労働時間と働き方:フランス
労働時間をめぐる動き~週35時間労働制の見直し

労働時間短縮政策の沿革

ミッテラン左派政権初期の1982年、フランスの法定労働時間は、週40時間から39時間に短縮された。その後、右派政権時の1996年に、いわゆる「ロビアン法」が制定され、雇用創出または維持を目的とした労働時間の短縮を希望する企業に対して、社会保険料・雇用主負担の軽減を認めたものの、約29万人がその対象となるにとどまり、大きな効果はなかった。

1997年の総選挙で勝利したジョスパン左派政権は、選挙公約であった「法定労働時間35時間化」の第一歩となる「オブリ第1法」を1998年6月に制定。時短促進を図り、中・大企業に対し、2000年初頭からの週35時間労働制の導入を目指し(注1)、「ロビアン法」より適用基準を緩和した社会保険料・雇用主負担の軽減策を打ち出した。これは、賃金月額を引き下げずに時短を行うことに対する雇用主(使用者団体)の反発を抑える意味合いもあった。

さらに、この「オブリ第1法」を補完する形で、2000年1月に、いわゆる「オブリ第2法」が制定された。所定内労働時間を最高週35時間に定め、かつ雇用を増加させるか維持させる企業に対して、社会保険料の雇用主負担を軽減した。この法律により、法定労働時間は、週35時間(年換算1600時間(注2))と定められた(ただし、従業員20人以下の企業への適用は、2002年1月より)。

「時長」の動き

2002年の政権交代で登場した右派のラファラン政権は、規制緩和による経済活性化を掲げ、時短法の適用緩和を定める「フィヨン法」を制定。2003年1月17日に発効した同法は、超過勤務時間の年間上限を130時間から180時間に拡大するとともに、従業員20人以下の企業に対し、超過勤務手当の割増率を10%(注3)に据え置く措置を、2005年末まで延長した(注4)。

2004年に入り、政府は、「連帯の日」を設け、賃金を据え置いたままで就労時間を1日分増加させ、その分の雇用主負担税の増収分(注5)を、高齢者や身体障害者に関する政策の財源に充てることを決定した(2004年6月17日、国会で関連法が成立)。これにより、2005年から、就業日が1日増加することとなり、1600時間(年換算)であった法定年間労働時間が、実質的に、1607時間に引き上げられた。

一方、企業においても「時長」の動きが出始めた。自動車部品メーカー・ボッシュ社のリヨン郊外にあるヴェニシュー工場では、2004年7月19日、賃金の引き上げなしに労働時間を週1時間増やすことが決まった。週36時間労働制への移行などにより労務費の12%削減に協力する代わりに、生産ラインの移転を断念する労使協定が締結された。これは、民間企業の一工場における労使交渉での決定事項であるが、短い労働時間(週35時間労働制)が、雇用に悪影響を及ぼしている例として、35時間労働制の見直しに関する議論に弾みをつける結果となった。

35時間制見直しの議論の活発化

2002年の政権交代以降、失業率や財政赤字が悪化するなか、政府・与党内では、これらの原因を週35時間労働制に押し付ける傾向が顕著に現れた。労働時間を増加させ、国際競争力を高めたい経営者団体のフランス企業運動(MEDEF)の圧力もあり、2004年に入って、同制度の見直しの議論が活発化した。

以前から35時間労働制に批判的な言動を繰り返していたラファラン首相は、2004年5月26日、35時間労働制に関する法律を「悪法」と断じ、同法で恩恵を受けたのが、一部の個人に過ぎず、社会全体では、マイナス面が多かったとの認識を示した。その後、同首相は、週35時間労働制の見直しを、関係閣僚に指示。また、2004年春から秋にかけて経済・財政・産業大臣を務めたサルコジー氏は、「収入増を望むフルタイムの労働者が、現在の所定労働時間を引き上げ、労働時間を増やす」ことが可能な労働法制の整備を主張。同制度を導入した現野党・社会党や労働組合の強い反発を受けながらも、見直し案の作成が進められた。

35時間労働制改正法の成立

ラファラン首相は2004年12月9日、2005年の施政方針(Contrat France 2005)を発表し、週35時間労働制度の改正案を示した。改正案は、法定労働時間を週35時間制に据え置くことを前提に、収入増を望む労働者が労働時間を延長することを可能にしている。その場合の時間外労働時間の長さ、割増賃金率などについては、経営者とその労働者個人の交渉によって決定する。ただし、超過勤務労働時間の上限は、法定の時間外労働時間の上限に設定しなければならない。法定の時間外労働時間の上限は、現在年間180時間。改正案では、これを220時間へ引き上げることも提案された。割増賃金率は、現行水準(10%または20%)以下を認めない。追加の就労時間に対する割増賃金は、現行水準(通常10%又は25%)以下のものは認めない。

この処置により、所定労働時間(週35時間 :年間1600時間)と超過勤務時間(上限220時間)を合わせて、「労働協約上の労働時間」とすることが可能となり、最大で1人1820時間、週40時間労働に相当する。

この改正法案は(注6)、2005年1月から国会での審議が開始。ラファラン首相は、この改正により、企業の活性化と雇用の創出が実現し、他の政策による効果も含めて、2005年末には、1割の失業者減少が期待できると主張している。これに対し、2005年2月5日には、労働組合や野党・社会党の呼びかけにより、同法案に反対する全国規模での抗議運動が展開され、数十万人がデモに参加した。しかし、同法案は、2005年2月9日に、与党の賛成多数で、国民議会を通過。2005年3月1日から上院で審議され、3月22日に成立した。

2005年5月 フォーカス: 労働時間と働き方