経営環境の変化に対応する企業・事業所ごとの労使合意が増加

カテゴリー:雇用・失業問題労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2016年12月

近年、フランスでは、「競争力強化に関する労使合意」を締結する企業や事業所が増加する傾向にある。経営側による新規投資と引き換えに、労働組合側は繁閑の差に合わせた労働時間の柔軟な運用を受入れる合意が結ばれるようになっている。こうした労使合意の締結の背景には、競争力を強化することによって経営環境の変化に対応することが必要になってきていることがある。

自動車関連産業では、PSAグループやミシュラン、ヴァレオやボッシュなどでも、労働時間の柔軟化に関する合意が締結された。自動車産業以外にも、造船業のSTXのサン・ナザール造船所やDCNS(軍艦・艦艇製造)、農業器機を製造するクラス・トラクターのル・マン事業所で年間労働時間制(注1)などの導入を盛り込んだ合意が結ばれている。製薬業のサノフィやセルヴィエでも同様の合意が締結された。

PSAのグループ全体の労使合意が短期間で成立

プジョーやシトロエンなどのブランドの乗用車を製造するPSAグループ(注2)は、2016年7月8日、主要な5つの労働組合との間で、「成長のための新たな飛躍」という名称の労使合意を結んだ。この合意には、経営判断に高い柔軟性を持たせることと引き換えに、従業員の新規採用、従業員への利益配分の増加が盛り込まれている。労使合意に署名したのは、管理職組合総連盟(CFE-CGC)、フランスキリスト教労働同盟(CFTC)、フランス民主労働同盟(CFDT)、労働者の力(FO)、自動車産業欧州労働組合連合(GSEA)であり、従業員の80%を代表している。労働総同盟(CGT)は、合意への署名を拒否した。

今回の労使合意は、「Push to Pass戦略計画」(2016年から5年間のPSAグループの企業戦略)を展開、推進することによってグループの成長を促進し、企業の競争力を高めるとともに、従業員にも利益をもたらすことを目的としている。合意には、フランス国内で製造する車両の台数を、今後3年間に毎年100万台とする、研究・開発の85%をフランス国内で行うとともに、PSAグループが「責任を持った雇用政策」を実行することが明記された。具体的には、(1) 技術の進展や経済状況の変化などを先取りするために企業内での従業員の配置転換を年間1000人程度行う、(2) 従業員が能力を発揮する場を提供する、(3) グループ会社各社間での人事交流を強化する、(4) 世代間契約(注3)を利用して、年間2000人の若年者を受け入れ、技術を伝承し将来に備える、(5) 新たに1000人の従業員を無期雇用契約(CDI)で採用するとともに、労働者の生活の質向上を目指して、在宅勤務者を現在の2000人から4000人に倍増させる、といったことなどである。

こうした経営側の提案に基づき、労組側は、雇用機会創出の施策と引き換えに、夜間就業の増加や就労時間の柔軟化などを受け入れたのである。就労時間の柔軟化とは、繁忙期に週40時間の就業時間を、閑散期は週30時間にするといったことである。これにより、フランス国内で製造する乗用車1台あたりのコストが約700ユーロ低下するとみられている。

合意に至るまでの交渉は、2カ月間に満たないという短いものだった。2013年に大幅な赤字に陥り、PSAグループが存亡の危機にあったことが、労組側の判断に影響を与えたものとみることができる(国別労働トピック「自動車大手プジョー・シトロエンで競争力強化の労使合意」を参照)。交渉の過程で、経営側は労働組合に対して多くの経営情報を積極的に提供した。全体協議と並行して、専門家を交えた小規模のワーキング・グループでも労使の協議が行われた。これらのことが交渉期間の短縮に寄与したものとされている。

PSAグループのクザビエ・シェロー人事部長は、「単なる競争力に関する合意でなく、企業の競争力を高めるための社会協約」として5労組との合意を高く評価する一方で、CFE-CGCのPSA代表ジャック・マッゾリーニ氏は、「3年後、この労使合意を総括する際に、労使が共同で築き上げた内容が夢物語ではなかったと結論づけられるように望む」と発言するなど、労組側も合意を肯定的に捉えている。CFTCのフラン・ドン氏も「この建設的な交渉を受けて、経営側との新たな関係、ドイツ流の共同経営、つまり労使の共同意思決定システムを構築することを期待する」とコメントしている(注4)

労使合意に関するPSAグループの声明文は、「交渉」の文化から「共同での構築」への転換を意味すると評し、労使共同の意思決定に基づいた、経営協力の促進への期待をうかがわせた(注5)

ミシュランで労働時間を柔軟化する事業所レベルの労使合意が成立

タイヤ製造業のミシュランのロワンヌ工場は、2014年の時点で老朽化による収益性の低さという問題を抱えて、工場閉鎖の可能性が高まっていた。CFDTは閉鎖による失業を回避するための労使交渉を経営側に提案した。交渉は2014年9月から始まり2015年5月に合意した。その内容は、成長分野である高級車向けの大型タイヤの生産設備に8000万ユーロの投資をする代わりに、工場のシフトを4直交代制から5直交代制にした上で、需要が多い時期のみの運用だった日曜操業の数を増やすといった柔軟な労働時間の運用を導入することだった (国別労働トピック「ミシュラン・ロアンヌ工場における事業所レベルの労使合意成立」を参照)。 CFDTのパトリック・ボヴォレンタ氏は、「ミシュランのジャン=ドミニック・セナール社長が、株主のみに有利な合意ではなく、従業員にとっても前進となる協約を締結することを望んでいた」と振り返る(注6)

大型自動車(ダンプカーなど)のタイヤを生産するラ・ロッシュ・シュール・ヨン工場(注7)でも、2016年4月22日、労使合意が成立した。その内容は、同工場に約5000万ユーロを投資して高級タイヤの生産レーンを整備し、生産能力を50%向上させる措置と引き換えに、約700人の従業員に対して、繁忙期の24時間操業を含む労働時間の更なる柔軟化を導入することだった。労働組合側は、連帯・統一・民主労働組合(SUD)とCFE-CGCがこの合意に署名し、従業員による投票では過半数を上回る62%が賛成した。一方、FOや CGTは受入れず署名を拒否した。その理由として、CGTのミシェル・シュヴァリエ氏は、「雇用を創出せず、労働者の生活を破壊する合意だ」とした(注6参照)。なお、フランス西部・ブルターニュ地方のヴァンヌ工場でも同様の労使交渉が進められている。

ただ、ミシュランには労使交渉が妥結に至らなかった事業所の例もある。クレルモン・フェラン工場では、2015年6月から行われていた労使交渉が決裂し、経営陣は2016年3月、同工場の閉鎖を発表した。この労使交渉決裂と工場閉鎖の背景には、アジア製タイヤの攻勢が激しさを増して経営環境が悪化したこともあるが、CGTの決断を先延ばしにする交渉姿勢にも原因があったとされている。

事業所レベルでは労使の対等な交渉は困難とも

労使合意はいずれも、経営側による投資や中期的な雇用の維持と引き換えに、労組側が労働時間の柔軟化などを受け入れるものとなっている。労働条件の悪化と引き換えに、生産設備の更新などにより事業所を存続させることで、雇用を維持するかっこうとなっている。

ボッシュ・フランスでは、新規投資による新たな製造レーンの導入と引き換えに、37.5時間に固定されていた週当たりの労働時間が34時間~40時間の間で柔軟に運用するという労使合意が締結された。これにより、閑散期の部分的失業(一時帰休)や繁忙期の超過勤務手当の支給がなくなり、コスト引き下げが可能になるという(注8)。同社人事部のドミニック・オリヴィ氏は、「顧客の価格に対する要求は厳しさを増している」ためにこのような労使合意は不可避であるとしている(注9)

企業競争力強化のための労使合意は、労使双方が努力をして建設的で責任を持った労使交渉を行った結果だという見方もできる。しかし、実際には経営側が事業所の閉鎖や従業員の削減などを示唆している中で、労組側としては「対等に交渉するのは難しい」(CFDTのアニック・アントーニ氏)との指摘もある(注9参照)

CGTやSUDはこうした合意に否定的な姿勢が強い。しかし、個別の企業や事業所単位でみれば、雇用を守る観点から妥協に至ることも珍しくない。「全国レベルの交渉で見られる教条主義的な対立が企業レベルでは少ない」(ボッシュ・フランス人事部ドミニック・オリヴィ氏)ことや、「工場は家族のようなものであり、全員が関係する小さなコミュニティー」(ミシュランのラ・ロッシュ・シュール・ヨンの労働組合(SUD)代表ルネ・ボッキエ氏)でもあるため(注9参照)、問題への対応に一致団結して取り組むことが可能になるといった背景もある。

(調査部海外情報担当)

(ウェブサイト最終閲覧:2016年12月16日)

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