労働紛争・解決システム・労使関係:ドイツ
労働、雇用関係における紛争解決:ドイツの事例
(本稿は、ハンブルク大学教授ウルリッヒ・ツァッハルト氏がJILPTの国際シンポジウムのために執筆した論文をJILPTの責任において要約したものである。)
著名で、労働法分野の権威であるフランツ・ガミルシェークは、1964年の論文の中で、「裁判官こそが労働法の真の支配者である」であると書いている。もちろん、これはあくまでも例えだが、よく引き合いに出される言葉だ。私も、少なからず真実が含まれている表現だと思っている。ドイツの労働法文化の真髄を突いているといえる。
ドイツでは労働裁判所は、労使関係の実務において大きな役割を果たしている。労働法に関する訴訟件数は年間60万件ほどで、たとえばイギリスでは、その15分の1に過ぎない。もしかしたら、ドイツの紛争解決のシステム、あるいは少なくともその一部は、他の国にとってモデルになり得ると理解されずに、その件数のゆえにたんに恐ろしいと思われるかも知れない。しかし、多くの専門家は、裁判所によって労働法の紛争が迅速に、また、大変満足できる形で解決されていると断言し、さまざまな細かい批判はあるものの、私もそう思っている。裏づけとなる統計を後で示したい。
労働裁判所について論じる前に、ドイツの労働裁判所は、労働法の紛争解決のための独占的立場を保持しているわけではないことを明らかにしておきたい。実際にさまざまな機関や仕組みが、紛争の性質によって存在している。紛争の多くは、いわゆる権利紛争に関するものではなくて、利害を調整する、いわゆる調整紛争である。例えば労組と使用者団体の間、あるいは個々の使用者と労組との間の賃上げや、労働時間の長さについての労働協約をめぐる紛争を考えていただきたい。こういった紛争は、労働裁判所で判決が出されるわけではなく、調停の領域に属する。自由裁量に基づき、あるいは任意的に判断が下されなければならない。つまり、法的というよりは、政治的な領域である。
もう1点申し上げたい。周知のとおり、ドイツでは、労働協約のほかに、いわゆる労働契約がある。労働契約は、労働協約と多くの共通点をもつ。しかし、労働契約の場合の当事者は、全従業員が選任する事業所委員会(従業員代表委員会)であって、労働組合員に限らない。そして、もう一方は使用者になる。この場合、紛争は、いわゆる企業内調整委員会によって解決される。この委員会は、厳密にいうと、制度的な企業内調停手続を行う機関である。この調停の必要条件は、事業所委員会に共同決定権が存在するということだ。すなわち、社会的問題にかかわる件について共同決定権を持つ。具体的には、企業の組織とか、労働時間の範囲、賃金などの問題があげられる。
通常、企業内調整委員会は個別に設置される。つまり、紛争ごとに設置され、ある紛争が解決されたら解散する。企業内調整委員会は、事業所委員会から任命されるメンバーと、使用者が任命する委員によって構成されている。議長は中立な立場にある。けれども、企業内調整委員会の評決に関して何か疑念が持ち上がった際に、状況を一変させるような権限を持っている。このため、従業員・使用者双方が議長について同意できない場合に、労働裁判所に判断を求めることができる。
研究の成果によって、企業内調整委員会は、その内部紛争を実際的に、また、比較的短期間で解決できる場であるということがわかっている。また、企業内調整委員会のメリットとして、労働裁判所よりも会社の内部の紛争に直接関与できるという点があげられる。つまり、会社内で会議が行われ、交渉もまた、たとえてみれば、円卓会議のような形で行われる。企業内調整委員会はドイツの事業所組織法の考え方に則っており、当事者間の協議とコンセンサスに基づいて決断が下される仕組みだ。労働裁判所は、この場合、後見人の立場に回る。つまり、共同決定権のシステムが自己責任のルールのもとでうまく機能することがシステムの目的だ。
労働裁判所の歴史、経緯について簡単に触れる。
まず労働紛争、これは労働の専門の裁判所で労働紛争を解決する際に、使用者、労働者側、両方から代表を出すという考え方は、実はフランス革命に始まっている。フランス語の”les conseils de prud'homme”がその名残だ。
ドイツでは、1953年に、現在の新しい労働裁判所法が発効した。この法律によって、労働問題に関する司法管轄権は、完全に独立した形で通常の司法制度の中に設置された。その後近代化も図られたが、基本的な仕組みは、53年以降現在に至るまで変わっていない。連邦労働裁判所は、1999年まで北ヘッセンのカッセルにあり、89年のドイツ東西統一後、東のテューリンゲン州エアフルトに移った。
労働法の司法管轄権は、個別と集団の紛争、両方に関して法的資格を裁判所に持たせるものである。このうち個別紛争は、訴訟案件数では最も頻繁に起きている。労働裁判所法の第2条第1項第2号は、雇用における民事裁判の独占的な司法管轄権を労働裁判所に与えるとしている。具体的には、雇用関係、それから、雇用関係の存在確認そのものなどが定義されている。紛争にはいろいろなタイプがあるが、その中でも不当解雇に関する訴訟が全体のおよそ6割を占めており、一方、賃金をめぐる紛争は大体3割である。
次に、仕組みについて具体的に紹介する。労働法の司法管轄権は3つの階層になっている。図に示すとおり、第一審、第二審、第三審とあり、労働裁判所は第一審、第二審が州労働裁判所、そして、第三審が、現在エアフルトにある連邦労働裁判所だ。もしある紛争で敗訴した場合、4週間の期間内に控訴する自由がある。次に第二審、州労働裁判所に行き、ここでも敗訴したら、選択肢として、専ら法律の問題に関する上告を行うことができる。これが受理されると、連邦労働裁判所で審議が行われる。
最初の2つの段階では共通して、職業裁判官が1名おり、それ以外に2名、名誉裁判官がいる。名誉裁判官のうち、1人は使用者団体が推薦する人、もう1名の名誉裁判官は労組が推薦する。この構造は、第一審、第二審とも同じだ。職業裁判官と名誉裁判官の人数の比率が連邦労働裁判所では変わり、職業裁判官が3名、名誉裁判官が2名となる。職業裁判官のほうが多くなる理由は、連邦労働裁判所では、法律の問題についてのみ判決を下し、第一審および第二審とは異なるためだ。
- 労働事件の管轄
- 裁判長裁判官
- 陪席裁判官
- 名誉職裁判官
- 連邦労働裁判所長官
- 同副長官
- 連邦裁判官
- 連邦労働裁判所
- 第3審
- 小法廷
- 大法廷
- 法律問題に関する上告
- 法律問題の再抗告
- 法律問題の跳躍上告
- 法律問題の跳躍抗告
- 州労働裁判所
- 第2審
- 部
- 控訴
- 抗告
- 労働裁判所
- 第1審
- 部または専門部
(1)1992年1月1日以降からの構成:長官、裁判長が議長ではない審理員団当たり職業裁判官1名、および審理員団当たり名誉裁判官3名
図には出ていないが、連邦労働裁判所は、10の部に分かれており、それぞれの部は、具体的な質問について法的資格を持っている。つまり、極めて専門性の高い裁判所だといえる。1つの例として、解雇専門の部があり、臨時契約専門の部もある。たとえば私は臨時契約専門の部の名誉裁判官を務めている。それから、年金制度に特化した部もある。
もう一つ、これもやはり図には現われていないが、重要な点として、第一審にある調停活動という手続について触れる。あらゆる紛争は、まず調停の手続に乗せられる。つまり、名誉裁判官のみが、当事者と交渉を繰り返し、妥協案を模索する。もし妥協案が見つからなければ、初めて部の、つまり3名そろった審議の期日が設定される。ほとんどの紛争は、調停の手続によって実際に解決に至る。
次の表は、判決手続きについてのデータになる。ドイツの労働裁判所で実行される手続きは、そのほとんどが判決手続きである。95年から03年までのデータをみると、件数としては大体一定している。ちなみに04年は若干件数が下がり、訴訟件数としては60万件未満だった。訴訟件数は90年代初めには40万件であった。東西統一後には60万件へと増え、そのうち20万件ほどが東ドイツからの訴訟である。
次に控訴手続について。州労働裁判所、すなわち第二審への控訴手続についてデータを示す。件数は比較的一定して、大体2万5000件前後で落ちついている。そうすると、労働法に関する紛争のおよそ3.7%だけが控訴されるということになる。
同じことが、法律に関する問題の審議件数にもいえる。第三審、すなわち連邦労働裁判所に行く件数は大体一定しており、労働紛争のうち0.2%が、この法律上の問題の審議にかけられるということだ。わずか0.2%、極めて複雑な訴訟事件だけが、最後の連邦労働裁判所にまで行く。
1995年 | 627,935 |
1996年 | 675,637 |
1997年 | 661,185 |
1998年 | 584,686 |
1999年 | 568,469 |
2000年 | 569,161 |
2001年 | 598,732 |
2002年 | 625,323 |
2003年 | 630,666 |
1995年 | 10,224 |
1996年 | 9,649 |
1997年 | 8,800 |
1998年 | 9,245 |
1999年 | 9,746 |
2000年 | 9,457 |
2001年 | 8,697 |
2002年 | 10,304 |
2003年 | 12,709 |
1995年 | 25,336 |
1996年 | 25,917 |
1997年 | 28,477 |
1998年 | 28,064 |
1999年 | 25,095 |
2000年 | 23,023 |
2001年 | 21,916 |
2002年 | 21,280 |
2003年 | 23,571 |
最後に3点だけ指摘したい。
まず、全手続、全審理における訴訟件数は、比較的過去から現在に至るまで安定している。しかし否めない事実として、経済状況、特に労働市場の状況が、労働法のもとで審議される紛争の件数に影響を与える。
第二に、司法のほかの部分とは反対に、労働の紛争は、比較的短期間で終わる。およそ90%近くは円満な示談で終わる。とくに不当解雇に関する30万件のうちほぼ9割が、判決はなくて円満な示談で終わっている。そして、7割が3カ月の調停活動で解決し、90%近くが、調停を通じて半年で解決する。
三つ目の点は、大企業における紛争、つまり人事関係の管理がきちんとしており、共同決定権が確立されている大企業の紛争は、中小企業に比べ頻度が低いことである。
以上の話を通じて、労働裁判所および関連する機関が、紛争を解決する上で必要不可欠であり、しかも、より柔軟であり、しばしば主張されるよりも効果があるという点を申し上げたい。ドイツでは労働裁判所の司法管轄権を「普通司法管轄権」へ統合する、つまり通常の裁判所と一緒にするという提起が一部で出ていたが、大連立政権(05年11月成立)ではこの政策は採用されなかった。
2006年1月 フォーカス: 労働紛争・解決システム・労使関係
- 日本: 日本における労働紛争の解決-最近の展開とその背景、および将来の展望
- 韓国: 韓国の労使紛争解決システムと労使関係
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- ドイツ: 労働、雇用関係における紛争解決:ドイツの事例