ライドシェアがタクシー・ハイヤーに与えた影響
―Uberの参入と政府の対応

「ライドシェア」というタクシーに代わる新しい配車サービスが広がりつつある。雇用関係に基づく労働関係を脅かすものとして注目を集めている。これはスマートフォンなどのアプリ(応用ソフト)を利用して配車を依頼し、一般の運転手に目的地まで運んでもらい、乗客は運転手に謝礼金の形で運賃を支払う事業である。このサービスを提供する企業の最大手、アメリカ・カリフォルニア州に本社を置くUber Technology社は、2009年に発足。2015年12月3日現在、世界67カ国、366都市に拠点を展開している(注1)。フランスでは2009年7月、タクシーに代わる「運転手付き観光車両」(Voitures de tourisme avec chauffeur: VTC)に関する規則(注2)が定められたが、Uber社は2011年末、VTC事業に参入。さらに2014年2月、「UberPop」という登録した個人の自家用乗用車での旅客運送サービスを展開した。フランスではタクシー不足が深刻化しているが、既得権益を持つタクシー運転手の反発もあり、タクシー台数を増やすことが難しい。また、タクシーに代わるVTC事業への参入にも多くの規制があり、事業拡大による雇用創出を阻んでいるという指摘もある。フランスではVTC運転手と事業主の間の契約関係やライドシェアにおける営業許可のない個人による旅客運送サービスの違法性が問題となっているほか、タクシー運転手の雇用不安への影響も懸念される。

制限されるタクシー台数

フランス、とりわけパリ市内では、タクシーの不足が深刻化している。タクシーの営業許可証は、自治体の首長(パリの場合は警視庁)が発行しているが、交付数は限られている。交付数を増やすことは、競争の激化を懸念するタクシー運転手の反発などから、容易ではなく、事実上タクシー台数は制限されている。その対策として「観光サービスの発展および近代化に関する2009年7月22日法」が定められ、タクシーに代わる「運転手付き観光車両」に関する規則が定められた。当初、名称どおり「観光」に限定されたサービスであったが、「タクシー及び運転手付き運送自動車に関する2014年10月1日法」が制定され観光に限定した規制が緩和され、タクシーと同様に短距離の移動の手段として拡大した(注3)

Uber社の事業展開

アメリカのUber社は2011年末、フランスに進出し、VTCの配車サービスの提供を始めた。これは、観光・ビジネス客が多いフランスにおけるタクシー不足に目をつけただけではなく、2009年7月22日法によって旅客自動車による配車サービスの将来性が見込まれたためである。配車サービス開始当初、60人程度だった登録運転手の数は規制緩和に伴い、2015年夏時点で4000人(パリ、リヨン、ニース、リールの4都市の合計)までに成長した(注4)

運転手の資格認定の違い

VTCは運転手と車両を貸し切る形で移動する交通機関として、タクシーとは明確に区別されている。VTCの利用には、事前の予約が必要であり、予約が入っていない場合、顧客を待つために公道を走行したり車道横の駐車スペースに車両を止めたり顧客を乗せることは禁じられている。空車状況をアプリやインターネットサイトの地図上に示して、顧客に知らせることはタクシーには認められているが、VTCは禁止されている。一方、価格はタクシーが1km当たりの最高額などが、県毎に設定されているが、VTCは自由に設定することができる。

VTCの運転手はUber社とパートナー契約を結ぶ。事業主との間に雇用関係はない。政府は運転手資格について規制を設けている。例えば、「permis B」という普通自動車の免許取得から3年以上の運転経験、身体能力適合証明の取得、外国語の習得を含む250時間以上の講習などである。

タクシーの運転手には、permis Bを保持している者で、重大な交通違反の経歴がなく、簡単な救助に関する講習の受講、県の指定する医師による適性認定、県が実施する試験の合格といった資格要件が必要だ。試験では交通法規や安全運転に関する知識、運転実技能力のみならず、経営やフランス語能力が問われる。さらに、市役所 (パリの場合、警視庁)交付の営業許可証が必要である。許可証は交付されるまでの待機期間は長くなっており、事実上の数量制限として機能している。時間を短縮して営業許可を取得するためには引退するタクシー運転手などから営業許可証を購入する場合が多い(注5)。その金額は地方都市でも数万ユーロ (数百万円)、パリでは20万ユーロ (およそ2700万円)に上ると言われている。

UberPopサービス開始とタクシー運転手の反発

Uber社は、2014年2月、従来のVTC配車サービスに加えて、ライドシェアに相当する「UberPop」のサービスをパリで開始した。このサービスは、登録した個人が自家用車を利用して旅客輸送を行い、乗客は運転手に謝礼金の形で運賃を支払うサービスである。VTC運転手となる条件を満たさない個人が、有償・営利で旅客を輸送サービスする運転手として従事することになり、違法性が指摘されるとともに、特に雇用が脅かされる可能性のあるタクシー運転手から激しい抗議活動を受けた。Uber社は2015年7月3日、サービス提供を中止した。これに対してUber France社のティボー・サンファル社長は、UberPopの運転手のうち87%は他の仕事に就いているため、大きな影響を与えないと主張している(注6)

Uber社運転手からの反発

Uber社に対する反発は、同社と契約する運転手からも挙がっている。

パリの旅客運送サービスの競争は激しさを増しており、Uber社は料金の値下げを、運転手などに意見聴取することなく、一方的に決定した。それに対して反発の声が高まっているのだ。同社は料金を下げることで顧客増となり、運転手の取り分は変化しないとしているが、運転手はこれまでより一層長い距離を走行することになり、そのための時間や経費負担を無視していると運転手が批判する。Uber社が運転手と雇用関係を持たずリスクを取らないにもかかわらず、報酬の水準を決定できることに対して、一部の運転手から不満の声が上がっていた。この不満がUber France本社前での約100人の運転手による激しい抗議行動につながり、運転手らは労働組合の結成を表明するに至った。

雇用労働者の地位を求める動き

2015年10月19日には、Uber社の運転手が、同社との雇用関係があることを求めて、パリの労働審判所に提訴した(注7)。代理人弁護士は、「運転手には、アプリを起動・接続しておく義務や打診された旅客運送の9割を引き受ける義務、高い顧客の満足度の維持といった義務が課されている。これは伝統的な労使関係そのものである」として、運転手とUber社の間に雇用関係があると主張している。

これに対して、Uber社は契約している運転手には、他のどのパートナー企業と仕事をしても構わない、兼職の禁止などは一切しておらず、運転手との間に雇用関係は全くないと主張している。その上で、必要な労働時間数を義務付けているわけでもないと強調している。これらを踏まえて、同社と運転者との関係を見直すのならば、タクシーを含めた旅客輸送サービス業全体の問題として、雇用問題のあり方について検討する必要があると主張している。

不透明な政府の方針

Uber France サンファル社長は、「ロンドンではVTCが8万台、タクシーが3万台に対して、パリではタクシーが1万7700台、VTCが1万台に過ぎないため台数を増やすべきだ。VTC運転に必要な職業訓練の受講時間数の条件を廃止すべきである。試験による能力の認定で十分ではないか」「軽飛行機の操縦士が必要な講習が20時間であるのに対して、VTC運転手になるのに6カ月かかり、250時間の職業訓練を受ける必要がある。その研修費に6000ユーロ要し、その上1500ユーロの財務的保証を義務付けていることが、就職が困難な状況にある郊外の若年者の就労を妨げている」として更なる規制緩和を求めている(注6)

これに対し、政府の姿勢は定まっていない。タクシーを保護する内容の政令を公布する一方、VTC運転手の労働者としての地位確立やVTCサービスの規制の強化には消極的という矛盾した対応をとっている。フランスの法律では、個人事業主との契約を容赦なく(不意に)破棄することを禁じている。これを踏まえて、ミリアム・エル=コムリ労働相は、Uber社の運転手を雇用労働者と認めるのではなく、個人事業主としての立場に関する法整備をする方向で解決したいとする。今後、雇用関係に関する規制が強化されるのか、あるいは緩和されるのかは不透明である。

(国際研究部)

(ウェブサイト最終閲覧:2016年3月9日)

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