最低賃金の改定頻度を見直す地方も
経済成長が鈍化するなか、中国の中央及び地方政府は企業の支援策として、人件費の削減につながる社会保険料の負担軽減とともに、最低賃金の引き上げを抑制する施策を打ち出している。国務院(中央政府)は2016年8月に、これまで「少なくとも2年に1回」としていた最低賃金の改定頻度(周期)の延長を容認する方針を示した。広東省では頻度を「原則として3年に1回」として、2年間改定を見送るなど、最低賃金の水準を据え置く地域が増えてきている。
広東省は「原則として3年に1回」に
経済紙「21世紀経済報道」は2016年5月、人力資源・社会保障部が、2004年施行の「最低賃金規定(以後:「規定」)により「少なくとも2年に1回」としていた最低賃金の調整(水準の改定=引き上げ)の頻度(周期)を「少なくとも2年か3年に1回」へと見直す意向だと報じた。
その後、国務院が同年8月に「実体経済に関わる企業のコスト削減方案(注1)(以後:「方案」)を公布し、各地方政府等に対して「企業の負担能力への配慮」と「労働者の最低限の生活保障」を踏まえ、最低賃金改定の水準や頻度を「合理的に決める」よう求めた(注2)。これは「規定」に基づく前述の改定頻度の柔軟化、周期の延長を事実上容認したものと解釈できる。
図1:最低賃金水準の改定地域数と平均上昇率
- 資料出所:人力資源・社会保障部
広東省は「方案」公布に先立つ同年2月に、最低賃金の改定頻度を「原則として3年に1回」とする同省の方案を公布し、2017年の最低賃金を前年同様、2015年の水準に据え置いた。2004年の「規定」施行以後、中国で最低賃金の水準が3年間据え置かれたのは、最賃制度の導入が遅かったチベット自治区など内陸部で経済発展の途上にある地域を除くと初めてのことである。安徽省も2017年2月に改定頻度を「少なくとも2年か3年に1回」とする規定を公布しており、最低賃金を据え置く動きが広がりをみせている。
全国32地域(省・自治区・直轄市等)のうち、2016年に最低賃金の水準を引き上げたのは北京市、上海市など9地域(注3)にとどまり、2年前の19地域、前年の24地域を大きく下回った(図1)。最低賃金の全国平均の上昇率も年々下がってきている。2017年も6月時点で水準の引き上げを発表したのは7地域(天津市、上海市、福建省、山東省、深圳市、陝西省、青海省)にとどまる。
2016年10月の人民網(日本語版)は、同年の最低賃金の引き上げが9地域にとどまっていることについて、中国労働学会の蘇海南会長による「中国経済が新常態(ニューノーマル)(注4)に突入し、人件費が急速に上昇し、企業にかかる圧力が増大し、これにここ数年間、各地の最低賃金引き上げ幅が大きかったこと、頻度も高かったこと、物価も低い水準を維持したことが加わり、今の段階で最低賃金の基準を合理的に調整することが必要だった」との解説を掲載している。
最低賃金と物価上昇率
所得格差を縮小するため、人力資源・社会保障部は2011年、「事業発展第12次五カ年計画要綱に関する通知」を出し、「各地の最低賃金を年平均で13%以上引き上げ、多くの地域で最低賃金水準を当地の都市労働者平均賃金の40%以上とする」ことを2015年までの目標に掲げていた。
だが、各市統計局によると、都市部住民の平均賃金に対する最低賃金の割合は、北京市、上海市などの主要都市で、2015年時点で目標としていた40%に届いていない。
また、国家統計局によると、所得格差を示す「ジニ係数」(数値が1に近づくほど格差が大きいことを意味する)は、2003年の0.479から2015年の0.462へのわずかな改善にとどまっている。
図2:上海市における最低賃金と消費者物価上昇率の推移
- 資料出所:上海市統計局
図3:北京市における最低賃金と消費者物価の上昇率の推移
- 資料出所:北京市統計局
図4:深圳市における最低賃金と消費者物価の上昇率の推移
- 資料出所:深圳市統計局
現在の第13次五カ年計画期間(2016~2020年)では、最低賃金に関する前述のような数値目標は設定していない。これらの施策は、最低賃金の上昇が企業の人件費負担の高まりを招き、事業撤退、雇用削減につながることへの警戒感が強まったためとも考えられる。
だが、最低賃金の据え置きは所得格差の拡大を招きかねない。図2~4は近年の北京市、上海市、深圳市における最低賃金と消費者物価の上昇率の推移を示したものである。最低賃金の伸び率の抑制・据え置きは、物価が安定している中で行われている傾向にある。
政府は今後も物価や所得格差の動向をにらみつつ、労働者の不満が高まらないよう注意を払いながら、最低賃金の改定を検討していくとみられる。
注
- 中国語では「降低实体经济企业成本工作方案」。(本文へ)
- 中国の最低賃金は地域(省・自治区・直轄市及び深圳市)ごとに定める。また、各省や自治区はその中に複数(3~4ランク程度)の最賃を設けており、各地の経済発展状況に適したランクを適用している。なお、各年の改定時期(月)も地域によって異なる。(本文へ)
- このほかに引き上げたのは天津市、河北省、遼寧省、江蘇省、山東省、海南省、重慶市。(本文へ)
- 従来の高度経済成長が望めず、重厚長大産業からITなど新分野への構造転換が求められる現在の経済状況を意味する。(本文へ)
参考資料
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安徽省人民政府 広東省人民政府 国家統計局 人民網 人力資源・社会保障部 中国政府網 21世紀経済報道
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