出産保険を医療保険に統合

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  • 国別労働トピック:2017年8月

国務院弁公庁は2017年2月4日に「出産保険と従業員基本医療保険の統合実施試行方案」を発表した。2017年6月末から重慶市や遼寧省瀋陽市、広東省珠海市など12都市(注1)で1年程度試行したうえで実施する。両保険の統合により手続き・管理・運営の効率化を進めるとともに、出産保険の加入者を増やし、その財政を安定化させ、労働者の出産に関する保護を強化する。

「4つの統合」と「1つの不変」

中国における都市部労働者向けの社会保険制度は、年金(養老)保険、基本医療保険、失業保険、労災保険、出産保険(注2)、および住宅積立金制度という「五険一金」で構成されている。このうち、基本医療保険と出産保険を統合して「四険一金」とする。両保険の統合は、2016~2020年の社会経済政策の基本方針である「第13次五カ年計画」(2016年3月の全国人民代表大会で決定)でも言及されている。

中央政府が示している2017年3月現在の保険料率は、基本医療保険8%(企業負担6%、個人負担2%)、出産保険0.50%未満(注3)(企業負担のみ)である。人力資源・社会保障部によると、両保険統合後の保険料率は、現状より1.25%程度引き下げられる可能性があるという。

両保険の統合により、(1)保険の登録・手続き、(2)基金の徴収と管理、(3)医療サービスの管理、(4)情報の取扱い、を一本化し、管理・運営面の効率化を進める(4つの統合)。出産保険の待遇はこれまでと変わらないとしている(1つの不変)(表1)。

政府は現在、行政組織のスリム化、行政手続の効率化・簡素化に取り組んでいる。両保険の統合はこうした改革の一環として行われるものである。

また、後述のように、両保険とも加入義務があるにもかかわらず、出産保険の加入人員は医療保険に比べて少なく伸び悩んでいる。医療保険に出産保険を包括することで、出産保険の加入者を増やす効果も期待される。

表1:統合後の医療保険と出産保険
  主な内容
4つの統合 登録・手続き 従業員基本医療保険に加入すると出産保険にも加入
基金の徴収・管理 両保険の基金を統合
保険料の徴収・管理を一元化
医療サービスの管理 出産医療費用も、原則として基本医療保険取扱機関と指定医療機関との間で直接決済
情報の取扱い 統合後の情報は基本医療保険取扱機関で管理。両保険の運用システムを統合
1つの不変 待遇 出産医療費用、出産手当は従業員基本医療保険基金から支出。出産手当の給付期間は「女性従業員労働保護特別規定」などの法規定に基づく

出産保険制度の変遷

中国における出産保険制度は1950年代にはじまった(表2)。当初、出産に伴う費用は企業別に管理・負担するものだったが、1994年の「企業従業員出産保険試行弁法」により社会保険制度に変更され、企業は前年度給与総額の一定の比率の金額を出産保険基金に支払うことになった。出産保険料は企業の全額負担で、従業員個人が納付する必要はない。出産保険加入者は出産費用および出産手当の給付を出産保険基金から受けられる。

出産費用は出産に関する検査費、分娩費、手術費、入院費、薬代などが該当する。一定の金額(地方によって異なる)が給付されるが、それを超えた分は個人負担となる。出産後、病気にかかった場合の医療費も出産保険の基金から支払われる。男性従業員の配偶者で就業していない「専業主婦」も、2010年の「社会保険法」に基づき、出産医療費の給付を受けられる。

出産手当は女性従業員の産休期間中(注4)の賃金補償に当たる。当該企業の前年度の従業員月平均賃金に基づく額が出産保険基金から支払われる(注5)

深圳市の場合、出産費用の上限は産前検査費2,000元、自然分娩(単胎妊娠)2,700元、難産(単胎妊娠、帝王切開を含む)5,200元である。出産手当は、{(当該企業1人あたり出産当該月平均賃金/30日)×産休日数(法定98日(注6))}の計算式で給付額が決まる。

表2:中国における出産保険、女性保護規定制定の歴史
公布年 法令 内容
1951年 労働保険条例 対象は国営企業従業員など
企業別に管理する出産保険制度
産休は56日。産休期間中の賃金を保障
医療費用等も企業負担
1955年 女性公務員の出産休暇に関する通知 産休は56日。産休期間中の賃金を保障
1988年 女性従業員労働保護規定 「労働保険条例」「女性公務員の出産休暇に関する通知」を廃止し、統一的な女性保護規定に。外資系企業を含む国内すべての企業・機関の女性従業員に保護対象を拡大
産休を90日に延長
妊娠、出産、授乳期間中の基本賃金の引下げ、労働契約の解除等を禁止
1994年 企業従業員出産保険試行弁法 企業別の出産保険制度から社会保険制度に
2010年 社会保険法 出産保険の加入(保険料納付)を義務化
出産医療費、出産手当を規定
「専業主婦」にも出産医療費を給付
2012年 女性従業員労働保護特別規定 産休を98日に延長
2017年 出産保険と従業員基本医療保険の統合実施試行方案 出産保険と医療保険を統合(出産保険の待遇は不変)

出産保険の財政基盤を安定化

企業で働く都市部従業員には原則として、「五険一金」の社会保険への加入義務がある。だが、保険料の負担軽減のため、加入する保険を年金、医療、失業の「三険」に絞る企業が少なくない。このため、出産保険の加入規模は他の保険に比べて低い水準だ。2015年のそれぞれの加入人員は基本医療保険6億6582万人、出産保険1億7771万人で、前年からの伸び率を見ると、医療保険は11.4%なのに対し、出産保険は4.3%にとどまっている(図1)。

中国では長年の「一人っ子政策」の影響で、国内消費の縮小、経済成長の鈍化、労働力不足、高齢者社会負担の増大などの懸念が高まってきている。政府は「二人っ子政策」へと転換し(注7)、出産奨励策へと舵を切ったが、都市部では教育費の負担の重さや、保育園不足など出産・育児を支える体制が十分に整っていないことから、二人目を望まないカップルが多いといわれる。国務院国家衛生計画出産委員会が2015年に実施した調査結果によると、「二人目の子どもを生み育てたくない」という夫婦の理由として、「経済的負担(74.5%)」「時間的・精神的エネルギーがかかりすぎる(61.1%)」「子どもの面倒を見てくれる人がいない(60.5%)」などがあがっている(複数回答)。

出産保険のカバーする人員を拡大する今回の見直しには、その財政基盤を安定化させ、安心して出産できる環境整備をはかる効果も期待される。

図1:基本医療保険と出産保険の加入者数(万人)
図表1:画像

  • 出所:国家統計局「中国労働統計年鑑」 人力資源・社会保障部「人力資源・社会保障事業発展統計公報」

参考資料

  • 国家統計局、人民網、人力資源・社会保障部、中国政府網

参考レート

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