供給の不均衡、高レベルの人材の不足、労働者の再教育機会の不足など、多くの新しい問題が生じており、今後より深刻化することが懸念されている。これらの問題に対応するため、IT人材政策の方向は供給から需要へ、量から質へ、国内から国外へとシフトしている。2006年には次のような4つの主要政策が策定された(カッコ内は予算額)。

  1. 産業界の需要に応じた大学学部課程のカリキュラム改革(4020万米ドル)
  2. IT研究センター及びSoC(System on Chip)の中核設計者の育成(5640万米ドル)
  3. 大学での特別プログラムによる研究者の再訓練(1560万米ドル)
  4. 専門的なIT統計に基づくIT人材関連情報の強化(100万米ドル)

これらの課題に取り組む上での基本的な概念は、技術の変化と産業界の需要に適応するためのサプライ・チェーン・マネジメント(SCM)(注2)である。それは産学間の連携を強化し、教師を定着させるためのカリキュラム改革をもたらす。最終的には最適時点での大学から産業界への最適供給(産業界のニーズを反映したIT人材)が期待される。本稿では韓国におけるIT人材育成の背景を紹介し、需給ミスマッチの問題を提起した上、その対応策としてSCM概念のIT人材育成への応用モデルを紹介する。また、ミスマッチへのもう一つの対応策として外国のIT人材の活用の動向を紹介する。

1 IT人材育成政策の背景

韓国政府はアジア危機下の1997年から、教育インフラを改善するため教育機関のIT整備を支援してきた。IT人材育成政策は労働力の変化にうまく適応してきたといえる。97年から99年にはIT教育インフラを拡張し、2000年から2002年にはIT人材の量的拡大が図られた(図1)。しかしIT技術の進歩のために人材の需要は急速に変容し、量的拡大の一方で質的な需給のミスマッチが生じる可能性が出てきた。そのため2003年から、SCMを通じたIT 人材の質的向上という新たな方向を目指すようになった。

IT人材の需給ミスマッチ

最近の労働力推計によれば、IT人材の需要は2004年の146万2000人から2015年には244万人に増加する。その年間成長率は職業全体の平均よりかなり高い(表1)。工業専門学校生以上のレベルに注目すると、この間に新たに生じるIT人材の需要規模は98万2000人である。これは89万2000人の需要増加と9万人の代替需要からなる。一方、国内での総供給数は116万3000人である。したがって工業専門学校生以上のレベルのIT人材は全体的には供給過剰となる。しかし大学卒業生レベルに限れば供給不足となる(表2)。

またIT技術の進歩が速くなるにつれ、人材のライフサイクルは短くなる。現在、ソフトウェア人材のライフサイクルは約7年といわれる。産業技術の体系的な再教育が必要である。

2 新たなIT人材育成政策としてのSCM

前述の諸問題に対処するため、新しい人材管理手法という視点からSCMの概念が改訂・応用されている。SCMの発想ではサプライ・チェーンにおけるあらゆる活動のグローバルな最適化と、顧客の需要の最大限の満足に重点を置く。このためSCMをIT人材育成の分野に導入することで産学連携が強化され、人材育成プロセスが供給志向へと改善され、教育機関に実用主義が導入されることが期待される。

SCMに基づくIT人材育成モデルは大学の裁量権を制限したり、企業の要求を盲目的に追求するものではない。企業は熟練労働者の不足にただ不平を唱えるのではなく、業務上必要とする知識、能力の詳細を正確に規定する必要がある。大学は教育の努力と資源を産業界の需要と連携させることにより、卒業生の職探しをより効率的に支援できる。政府は労働者がいつ、どれくらい、どの分野で必要とされているのかという正確な情報に基づき、より適切な人材育成政策を展開することができる。

新しい人材育成モデルが実効性をもつために、3つの課題に対処する必要がある。第一に既存のIT人材育成・供給プロセスを徹底的に分析し、その結果に基づきSCMの観点から改良版を設計すること。第2に新たな産業(需要)志向の教育プロセスを実行するために、有効な産学連携制度を確立すること。第3に新たな教育プログラムを受講した卒業生の雇用を希望する企業のために、大学の適格認定制度を導入することである。

需要志向の人材育成プロセス

現在の韓国のIT人材育成プロセスは、産業界の要求を反映していない「プッシュ・プロセス」である。需要志向の「プル・プロセス」となるためには、大学教育が産業界のニーズをどの時点で考慮し始めるかという判断が重要である。製造分野では通常、サプライ・チェーンにおいて顧客の要求が見えなくなった時点で「ビルド・トゥ・ストック」と呼ばれる一種のプッシュ・プロセスが採用される。しかしこの手法では顧客の好みの予期しない変更のために完成品の仕様変更が生じ、多額の費用がかかるという決定的な問題がある。そうしたムダをなくすには、ある時点までは顧客の要求の変更に係りなく生産プロセスを続けられるというタイミング(反応バッファ)を決めておく必要がある。この時点から顧客の特別なニーズに合わせたオーダーメード(注文仕様生産)、プル・プロセスが開始する。反応バッファより前のプロセスを「一般基本プロセス」、以後のプロセスを「特別応用プロセス」と称する。

生産過程におけるこの概念は、IT人材育成プロセスに応用することができる。例えば、4年の教育・訓練プログラムを提供するコンピュータ・サイエンス学部のカリキュラムを考えてみる。カリキュラムは2部に分けられる。一つは「基本」カリキュラムで、基本的な事項を網羅し、コンピュータ、ソフトウェアの各種領域に適用可能な一般的必修コースを含む。他方は「上級」カリキュラムで、この分野に特殊な知識・スキルを習得する応用コース及びプロジェクトから構成される。この場合、反応バッファは第5又は第6学期末とすればよい。反応バッファ以降はより実用的な実習とプロジェクトを重視することで、産業界の要求を満たすことができる。また企業はこの時点からカリキュラムの開発に参加できる。

こうした人材育成プロセスの改革に加えて、学生の資質に関する期待を産学間で一致させることも重要である。そのためには産学が公開討論を行い、コースの詳細及びコース樹形図から成る標準化したカリキュラムを合意する必要がある。

産学連携したE2Bサイト

こうしたSCMの重要な特徴のひとつは、IT技術を利用するサプライ・チェーン全体に関する情報を様々な関係者から集め、合理性とグローバルな最適化を目的として供給プロセス全体を管理することである。SCMを改良していくための主なツールは企業間(Business to Business:B2B)の連携である。その中心は標準化されたワーク・フローと企業間の情報共有である。需要・供給サイドの連携メカニズムの具現形として、ビジネスに向けた教育、E2B(Education to Business)というウェブサイトがある。このサイトの主な参加者は企業、大学、および政府であり、立案、実施および事後分析の各段階を通して共同作業を行っている(表3 )。

E2Bサイトの運営の成功は、IT人材のサプライ・チェーン上の全てのアクターが積極的に参加するかどうかに依存する。様々な利害関係者の認識と参加を促進するためには情報の正確さと信頼性、ウェブサイト利用の便宜性が問われる。特に大学が提供する情報は彼らの教育・訓練プログラムの信頼性を高めるために、カリキュラムと課程の計画書、学生の能力に関する量的測定値を含む必要がある。

大学教育の適格認定制度

IT人材育成と供給における適格認定には2つの役割がある。一つにはIT学部の教育プログラムの良否を判別し、その評価結果をもって産業界がより良質な労働力を得られるよう支援する。同時に、適格認定の広範囲の展開は国内のIT教育のレベル全体を引き上げる。大学では適格認定制度の準備を通じて職員はより産業志向となり、カリキュラムの改善、教授法・内容の改訂の誘因となると思われる。

適格認定制度は3つの特色を持つ。第一に、適格認定制度によりIT学部がSCMの見地から標準化された需要志向のカリキュラムと研究課程を設置すれば、各大学が個別に産業界に接触して自前のカリキュラムを作成する負荷が軽減される。しかしこれは同時に各大学を取り巻く環境の差が無視され、大学の自律性が妨げられるという弱点にもなり得る。従って政府は標準化されたカリキュラムと教授法を最小限に限定し、大学が教育の立案・実施においてある程度の裁量権を維持できるようにする必要がある。

第2に、適格認定制度は教授の数、教育施設などの大学の外的側面ではなく、内的な教育プロセス、すなわち標準化されたカリキュラム、実施プロセス及び訓練を受けた学生の質を重視する。実施プロセスには課程の構成、教授法、実験・実習方法、学期プロジェクト、評価方法などが含まれる。教育を受けた学生の質とは、IT産業が求める一定の成績水準に卒業生が達しているか否かを測るものであり、間接的には課程の成績により、直接的には全国統一試験での得点により評価される。

第3に、評価担当者の主観的な判断により評価結果が歪められる危険性を排除するための量的基準が必要である。

需要志向の人材育成政策

政府が需要志向型のIT人材育成プログラムを導入するプロセスには、3つの段階がある。第一に、IT人材政策においては人材の需給ギャップの精密な予測が極めて重要である。このためキャリアパス・マップ、予測モデル及びスキル・スタンダード・フレームワークに基づき詳細な技術レベルの調査を進め、量的・質的な需給動向を把握する。

第2にこの予測に基づき、大学教育における強化プログラム(カリキュラム改革、インターンシップ及び有能な教授による指導を含む)を通じて、企業にIT 人材を供給する。2001年からIT課程のカリキュラム改革プロジェクトの支援を通じ、学生が実習とプロジェクト志向のプログラムを通じて問題解決能力を習得するよう促している。またソフトウェア教育を強化するため、政府は2004年、大学の標準的カリキュラム及び5つの主要分野(注3)に関する詳細な計画書を提案した。さらに技術と需要の変化に対応するべく需要志向型のテキストを整備している。そのほか、学生に対してはIT企業でのインターンシップにより実地に働く機会を与えている。「SCMプログラムを通じたIT人材育成」に参加する教授に対しては、「教師を教えるプログラム」を通じてITの最新スキルを学ぶ機会を与えている。最終的には大学に適格認定制度を提供し、IT 人材プログラムの質的管理を確立することを計画している。

第3に、需給のマッチングのための産学連携制度が確立されている。大学機関と産業界の需要コラボレーション(労働力に関する予測モデルとキャリアパス・マップ)、設計コラボレーション(カリキュラム、詳細なシラバス等)、供給コラボレーション(ジョブ・マッチング)及び受入コラボレーション(インターンシップ)である。これらがSCMの成功のカギとなる。SCMに期待される結果は、結果的に最適時点における大学から産業界への最適供給(産業界のニーズを反映したIT人材)である。

3 外国のIT人材の活用

外国人のIT人材の活用はまだそれほど進んでいない。外国人労働者の雇用という直接的な方法のほか、間接的な方法として外国人学生の招聘、外国の研究センターの誘致及び韓国企業の海外支社の設立がある。

外国人IT労働者の支援政策

情報・通信省は企業からの要請に応じて外国人IT労働者の雇用保証書を交付し、労働ビザ(E7)の取得を支援する。申請者はIT関連分野における技術開発の経験5年以上、又は2年以上の経験及び学士号以上の資格が必要である。2001年から2004年にかけて659人に適用されている。6割は学士号、3割は修士号の保持者である。国籍はインド人が43%、ベトナム人が16.5%、ロシア人が8%である。計画上は年間250人に交付し、ITベンチャー企業を重点的に支援する予定だったが、景気後退により企業のニーズは減少している(表4)。

外国人学生等の招聘

IT専門の大学院への外国人学生の招聘は2003年に導入された。その目的は韓国のために働く人材の育成である。対象者の大学院の修士又は博士課程の修得を援助している。2004年には新規の学生が95人、継続が48人、計143人のうち1名が中途退学した(表5)。このほか、IT関係の政府官僚・専門家のための政策大学院課程がある。2003年からソウル国立大学が提供しており、2004年には合計15人が学んでいる。

外国のIT研究センター

最近では韓国に来る海外の研究センターが増加している。外国人研究員が研究者全体に占める比率はまだ小さいものの、IT分野では特に活用が進んでいる。韓国はIT機器とサービスに関する世界市場のテスト・ベッドとして、外国企業をひきつけている。韓国生産技術協会によれば、海外に本拠地がある研究センターの総数は2004年には134で、うち58がIT関連センターであった。代表的なITセンターにはドイツのフラウンホーファー、ジーメンス、米国のインテル、IBM、HPなどがある。またアジャイレント、モトローラ、UTスターコム、STミクロ、スパンシオンLLC、ナショナル・セミコンダクターなどの携帯電話の関連企業、情報記憶分野のEMCも研究センター設立を計画している。(表6

まとめ

近年の韓国のIT人材政策においては需給のミスマッチの解決が最重要課題である。技術の変化と産業界の需要に適応するため政府はカリキュラムを改革し、産学間の協力関係を強化し、「教師を教える」プログラムを拡充した。産学間の需要コラボレーション、設計コラボレーション、供給コラボレーション及び受入コラボレーションはSCMの重要な成功要因である。SCMの結果として、産業界のニーズを反映したIT人材の供給が期待されている。

韓国におけるIT人材の育成と管理(図表)

図1






データ:韓国生産技術協会(2004年)

2006年4月 フォーカス: アジアのIT人材育成戦略

関連情報