役員と従業員の報酬比の公表、義務化へ
―役員報酬の抑制策として

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  • 国別労働トピック:2018年8月

政府は、コーポレート・ガバナンスをめぐる制度改革の一環として、役員と従業員の報酬比の公表を企業に義務付ける方針を示しており、このための法案を6月、議会に提出した。成立すれば、対象企業には2020年から、公表義務が生じることとなる。

従業員数250人超の上場企業が対象

役員報酬の急速な増加は、これまでも問題とされてきたところだ。上場企業上位100社(FTSE100)の役員報酬の平均は、1998年の約100万ポンドから2015年には430万ポンドへと4倍に増加しており、従業員の平均報酬との比はこの間、47倍から128倍に上昇している(注1)。政府は、大企業の役員報酬の額が、一般の労働者の給与水準や、企業の長期的な業績の推移から乖離しつつある状況に懸念を示しており、2013年に実施された制度改正では、上場企業に対して、役員報酬額の開示などの報告義務が強化されたところだ(注2)。今回の制度改正案も、これに連なる内容といえる。

政府は6月、同制度に関する具体的な内容を盛り込んだ規則案(注3)を議会に提出した。従業員数250人超の上場企業を主な対象として、売上高や純資産額など一定の条件(注4)に合致する場合、従来の取締役報酬に関する報告に、従業員との報酬比を記載することを義務付けるものだ。上場企業900社あまりのうち、およそ半数の450社が対象になると予測されている(注5)

対象企業は、当該年度に最高経営責任者(CEO)を務めた取締役(director)の給与・諸手当の額を、従業員の給与・手当額の中位値および第25百分位、第75百分位の額(注6)でそれぞれ除した比率、並びに算定に使用したデータの種類を公表しなければならない。算定のベースとなるデータは、以下の3つからの選択を認めている。

  1. 全従業員のフルタイム換算による給与・手当額を算出、これを使用
  2. 男女間賃金格差の公表制度(2017年に導入)における従業員の時間当たり賃金データを使用(注7)
  3. Bの賃金データ以外のデータ、またはBの賃金データに加えて他のデータを使用

中位数との比に関しては、従業員の給与・手当に関する当該企業のポリシーに照らして一貫性があると考えるか否か、またその理由について記載することを併せて求められる。また、次年度以降は各年度における報酬比(適用が免除された年度についてはその旨)を順次追加することとなるが、前年度から変化があった場合は、その理由を併せて説明しなければならない。

政府は、経営層が自社内の賃金分布や従業員層における配分の状況について意識を持つ契機とすることを、制度導入の意図に掲げている。提出されている規則案が、議会での承認により成立すれば、2019年には制度が導入され、企業には翌2020年から公表義務が課されることとなる。

企業規模、業種などで傾向に違い

議会図書館の資料(注8)は、上場企業319社の役員報酬と従業員報酬の平均額(全企業の従業員の中位数は得られないため)から、2016年時点の報酬比を57倍と試算している。企業規模に比例して役員報酬の水準が高まる一方、従業員報酬の水準が低下する結果として、大企業ほど報酬比が高い傾向にあるという。また、業種別にみられる大きな差は、業種ごとの賃金水準や役員報酬の水準の違いが影響しているとみられる(注9)。さらに、個別企業における報酬比は、変動しやすい役員報酬の影響を受けて、年々大きく変化する傾向にあるという。

一方、シンクタンクCIPDが、FTSE100を対象に行った同様の試算によれば、役員報酬比は2016年時点で129倍。平均的な賃金(年およそ2万8000ポンド)の労働者がFTSE100役員の平均的な年間報酬額を得るためには、160年を要するという。CIPDは、今回の政府案について、破綻した役員報酬制度の在り方への対応として賛意を示している。

また、賃金格差の拡大の問題を扱うシンクタンクHigh Pay Centreは、今回の制度改正について、自らの長年のキャンペーンの勝利であるとしつつ、すでに導入されている男女間賃金格差の公表制度とは異なり、上場企業に対象が限定されており、多くの非上場企業は対象外である点を批判、データの公表が自発的な格差縮小につながると考えるのは楽観的にすぎると述べている。ナショナルセンターのTrades Union Congress(TUC)も、変化をもたらすためには、役員報酬の決定機関への従業員代表の参加を保障することを求めている(注10)

参考資料

参考レート

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