労使対話の促進と労働者の権利強化のための法律

カテゴリー:労働法・働くルール労使関係

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  • 国別労働トピック:2015年11月

「社会対話及び雇用に関する法律」が7月23日に国民議会で可決され成立した(注1)。同法は「企業委員会と衛生・安全・労働条件委員会の統合」「零細企業の労働者の意見を労使交渉に反映するための委員会の設置」「雇用促進策としての活動手当の創設」などの措置により、複雑化した労使対話手続きを簡素化するとともに、雇用促進と労働者の権利を強化することを目的とする。

複数ある委員会の統合

労使対話に関する制度が厳格かつ複雑であるとして、政府は2014年、労使に対して自主的な解決をめざすよう協議を求めたが、2015年1月に決裂した。これを受けて、政府は労使の意見を聴取した上で、労使対話の簡潔化を目的とする法案を提出することとした。それが「社会対話及び雇用に関する法律」である。2015年4月22日の閣議に提出された後、国会での審議が進み、国民議会(下院)が、7月23日、最終案を可決した。労働相の名前をとって、通称「レプサメン法」と呼ぶ(以下レプサメン法)。この法律の主な内容は、以下の通りである。

従業員数50人以上の企業は「企業委員会(comité d’entreprise)」と「衛生・安全・労働条件委員会(comité d’hygiène, de sécurité et des conditions de travail)」の設置が義務付けられており、従業員の中から選挙で選出された者がメンバーとなる。

企業委員会では、経営や戦略、組織、人材配置などについて、経営陣から情報提供や諮問を受けたり、経営陣に対して質問する機会が設けられている。この企業委員会は、労働組合のような役割を果たしているが、労使交渉というよりは情報交換の場という色彩が強い。その一方で、衛生・安全・労働条件委員会は、労働者の労働条件(特に、労働環境や従業員の安全や健康)の維持・改善を主たる目的とする。似たような内容であっても、双方の委員会でとりあげることがあり、事務手続き上で重複していた。

こうした状況を改善するため、レプサメン法は、従業員数50人以上300人未満の中規模企業を対象として、二つの委員会を、「従業員単一委員会(délégation unique du personnel)」として統一する権限を使用者に与える。この手続きのために、従業員や労働組合の同意は必要ない(注2)

委員会の統一によって、類似したテーマの議論の重複を避けることができ、結果的に、意見聴取や労使交渉の効率化が進むことが期待されている。ただ、統一後もそれぞれの委員会に割かれていた時間等は維持される。これは今回の法改正に対して労働者(労働組合)の理解を得るための措置である。

従業員数が300人を超える企業が委員会の統合を行うためには、労働組合(従業員)の過半数の同意が必要となる。

また、法律で義務付けられている意見聴取や労使交渉を再編成し、幾つかのテーマについて同時に意見聴取や労使交渉を行うことが盛り込まれた。

従業員取締役の選任の義務付け拡大

従業員数が5000人以上の比較的規模の大きいフランス企業(本社をフランス国内に定めている企業)で、企業委員会(Comité d'entreprise)を置いている場合、従業員を少なくとも1人(取締役会の定員が12人以下の場合)から2人(取締役会の定員が13人以上の場合)を取締役に選任することが義務付けられている(注3)

これは、従業員の意見を重要な企業経営上の判断に反映させることを目的としている。レプサメン法では、従業員取締役の選任が義務付けられる企業の規模が変更される。フランス国内で従業員数が1000人以上の企業に、従業員取締役の選任が義務付ることになる。適用対象は、上場企業および非上場企業である。従来の規定で対象となる企業数は90社程度であったが、改正によって400社程度になると労働省は推定している。

零細企業での労使対話の実現

零細企業の労使対話を促進するための措置も盛り込まれている。地方圏ごとに(注4)、従業員数10人以下の零細企業で、従業員から指名された労働組合代表者及び(零細企業の)使用者代表からなる「労使同数地方委員会(commission paritaire régionale)」を創設するというものである。この委員会では雇用や職業訓練、労働条件など労務に関する全ての問題についての情報提供や意見交換をする。争議の際の調停の場としても期待されており、委員会のメンバーは使用者の許可の下で、企業内に立ち入り調査等を行うことができる。

労使同数地方委員会の創設により、従業員代表などの立場で交渉することがなかった零細企業の雇用労働者460万人(政府見解)が、意見交換や労使交渉の枠組み(企業委員会や衛生・安全・労働条件委員会のような役割を果たす委員会)を手にする。

一方、中小企業経営者総連盟(CGPME)など使用者は、否定的な見解を示しており、労働者による経営等への過度の干渉を懸念している(注5)

若年者も受給可能な手当の創設

レプサメン法には雇用促進策も盛り込まれ、従来の「就業手当(prime pour l’emploi)」と「就業者向けの生活保護(RSA d’activité)」を統合し、「活動手当(prime d’activité)を創設することが決まった(2016年1月1日より実施予定)。従来の「就業手当」は一定水準の収入額を超えない勤労世帯に対して付加的に支給される手当(注6)であり、「就業者向けの生活保護」は、生活保護(RSA)のうち、低所得の就業者に支給される手当である。今回創設された「活動手当」は、収入(賃金)及び家族構成により算定され、450万世帯が支給対象となる見込みである。従来の制度では、25歳未満の受給に、厳しい条件が付けられていたが、「活動手当」は18歳から25歳の若年労働者も受給することが可能となり、その数は、18万人になると推定される。特に、低賃金労働者を支援するため、最低賃金(SMIC)の1.3倍に達する額まで、この活動手当を支給することになる。これは、各種手当への依存から脱却し、就業へのインセンティヴを与えると同時に、購買力を高める狙いもある。

この活動手当の支出額は、就業手当と就業者向けの生活保護の統合前と大きな増加はなく、初年度の2016年は40億ユーロ、2017年は42億ユーロと見込まれる。その理由は、今まで就業手当を受給していた低賃金労働者でも、配偶者にそれなりの収入がある場合には支給対象から除外されるためである。これにより、120万世帯の所得が増える一方で、80万世帯の所得が減る見込みである(注5)

労働者の権利のための口座の創設

活動個人口座(compte personnel d’activité)の創設も決定された。これは雇用労働者個人が就労を通じて得た権利、たとえば重労働に従事したことによる代償や職業訓練を受ける権利、休暇取得など各種の権利を統合する口座の創設である。この措置によって、就労によって生まれた労働者の権利を個々人に帰属させることを明確にすると同時に、雇用主の事務作業が軽減される。レプサメン法は、具体的な枠組みや運用に関する労使意見交換を2015年12月1日までに行ったのち、2016年7月1日までに政府が報告書を提出することを定めている。それを受けて、施行細目を決定し同口座の運用を2017年から始めるとする。

このほかにも同法は、職業病としての過労を法律として公式に認める内容が盛り込まれ、個別事例ごとの審査により、認定されることになる。近年、膨大な仕事量や重大な責任を負うことによって、労働者が肉体的・精神的疲労を訴えるケースが増加しているが、現状では、職務に起因する病気としては認められていない。

また、今回の法律にはこれまで懸案になっていた改正に関しても条文として盛り込まれている。移民に対する就職差別を減らすことを目的として、2006年3月31日法によって導入された匿名の履歴書の義務付けについては、施行令の公示がなされておらず義務化は実現していなかった。2014年に設置された諮問委員会の報告書では、就職差別対策として履歴書無記名化は不平等対策に適していないとした上で、差別対策に関する労使交渉を企業側に促すための法整備を提案していた。レプサメン法はこの報告書に沿うかたちで、匿名履歴書の義務づけを廃止とした。

野党による批判

与党の社会党や急進左派党(Parti radical de gauche)は、レプサメン労働相の言葉によれば、「社会的な進歩」であるとして、この法(案)に賛成した。それに対して、最大野党の共和主義者党(右派) (注7)や中道の民主独立連合(UDI)は、この法律が「雇用を創出するわけでも、労使対話を推進するわけでもない」(共和主義者党のゲラール・シェルピオン代議士)として反対した(注8)。一方、左派戦線も、「雇用労働者の代表者の権利を縮小させる」として反対した。さらに、共和主義者党の国民議会議員60人は、同法(案)の審議過程や内容に違憲の疑いがあるとして、憲法評議会へ判断を求めた。

これらの反発を受けながらも、8月13日に、憲法評議会は同法の殆どが有効(合憲)であるとの判断を示している。

参考資料

(ホームページ最終閲覧:2015年11月6日)

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