欧州委、「欧州における社会権の柱」を公表

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  • 国別労働トピック:2017年9月

欧州委員会は4月、域内におけるEU市民の社会的な権利の実施促進に関する方針文書を公表した。機会均等、公正な労働条件、社会的保護などについて原則を定め、各加盟国の状況をモニターするもの。具体的な取り組みとして、育児休業制度の拡充などを盛り込んだ指令案が公表されたほか、自営業者や非典型労働者の保護に向けたコンサルテーション(意見聴取)が開始されている。

域内の労働市場統合の促進策として

欧州における社会権の柱(European pillar of social rights)は、人の移動の自由に基づいて域内の労働市場の統合を進めるにあたり、既存の労働者保護に関する法制度を補完する原則として提案されたもの。昨年、加盟国政府や労使団体を含め広く一般向けに実施されたコンサルテーションを経て、この4月に具体案が公表された。機会均等、公正な労働条件、社会的保護の3つのカテゴリーにおける計20項目について原則(注1)を定めるとともに、各カテゴリーに対応した12分野で、複数の指標を「社会的スコアボード」として設定、ユーロ圏を中心とする加盟国における状況をモニターすることが意図されている(図表)。欧州委によれば、一連の項目はいずれも、既に欧州内で法制化等により保障されている社会的な権利だが、その実施に関する体制の強化や、既存の法制度を補完するための立法が必要になる。

図表:社会権に関するカテゴリー・項目と社会的スコアボードの概要 図表:画像

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父親の休暇取得で女性の就業を促進

関連する具体策として、方針文書と併せて公表されたのが、育児休業に関する新たな権利の保障を盛り込んだワークライフバランス指令案(注2)だ。産前産後の休業に関わるルールをめぐる、欧州議会と欧州理事会(各国政府)の間の意見の対立を踏まえて、女性の労働市場への参加促進というより広い観点からのアプローチによるルール設定が目指されている(注3)。指令案は、両親休暇に関する現行の2010年指令(注4)に置き換わる形での施行が前提とされ、各種の追加的な内容が盛り込まれている。

まず、両親休暇(parental leave)については、両親1人あたり最低4カ月間とする点は現行の規定と同様だが、両親間の譲渡は不可(現在は1カ月分を除いて譲渡可能)とし、法定の傷病手当(sick pay)相当額を下限とした給付の支給(現在は規定なし)や、取得が認められる子供の年齢の引き上げ(現行の8歳から最低でも12歳へ)、さらに短時間勤務や不定期の部分休業など、柔軟な取得を認めることなどが提案されている。

また、新たに盛り込まれた内容として、父親休暇と介護休暇の導入がある。このうち、父親休暇については、産前産後の時期において、男性より女性の休業期間が長くなる傾向にあることから、男性の休暇取得の促進を通じて女性の負担軽減を図ることが、目的に掲げられている。日数は最低10日、取得中は両親休暇と同様、傷病手当相当額を下限に手当支給の対象とする。もう一つの介護休暇は、深刻な病気や世話の必要な家族の介護のために、年間5日まで、傷病手当の額を下限とする手当を伴う休業を認めるとするもの。また併せて、12歳までの児童の親や介護責任のある労働者については、短時間勤務や柔軟な労働時間などの働き方に関する権利の拡大が提案されている(注5)

自営業者・非典型労働者への社会保障などの適用の改善

加えて、新たなルール設定に向けた二つのテーマに関するコンサルテーションが開始された。近年増加している自営業や非典型雇用(シェアリング・エコノミー従事者を含む)などの働き方が、不安定かつ不平等な労働の拡大につながりうるとの観点から、法制度の改正を含む政策的対応の是非について意見聴取を行うものだ。ひとつは、自営業や非典型雇用に対する社会的保護の適用について、制度整備を通じた拡充の必要性や手法・内容についてたずねている(注6)。もうひとつは、書面による労働条件の明示を受ける権利を労働者に保証する1991年の指令(注7)の実効性について、法改正等による改善の必要性をたずねている。1991年指令は施行から20年あまりを経て、この間の労働市場の変化に対応できていないとの見方から、適用対象を臨時雇い労働者(casual worker)(注8)などへの拡大や、違反に対して罰則等を設けるといった案が示されている。

このほか、労働時間指令に関するガイダンスも併せて公表された。欧州委は、同指令をめぐって判例等が蓄積しており、規制内容の明確化をはかる必要が生じていることを理由に挙げている。加盟国における実施状況に関するレポートによれば、各国とも基本的には指令に基づく法整備が完了しているものの、例外的に逸脱を認める業種等の範囲やその内容において、必ずしも指令に即していない場合が見られるという。

域内共通の社会政策をめぐり加盟国間に溝

EUレベルの労働組合の連合体である欧州労連(ETUC)は、社会権の柱の導入について、基本的には賛同しつつ、さらなる拡充を求めている。一方、経営側のビジネスヨーロッパ(Business Europe)は、欧州委が今回公表したワークライフバランスに関する指令案にとりわけ批判的な立場を示している。両親休暇に関する現行の2010年指令は、ETUCやビジネスヨーロッパなど4つのEUレベルの労使団体が2009年に合意した内容を指令化したものであり(注9)、労使の合意を経ずに公表された今回の指令案がこれに置き換わることは受け入れられない、としている。加えて、傷病手当相当額の手当の支給についても、多くの加盟国では財政負担の大きさから実施が不可能とみている。

また現地メディアによれば、加盟国の間でも社会政策をめぐる立場は異なる。一部の東欧諸国は、自国企業が他の(より賃金水準の高い)加盟国において競争力を維持するには、規制強化は望ましくないとして、EUレベルでの規制に反発する傾向にあるという。例えばポーランド政府は、今回の欧州委の提案に関して、立法は避けて拘束力のないものとするよう要請するなど、慎重な立場を示している(注10)

参考資料

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