労働運動の再生:アメリカ
寄稿4/AFL-CIO分裂劇に見る二つのアメリカン・ドリーム

  • カテゴリー:労使関係
  • フォーカス:2005年9月

山崎 憲
(労働政策研究・研修機構を一時休職し、現在外務省よりの委嘱を受け、
同省より専門調査員として在デトロイト日本国総領事館に派遣中)

結成50周年を記念するAFL-CIO大会に友人、ミシガン州AFL-CIO支部マーク・ガフニー会長の招きで出席し、AFLとCIOが1955年に合併してから最大の事件となった分裂劇を直接目にすることができた。大会を前後して、AFL-CIOも、AFL-CIOから脱退した組合を中心とする「勝利のための変革連合、以下CWC)も「アメリカン・ドリーム」の再現を掲げていた。ここでいう「アメリカン・ドリーム」とは労働者が人として生きるために相応しい生活を実現するという意味に近い。両者の言う「アメリカン・ドリーム」の中身は同じではない。そしてこれこそが分裂の原因となったと思われる。

勝利のための変革連合(CWC)の「アメリカン・ドリーム」

1983年に20.1%だったアメリカの労働組合組織率は2004年に12.5%へと激減した。その原因として、政府の反組合的政策や企業による組合組織化への抵抗などをAFL-CIOは指摘している。ところで、この20年間にはサービス産業が大きく伸張し、就業人口の8割に迫る勢いである。主にこの分野を組織する国際サービス労組(SEIU)はAFL-CIOの他の産別組合が組合員数を減らしている中で大きく組合員数を伸ばしているものの、サービス産業の就業人口全体からすれば組織化はまだこれからである。組織化の有無により賃金を始めとした労働条件は大きく異なる。スーパーマーケットのレジ係の賃金で比較すると、労働組合がある場合とない場合では賃金に数倍の格差がある。これに健康保険や年金などの格差も加わる。労働組合の組織化を拒むサービス産業に属する企業は、市場競争を理由として労務コストの削減を行っているが、特別の技能を要しないレジ係のような職種でその傾向は大きく現れている。労働組合に組織化されている企業は組織化されていない企業との競争を原因とするコスト削減への圧力に直面している。CWC側の主張する「アメリカン・ドリーム」とは、労働組合に属さず、低いままの労働条件にいる言わば「持たざる者」の利益を代弁することであるとともに、エンプロイアビリティのあまり高くない労働組合員の権利を市場競争による圧力から守るということになっている。

このような状況は近年になって突然に生じてきたわけではない。米商務省センサスによれば、1981年のレーガン政権以降、それ以前と比べて大幅に貧困人口が増大し、所得格差を見る指標であるジニ係数も格差を拡大する方向に推移してきた。しかし、その中身を見れば、所得が拡大しているのは上位5%層のみであり、それ以外の所得格差はほぼ20年の間に大きな変化はしていない。1996年以降は比較的所得の低い移民も貧困人口の調査対象に入っているが、それでも1980年以前と比べてここ数年で極端に貧困人口が増大したというわけではない。労働組合はこの20年間にわたり、それ以前と比べて数が増大する形で定着してきた貧困層にある労働者に対する「アメリカン・ドリーム」の達成を大きくは持ち出してこなかった。

AFL-CIOの「アメリカン・ドリーム」と新しい労使関係の枠組み

1980年代にはレーガン政権による新自由主義的経済政策が始まったことに加え、アメリカの労使関係にも大きな変化が訪れた。「The Transformation of American Industrial Relations」(1986年)はニューディール型労使関係の崩壊と新しい労使関係の枠組みが構築されてきていることを指摘した。1930年代のニューディール政策は、政府、経営者、労働組合の三者すべてにとって有益なニューディール型労使関係を生み出した。経営者にとって有利な経営戦略の導入を労働組合が黙認する。その代償として、経営者側が労働組合に対して賃金、労働条件等の向上を保証する。実際に労働組合員が働く作業現場では、経営者によって導入される経営戦略が労働者にとって過度の負担とならないようにルールを設定する。経営者と労働組合による富の再分配交渉により消費の担い手となるミドルクラスの育成を行うことで経済の安定がはかられることを期待する政府が法的に支持する。このニューディール型労使関係の崩壊と新たな労使関係への移行が指摘されたのが1980年代だった。市場競争の激化や新自由主義的な経済政策により、恒常的な賃金、労働条件等の向上が難しくなり、場合によっては条件の低下や解雇もあり得るという状況となった。この結果、労働組合側は組織化した企業の市場競争力を維持することで雇用安定を図るという方向に移っていった。同時に、経営側は企業の市場競争力を向上する従業員の能力を最大限に引き出すことを目的とした人的資源管理を行うようになってきた。人的資源管理は経営のあらゆる場面で従業員を経営に巻き込むことで企業の市場競争力を高めることを目指す。ミシガン州デトロイトで、合法的に労働組合の成立を阻止したり、労働組合を解散に追い込んだりする「ユニオン・バスター」を自称している知り合いの労使関係専門の経営側弁護士は、従業員に労働組合は必要ないと思わせるほど行き届いた人的資源管理システムを経営者に提案することが彼の仕事の大部分を占めるようになってきたと教えてくれた。労働組合の有無にかかわらず、経営側は従業員をより巻き込んだ経営戦略を採用するようになり、それに合わせて労働組合側も経営戦略に参画するようになってきたのである。労働組合側は経営陣にとってのパートナーとなり、労働組合員もこれまで以上に高い能力の発揮が求められるようになってきた。ミシガン州ランシング市にある自動車組立工場の労働組合役員は、これからは最低でも短大卒以上でなければ組立ラインの仕事に能力的に見合わないと言う。多かれ、少なかれAFL-CIOの主要産別組合は同じような変化に直面し、公的セクターでさえも政府予算削減による従業員削減の危機が変化をもたらしている。彼らの「アメリカン・ドリーム」とは、経営戦略に参画する労働組合という新しい労使関係の枠組みの中で獲得してきた労働条件の低下を防ぐことにあると言える。

劇化する市場競争の中にいる「持てる者」と「持たざる者」

今回のAFL-CIOとCWCの分裂は両者の「アメリカン・ドリーム」のぶつかりあいである。CWC側がほぼ20年間にわたって、彼らの主張する「アメリカン・ドリーム」に手をつけてこなかったのは、ニューディール型労使関係に変わる新しい労使関係の枠組が一気に定着したのではなく、20年という歳月をかけて徐々に浸透してきたためであり、ここにきて新しい労使関係の枠組みに適合しない立場との矛盾が限界に達したと見ることができるのではあるまいか。片方は「持たざる者」として直面する市場競争激化による労務コスト削減を食い止めようとしているのに対し、もう片方は、経営に参画できる労働組合としての能力とこれまで獲得してきた労働条件という二つについての「持てる者」としての立場にある。市場競争の激化に直面するという要素が加わっているものの、熟練労働者による職能別組合主義を主張したAFLから未熟練労働者の産業別組合主義を主張したCIOが分離した1938年の事件が2005年に繰り返されたかのようである。

冒頭で紹介したガフニー会長は分裂直後には失望の色を隠せなかったものの、今ではCWCの主張する「アメリカン・ドリーム」が加わった今後のアメリカの労働運動は必ずや好転するはずであるとして、希望を持って歩き始めている。

山崎憲(やまざき・けん)

労働政策研究・研修機構を一時休職し、現在外務省よりの委嘱を受け、同省より専門調査員として在デトロイト日本国総領事館に派遣中。東京学芸大学国際文化教育課程卒業後、日本労働研究機構(現労働政策研究研修機構)にて国際関係等を担当。2005年3月に産能大学院経営学修士号取得(人的資源管理)。

AFL-CIOの分裂とそれが示唆するもの

  1. インタビュー
    AFL-CIOの分裂が日本の労働運動に示唆するもの
    高橋均/連合副会長
  2. 寄稿
    前進のための後退なのかーAFL-CIOの分裂
    五十嵐仁/法政大学大原社会問題研究所教授
  3. 寄稿
    過去の栄光に倣っても、その歴史の風刺しか生み出さない
    ネルソン・リヒテンシュタイン/カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授
  4. 寄稿
    AFL-CIOの分裂
    ケント・ウォン/カリフォルニア大学ロサンゼルス校、労働研究教育センター所長
  5. 寄稿
    AFL-CIO分裂劇に見る二つのアメリカン・ドリーム
    山崎憲/労働政策研究・研修機構を一時休職し、現在外務省よりの委嘱を受け、同省より専門調査員として在デトロイト日本国総領事館に派遣中
  6. 解説
    AFL-CIOの分裂とその背景

2005年9月 フォーカス: 労働運動の再生

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