労働組合に対する規制強化へ
―政府、労働組合法案を上程

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2015年10月

政府は7月、労働組合の活動に対する規制強化のための法案を議会に提出した。ストライキの実施や組合費の徴収に関する手続きの厳格化、就業時間中の組合活動に関する制限などが盛り込まれており、公共部門労組を中心に多大な影響が想定されている。経営側が改革案を歓迎する一方、労働組合や研究者は、労働者の権利を侵害し、低賃金や不安定雇用の進行を招くとして強く批判している。

ストライキの実施手続きを厳格化など

公共部門ではここ数年、歳出削減の一環として実施される賃金抑制や人員削減、年金に関する条件の切り下げなどをめぐって、労働組合によるストライキやデモが発生しており、政府は今回の法案を、こうした状況への対応策として位置付けている。制度改革の柱の一つは、ストライキの実施手続きに関する規制強化だ。労働組合には、ストライキに先立って組合員に実施の賛否に関する投票を行うことが義務付けられているが(注1)、従来は投票率にかかわらず、投票者の過半数が賛成票を投じることが要件となっていた。法案は、これに一定の投票率を要件として課し、達成した場合にのみ投票の有効性を認めるとの制度改革を行うもので、これまでも保守党議員などにより同種の制度の導入が主張されてきたが、法制化には至っていなかった。政府は改革案の目的について、少数の組合員のみが賛成したストライキによって、勤勉に働く人々に影響が及ぶことを防止するため、としている。

改革案は、投票権を有する組合員のうち50%以上の参加を投票成立に要する投票率の下限とし、これを下回る場合はストライキの実施を違法とする。加えて、交通や保健、教育、消防、入国管理などの公共サービス部門については、組合員全体の4割相当の賛成を義務付ける(注2)。また、投票には有効期限を設け、4カ月ごとに新たな投票により結果を更新(組合員の意向を再確認)することが求められる。

組合費の徴収をめぐっても、制度改革が目指されている。一つは、組合費のうち政党への献金や、組合・非営利団体等の政治的な活動などの財源となる「政治基金(political fund)」の徴収に関して、組合員の合意プロセス(opt-in process)を法制化し、5年毎にこれを更新することを義務付けるというものだ。現在、450万人の組合員から年間でおよそ2500万ポンドの基金が徴収されているといわれ、その一部は労働党への献金にも充てられているが、政府案はこの財源に影響を及ぼすとみられる(注3)

また併せて、政府は公共部門における組合費のチェック・オフの廃止も法案に盛り込む意向を示している(注4)。チェック・オフ制度は「時代遅れ」であり、実施にコストがかかっているというのがその理由だ。組合員は自ら支払い手続きを行うことが求められるため、チェック・オフによる自動的な徴収に比して、組合費を支払う組合員や徴収される組合費の減少は不可避と推測されている。

法案には、ほかにも多くの制度改革が盛り込まれている。例えば、ストライキ中の労働者の欠員補充に雇用主が派遣労働者を利用することを認めるとする内容もその一つだ。この改革と並行して、法案はストライキの実施に際して労働組合が雇用主に対して行うべき事前通告の時期を、従来の7日前から14日前に延長するとしており、ストライキによる欠員補充の準備により長い期間とその手段を雇用主に提供することで、ストライキの影響力を損ねるとみられている。

また、ピケッティングの実施に際しては、代表者を決めて警察当局に登録することが義務付けられる。政府は、ストライキに参加しない労働者に対する脅迫や嫌がらせの予防をその目的に挙げている。さらに、労使団体の活動の監査を目的として設置されている認証官(Certification Officer)の監査権限を強化して、ストライキや政治的基金の支出に関する詳細などの報告を義務付けるとともに、苦情や通報がなくとも監査を行えることとし、何らかの違反があった際には、最高で2万ポンドの罰金を科す権限も付与する。

このほか、公共部門における労働組合の職場代表の活動を制限する内容も盛り込まれている。国務大臣は、公共部門の雇用主に対して、職場における組合代表の数や就業時間に占める組合活動時間(facility time)の割合などの情報の公表を求めるとともに、この割合を制限する権限を雇用主に付与する二次法の制定を行うことができることになる。

さらなる低賃金・不安定雇用化を招くとの批判も

30年来ともいわれる大幅な制度改革案に対する賛否は、立場により様々だ。使用者団体のイギリス産業連盟(CBI)は、労働者や職場慣行の現状に合わせた労使関係法制の改革であるとして、政府案に賛意を示している。またイギリス商業会議所(BCC)も、公共サービス部門におけるストライキは人々の生活や企業への影響が大きいことから、最大限の制約が課せられるべきであるとしている。

一方、イギリス労働組合会議(TUC)は、投票率要件の制度化により合法的なストライキの実施をほぼ不可能にすることで、政府には、極端な歳出削減に対する公共部門労組の対抗手段を封じる意図があるとして、法案は不公正、不必要かつ非民主的であると強く批判している。また、ストライキの実施を困難にすることにより、政府は低賃金・不安定雇用を濫用する雇用主を益していると述べている。また、人権保護団体のリバティやアムネスティ・インターナショナル、British Institute of Human Rightsも、法案は労組の争議行動にさらなる法的な障害を設けることで、人々が自らの雇用や生活、仕事の質を守るために団結する能力を弱体化させ、抗議を行う基本的な権利を妨げ、労働者から雇用主への力のシフトをさらに進めるものであると指摘、市民の自由に対する大規模な攻撃であると批判している。

研究者からも、規制強化の必要性に関する政府の根拠は不十分であるとの批判の声が上がっている。約100名の労使関係研究者が連名で全国紙ガーディアンに投稿した声明は、投票率の基準設定、就業時間中の活動の制限、チェックオフの廃止など、法案は19世紀初頭以来の大幅な規制強化というべき内容だが、「労働組合が強すぎるため」との政府の理由付けに反して、実際には国内の労働組合は既に過度に弱体化した状況にあり、さらなる規制を正当化するエビデンスが欠如していると指摘。労働組合の交渉力の制限は低賃金化の拡大と非組合員の雇用条件の不安定化を招くなどの理由を挙げて、政府に再考を求めている(注5)。またシンクタンクのCIPDは、過去20年間でストライキによる損失日数は9割以上減少しており、現在の争議行動はむしろストライキよりも抗議デモなどの形を取っていると述べ、政府案はすでに過去のものとなった問題に対応しようとしているとして、むしろ規制よりも労働者との協議や対話の促進による問題への対処をはかるべきであるとしている(注6)

加えてスコットランド政府も、「労組法案は労働者に対する攻撃である」と非難する声明を発表している。スコットランド政府は、労働組合や雇用主、非営利部門とのパートナーシップにより、職場における平等、公正、生産性の向上に取り組んでいるが(注7)、法案はこれに逆行する内容であり、労働組合との良好な関係を損ないかねないとして、これに強く反対する立場を示している。

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