介護と仕事の両立支援
―新法施行と企業の実態調査

カテゴリー:労働法・働くルール労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2015年7月

今年1月、介護と仕事のさらなる両立支援を目指すための新たな法律「家族と介護と仕事のより良い調和のための法律」が施行された。一方、企業の実態調査によると、制度利用のためには、「職場風土の醸成」や「上司の理解」が重要なファクターを占めていることが明らかになった。

背景に在宅介護の増加

ドイツには2013年末時点で、約263万人の要介護者がいる。全体の4分の3(約186万人、71%)は自宅で介護されており、そのうち「自宅で家族のみが介護」するケースは、約125万人に上る。

図表1:在宅介護が増加(1999年–2013年)

図表1:在宅介護が増加(1999年から2013年)

出所:Destatis2013

自宅で介護を受ける人は、高齢化の進展等により近年増加している。1999年から2013年までの推移を見ると、その数は(介護サービス等の併用も含めて)144万人から186万人へと、42万人も増加している(図表1)。

このような状況下で、在宅介護の担い手の確保が喫緊の課題になっている。特に介護する者が働いている場合、両立支援策の有無や制度の活用のしやすさが重要になってくる。

そのため政府は、労働者が働きながら、より柔軟に家族の介護を行えるよう、関連諸法の改正を目的とした新法を施行した。

従来法の課題

介護と仕事の両立に関連して、近年2つの法律が制定されている。2008年施行の「介護休業法(Pflegezeitgesetz)」と2012年施行の「家族介護休業法(Familienpflegezeitgesetz)」である(注1)

従来の「介護休業法」では、緊急に介護を要する事態が発生した時に、労働者が無給の短期休業(最長10日。さらに従業員16人以上の事業所では、最長6カ月の休業か部分休業)を取得することができた。

これに対して「家族介護休業法」は、労使合意を条件として企業が任意に提供する制度で、より長期間の介護と仕事の両立支援を目的としている。同制度を利用する労働者は、最長2年間(24カ月)、家族介護のために労働時間を最大50%まで短縮することができる(注2)。50%まで労働時間を短縮した場合は、従前の75%の賃金を受け取ることができるが、25%の上乗せ分は前借りという扱いになる。従って介護終了後に、従前の労働時間(100%)で働いた場合の賃金は、前借り分を返済する間(最長2年間)は75%となる。

しかし、上述の2つの法律は、従来からいくつかの問題点が指摘されていた。例えば、「介護休業法」に基づく休業中は無給になってしまう点、「家族介護休業法」は任意制度のため、労使合意がない企業の従業員は同制度を利用できない点などである。

所得保障の強化と利用拡大を目指して

これに対して、今年1月に施行された新法「家族と介護と仕事のより良い調和のための法律(Entwurf eines Gesetzes zur besseren Vereinbarkeit von Familie, Pflege und Beruf)」は、上述の2つの法律や関連諸法を一部改正することで、労働者が制度をより利用しやすくなるよう意図されており、以下の3つが主な柱となっている(図表2)。

  1. 介護休業法による10日間の休業時の所得補償
    緊急に介護を要する非常事態が発生した場合、就業者全員が取得することのできる10日間の休業中には介護支援手当(Pflegeunterst・zungsgeld)が支給されるようになった。手当は、要介護者の介護保険制度(介護金庫)に請求することで、従前賃金(手取り)の9割を受け取ることができる(上限あり)。
  2. 介護休業法による最長6カ月の休業時の無利子貸付
    さらに16人以上の従業員がいる事業所で働く者は、従来の介護休業法では最長で半年間の完全/部分休業が認められていたが、原則無給とされていた。このような減収への対応策として、連邦の無利子貸付が可能になった。
  3. 家族介護休業法による労働時間短縮請求権と無利子の貸付金
    家族介護休業法に基づく最長2年(24カ月)の労働時間短縮と減収緩和策は、労使合意が利用の前提条件となっていた。この点について、新法では、従業員が26人以上の事業所で働く者は誰でも制度の利用が可能になった。
    さらに、同法に基づく労働時間短縮中の減収緩和分の前借り賃金は、就業者自身が、連邦家族・市民社会任務庁へ直接申請することができるようになった(連邦から無利子の貸付を受ける形)。従前は、使用者が同庁に申請して無利子の貸付を受けた上で、それを従業員に賃金として支払っていたが、これにより使用者の事務手続き負担が軽減され、就業者から使用者へ前借り分の返済がされない場合(例:家族介護休業終了後に退職してしまう等)のリスクに備えるための家族介護保険加入義務も廃止された。政府は、これらの改善により経済界全体で約1000万ユーロのコストが削減できると見込んでいる。また、今後、無利子貸付金の調達や貸倒れ損失リスク保護のための連邦の超過支出分については、連邦家族・高齢者・女性・青少年省(BMFSFJ)が負担することになる。
図表2:新法の概要
  介護休業法の改正 家族介護休業法の改正
期間 緊急時10日間までの短期休業 最長6カ月(完全または部分休業) 最長24カ月(部分休業。週15時間まで労働時間の短縮が可能)
概要
2015年1月1日から手取り賃金の9割が介護支援手当として給付されるようになった(従前は原則無給)。

2015年1月1日から、連邦の無利子貸付の利用が可能になった。

2015年1月1日から、就業者自身が、連邦の無利子貸付を直接申請できるようになった。
休業予告 予告の必要なし 10日(就業日)前 8週間前
※介護休業に続き、家族介護休業を取得する場合は3カ月前
事業規模 (規模の大小関係なく)就業者全員 従業員16人以上 従業員26人以上
  • 書面での確認
    使用者と就業者は、休業期間中の労働時間に関する合意内容を書面で取り交わさなければならない。
  • 休業の最長期間
    従前は「介護休業(最長6カ月)」と「家族介護休業(最長24カ月)」の双方利用により最長30カ月の休業(部分休業含む)が可能であったが、今回の新法によって、両制度を通じて、就業者1人あたりの最長休業期間は24カ月とされた。
  • 休業の早期終了
    休業期間の早期終了:要介護者の介護が不要になった場合や、自宅での介護が不可能になった場合、当該の状況が変わってから1カ月(4週間)をもって休業は終了する。
  • 解雇保護
    就業者に対しては、休業申請予告から休業期間の終了まで解雇保護が存在する。

出所:家族・高齢者・女性・青少年省(BMFSFJ)2015をもとに作成。

ファミフレ企業11社の実態調査 —上司の理解がカギ

このような制度改善が進む中、企業では労働者がどのように制度を利用しているか等について、ギーセン大学、デュッセルドルフ専門単科大学、ケルン専門単科大学の合同研究チームが、ハンスベックラー財団の委託で調査を行った。

合同研究チームによると、現在、仕事を持つ介護者の割合は拡大しており、主な介護者の28%は男性が占めている(2010年)。さらに「1日に1時間以上介護を行う者」も含めると、その割合は35%に上昇する。そのため、同調査のインタビューでは、フルタイムで働く介護者、特に「男性介護者」に焦点を当てている。さらに様々な視点から分析するために男性介護者のほか、従業員代表者、人事担当者にもインタビュー調査を行っている。なお、対象企業は、「ファミリーフレンドリー認証企業で、介護中の従業員に対して特に理解があると期待される、業種も企業規模も様々な11社」である。

制度に対する認知度の低さ

調査の結果、働きながら家族の介護をしている男性従業員(44名)のほとんどは、介護休業法や家族介護休業法の制度を知らず、同法に基づいて休業を請求したことのある男性従業員は1人だけだった。

その代わりに、大半の企業では産別労組や事業所委員会等において、介護と仕事の両立のための独自の労働協約、事業所協約、勤務所協約(公務員)等を締結しており、当該の協約や社内のインフォーマルな制度が優先的に利用されていた。以下に詳しくその内容をみていく。

主な企業の両立支援策 —中心は「労働時間の柔軟化」

まず、11社すべてが、「両立支援」という見地から、「労働時間の柔軟化」を可能とする支援策を制度化していた。その他の主な支援策は以下の通りである。

  • 介護関連の情報を従業員に提供(10社)
  • 管理職に対する介護をテーマとした研修(6社)
  • 企業内に相談員を配置し、介護が必要になった時に相談できるようにしている(6社)
  • 外部の介護サービス業者と協定を締結(5社)。うち大企業では、介護支援付施設の部屋を確保していた。
  • 在宅ワークやテレワーク制度などの設置(5社)
  • 家族介護中の従業員に対する金銭給付や、休業を取得する従業員への無利子の独自貸付制度等(3社)

企業の支援策の中で、特に画期的と思われるのは、「介護に特化した長期労働時間口座の設置(250時間のプラス、または400時間のマイナスを長期的に調整可能)」や、「高齢時のパートタイム労働や早期退職を可能とするための人口動態基金(注3)の設置」、「ジョブシェアリング制度の設置(管理職も利用可)」、「外勤から内勤への企業内配置転換制度」などである。

一方で、従業員がこのような企業の支援策を利用するにあたっては、上司やチーム内の同僚が重要なファクターとなっていることが明らかになった。

支援策の活用にかかる4つの障害

前述の通り、企業の支援策の中心は、「労働時間の柔軟化」である。しかし、その活用にあたっては、・莞 司の理解(介護中の部下が抱える『仕事と介護』という二重の負担に対する理解)・フー 、特に決定的な影響を及ぼしていることが調査で明らかになった。特に「仕事と介護の両立」の障害となりやすい主な4つのケースは以下の通りである。

  1. 管理職が必要な理解を示さない
    管理職が比較的若い場合には、介護義務から生じる負担を軽視する態度がしばしば認められる。年齢の高い管理職の場合は、伝統的な性別役割分担意識が邪魔をするケースが散見される。すなわち、洗濯や着替え、食事の介助などは、基本的に部下である男性の仕事ではなく、妻や姉妹が担う義務があると考えている、いうことである。男性介護者が上司の助力を期待できる最も容易なケースは、上司自身が介護分野の経験を持つ場合である。
  2. 従業員に対する信頼の欠如
    調査結果によると、“従業員に対する信頼の欠如”が、必要とされる柔軟性の実現を阻むケースも多い。例えば、「裁量労働制」などの柔軟な労働時間制度や在宅勤務制度の導入が進まないのは、こうした信頼の欠如が要因となっていることが多い。
  3. 仕事最優先がモットーの企業風土
    仕事最優先をモットーとする企業は、介護中の従業員の立場を厳しくする。「プライベート無視」の風潮が企業の経営風土に含まれる場合、例えば従業員が突然命じられる残業に対して家庭内の義務を理由に拒否することはほとんど不可能となる。
  4. 業務量過多と業績へのプレッシャー
    日常的に残業なしでは処理しきれない程の仕事量がある職場環境の場合、そのような条件下で始業前や就業後に介護をこなすことはほとんど不可能である。そして仕事量を減らして対応しようとする者は、上司や同僚から熱意が十分でないと見なされ、キャリア形成上不利になることを覚悟しなければならなくなってしまう。

以上のことから、働く従業員(特に男性)が仕事と介護の両立を果たすためには、「介護者の個別の事情を真剣に受け止める企業文化が欠かせない」と調査担当者は結論付けている。

参考資料

Böckler Impuls Ausgabe 09/2015, Diana Auth u.a.: Wenn Mitarbeiter Angehörige pflegen: Betriebliche Wege zum Erfolg, Abschlussbericht des Projekts „Männer zwischen Erwerbstätigkeit und Pflege“, April 2015, bmfsfj Di 12.05.2015, Die neue Familienpflegezeit.

関連資料

労働政策研究・研修機構(2011) 資料シリーズNo.84『ワーク・ライフ・バランスに関する企業の自主的な取り組みを促すための支援策―フランス・ドイツ・スウェーデン・イギリス・アメリカ比較―

参考情報

労働政策研究・研修機構 山本陽大、藤井直子『ドイツにおける介護休業法制をめぐる新たな展開』(Business Labor Trend 2015.1)

参考レート

1ユーロ(EUR)=135.84円(2015年7月27日現在 みずほ銀行ウェブサイト新しいウィンドウ)

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