地域雇用政策:アメリカ
州政府・地方自治体の経済開発政策の現状

  • カテゴリー:地域雇用
  • フォーカス:2005年3月

―JILPT「各国の地域雇用開発研究ワークショップ(2月9・10日)」
米国WE.アップジョン雇用研究所ランダル・W・エバーツ氏の報告より

各州政府及びその他の地方自治体、あるいは地域レベルの準公的機関や民間機関がメインアクターとなって取り組むアメリカの地域経済開発政策は、税制優遇措置、職業訓練、インフラ助成――など地域によって多種多様で、その数も5000以上存在する。年間の資金規模は約300億ドル。労働者一人当たりの支出でみると年間213ドル、アメリカGDP比では0.2%を占める。業種別では、雇用喪失が深刻な製造業を対象とするものが大半だ。連邦政府は、窮乏地域、ブラウン・フィールド(汚染が存在するなどの理由で再利用できない産業・商業地域)、あるいは小規模事業に対する一部助成を行うのみで、基本的には、各州・地方自治体レベルの個別の経済開発政策を支援するかたちで関与しているに過ぎない。

経済開発政策の主たる目的は、1)各州・自治体経済レベルにおける製造業の主要素(人的資本、物的資本、知的資本、物的インフラ、社会資本へのアクセスなど)の拡充及び競争力強化、2)市場・政策の失敗に対処するための介入――。前者については、雇用創出・雇用基盤の確保、所得の上昇、税基盤の改善、経済基盤の多様性向上などが具体的なゴールとなる。このうち各州政府・自治体や企業が最優先事項に位置づけているのは、雇用創出だ。アメリカの失業解消には、地元労働者の雇用吸収力の確保が不可欠であるにもかかわらず、地域労働市場で創出される新たな雇用の5分の4が、地元労働者ではなく、新しく当該地域に流入した労働者に吸収される実態がある。そのため、従来は雇用・労働力開発と経済開発の間に明確な線引きがあったが、現在では、経済開発政策を担う各アクターが、雇用関連制度、教育制度などとのリンケージ強化を重要視している。一方、後者の市場・政策の失敗に対処するための介入は、1)不十分な労働者訓練、2)生産性向上に必要な情報の欠如、3)研究開発の遅れ、4)公的インフラ未整備、5)不十分な事業資本注入、6)硬直な事業規制及び法人税制、7)衰退地域をターゲットにした活性化政策の欠如――などへの対応が具体的なターゲットとなる。

州及び地方自治体の経済開発政策のプロセスは、一般に3つの波に分類され、各波に応じて、政策・戦略内容の中身が異なる(表1)。第1波・第2波では、供給サイド向けの政策を中心に据え、各州・地方自治体で事業を行う企業を対象に、コスト削減インセンティブとなる税制優遇措置、各種助成金制度を導入している。第1波では、特に製造業に従事する域外の企業誘致がターゲットとなるのに対し、第2波では、既存企業の事業拡大が助成対象となる。第3波では、需要サイド向け政策に重点をシフトし、産業クラスター振興のための地元資本拡充を目指す。もっとも、このプロセスは段階的にシフトするものではなく、進展プロセスに応じて重点をシフトし、政策を複合化するものだ。例えば、第3波においては、第1波、第2波の各種政策と第3波の政策を組み合わせ、同時進行で実施している。

表1:経済開発戦略のプロセス
項目 第一波 第二波 第三波
目標 外部企業の誘致 既存企業の維持・拡大 産業クラスター振興のための地元資本拡充
事業展開の利点 外部企業を誘致するため優遇 全企業に対する税制優遇措置及び助成金などのインセンティブ提供 地域協力の促進
対象企業 外部企業 全地元企業の支援 企業間の良好な関係構築のための環境整備
人的資源 地元失業者に対する雇用創出 訓練プログラムの開発 事業構築のための労働者訓練の活用
地域内の基盤 物的資源 社会的・物的資源 リーダーシップの構築と質の高い環境開発

出典:Blakely Edward J., and Ted K. Bradshaw (2002). Planning Local Economic Development: Theory and Practice (3rd edition). Thousand Oaks, CA: Sage Publications.

次に、経済開発政策の柱である供給サイドをターゲットにした税制優遇措置及びその他の助成金制度と、需要サイドをターゲットとした各種プログラムの詳細をみてみよう。まず、州政府及びその他の自治体税制に関連する税制優遇措置のうち、最も一般的なのは税額控除制度。投資、新規雇用、棚卸資産税、電力・ガス消費税、州レベルの所得税などが控除対象となり、経済開発政策の約6割が同制度を盛り込んでいる。これに次いで普及度が高いのは、全体に占める割合は25%と少ないが、免税措置。製造機械・設備といった法人物品購入や電力・ガスなどの消費税免除が中心だ。この他、地方自治体によっては、減税措置を講じている場合がある。このうち、最も税負担軽減インセンティブが大きいのは減税措置で、製造機械・設備に対する消費税免除、新規雇用税控除の順となっている。税負担の軽減率は9%から36%と幅がある。

税制優遇措置以外の企業に対する助成制度は、直接的な財政支援と間接的助成とに分かれる。直接的財政支援は、1)補助金、2)貸付金、3)株式投資、4)貸付保険/融資保証――など。一方、間接的助成制度には、1)労働者教育・訓練、2)市場開発(インフラ整備など)、3)生産工程の近代化、4)技術移転・商業化(インキュベーター)、5)コミュニティカレッジ、大学、訓練施設など地元組織への補助金・貸付金の拠出――などがある。このうち最大規模を誇るのはインフラ整備と訓練に対する助成だ。なお、供給サイド向けプログラムのなかで企業側のメリットが最も大きいのは減税制度であるが、それを除けば、税制優遇制度以外の助成制度によるメリットが一般的に大きいといわれる。

こうした企業を対象とした供給サイドへのインセンティブがない場合、企業進出にあたっては、事業地選定要素の重要性が高まる。企業側が考慮する事業地選定要素は、1)高度人材の確保、2)高速道路へのアクセス、3)人件費、4)州及びその他の地方自治体の助成、4)建設費、5)税制優遇措置、6)エネルギーコスト、7)IT環境へのアクセス、8)用地の確保・地価、9)労働組合の勢力、10)環境規制、11)非熟練労働者の確保――などだ。

他方、ビジネス環境の向上を目指す需要サイド向けのプログラムは、1)起業促進、2)小規模事業の設立支援、3)研究開発助成、4)労働者訓練、5)産学技術移転の促進、6)企業と地元ステークホルダーとのネットワーク構築、7)ベンチャー・キャピタルの調達――など多岐に及ぶ。これらのプログラムは、経済開発プロセスでは第3波に属するもので、ネットワーク作り、サービスの一元化、企業ニーズへの対応、民間企業の積極的な関与、労働力育成をターゲットとしている。このなかで、近年ビジネス環境整備の担い手として注目を集めているのが、「クラスター」。クラスターとは、「類似的かつ補完的な各種関連産業企業が地理的に集中し、機能統一を目指す地域」と定義され、同一クラスター内の企業は、特定のインフラ、特定技能を有する労働者、サプライヤーやサプライチェーン、大学・研究センターやベンチャー・キャピタルへのアクセス、良好なビジネス環境と質の高いライフスタイルを共有できる。

最近では、州政府・地方自治体は、特定のクラスターや産業に焦点をあて、関連民間団体やNGOとのローカルレベルのパートナーシップ構築によるヨコの連携強化を重んじている。パートナーシップ構築の代表例は、1)オハイオ州クリーブランド市西部地域の住民、企業、労働者が1988年に設立した西部産業維持拡大ネットワーク(WIRE-Net)、2)労使のイニシアチブで1993年に設立したウィスコンシン州地域研究パートナーシップ(WRTP)、3)ミシガン州地域雇用パートナーシップ――など様々。パートナーシップ構築に関しては、連邦政府も、1998年労働力投資法に基づく労働力開発制度を通じて貢献している。同制度は、州及びその他の地方自治体の労働力投資関連委員の大半を民間企業の代表者に委託することにより、民間企業の積極的な労働力開発への参加を促すもの。現時点で、約600もの労働力投資委員会が存在し、1)地元企業、社会団体、教育機関、労働団体などとの連携による連邦・州レベルの各種プログラムの実施・管理、2)各関連アクター・団体間の調整役としてのリーダーシップの発揮とパートナーシップ強化、3)政府機関やNPOとの連携による契約ベースのサービス提供――などを担っている。パートナーシップの活用は、企業ニーズに対応した総合的なサービス提供を可能とするのみならず、限られた資金の有効利用をも促進する。今後のパートナーシップ効率化に欠かせない視点は、指導者育成を含むキャパシティ・ビルディングの強化及び客観的な評価の実施だという。

こうした多様な地域経済開発イニシアチブの問題点として指摘されるのは、1)助成金の不足、2)既存の資源の無駄遣い(既に地域への進出が確定している企業への補助金支出など)、、3)助成金をめぐる各州の競争激化による、非効率な資金分配――など。改善には、最近活発化しているパートナーシップの活用を土台として、情報提供の徹底化、各プログラムの精緻なコスト・ベネフィット分析――などを通じたボトム・アップ型解決策の模索が必要となる。

参考

2005年3月 フォーカス: 地域雇用政策

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