労働運動の現状:アメリカ
民主党ケリー氏敗退でAFL・CIO内部対立が顕在化

  • カテゴリー:労使関係
  • フォーカス:2004年12月

1億5000万ドルもの政治資金を投入して支持した民主党ケリー氏の大統領選での敗退を機に、米国労組のナショナル.センター米国労働総同盟.産別会議(AFL・CIO、組織人員1300万人)の内部対立が噴出している。火付け役は、AFL・CIO最大規模の産別で、近年組織の拡大が目覚しい全米サービス従業員労組(SEIU、組織人員170万人)のアンドリュー.スターン議長。ブッシュ大統領再選1週間後の11月10日、同氏は、大規模な統合.合併によるAFL・CIOの中央集権化、組織化運動の拡大などを柱とする10項目からなる抜本的な改革案を提示。「AFL・CIOが大胆な改革に踏み切らない場合には、脱退を厭わない」などと警告し、AFL・CIO傘下の他の改革推進派と新組織を結成する可能性を示唆している。SEIUは既に、脱退に関する調査委員会を設置し、検討も進めている。決議は、来年2月に先送りされたものの、この議論は、過去半世紀における労働運動史上最もラディカルな改革につながる可能性がある、とメディアは報じている。

これに対し、スウィニー.AFL・CIO会長は同日、自らが委員長を務める改革委員会を設置。「慎重な見直しを行い、何が機能していて何が機能していないかを見極める必要がある。組織化拡大は必須だが、その手法については合意がみられない。各組合が独立した自治権を有することにも配慮が必要だ」として、現時点では慎重なコメントに留め、2月の決議に向け、内部の合意形成を進める意向だ。

組織率の長期的低迷とスターン氏改革案の反響

確かに、アメリカ労働運動は長らく危機的状況に瀕している。組織率の上昇と労働運動の再生と組織化拡大を誓い、スウィニー氏が会長に就任した1995年以降も、組織率の伸びはみられず、半世紀前の35%にはほど遠い。今年1月に米国労働統計局が発表した報告によると、2003年の組織率は、前年の13.3%から12.9%(組合員数1580万人)に低下。このうち、公務部門の組織率は37.2%程度だが、民間部門の組織率は8.2%と極めて低い。スターン氏は、「米国労働者に対する労組の影響力はあまりに弱い」と述べ、その理由として、組織率の長期的低迷と巨大企業と対等な交渉関係を築けない多数の少数組合の存在――を挙げている。AFL・CIO傘下の60組合のうち40組合は、組織人員が10万人規模に過ぎない。

スターン氏の改革案では、現在AFL・CIO傘下にある60産別組織を20組織程度に統合。また、予算権限をAFL・CIO執行部に委ね、各組合の予算配分に関する目標設定を執行部が統括するほか、年間2500万ドルを投入してウォルマートの組織化キャンペーンを実施する。スターン氏は、「AFL・CIOは、労働者の生活向上につながる労働組合運動の再編に集中すべきだ。現在の組織のあり方では何も進まない」と強気だ。ブッシュ大統領再選で「労働者にとってさらに過酷な時代が訪れる」との共通認識で落胆する組合の大半は、労働運動の再生に向けた改革の必要性を十分意識している。だが、スターン氏の掲げる大胆かつ痛みを伴う改革には批判的。労組幹部からは、「傲慢な命令だ」「労組の独立性と自主性を無視したトップ.ダウンアプローチによる権限集中だ」「急速に勢力を拡大するサービス産業関連労組によるAFL・CIOの独裁が狙いだ」「弱小組合を無視した非民主的なものだ」などといった声があがる。一方スターン氏擁護派は、「事実上の交渉力はほとんどない現状で統合に反対するのは、トップポストの減少など既得権が奪われるためだ」などと述べている。また、昨夏全米縫製.繊維労組(UNITE)との合併を果たしたホテル.レストラン従業員組合(HERE)議長を長年務めてきたジョン.W.ウィルヘルム氏は、「現在の組合運動の根本的問題は、ほとんどの組合に現状を打破するだけの資金、規模、勢力がないことだ。我々が闘う相手は巨大なグローバル企業。統合により組織化拡大に成功したHEREは、徐々に変化を生み出している」などと、自らの成功例を挙げて、他組合の前向きな努力を求めている。

こうした流れの背景には、来年に控えたAFL・CIO会長選挙に向けた政治的動きもある。昨年9月、SEIU、UNITE=HERE、建設労働組合(レイバラーズ)、大工労働組合(カーペンターズ)の各議長は、「新しい団結にむけての連帯」(NUP)を立ち上げ、会長選挙に立候補する宣言をしている。一方、同じく候補者として名の挙がっている全米通信労組(CWA、組織人員70万人)ラリー・コーエン副議長は、企業の反組織化による法律違反や公務員の団結権問題などを中心に据え、あくまでも職場における団体交渉権の拡大による交渉力の向上を訴えている。分権化による弱い交渉力を問題視する改革派NUPが掲げる中央集権化による交渉力強化とは対極をなす改革案だ。

ブッシュ再選で露呈した労組勢力の限界

1995年のスウィニー会長就任に伴って、ニューボイスグループ(改革派)が執行部を掌握して以来AFL・CIOは、徹底的な改革路線を提起し、組織化に注入する年間予算を3%から30%に拡大したほか、組織化推進部門の設置、ユニオン・サマー(学生の組合運動への勧誘)やオルグ養成セミナー、ユニオン・カレッジ(ジョージ・ミーニー・センター)などでオルグ養成を進め、組織化運動に勢力を注いできた。その結果、急速に増加する民間のサービス、事務.販売従事者など新しい労働者、女性、マイノリティ、移民労働者の組織化への門戸が開かれ、地域コミュニティ、教会ほかの宗教団体、女性団体などとの連携や生活賃金キャンペーンを通じて、アメリカ労働運動の再生が注目されてきた。組織率だけみれば下降の一途をたどっているが、こうした社会運動型ユニオニズムの動きが全米に組織網を広げつつあったため、今回の大統領選では、「労組が選挙運動の柱となる」との期待も大きかった。ブッシュ政権下でのアメリカ政治の右傾化、新自由主義の推進、脱工業化によるサービス業への産業構造の転換、オフショアリングの拡大などにより、中流階級の労働者の生活水準が悪化するなか、スウィニー会長は、ブッシュ大統領を「史上最悪の大統領」として、続投阻止に全力を注いできた。それだけに、ブッシュ再選による痛手は大きい。

ケント・ウォン・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)労働研究教育センター所長は、「今回の選挙で労組は連帯してブッシュ大統領再選阻止に向けた積極的なキャンペーンを繰り広げてきた。だが、どんな努力を注ぎ込んでも、現在の組織率では、その影響力はたかが知れている。22%以上であれば、共和党を押しのけただろう」と分析し、今回の民主党敗北による反響に懸念を示している。サービス部門での組織化が進む一方で、民間の中軸となる製造業では工場移転など合理化の影響で組合員は全体的には減少。金融、ハイテク関連産業の労働者は一般に労組活動への関心が薄いといわれている。また、「労組よりもむしろ宗教勢力の動向が注目された選挙だった」(読売新聞)との見方もある。

AFL・CIO内部対立と改革派の抱える矛盾

こうした組織率の低さのみならず、米国労組の体質自体にも敗因はある。「アメリカ労働運動の再生の兆し」として注目される労組改革のスピリットに基づいた各種キャンペーンの興隆が、アメリカ労働組合の全体からみると依然少数派にすぎないことだ。スウィニー会長の率いる執行部は、一般組合員がリーダーシップをとる組合活動の重要性を強調。より大きな視点で社会問題に関心を払い、未組織労働者への門戸を拡大してきた。だが、AFL・CIO傘下の60組合の幹部、指導部の大半は未だに、ジョージ.ミーニーとカレーン.カークランド時代の従来型ビジネスユニオニズムを信奉し、スウィニー体制には反対。大半は、執行部の方針を採用せず、変革とはほど遠いのが現状だ。ビジネスユニオニズムでは、組合内部の狭義の経済要求を最優先し、労働者としてのより普遍的な社会的.政治的要求は取り上げない。意思決定権や交渉は組合幹部が行い、一般組合員は、組合幹部や専従組合員のいわばビジネスクライアントとしてサービス提供を受けるといった格好だ。こうした枠組みでは、組合幹部の関心事は、もっぱら自らのポスト、給与などの既得権保護につながりがち。一般組合員レベルでも、外部労働者の組織化に自分たちの資金が投入されることを快く思っていない場合も多い。

保守派と改革派の内部対立ばかりではない。SEIUやUNITE=HEREをはじめとする最も進歩的な改革派組合の抱える内部矛盾も、米国労働運動の複雑さに拍車をかける。外部労働者の組織化を目指す半面、非民主的な上からの戦略的な組織化を実施し、中央集権化を求めている点だ。「支部組合員とは関係なく外から指導部が降りてくるだけで、現場の労働者から変えていく発想がない。外からの動員ばかりでコミュニティのなかからオルグを採用して入っていく発想がなかったのが選挙戦の敗因ではないか」との落胆の声もあがっており、組織化が進んでいる改革路線の組合でも、官僚的な幹部と末端の組合員との乖離が問題視されている。改革派の運動にも非民主的な要素があり、一握りの指導部の決定が号令となって動く。効率的な組織化の実現と、外部の労働者への信頼、意識化、民衆教育を通じた改革の両立が難しいことを物語っている。

ブッシュの再任により、労働者にとってはさらに過酷な時代が訪れる。企業のエリート支配が横行するなか、大規模なリストラによる失業の増加、労働法制の改悪、所得格差の拡大による貧困層の増大、組織率の低下などの危機的な状況に、今後米国労組はいかに対峙していくのか。ネルソン・リヒテンシュタイン・カリフォルニア大学教授は、その著書「米国労組の現状―労働運動の100年」で、労働運動の再生に必要な3本柱として、1)外部圧力を利用し、民衆を巻き込むかたちでの戦闘的労働運動の拡大、2)地域、職場レベルのオルグの積極的起用による組合内部の民主化と中央集権体制の解体、3)職場の権利、労働関連法制に対する政治的影響力の強化――をあげている。今後数カ月の議論のプロセスを通じて、内部矛盾を乗り越えた労働運動の真の再生に向けた改革が望まれるところだ。

米国労働組合基礎情報

米国労働組合は、産業、職種ごとに組織され、各組合は本部、地方本部、各地方支部(ローカル)から構成されている。唯一のナショナルセンターは、米国労働総同盟.産別会議(AFL-CIO)。AFL-CIOは1955年に職業別組織であったAFLと、産業別組織であったCIOが合併したもの。そのため、大半の産業.職業別組合がAFL-CIO傘下にある。2004年11月の時点では、64組織、および国際組織が加盟し、組合員総数は約1300万人。現在の会長はジョン・スウィニー氏。

20万人以上の組合員を擁する主要労働組合組織
米国主要組合 組合員数(2004年)
チームスターズ(IBT) 140万人
国際食品.商業労組(UFCW) 140万人
全米サービス従業員労組(SEIU) 170万人
全米地方公務員労組(AFSCME) 140万人
全米自動車労組(UAW) 121万人
国際建設労組(LIUNA) 80万人
国際電機労組(IBEW) 75万人
国際機械・航空労組(IAM) 73万人
全米通信労組(CWA) 70万人
全米鉄鋼労組(USWA) 120万人
全米教員労組(AFT) 130万人
国際機械技師労組(IUOE) 40万人
国際製紙・化学労組(PACE) 32万人
全米郵便労組(APWU) 33万人
全米縫製・繊維労組=ホテル・レストラン従業員組合(UNTE=HERE) 84万人
連邦郵便配達労組8NALC) 30万人
全米公務員労組(AFGE) 22万人
カリフォルニア学校職員労組(CSEA) 22万人
国際消防職員労組(IAFF) 26万人

資料出所:AFL-CIOウェブサイト新しいウィンドウへ


参考資料

  1. N. Lichtenstein (2002) State of the Union: A Century of American Labor.
  2. “As Labor Leadership Gathers, Head of Largest Union Issues Call for Major Changes” The New York Times, Nov. 10, 2004.
  3. “Labor Vows to Consider Change, but a Rebel Voices Discontent” The New York Times, Nov. 11, 2004.
  4. “Labor Leaders to Look at Restructuring” Washington Post Nov. 11, 2004.
  5. “If AFL-CIO doesn’t change, biggest union might leave” Detroit Free Press Nov. 12 2004
  6. (US Department of Labor: Bureau of Labor Statistics新しいウィンドウへ).
  7. 国際労働研究センター第75回定例研究会「アメリカにおける社会運動ユニオニズムの現実」概要(2004年11月20日)
  8. 読売新聞(2004年11月19日)

2004年12月 フォーカス: 労働運動の現状

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