地域雇用政策:イギリス
イギリスにおける地域雇用政策

  • カテゴリー:地域雇用
  • フォーカス:2005年3月

イギリスの雇用経済政策は、成長、雇用、繁栄の拡大を目指して生産性向上、技術革新、人的資源開発、貧困撲滅、社会的不公平・不平等の是正など様々な目標に取り組むため、その政策領域は広範囲に及ぶ。このように広範な政策はイギリスでは伝統的に、他の先進諸国と比較して従来中央集権的「トップダウン」型で行われてきた。中央政府が政策の方向性と詳細な運用の双方を決定する仕組みだ。しかし、都市部の高失業の構造や地域間格差の拡大などの問題から、最近では地域・地方の雇用政策への関心が高まりを見せている。

各政権下における地方行政の変遷

日本国憲法のように上位法による地方自治の保証規定のないイギリスにおいては、政権毎に地方行政制度が大きく変わるということは珍しいことではない。まず、各政権下の地方行政との関わりを概観してみよう。

保守党政権下にみる地方行政

1979年に発足したサッチャー首相率いる保守党政権は、当時「イギリス病」と言われ、老大国と言われる状況にあったイギリス経済の引き締め立て直しのために、公共部門に対しても徹底した競争原理の導入を行い、合理化を追求したことで知られる。中央においては、中央省庁の事業実施部門を政策立案部門から切り離すエージェンシー化を行い、地方においては同様の狙いで「CCT」という略称で知られる強制競争入札制度を導入した。これは従来地方自治体が行っていた業務の一部を、民間企業との競争入札に付すことを義務付けたもので、民間企業が業務を落札すれば従来担当していた地方自治体の直営部門は廃止されてしまうという厳しい内容のものだった。そして、競争入札の対象業務も、当初のごみ収集や道路清掃などの現業的なものから次第に財務管理などの、いわゆるホワイトカラー業務の一部にまで及ぶようになる。こうした入札制度は、従前の仕事の確保を図ろうとする地方自治体直営部門と、新規参入を目指す民間企業との双方に厳しいコスト競争をもたらした。ところが、これは地方における業務処理の方法にとどまらず、地方自治体そのものの構造改革に発展する。地方行政の簡素合理化という理念自体に対しては国民の正面からの批判はなかったものの、地方の自主性・主体性を発揮し得る行財政基盤を損なう結果となったことも否めない事実。地方の関係者と十分な協議や合意を経ずに進める政府の手法は、地方政府に大きな不満を残すこととなった。

労働党政権下にみる地方行政

1997年の総選挙において、「地方自治の充実による民主主義の強化」を重要な選挙公約の一つに掲げたブレア労働党は、政権就任後、地方自治に関する新たな施策を次々と打ち出した。まず、イギリスを構成するイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4地域のうち、スコットランドとウェールズに対して国の権限を一部移譲するという提案を行う。歴史的な経緯や住民意識、生活実態などを背景にしたこの分権案は、両地域にそれぞれ議会と執行部を設置、地域に関わる事柄はそれぞれの地域政府が独自に判断・決定できるようにするというものであった。わが国で推進中の分権政策が、住民に身近な地方自治体に、できる限り国の権限を移譲しようとしているのに対して、イギリスの分権政策は国と地方自治体の中間段階に機関を設け、そこに国の権限を移譲しようという点で大きく異なる。これは、現在欧州で大きな潮流の一つになっている「地域主義(Regionalism)」に沿ったものと言えよう。

上述したように、イギリスの政策は伝統的に、「トップダウン」型で行われてきた。このため経済振興政策は、従来から比較的多く権限委譲されてきたが、その一方で、雇用政策における労働供給政策の委譲の例は少なかった。また1970年代までの地域政策は、資本や雇用を後発地域へと誘導することにより格差の縮小を目指す「産業再配置」が主であり、立地規制と援助措置による「アメとムチ」的アプローチが取られていた。しかし「アメとムチ」的政策は、費用対効果や産業の域外流出の懸念から次第に縮小され、政策の重点は地場において優良事業を立ち上げ成功させる環境の創出へとシフトしていった。

こうした結果、ブレア政権下における地域開発庁(RDAs : Regional Development Agencies)の設立に象徴される地域組織への分権化が見られるようになってきている。さらに中央政府と地方政府とをつなぐ中間支援機関「パートナーシップ」(注1)の存在の高まりや民間資金の活用など、地域雇用政策の運用主体も多様化している。このような中央と地域の中間に位置する「パートナーシップ」のような組織を利用した主要な政策としては、「コミュニティ・ニューディール」があげられる。

コミュニティ・ニューディール(New Deal for Communities)

荒廃地域における住宅、健康、失業などについて、地域間格差を資金投資によって解消しようとする10年間の再生プログラム。1998年に第1ラウンド(17地域)、1999年には第2ラウンド(22地域)が認定され、現在39の地域がカバーされている。

同プログラムでは、地域に基盤を置く公的機関、企業、市民で構成される組織である「パートナーシップ」が中心的な機能を果たしており補助金の交付対象でもある。「パートナーシップ」は、契約、インセンティブ、規制を組み合わせることによって、問題解決に非常に革新的なアプローチを取り、精力的に開発機会を追求する。さらに、より広範囲な公共・民間投資の決定に影響を及ぼす技術的専門知識と交渉スキルが備われば、この種の組織は地域変革のための価値ある触媒となる。さらに広い地域で地元の利益を提唱することも可能である。

雇用政策における地域の重要性

地域雇用政策の最も基本的な論理的根拠は、「地理的要因が経済プロセスに影響を与え得る、すなわち地域性または場所が非常に重要」という考えに基づく。これはネガティブな例示からたどると解りやすい。例えば、地場産業の衰退が原因となって失業、貧困、環境悪化、投資家への信頼低下が起きると、居住、労働、投資の場を自由に選ぶことが可能な労働者の一部は、選択的に他の地域に移住するといった行動をとる。負の決定は互いに強化し合い、各個人のインフラ向上のインセンティブを低下させ、資産価値を損ない、投資引き揚げや衰退が始まり、地域において負のスパイラルが始まる。そして、こうした負の循環を阻止するところに、公的介入の必要性が生じる。

それでは逆に、地域の関係性がポジティブで互恵的なものとなるパターンとはどういうものか。例えば、企業の集中によって企業間で建設的な相互作用が生まれ、外部経済の規模及び多角化が促進されたとする。多くの企業が共に同一地域に共生することによって、利用可能な機会が増え、企業が晒されるリスクは低減するだろう。地域規模の拡大と企業の近接性は、労働コストやビジネスサービスコストを削減し、経営・労働者の技術または生産技術の改善を通じて利用効率をさらに向上させる。また、インフラの共有が進むため個々の企業を超えて利益が拡大し、地域経済の生産性が全体的に改善され、成長率が上昇するというパターンだ。

過去5年間でイギリス政府は都市・地域に対する概念を「問題の発信元」から「有効な経済機会を提供する発信元」へと転換させてきた。政府は集積経済の効果に関心を払い、革新的で高度な技術に基づく高価値・知識集約的生産やサービスを有する都市・地域を国家経済のエンジンとみなすようになっている。この中核を為すのが、企業及び大学等関連機関の「知識の集積」であり、これがさらに投資や才能を引き寄せ、地域の技術や収益を高め、飛躍的な成長を実現する。これは技術革新、制度的学習、創造的なアイディアの交換が最も効果的に行われるとされる、都市・地域レベルで組織された産業クラスターにおいて明らかである。最近の政府報告によると、「都市・地域には先進知識集約型経済の生産性要因が集中している」(注2)とされている。

様々な地域雇用政策

通常、雇用政策は、労働力の供給改善または労働力の需要拡大のいずれかの観点に従い分類されるが、近年イギリス政府は、労働力需要よりも労働力供給に照準を合わせた政策にシフトしてきている。これは、比較的貧しい地域においては、高失業率と経済不況が職不足というよりはむしろ技能不足や求職意欲と関連していると推測されていることに基づく。人々にさらに熱心に求職活動に取り組むことを奨励したり、雇用可能性の向上を模索する様々なプログラムが実施されているが、以下、労働力供給型または需要型のいずれかに類型化し、いくつかのプログラムの概要を紹介する。

労働力供給型

  1. 個人アドバイスおよびガイダンス

    正式認定された失業者や、非経済活動者を対象とし、就労を目的とした個人へのアプローチは「ニューディール政策」の主要部分。その理念は「Work First(まず就職を)」である。つまり、まずは人々に仕事を見つけることが先決であり、その後、就業継続にあたって彼らが直面する障壁に取り組むという段階に進む。少なくとも短期的に見るとこのアプローチは、失業の削減にとって職業訓練や就労体験よりも低コストであることが証明されている。

  2. 基礎技能訓練

    読み・書き・計算・コミュニケーション能力といった基礎的な技能訓練を通して、労働者が変動する労働市場に対応できるエンプロイアビリティの向上を目指す。通常、基礎技能開発は、数週間または数ヵ月の短期個人開発コースで実施される。

  3. 就労体験

    参加者に一定期間の臨時就労体験を提供する。また、雇用者に対しては、信頼できる作業習慣や規律正しさを証明することが目的。就職先が決まらない参加者に対しては、チャリティ(ボランティア)部門または環境プログラムなど様々な就労体験のオプションを提供している。期間は最大で6ヵ月。

労働力需要型

  1. 起業支援

    仕事のアドバイスや職業訓練、社内指導教育やカウンセリング、小口の財政援助、事業所またはインキュベーターへの助成など、支援形態は様々。また、小・中・高等学校、大学などと連携し、起業家育成プログラムも実施している。また、失業者または貧困地域の居住者に対しては、「自らの手で職を創る」という選択肢を提供する目的で追加的支援が実施される。

  2. 現行事業の開発

    既存企業の成長・発展の支援を焦点とする。投資資本、製品やプロセス改善のための技術的アドバイス、事業計画・マーケティングに関するコンサルティングなどを通して、地域基盤の貢献する可能性を秘めた中小企業を支援する。

  3. 事業インフラ支援

    企業集団および制度的基盤に対する事業インフラ(研究開発機関、職業訓練機関など)の支援。近年、産業クラスターが注目を集めている。関連・支援企業のクラスターは、発想および革新の移転を促進し、サプライヤーを惹きつけ、創造的才能や外部投資家を誘致するとされている。

※本稿の内容は、労働政策研究・研修機構が2月9日、10日に開催した「各国の地域雇用開発研究ワークショップ」におけるイヴァン・テュロクグラスゴー大学教授の講演をもとに構成した。

2005年3月 フォーカス: 地域雇用政策

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