EU拡大と域内労働力移動:イギリス
新規加盟国移民労働者を社会保障面で制限

EU諸国の中でも、外国人に対する保護が手厚いことで知られていた英国。しかし、最近こうした対応に変化が現れている。政府は今年2月、雇用面で一定の規制を導入した他の加盟国と同様に、新規加盟国からの労働者の福利厚生に一定の制限を加えるとする規制策を発表した。これまで、外国人に対しても「社会的公平」を標榜してきた英国。EU拡大を機に、外国人受け入れをめぐる議論は今、国民の大きな関心事となっている。

受け入れに関し「寛容」であった政策に変化

新規加盟10カ国に対するEU諸国の対応では、ほとんどの国が雇用面で何らかの規制導入を打ち出している。人の出入りが完全に自由化されるのはまだ大分先のこととなりそうだ。しかし、これまではこの例外が英国とアイルランドであった。少なくとも「社会的公平」を標榜してきた英国にとって、一旦受け入れた外国人は公平に扱うべきというのがこれまでの政策方針である。英国が仮にも外国人に対する政策を「寛容な」という言葉で形容されてきた所以は、例えばNHS(National Health System)と呼ばれる医療システムが、基本的に誰に対しても無料であるなど、外国人も同じ社会保障を受けられるという点にあった。公立の幼稚園や学校も無料で、児童手当や低所得者に対する援助金もある。また、難民についても申請さえ受理されれば、住居、生活費もすべて与えられるとういう英国は、渡航の最終目的地としての魅力を十分に兼ね備えていたと言える。独、仏などが基準を設けて移民・難民の受け入れを制限している中、渡航先としての英国は依然高い人気を保っている。(表1)

表1:移民の流入出数

表1

新規加盟国からの労働者受け入れ開始

2004年5月1日のEU拡大に際し、早々と移行措置を決定したドイツやオーストリアと対照的に、英国は労働市場を完全に開放するとしていた。しかし直前の2004年2月23日に、就労の自由を認めつつも社会保障制度の適用において制限を加えるという方針に転換した。2004年5月1日以降、キプロスとマルタ以外の新規加盟国からの労働者が被雇用者として1ヶ月以上働く場合は、内務省所管の「労働者登録計画(The Worker Registration Scheme)」によって管理される()。

これらの手続きの詳細についてイギリス労働組合会議(TUC)はキプロスとマルタを除く8か国からの労働者向けに“Working in the UK: Your rights at work”と題するリーフレットを各国言語で作成し、法的権利に関する情報提供を行っている。

新規加盟国からの労働者流入に対する反応

今回のEU拡大に伴う労働者の流入に対しては、英国内でも多数の研究、試算が実施され、これらに基づき悲観的、楽観論的様々な主張がなされている。新規加盟の中、東欧諸国とは地理的に離れており、また失業率も過去最低の水準にあるために、特段の移行措置が取られなかったことに対する極端な排斥運動などは起こっていない。

今回のEU拡大によって経済的にプラスの効果が見込まれるとする論拠のうち、最も説得力があり、かつ実際に期待されているのが、労働力不足解消である。内務省ブランケット大臣が「鉛管工と小児科医を歓迎する」と述べたように、医療、教育、建設等の分野で約50万の労働力が慢性的に不足しており、高い需要が見込まれている。政府はこうした労働力については、「高技術移民プログラム(Highly Skilled Migration Programme)」をスタートさせ、高技能者の確保にはかなり積極的である。一方労働界からは、これまでに経験したことのない経済格差が英国内の賃金の引き下げ圧力になるのではという懸念の声もある。

総じて英国民は、柔軟な労働市場を求めて新規加盟国から多くの人口が流入することは不可避であると感じている。中欧・東欧からの労働者について大衆メディアが「充実した社会保障制度を頼りに大挙してやってくるフリーライダー候補」と報道する一方で、欧州委員会は「若く、教育水準の高い、独身の若者」を想定する。同じ推計によれば、旧加盟15カ国に移るのは、4億5千万の全EU 市民のうち年間で22万人に過ぎない。また、英国内務省の推計によれば新規加盟国からの流入数は最高でも年間1万3000人としており、50万の労働力不足を解消することはむずかしい。

以上のようにさまざまな調査結果や推計が毎日のように発表され、そこに個別の利害がからむ主張がなされるために国民世論は複雑化している。現時点でいえることは、1971年の移民法改正以来、海外からの就労者に対して、かつてないほどの政治的、社会的関心が注がれているという点である。内務省の推計以上に多くの労働者が英国に殺到した場合は、英国は方針を変換し、移行措置による労働者受け入れ制限を実施するのか等、今後の国政運営の懸案となる可能性はある。「移民をどうするか?」の議論に、事実上「入れない」というという選択肢はないわけだが、「どうやって受け入れるか」という点については、今後も国民の大きな感心を集めて議論が展開されていくであろう。


2004年7月 フォーカス: EU拡大と域内労働力移動

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