労働運動の再生:アメリカ
寄稿1/前進のための後退なのか
—AFL-CIOの分裂

  • カテゴリー:労使関係
  • フォーカス:2005年9月

法政大学大原社会問題研究所教授
五十嵐仁

AFL-CIOからのチームスターズとSEIU脱退のニュースを聞いたとき、ホワイトハウス北側に位置する8階建ての本部ビルに亀裂が入ったような印象を受けた。それほどに、この分裂は私にとって衝撃的だった。

今から4年前、私はAFL-CIOの本部を訪れ、アメリカ労働運動についての聞き取り調査を行ったが、もちろん、分裂するような兆候は何もなかった。今、あの本部の中は、てんやわんやの大騒ぎになっているにちがいない。

2つの意外性:「改革派」スウィニー会長とチームスターズ

私がこの分裂に驚いたのは、スウィニー現会長はかつて改革派でAFL-CIOの活動の刷新をめざしているというイメージが強かったからである。1995年に、SEIUの会長だったスウィニーは、チームスターズ、アメリカ州郡自治体従業員組合連合(AFSCME)、全米自動車労組(UAW)、全米鉄鋼労組(USWA)などが結集した「新しい声」派に推され、初めての選挙でカークランド派のドナヒュー暫定会長を破ってAFL-CIOの会長に当選した。

彼が改革派から推されたのは、SEIUの委員長としてマイノリティや女性など、それまで労働組合に組織されていなかった人々の組織化に成功し、その手腕が評価されたからだった。そのスウィニーが組織率低下の責任を問われ、選出母体のSEIUが反旗を翻したのが今回の分裂である。何とも、皮肉なものだ。

私が驚いたもう一つの理由は、チームスターズも一緒に脱退したことである。チームスターズの現会長であるジェームズ・ホッファ・ジュニアは、映画のモデルにもなったホッファ元会長の息子で、1991年にチームスターズ民主化同盟(TDU)に推されて当選し腐敗是正と民主的改革に取り組んだケリー前会長を追い落としたという経歴の持ち主だ。つまり、彼は必ずしも改革派ではない。

そのホッファがAFL-CIOの活動の刷新を求めたということ自体、私にとっては意外だった。しかも、それが容れられずに脱退したというから、さらに驚いたというわけだ。

スウィーニー体制10年の実績と評価

10年前に、改革の旗を掲げ期待されて出発したスウィニー執行部ではあったが、その実績は必ずしも芳しいものではなかった。スウィニーのイニシアチブにも関わらず労働組合組織率は低下し続け、今や12.5%(2004年。公共部門を除いた民間労働組合の組織率は7.9%)という水準である。労働組合の組織化という点では、全くの期待はずれに終わった。

また、社会運動的労働運動を掲げたものの労働者を支援するNPOや市民組織などとの連携は不十分だった。政治に力を入れたにもかかわらず、ブッシュ大統領の出現を許して反労組的政策に苦しみ、その再選を阻むこともできなかった。このような経過を見れば、スウィニー執行部に対する批判や不満の高まりは理解できないことではない。

しかし、それがこのような形で分裂を引き起こすほどに大きなものだったとは思わなかった。執行部批判は4月の執行委員会で表面化し、定期大会についても事前にボイコットが明らかにされていたという。高齢のスウィニー会長の交代など、このような批判や不満を解決するための別の手段はなかったのだろうか。正直なところ、今でも疑問に思わざるをえない。

変革を求めるCWCの進む方向は

SEIUとチームスターズを含む執行部に批判的な5つの組合(SEIU, Teamsters, UNITE-HERE, LIUNA,UFCW)は、6月に「勝利のための変革連合」(CWC)を結成した。今後、これを中心に批判派の結集が図られることになろう。

CWCの政綱を見ると、AFL-CIOの総予算の半分を組織化に振り向けるなどの要求がある。しかし、それ以外にも活動の刷新を求める多くの要求を掲げており、単に、組織化の遅れへの不満だけが分裂の要因だったというわけではない。

そこには、多様な要求が掲げられているが、その内容が豊富になり、範囲が拡大すればするほど、内部での不協和音が高まる可能性がある。すでに述べたように、ホッファのチームスターズは必ずしも改革派ではなく、CWCは同床異夢となる可能性があるからだ。

アメリカ労働運動における今回の分裂の意味

アメリカ労働運動全体にとっても、このような分裂がプラスかマイナスか、にわかには判断できない。少なくとも、短期的には多くの問題を生むことになろう。CWCに加わっている組合の人員はAFL-CIOの約3分の1を占めており、その分の資金が失われることになる。すでに、執行評議会メンバーは51人から43人に減らされた。

AFL-CIOは離脱組合のメンバーが地方組織などに残留することを認めない方針である。これが徹底されれば地方にまで分裂が波及し、大きな打撃を被ることになろう。

SEIU出身のスウィニー会長にとって、出身組織の離脱は大きな痛手である。今回の大会で再選されはしたが、影響力の低下は免れまい。離脱した組織が提供していた活動家も失われる。組織全体の活力の低下は避けられず、アメリカ労働運動の衰退を加速させる可能性がある。

長期的には、批判派が結集して新しいナショナルセンターをめざし、AFL-CIOとの競争を通じて労働運動全体の底上げと組織拡大を図るというのが、最も望ましいシナリオである。しかし、分立するとなれば競合組織の奪い合いなどが生ずるかもしれない。前途は、必ずしも楽観できない。

AFL-CIOとしては自己変革を遂げて、できるだけ早い機会での再統合をめざすしかないように思われる。そのためには、ネオ・リベラリズムに対する批判的立場、ブッシュ大統領との対決、イラク戦争の早期終結要求、社会運動的労働運動のさらなる発展、組織化の画期的な進展などの実績をあげることによって、離脱組合の批判に応える必要があろう。

「沈みつつある船」の上での争いは、沈没を早めるだけである。少なくとも、両者が対立を深めて互いに足を引っ張るような愚だけは避けなければならない。今回の分裂によって、アメリカ労働運動が短期的には後退することがあったにしても、長期的には前進の契機となることを願いながら、今後の推移を注視したいと考えている。

五十嵐 仁(いがらし・じん)

1951年新潟県生まれ。1983年法政大学大学院社会科学研究科社会学専攻博士課程単位取得満期退学。専門分野は政治学、現代日本政治、戦後政治史、労働問題、選挙制度。1996年より法政大学大原社会問題研究所教授、2003年より同研究所副所長。

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2005年9月 フォーカス: 労働運動の再生