企業再編と雇用:アメリカ
企業買収・組織再編と労働者

「M&A先進国アメリカ~M&A成功の鍵は再就職支援~」

株主利益最優先といわれる米国ビジネス界ではM&A(Merger and Acquisition)と呼ばれる企業の買収・合併と、合併後の大胆なリストラを通じた経営の効率化・生産性の向上は経営のイロハといわれる。しかしその一方で、買収される企業の従業員の労働条件は大なり小なりマイナスの影響を受けるのも事実。こうした中、最近では従業員の再就職を最大限に配慮しながら進めるタイプのM&Aと、企業内で雇用を維持できなくなった従業員に対し企業側の経費で再就職を支援するアウトプレースメントの活用が注目を集めている。

1. M&Aと従業員

一昔前のアメリカ企業といえば、株主利益最優先で企業の収益力を高め、株主への利益還元を最大にするためには従業員のリストラも厭わないというイメージで知られていた。事実、相手企業の同意を得ずにM&Aを仕掛けるいわゆる敵対的買収の嵐が吹き荒れた1980年代には、ダウンサイジングと呼ばれる大規模な人員削減が頻発し、その結果、地域社会が深刻なダメージを受けるという悲劇も決して珍しくはなかった。「会社は株主のもの」とする考え方への反発と、それを受けての州法の見直しが始まったのはこうした経験が基になったといわれている。

企業買収の規制を目的とする州法の一部には、株主だけではなく従業員や地域社会の利益をも考慮に入れるべきことを定める法律(全米50州のうち33州に規定あり)や、解雇した従業員の賃金補償に焦点を当てた法律(ティン・パラシュート法、同3州)がある。(注1)ティン・パラシュート法の代表例とされるペンシルバニア州法では、企業買収の結果解雇された従業員に対して、勤続1年間当たり1週間相当分の賃金(ただし、26週間相当分が上限)を支払わなければならないと定める。ロードアイランド州でも同様の法律が制定されている。また、マサチューセッツ州など6州で制定されている労働契約法は、労働組合など団体交渉の代理人、またはその他の代表者によって結ばれた労働契約である限り、いかなる規定も合併等による事業・組織再編の結果として終了または破棄されることがあってはならないと定める。

2.アウトプレースメントの活用

アメリカにはキャリア・カウンセラーという職業がある。多くは個人で開業している。企業が実施する解雇対象者向けの再就職支援活動で重要な役割を果たす人々として知られている。また、大規模な事業・組織の再編では、社内に特別に再雇用支援のための組織を設置されるほか新規の専用人材会社が設立される場合さえある。

例えばある企業が事業を売却しようとする場合、従業員は売却先に移るか、さもなければ人材会社に登録して他の就職口の斡旋を受けるかの選択を迫られることになる。このシステムは人材市場ではごく一般的になっており、例えばエンロン破綻のケースでは、新規にエンロン専門として設立された人材斡旋NPO が、ノウハウと経験豊富な人材をある程度一括して他社へ就職させている。

このように企業外労働市場に放出される従業員には、高いエンプロイアビリティが求められていると言える。エンプロイアビリティという考え方は、1990年代以降、企業の雇用戦略の一部として導入されたもので、従業員に長期雇用を約束しない代わりに学習機会を提供し、外部労働市場において通用する強い競争力を持つ人材を育成するシステムといえる。(注2

その最たる例がGE。同社では、雇用は保障しないが転職適応力の育成は保障するという方針をとっている。具体的には社員を能力別に分け、そのうち上位20%と中位70%には学習機会を提供しているが、下位10%は毎年解雇するというもの。M&Aを多用して事業の拡大、再編成を成し遂げてきたGEにとって、高い雇用の流動性と自由度を維持するこのシステムは正に生命線ともいえる。

3.M&A成功の秘訣

アメリカでは1990年代以降、敵対的買収の割合は低下し、経営戦略強化を目的とした友好的M&Aが大勢を占めるという変化が生じている。しかし友好的M&Aとはいえ、買収される側の従業員にとっては労働条件や賃金体系の変化、企業文化の融和等の問題が残る。こうした側面に注目した研究もある。例えばHRマネージメントという専門誌は、M&Aを成功させるための要因として、買収企業・人事部門が早い段階からの関与することの重要性を指摘している。(注3)同誌はそのポイントを以下のように紹介する。

「買収劇の陰で、買収企業の人事部門と買収される側の従業員との間のコミュニケーションの重要性が見落とされがちであるが、買収される側の企業の従業員の動揺を防ぐためには、買収企業は買収される側の従業員との迅速かつ率直な対話を持つ姿勢を見せることが必要である。2003年にインターネット関連会社インクトゥミ社とオーバーチュア・サービス社を買収したヤフー社のケースでは、買収前にヤフー社の人事担当役員が「買収に関連するQアンドA」を作成し、買収される企業の従業員に配布している。さらに買収合併後は文書で、新たな職務と給与制度の変更について説明するなどの配慮をみせた。管理職を対象にヤフーの報酬の考え方を説明するとともに、全社員を対象とした説明会を行い、イントラネットにガイドラインを載せるなど、従業員への徹底した情報公開に努めた」。

報酬への不安は、従業員のモラルや生産性にマイナスの影響を与えるといわれる。このことがやがては企業成長力の失速を引き起こし、回復するまでに多大な時間と費用を投じなければならないとも同誌は指摘する。スムーズな買収・合併を進めるためにも従業員への配慮、適切なコミュニケーションが不可欠であることが強調されている。

参考: 最近のM&Aの趨勢

アメリカでは、世界的M&Aブームに乗って、このところ大型の買収劇が目白押しである。今年1月には、米日用品大手プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)が同業の米ジレットを約570億ドル(6兆円)で買収し、二位に大差をつけて今年の取引額のトップに立っている(5月現在)。アメリカのM&A件数は、ITブームに沸いた2000年に年間約10,000件強でピークを迎え、その後下火になっていたが、昨年よりブーム再燃の兆しがある。M&Aの研究所の米Mergerstatによると、アメリカの過去5年間のM&Aの件数及び取引額(年度累計)の推移は次のとおりである。

Year to Date:5/21/2005
Year Deals Value($bil)(1)
2000 11,123 $1,268.6
2001 8,545 $683.0
2002 7,411 $441.6
2003 8,232 $530.2
2004 10,296 $823.2
2005 3,682 $449.3

※ 2005年の数字は、5月21日現在のもの

資料出所:The Mergerstat Free Reports: M&A Activity U.S. and U.S. Cross-border Transactions

参考

  1. 内閣府経済社会総合研究所「わが国のM&Aの動向と課題」『M&A研究会中間報告』 (2004年3月)
  2. 宮坂純一「アメリカの解雇ルール」奈良産業大学『産業と経済』第18号第4巻(2003年12月)
  3. Mergerstatウェブサイト新しいウィンドウへ

関連情報