外国人労働者受入政策
イギリスの外国人労働者政策

イギリスの歴史は、労働力としての外国人に関してはそれほど多くの関心を払ってこなかった。少なくとも1962年以降90年代の終わりに至るまで、計画的な労働力導入政策はなかったといえる。ところが、このところの経済成長の持続と失業率の低下といった状況は、他のEU諸国と同様の急速な高齢化と相俟って、情報通信などのIT関連分野や、看護・介護など医療関連分野における深刻な労働力不足を引き起こしている。また、建設業や農業分野における非熟練労働力不足も顕在化するに至り、外国人労働者問題への関心が今までになく高まっている。かつて多くの植民地を支配し、その歴史的背景から独自の移民政策の歴史を持つイギリス。イギリスの移民政策の歴史的変遷と、現在の外国人労働者に対する政策を追う。

移民政策の歴史的背景とその特徴

イギリスの移民政策はこれまで、入国及び滞在資格のある限られたカテゴリーに属する人々に、イギリスへの移民を制限するという基本的目的をもって運用されてきた。イギリスがコモンウェルス(Common Wealth:英連邦/イギリスとその元植民地であった独立国から成る連邦)の市民権保有者を受け入れてきた歴史は、かつての宗主国としての特権であると同時に、反面、義務であったといえる。1948年制定の国籍法によってコモンウェルス市民には、英国臣民として自動的に居住および労働の権利が与えられていた。このため非熟練の労働力が必要とされた1950年代の経済成長期においては、西インド諸島を中心とする新英連邦諸国(第二次世界大戦後に独立した国々)からの移民が大量流入した。彼らの多くは労働組合への正式加入も認められず、先住市民が就きたがらない職業で劣悪な労働に従事していた。一方、移民の急増によって雇用と治安が脅かされるという不安からノッテインガムとロンドンにおいて人種暴動が発生。政府は一九六二年に英連邦移民法(Commonwealth Immigrations Act)を導入するに至った。同法は、新英連邦諸国からの移民を入国審査の対象とした他、労働許可証制度を設けた(注1)。1971年に制定された第二次移民法においては、イギリス本土で生まれた者もしくは本土で生まれた親をもつ者に限り「在住権(right of abode)」を付与するという「パトリアル(partial)」の概念を導入。この結果移民数は減少し、1981年に制定された国籍法では、本土で生まれた者に対しても自動的には市民権が付与されないことになった。

入国管理の基本原則は、移民担当官の許可がなければ何人も同国に入国してはならないということであったが、現在ではこの原則に重要な例外がある。EU及びEEA(欧州経済地域)諸国の市民に対する移動の自由の権利という例外だ。さらに、アイルランド共和国を含む共通旅行地域から入国する者は、長年にわたって一切の審査を免除されてきた。しかし、基本的にイギリスの移民政策が、常に高い水準にある「移民の流入圧力」をいかにコントロールするかということが前提であったことは否めない。多数の移民を受け入れることは、雇用、住宅、人種および治安問題などの観点から、国益には合致しないと考えられてきた。

現行の移民プログラムおよびスキームの概要

伝統的に抑制的であった移民政策は、労働党政権の誕生とともに転換した。発足後の政府が実施した、より緩やかな移民政策は、当時の政治的論議を呼んだとはいえ、現在の技術不足と労働力不足の解消につながり得る方策であったと思われる。現在イギリスでは、レーバーテスト方式を採用している。国内で不足した労働力および技術を補完するという移民政策の方針に基づき、2000年には労働許可証の有効期限が延長される等の規制緩和がなされた。そして現在次のような各種プログラムおよびスキームが展開されている。

1.「高度技能移民プログラム(Highly Skilled Migrant Program :HSMS )」

大卒者、医師・獣医師資格取得者、金融専門家を対象とするプログラム。高度熟練労働者の就労又は開業に基づく移住を許可するもので2002年1月から開始されている。他の就労許可スキームと異なる点は、将来移住者になる可能性のある者が、国内の求人なしに移住が可能だという点。すなわちレーバーテストの対象外にあり、受け入れ枠もない。要件を満たした者には1年間の在留が許可され、就労又は開業の機会が与えられる。一年の経済活動後には在留期間の延長が認められ、連続して4年間在住の後は永住許可の申請が認められる。同プログラムに必要な資格を取得するためには、学歴、職歴、過去の収入、就労希望分野での業績、夫、妻もしくは未婚同居相手の業績など5項目から成る得点制の査定を受ける必要がある。

2.「起業家向けスキーム(Business Persons’ Scheme)」

EEA外からの応募者が起業家として入国し、国内で事業をフルタイムで経営することを許可するもの。資格要件を満たした応募者にはまず12カ月間の在留許可が与えられ、その後、最長で3年間の在留延長の申請が認められる。応募者は、公的な資金援助を受けることなく、イギリス国内で生活を維持できることを証明する必要があるほか、20万ポンドの自己資金や英国先住市民を雇用対象とするフルタイムの仕事を2件以上創出することの証明等が必要とされる。

「イノベータースキーム(Innovator scheme)」

科学技術分野関連事業をイギリス国内で起業しようとする者を対象としたスキーム。応募者は、本人に関する事項(職歴、起業家的能力、学歴など)、事業計画に関する事項(技術、販売及び財務計画)、経済的利益(開業に伴って創出される仕事の件数、研究開発活動)を得点制の基準に従って評価される。また、提案した事業によって、すでにイギリスに定住している人々を雇用対象とするフルタイムの仕事を二件以上創出することや、自ら創設した会社の株を保有すること等が求められる。

「科学・工学科目修了者スキーム(Science and Engineering Graduates Scheme :SEGS)」

同スキームは、大学で理系を専攻する学生の不足が経済に深刻な影響を与えているというギャレス・ロバーツ卿の調査報告を受けて、2004年に導入されたもの。イギリス国内の認定教育機関において物理学、工学、数学科目を修了した外国人学生(EEA以外の市民)は就労を目的に、修了後1年間の在留、就労が認められる。同スキームの取得には、応募者は少なくとも第二優等学位(lower second honours degree)を取得している必要があるほか、許可期間中に就労する意向があり、公的な資金援助を受けることなく、自分自身と扶養家族の生活を維持できることが必要とされる(注2)。 在留期間の終了時点で、イギリスから出国する意向があることも必要となる(就労許可証所持者、高度熟練移民労働者、起業家又はイノベーターとして追加許可が与えられた場合を除く)。

「職種別スキーム(The Sectors Based Scheme:SBS)」

18歳から30歳までのEEA以外の国の労働者が、低熟練短期労働又は臨時労働に従事するために、入国することを認めるもの。イギリス国外からの応募しか認められておらず、従事できる業種は、サービス業(ホテル業と飲食業)と食品製造業(食肉・水産物加工業とキノコ製造業のみ)に限られている。要件を満たした応募者は最長で12カ月間の在留が許可される。出国から2カ月経過すれば、同スキームに再応募することができるほか、最長で12カ月の在留延長申請が認められる。

使用者は応募者の渡航前に就労許可を申請する。賃金と労働時間はその申請段階で決定される。労働者は最低賃金の支払が保証され、類似する労働に従事する他の労働者と同一水準の賃金の支払を受ける権利が与えられる。2003‐2004年度期の同スキーム受け入れ枠はサービス業、食品製造業それぞれ1万件、2004~2005年度期は、同6000件、9000件となっている。

「季節農業労働者向けスキーム(Seasonal Agricultural Scheme:SAWS)」

EEA以外の国の低熟練労働者が、季節農業労働に従事することを認めるもの。内務省を代行するオペレータは、適切な労働者を募集して各農場に派遣する。応募者は、オペレータが派遣する農場でのみ働くことが認められる。同スキームの資格要件は、年齢が18歳以上であることと正規の就学期間を終了していることである。資格要件を満たした応募者は、一度につき最短で5週間、最長で6カ月間の英国在留が認められるが、在留許可期間が終了次第、出国しなければならない。また使用者は労働者に対し、少なくとも国内最低賃金の支払を保証する必要がある。2003~2004年度期の同スキーム適用件数は2万5000件となっている。


参考資料:

  1. 小倉充夫編(1997)『国際移動論―移民・移動の国際社会学―』
  2. 小井土 彰宏・駒井 洋 編(2003)『移民政策の国際比較』
  3. 経済産業省(2003)『通商白書2003』
  4. デビット・A.コールマン(1999)「(翻訳)英国の移民政策:現実を反映したものか,非現実的なものか」、人口問題研究』第55巻第4号
  5. 欧州委員会ウェブサイト新しいウィンドウへ
  6. イギリス内務省ウェブサイト新しいウィンドウへ

2004年11月 フォーカス: 外国人労働者受入政策

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