国際フォーラム開催報告/アジアの労使関係:ベトナム
ベトナムにおける労働運動の現状

  • カテゴリー:労使関係
  • フォーカス:2006年10月

1 労働法制

ベトナムでは1986年のドイモイ政策(注1)が開始されて以降、労働契約法(1989年)、労働組合法(1990年)、労働保護法(1991年)が相次いで制定された。さらにその後、労働法典(1994年)、労働紛争解決手続法令(1995年)が制定されたことによって労働法は一定の整備をみたといえる。労働法典にはわが国でいうところの労働三権が盛り込まれており、社会主義国にもかかわらず労働者にスト権を付与している点が特徴である。

その後、外貨導入のための法的基盤整備の一環から2002年に労働法典の改正が行なわれた。主な改正点は(1)職業紹介機関の規制(2)有期労働契約の規制(3)解雇規制(4)特定産業の時間外労働時間上限の規制緩和、などで使用者および労働者の責任と権限が明確化された。

2006年現在、ベトナム政府は大規模ストライキの多発を受けて、労使関係の不安定さが投資環境に与える影響をにらみつつ、労働法典の改正案の上程など新たな労使関係の法的枠組みの検討を進めている。

2 労使関係

ドイモイ後の労使関係について、実態の面から見てみると市場経済原理の導入など産業構造が大きく変化したにもかかわらず、表面的な協調関係を保った状態が長く続いた。この背景には、農業従事者が全就業人口の約7割を占め、労使関係という概念がごく一部の労働者の関心事に過ぎないこと、社会主義の影響から労使ともに政府と非常に近い関係にあったため、対等な立場で意思の疎通を図る環境が乏しかったことなどが挙げられる。

また、ベトナムの労使関係は、社会主義の影響を強く受けている、という点で中国と多くの点で類似性がみられる。ILO東アジア準地域総局労使関係専門家であるチャン・ヒー・リー氏は、その特徴として、次の3点を挙げている。

  • 社会主義の政治的寡占を維持しながら経済部門を徐々に開放した
  • 国営企業の再構築を制御し、一挙に民営化を行うのではなく、徐々に経済開放を進めた
  • 労働組合が政府と非常に近い位置にあること

比較的安定していたベトナムの労使関係は、2000年以降政府が国営企業の民営化を一層促進する方向に転換した結果、大きく変化していくことになる。海外直接投資の増大により、ベトナム国内では数千人規模の工場設立ラッシュが起こり、労働力不足による賃上げ圧力が高まった。賃上げ交渉の多くが正規の手続きを経ないで行われる違法なストライキ(いわゆる山猫スト)によって行われ、2006年2月には最低賃金の引き上げを発端とする大規模な山猫ストが発生した。2005年までの年間平均ストライキ数が100件程度であったのに対し、2006年上期だけで303件に達するなど、2006年のストライキ件数が著しく増加している。この現象についてチャン氏は2006年の大規模山猫ストは労働者の連帯意識が強まっていることの表れと指摘し、ベトナムの労使関係が新たな段階に入ったことを示唆している。

(1)労働組合

10人以上の従業員を雇用する全ての企業は設立後6カ月以内に労働組合(企業内労組)を設立しなければならない。経営者を除く全員が組合員になることができることが特徴で、取締役以下が組合員というケースも多い(注2)。国内にある全ての労働組合はナショナルセンターであるベトナム労働総同盟(VGCL)に加盟することになっている。VGCLは中央執行委員会を頂点とする4層構造となっている(図1)。17名の委員で構成する中央執行委員会は共産党組織の一部として、労働関連法案の立案などに関わる。中央委員会の下には地方(省および市)の労働組合事務所(全国61カ所)との中央産別労働組合(全国20カ所)がある。さらにその下には、地方(郡)の労働組合事務所が配置されている。末端組織である企業内組合は、労働者に対するレクリエーション活動など、いわば「総務」的な機能を果たすことが多い。

図1:VGCLの組織形態

図1

(2)使用者団体

使用者側を代表する全国レベルの団体には、ベトナム商工会議所(VCCI)とベトナム協同組合連合(VCA)の2つがある。政府はVCCIとVCAの両者を使用者代表として見ており、ILO年次総会には両者が交互に出席する。

このうち労使関係問題を扱うのはVCCIである。VCCIは約1100の企業から成る組織で、労働法や社会保障法など法律改訂に際し、使用者の意見を政府に提言するなどの活動を行なっている。

3 集団的労使紛争処理システム

労使双方はお互いにその要求事項について団体交渉を行うことができる。争議行為については、労働調停委員会又は労働仲裁委員会が労使紛争の解決にあたっている間はストライキやロックアウトなどの争議行為を行うことはできないという「調整前置主義」が取られている。

団体交渉が不調に終わり、労使紛争が発生した場合、ベトナム労働法典は労働組合に対し以下の調整手続きを経るよう定めている。

  1. 労働組合は社内に設置された基礎労働調停協議会(社内の労使同数の代表で構成される労使紛争の調停機関)に調停開始を申し出る。
  2. 調停が不調に終わった場合には、省・市の労働仲裁協議会(政労使の代表などで構成された仲裁機関)に移行する。
  3. 労働仲裁協議会は仲裁を行い、その裁決について紛争当事者のいずれもが不服の申し立てをしない場合、採決は自動的に効力を生ずる。
  4. 労働組合が労働仲裁協議会の裁決に同意しない場合、人民裁判所に提訴するか、またはストライキを行うことができる。

しかし、この集団的労使紛争処理システムは複雑であるなどの理由からほとんど機能しておらず、発生したストライキの多くが山猫ストライキとなっているのが現状である。

参考

  • 厚生労働省『2001~2002年海外情勢報告』

2006年10月 フォーカス: アジアの労使関係、どう読むか ―韓国・中国・ベトナムを中心に

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