高齢者の退職と雇用
フランスにおける中高年の雇用

働く中高年及び高齢者(60歳以上)が、ヨーロッパ諸国の中でも極めて低い水準にあるフランス。これは、1970年代半ば以降の失業率の増加に直面した政府が、若年層の雇用機会を増やすために中高年労働者の引退を促進する政策を積極的に採用してきたことが原因とされる。EU諸国の多くがこの数年、かつての早期退職傾向から高齢者雇用促進へと転換するなか、フランスでは、失業率の増加を嫌う歴代政権により、中高年労働者の早期引退を促進する政策が続けられている。

I.中高年(50歳以上)の就労状況

1)失業率

若年者の失業率が極めて高いのに対して、中高年(50歳以上)の失業率は、比較的低い水準を推移している。全年齢平均の失業率が9.2%であった2003年2月現在、25歳未満の失業率は22.0%、25歳~49歳は8.5%、50歳以上は6.2%に過ぎない。この傾向は、時系列で比較しても同様である(図表1参照)。ちなみに、1975年(平均失業率:3.8%)では、25歳未満が8.1%、25歳~49歳が2.7%、50歳以上が2.5%であった。

図表1:年齢別失業率(各年12月31日現在)(単位:%)

図表1

資料出所:雇用省

2)労働力率(注1)

1970年代まで、フランスの中高年の労働力率は、他のEU 15カ国の平均に比べて高かった。しかし、1980年代以降、60歳以上の労働力率は極めて低い水準となっている。これは、1983年に実施された「公的年金の支給開始年齢引き下げ(65歳から60歳に引き下げ)」の影響が大きいとされる。

中高年の労働力率を55歳~59歳、60歳~64歳、65歳以上という区切りでみてみると、以下のような特色がみられる。まず、55歳~59歳の労働力率は、1970年以降、一貫してEU15カ国の平均を上回っていたが、2003年にはそれをわずかに下回った。また、60歳~64歳の労働力率は、1970年代以男女とも低下を続けている。EU諸国では、1990年代後半以降、上昇傾向を示しているのと対照的だ。さらに、1970年代まではEU平均より高かった65歳以上の労働力率は、1980年にそれを下回った後、その差は拡大する一方である。2003年には、日本の20.16%より遥かに低いEU平均の3.67%を更に下回る、僅か1.12%であった。

図表2-1:55~59歳の労働力率(単位:%)

図表2-1

図表2-2:60~64歳の労働力率(単位:%)

図表2-2

図表2-3:65歳以上の労働力率(単位:%)

図表2-3

参考資料:OECD(年齢階級別労働力人口を同年齢階級の人口で除して算出)

II.中高年に関する雇用政策

フランスでは、中高年を労働市場で活用する政策はあまり見られない。逆に、中高年を労働市場から退出させる政策が、長年続いている。特に、オイルショック後(1970年代半ば以降)の失業率の増加に直面して、若年層の雇用機会拡大を目的に、中高年労働者の早期引退政策が強化された。その最たる例が、1983年の公的年金支給開始年齢の引き下げである。その他にも、早期・段階的引退時の所得保障制度(プレ年金(注2))が多く存在する。このような政策が採用され続けている背景には、就労意欲があまり高くなく、余暇を重視するフランスの国民性にもひとつの原因があるといえる。

1) 公的年金制度(Retraite)

a.支給開始年齢

1983年、ミッテラン社会党政権は、公的年金の支給開始年齢を、65歳から60歳へ引き下げた。その目的は、高齢労働者に年金を与えて退職させることで生じる雇用機会を、より失業率の高い若年層に割り当てるというものであった。

現在でも、年金給付開始年齢は、一般的に60歳である。しかし、自由業者が65歳、国鉄職員が50歳または55歳など、制度によっては給付開始年齢が異なる。特に、社会貢献度が高く、かつ重労働と見なされている職種に従事している公務員(軍や警察など)は、支給開始年齢が低い傾向にある。

b.就労時の公的年金の支給

フランスでは、ある一定の条件の下で、就労しながら公的年金を受給することが認められている。例えば、厚生年金に相当する「一般制度」の場合、支給開始年齢の60歳に達した後、同じ雇用主の下で就労する場合、年金を受給することは不可能となっている。しかし、雇用主が変わり、かつそこでの賃金が、以前の雇用主の下での定年時賃金を超えない場合、年金受給(満額)が可能である。また、SMIC(最低賃金)の4倍を超えない副業的な職種(例えばビルの管理人など)に就く場合も、年金受給(満額)が可能となっている。

ただし、就労しながら年金を受給する者は、年金受給者全体の約3%に過ぎない(1995年:「家計調査」)。これは、フランスにおける高齢者の就労意欲が低いことが、一番の原因とされる。

2)プレ年金(Preretrait)

フランスには、早期・段階的引退した場合に支給される様々な所得保障制度(以下「プレ年金」)がある。これは、主に老齢年金支給開始前の55歳から59歳を対象とした早期あるいは段階的退職を目的とした制度で、早期退職時または就業時間削減時から年金支給開始時までの所得保障を行うものである。このプレ年金を利用して従業員を解雇する企業は、ある一定割合の代替従業員(特に若年者)の雇用を義務付けられていることもある。つまりこの制度は、中高年労働者を早期に労働市場から引退させ、若年者の雇用機会を増やすことを目的としているといえる。

プレ年金には、労働市場から全面的に撤退した場合に支給されるものと、部分的に撤退(労働時間の削減)の際に支払われるものがあるが、それぞれ代表的なものの概略は以下の通り。

a.全国雇用基金特別手当

(AS-FNE: Allocation speciale du fonds national de l’emploi )

全国雇用基金特別手当に関する協定を国との間で締結した企業に属する57歳以上(例外として56歳以上)の従業員が早期退職した場合、公的年金支給開始年齢までの間に、特別手当を受給することができる。給付額は、給与の65%から50%。支給額算定の基準賃金は、社会保障上限額(2002年現在、2352ユーロ)の2倍を上限としている。この特別手当は、60歳に到達した時点か、完全年金(フルペンション)の受給権を獲得するまで(65歳が限度)受給できる。

b.段階的退職手当

(Preretraite progressive)(注3

55歳以上の被用者が、労働時間を削減した場合に、ある一定の条件の下、公的年金支給までの間、段階的退職手当を受給することができる。その給付額は、労働時間削減前の給与の30%から25%で、支給額算定の基準賃金は、社会保障上限額の2倍を上限としている。つまりこの手当は、労働時間削減による減給分の一部を補填することとなる。

その他にも、様々なプレ年金や、プレ年金的な役割を果たす制度が存在する(例えば、57歳6カ月以上の失業保険受給者は、申請により、毎月の現況報告を免除されることがあるなど)。

1983年に公的年金支給開始年齢が60歳へ引き下げられたことにあわせて、これらのプレ年金の対象も、「55歳以上の労働者」に引き下げられた。1982年と83年には、それぞれ20万人近くが早期・段階的退職制度を新たに利用。83年の全適用者数は、70万人に上った。その後も、プレ年金を利用した早期引退政策は変わらず、2002年には、5万6600人が新たにプレ年金を利用し、全適用者数は、18万1500人であった。

III.早期退職政策の影響

フランスでここ数十年続いている早期退職政策の結果、中高年の労働力率は低下し続けている。公的年金受給者はもちろん、プレ年金を利用して完全早期退職の適用を受ける者も、もはや失業者とは見なされず、非労働力となるからである。

一方、フランスの失業率は、公的年金支給開始年齢引き下げ後も上昇し続け1984年には初めて10%を超えた。それ以降も失業率は10%前後で推移し、失業問題は解消されていない。早期退職政策の当初の目的 ― 中高年を労働市場から退出させて、若年者の雇用拡大を図る― は達成されたとは言い難い。だが、公的年金の支給開始年齢引き下げやプレ年金に対する国民の反応は、肯定的だ。フランスでは、労働者自身が望んで早期退職する場合も多く、会社側が早期退職を促すことの多い日本とは、状況が大きく異なる。公的年金支給開始年齢が60 歳というのは、ヨーロッパ内でも低い設定であるにもかかわらず、支給開始年齢の更なる引き下げを求めるデモも行なわれている。余暇を重視し、就労意欲があまり高くないという国民性を背景に、フランスにおける「早期退職文化」は根強く存在している。


注:


2004年10月 フォーカス: 高齢者の退職と雇用

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