在宅労働の現状と課題:アメリカ
在宅ワーク・仕事と生活を両立する働き方

アメリカでは、1970年代から始まる情報化、サービス経済化の進展により、「テレワーク」とよばれる職場をはれた働き方を可能にした。そういった中で、自宅で仕事をする「在宅ワーク」も80年代以降注目されるようになった。

新しい働き方としての在宅ワーク

アメリカの在宅ワーク従事者数の推計は、ニューヨーク市立大学大学院のリンダ・N・エドワーズ教授が行った国勢調査の結果からの試算によると、1980年に217万8000人、2000年にはその約2倍の418万4000人に、その数は増加している。そして、現在も在宅ワークは成長を続けている。

同教授は、国勢調査の結果から在宅ワーカーの属性と在宅ワークを選択する理由を次のように分析している。

25歳から55歳の在宅就業者は、34歳以上の女性で、6歳未満の子供がいる場合が多く、郊外に住む大卒以上の高学歴者が多い。また、在宅ワーカーは、自営が多く、経営プロフェッショナル、パーソナルケアサービス、営業などに従事しているというのが、その特徴である。

何故、在宅ワークという働き方を選択するのかという理由については、アメリカでは通勤費が支給されないため、通勤費用の自己負担分を節約できるという経済的理由のほか、育児や介護などを行いながら仕事ができるという家庭と仕事の両立が可能であることがその理由だとエドワーズ教授は指摘する。

もうひとつの在宅ワーク

在宅ワークを歴史的に見ると、二十世紀初頭にすでに縫製やバックルなどの製造を工場から家庭に持ち帰り作業を行う家内工業が存在していた。これは、不法移民の就労や劣悪な労働条件によるスウェットショップ的労働であったため、連邦政府は、1931年、全米産業復興法により、全国的に禁止した。その後、1938年には、公正労働基準法が規定する家内工業規定により特定7業種と外出困難な身体障害者への家内工業が承認されるようになり、現在に至っている。

在宅ワーカーへの保護と規制

アメリカの在宅ワークには、高学歴、高技能のものと、歴史的に発生した家内工業を源とする家内工業の2種類がある。連邦法は、在宅ワークを行う場合に「在宅就業証明証」の発行を義務付けており、州法によっては、在宅ワークを禁止している地域もある。しかし、在宅ワーカーが、雇用労働者なのか自営業者か、何時間働くのか、収入はどのくらいかなど、実際を把握することは、就業状況が多様で複雑であるため、大変難しい。この意味で、アメリカには在宅ワークについて、体系的、統一的な保護と規制は存在していない。

在宅ワーカーは、「労働者」と認定された場合に、初めて法的保護の対象となる。公正労働基準法は、労働条件を規定し、全国労働関係法は、在宅ワーカーの労働内容を労使交渉の対象とすることができる。また、全国労働安全衛生法、障害のあるアメリカ人法、家族介護休暇法や雇用差別、人権にかかる公民権法も適用される。

しかし、実際には、情報通信技術を駆使した在宅ワーカーの場合、企業の社員以外は、多くが専門的技能を持った独立請負の自営業者である。

内国歳入庁は、こういった専門的技能をもった在宅ワーカーのために自営業者か労働者かの判断のためのガイドラインを出している。このガイドラインにより、自営業者とみなされた場合は、社会保険料の自己負担と各種税金の支払い義務が発生する。一方、労働者とみなされた場合は、社会保険料や税金は使用者が支払うことになり、前述の労働法の保護対象となるわけである。

在宅ワークを円滑にするさまざまな支援
自営、独立請負契約などの場合、医療保険、失業保険、年金などの公的扶助を受けられず、納税負担も多いなど、在宅ワークを行う際の問題点が指摘されている。また、個人で仕事を行うため、ストレスも多く、人間関係からの孤立、職務に関する情報や技能向上の訓練機会もないことも指摘されている。アメリカでは、多数の民間の任意団体や有志グループがこういった環境の改善に有効な役割を果たしている。

たとえば、「ワーキング・トゥディ」は、アメリカ東部を中心に、伝統的セーフティネットへのアクセスの難しいフリーランサーや独立請負契約者など自営業者ために医療補助、年金、差別禁止立法措置、失業、身体障害者への保障のための活動を行うユニークな非営利民間団体である。現在は、柔軟な働き方を求める人々のニーズに合わせて、独自の医療保険制度を確立し、安価な掛け金での保障を提供しているほか、ニューヨーク市、フォード財団、専門職団体、企業、共同体グループなどとの協力で、技能訓練や税金などについての相談業務、安価な事務機材の共同購入などを行い、支援している。

また、近年労働組合も、サービス産業を中心に独立請負契約者の増加に注目しており、全国労働関係調整法の縛りから組織化できないと事実を乗り越え、社会運動として、彼らのための利益保護や技能向上プログラムを展開している。たとえば、米国通信労組(CWA)は、政府の助成金を受け、「NETPRO」という職業訓練プログラムを実施し、修了者に資格証を授与して就業のための支援を行っている。

在宅ワークが抱える課題

先述のように、アメリカでは、社会保障に関する公的扶助は、労働者を対象としている。そのため、雇い主が社会保険料など労務コストの負担を避ける目的で、在宅ワーカーを労働者と扱わず、自営業者とみなす場合が多く、問題となっている。内国歳入庁ガイドラインに基づく判断が実際の現場ではケースバイケースで行われるため、このような問題が生じると指摘されている。

自営の在宅ワーカーは、医療保険、失業保険、年金など社会保障の重い拠出負担に困難を感じている。「ワーキング・トゥデイ」の画期的な支援は、まだ一部の地域での運用に限られており、全米規模での普及が期待されている。

仕事と生活を両立することが可能な働き方として注目される「在宅ワーク」。自由、自分らしさを実現できる一方で、家庭に仕事を持ち込むことで、生活時間の厳しい自律性が要求される働き方でもある。また、仕事と居住スペースが同じであることから、ワークサイトにおける安全確保の難しさの問題も指摘されている。

このように、まだまだ多くの問題を抱える在宅ワークという働き方。それにもかかわらず、柔軟な働き方として現在でも成長を続けている背景には、問題の克服に貢献するインターネットなどを利用した有志グループや民間非営利団体の存在と積極的取り組みを見逃すことはできない。

  1. 本稿の内容はJILPT労働政策研究報告書No.5(2004年)「欧米における在宅ワークの実態と日本への示唆-アメリカ、イギリス、ドイツの実態から-」に基づいている。

2004年9月 フォーカス: 在宅労働の現状と課題

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