賃金制度:アメリカ
アメリカの賃金制度

アメリカの賃金制度は、1)職務を基準に算出する職務給制度(仕事の対価としての賃金)、2)個人の技能を基準に算出する技能給制度(職務の効率的遂行のために必要な各従業員の知能、技能、適応性に対する賃金)――に二分できる。従来は、技能給制度が一般的であったが、技能習得や他技能との客観的比較評価が難しいことから、近年は、職務給制度に移行している企業が大半だ。現在アメリカの賃金制度では、職務給制度が中心的役割を果たしており、ほとんどの労働者をカバーしている。

職務給制度

職務給制度は、職務内容を賃金決定に反映するもので、1)職務分析、2)職務記述書、3)職務評価――などを判定要素とする。ポイントは以下のとおり。

  1. 企業は、特定の職務内容について体系的分析を行い、それに基づいて各職務を定義する。各職務の賃金格差は、職務分析による職務価値の序列に応じたものとなる。
  2. 職務記述書は、職務分析に基づき、各職務の評価項目を記述したもの。このほか職務記述書は、職務遂行上最も重要な責務の要約、仕事の内容や性質、求められる成果、あるいは当該職務遂行上必要とされる能力や資質にも言及する。給与は、職務記述書の記載に基づいて支出される仕組みになっている。
  3. 職務評価とは、他職務との体系的比較に基づいて特定職務の相対的価値を測定し、他職務との賃金差を決定するもの。職務評価自体は、個々の企業内で行われるが、職務の相対的比較は、外部労働市場における同一職務の賃金相場、他職務の賃金相場をも考慮される。

こうした職務給与制度を採用している企業の多くは、成果賃金として1)メリット・インクリーズ(個人成果による昇給)、2)グループ奨励金――の双方あるいはいずれかを、利益分配分として職務給に加算する。

メリット・インクリーズとは、個人業績に対するボーナス支給や基本給の増額分である。一方、グループ奨励金は、グループ全体の業績に応じて支給されるもので、利益分配方式による。利益分配方式には、1)ゲイン・シェアリング(工場レベルの収益を分配するもの)、2)プロフィット・シェアリング(本社や工場を含む会社全体の利潤分配)――の2方式が存在する。

プロフィット・シェアリングによるグループ奨励金は、一般的に単純作業に従事する従業員への分配は少なく、一定以上の職務レベルに従事する従業員が支給対象となる。プロフィット・シェアリングを受けるには、1)販売目標値など個人の目標値に到達していること、2)企業純益に対する個人の貢献度目標値に到達していること――の双方あるいはいずれかの条件を満たしていなければならない。両条件を満たしている場合には、一般的に2倍の支給を受けることが可能となるが、多くの企業では、販売目標値など個人目標値のみをプロフィット・シェアリングの基準に位置づけており、企業純益に対する個人貢献目標値を達成していなくとも、グループレベルの利益分配を受けられるしくみとなっている。最近の傾向としては、賃金全体に占める個人成果による奨励金部分の比重が高くなっていることが指摘できる。なお、個人業績・グループ業績の目標値設定は報酬委員会が決定することとされ、数値は毎年見直される。同委員会はまた、設定期間内の個人業績測定を行い、ボーナス支給額を予測する役割を担っている。

技能給制度

個々人の技能を基準に算出する技能給制度では、特定の職務遂行に必要とされる技能について、「技能資格試験」への合格などを判断基準として賃金を支給するものである。このような訓練・資格認定を前提とする賃金制度では、工場内の職務デザインが重要な要素となる。技能給制度の運用にあたっては、各企業は教育機関の設立あるいは教育機関との連携、職務基準、職務行動、職務テスト、立証方法、証明書などのシステムの構築が必要となる。

一般的なのは、コミュニティーカレッジ受講あるいは2年以上の職務経験を経た後、技能資格試験を通じて次のステップに進むというパターンだ。技能資格試験への合格は、特定の職務遂行能力に関する証明であるとともに、昇給の判定要素ともなる。技能給制度では、一般に学習→職務経験→資格取得というサイクルが存在し、各サイクルの組み合わせを経てステップアップするしくみとなっている。したがって、職務経験と継続学習の組み合わせなどの面で、個々人が自己管理する要素が多い。例えば、Aの仕事から、Bの仕事へのステップアップは、個々人の学習意欲の有無に左右されるということになる。

技能給制度の問題点のひとつは、技能修得に限界があり、学習対象となる仕事がなくなってしまった場合に、モラルダウンを招きやすいことである。新技能にチャレンジすることで昇給が得られるというサイクルが途切れるためである。さらに、賃金比較が難しいことも指摘されている。同一職務のランキングを比較するのは容易であるが、技能習得を経て他職務にステップアップした場合の、外部公平性の確保が難しい。例えば、アメリカで秘書を雇う場合、学歴に関わらず秘書職の賃金は同一でなければならない。秘書職への賃金には、扶養家族の有無、遠距離通勤の必要性といった個人的な事情は反映されない。

アメリカでは、職務の内容に関係のない家族手当、住宅手当、通勤手当などが賃金に含まれる場合は、雇用均等法違反に該当し、雇用均等委員会に対する賃金差別の訴えが可能となっている。自己都合を賃金に反映することは、内部公平性・外部公平性に反し、職場の士気を低下させると考えられているためである。

アメリカの賃金制度の最近の傾向-ストックオプションの低迷

最近のアメリカの賃金制度の最も顕著な傾向としては、ストックオプション採用企業の減少が挙げられる。ストックオプションは、1990年代後半に、IT関連企業、特にドットコム企業で給与の一部(オプション)として採用されたもので、実際給料のかなりの部分を占めていた。ところが、ストックオプションの普及に伴い、企業所有者の透明性の低下を招いた。アメリカの会計システムでは社員が所有するストックオプションの公開義務がないため、一般投資家には、社員所有株の把握が不可能となっている。例えば、社員所有の数百万株から数千万株の存在を知らないとなると、一般投資家は自己所有株が実際のシェアより大きいと錯覚してしまう。また、企業の利益が公開されても、ストックオプションへの支払い後には企業利益はなくなっている場合もありうる。その場合、利益の大半が経営者や社員に流れ、ストックオプションのない一般投資家が株の配当が全く得られないことになる。エンロンやグローバル・クロシングが、これを理由に痛烈な批判を受けたのは記憶に新しい。

ストックオプション低迷には、ITの崩壊による株価の下落も大きく影響している。ストックオプションが有効に機能するためには、株価上昇が不可欠となり、株価が急激に下落した2000年、2001年には機能しなかった。こうした状況下では、ストックオプション採用企業の社員にとって、ストックオプションはインセンティブではなく、低賃金労働の原因となってしまう。株価下落で無価値になったストックオプションを所有する社員は、憤り、職場のモラルは乱れ、退職を決意した社員も多い。

アメリカの賃金制度の最近の傾向-健康保険の企業負担における変化

最近の動向でもうひとつ重要なのは、保険料高騰を背景とする健康保険の企業負担分の変化だ。皆国民健康保険制度を採用していないアメリカでは、健康保険は各企業や個々人が加入するものとして位置づけられている。従来多くの企業は、社員や組合員に対し、一定の医療、手術、処方薬などをカバーする保険プランの提供を保障してきたが、保険料高騰により企業負担が増大し、経営を圧迫。医療産業は、保険料高騰に合わせて各種保険プラン価格を引き上げる一方で、各種プランがカバーできる適用範囲の削減や見直しを行っている。例えば、従来水準の医療費、手術費、処方箋をカバーする保険プランは社員一人当たり年間平均4000ドルの負担にまで上昇。継続負担が困難となった企業側は、コストダウンを目的に、社員一人当たりの保険料負担が2000ドル程度に収まる範囲で最良の保険プランを採用し始めている。保障範囲を狭め、社員の選択に合わせた分割プランをつくる傾向が強い。例えば、2000ドル負担のあるプランでは、社員の医療費や処方箋のうち1000ドルまでがカバーされ、それを超える3000ドルまでは社員の自己負担となり、それ以上がすべて保険でカバーされる。つまり、1000ドルから3000ドルの中間費用が社員負担となる。また、医療費など3000ドルまでを保険がカバーし、それ以上は社員負担というプランもある。

各種保険プランは、各企業が保険会社との交渉で作り上げていくのが通常であるが、その際、大企業は社員数も多いため、より有利なプラン設定が可能である。また、保険会社は大手企業の社員の状況や行動パターンを把握しており、保健管理も容易である。一方中小企業の場合には、プランの細部にいたる細かい部分まで交渉するのが一般的だ。

アメリカ労働者は、こうした保険負担に代表される社会保障給付への関心が非常に強い。過去10年間、時間給はほとんど上昇していないが、社会保障給付は維持されている。労組の交渉事項をみても、直接賃金の上昇よりむしろ社会保障給付の維持を選択する傾向がある。物価上昇率に鑑みると、その選択の方が、生活の質の向上につながるためである。ある意味では、社会保障給付がアメリカの賃金制度に占める位置づけが中心的なものになりつつあるともいえるだろう。

参考資料

国際研究部委託調査員報告

参考

2005年2月 フォーカス: 賃金制度

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