企業・事業所レベルでの労働協約締結を促すための政府審議会が発足
―使用者側の意向を反映、労組側は警戒感を強める

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2015年7月

企業レベルの労働協約に関する審議会が5月4日に正式発足した。この審議会は、「労働法と社会規範の構築における労働協約の果たす役割を拡大すること」を使命としており、産業別協約に対する企業レベルの労使合意の有効性について協議することになる。これは、フランスにおいて伝統的に行われていた産業別協約の役割を大きく変える可能性を帯びた動きである。産業レベルで集権的に団体交渉が行われ、合意された産業別協約に明記された労働条件が産業内の全企業に拡張適用される従来の制度は、近年「近代化」と称する変革が進んでおり、企業別協約の適用範囲を広げる動きが加速すると考えられる。審議会は具体的な措置を提案する報告書をとりまとめて9月に提出される予定である。

諸外国の制度も参考に

バルス首相は4月1日に労使関係審議会の設置方針を発表し、座長としてコンセイユ・デタ(行政最高裁)社会部門のトップを務めるジャンドニ・コンブレクセル氏を指名した(注1)。コンブレクセル氏は、2001年から2006年まで雇用・連帯省の労使関係部長、2006年から2014年まで労働・雇用・職業訓練・社会的対話省の労働局長を務め、2014年12月コンセイユ・デタの社会部門の部門長に就任した人物である。

この審議会は企業・事業所レベルでの労使交渉を促進するための方策を検討することを目的としており、5月4日に正式に発足した。審議会のメンバーには労働法や社会法を専門とする研究者や弁護士、企業経営者、エコノミストやコンサルタントとともに、ドイツ労働総同盟(DGB)会長特別顧問やイタリアの労働法専門家などの外国人メンバーも名を連ねている(図表1参照)。諸外国との制度比較という視点をもちながら、フランスの制度改正について検討することになる。

図表1:審議会メンバー一覧
氏名 所属
(座長) ジャン=ドニ・コンブレクセル (Jean-Denis Combrexelle) コンセイユ・デタ社会部門・部門長
ポール=アンリ・アントンマッティ (Paul-Henri Antonmattei) モンペリエ第1大学法学部教授・弁護士(労働法・社会法)
イヴ・バロウ (Yves Barou) AFPA(全国成人職業訓練協会)・理事長
アンドレアス・ボッシュ (Andreas Botsch) ドイツ労働組合総同盟(DGB)・会長特別顧問
シルヴィ・ブルネ (Sylvie Brunet)  ケッジ・ビジネス・スクール准教授・経済社会環境会議(CESE)メンバー
ピエール・カユク (Pierre Cahuc) 経済統計研究センター(CREST)及びエコール・ポリテクニーク教授
ミシェル・ディディエ (Michel Didier) COE - REXECODE(経済成長と企業発展のための経済観測キ研究センター)・会長
フランソワーズ・ファヴィネ=ケリ (Françoise Favennec-Héry)  パリ第2大学(パンテオン・アサス)教授(比較社会法)
ピエール・フェラッチ (Pierre Ferracci) ALPHAグループ(人間関係・労働条件に関するコンサルティング会社)・社長
アネット・ジョベール (Annette Jobert) CNRS(フランス国立科学研究センター)研究ディレクター、IDHE(社会と経済の歴史的ダイナミクス研究所)のメンバー
アンリ=ホセ・ルグラン (Henri-José Legrand) LBBa(法律事務所)弁護士(社会法)
アントワーヌ・リヨン=カーン (Antoine Lyon-Caen) パリ第10大学(ナンテール)教授(労働法)
シルヴィ・ペレッティ (Sylvie Peretti) ラファージュ・フランス(建築資材メーカー最大手)・組織人事部長
ジャン=エマニュエル・レイ (Jean-Emmanuel Ray) パリ第1大学(ソルボンヌ)ロースクール教授(労働法)
アンリ・ロイユ (Henri Rouilleault) コンサルタント・元国立統計経済研究所(INSEE)統括責任者
ジャン=ドミニク・シモンポリ (Jean-Dominique Simonpoli) アソシアシオン・ディアローグ・事務局長
ティツィアーノ・トレウ (Tiziano Treu) 元イタリア労働大臣、元労働社会保障大臣、ミラノ大学名誉教授(労働法)

出所:フランス政府ホームページ(参考資料1)より作成

企業レベルの労働協約の増加

議論の焦点となるのが、企業レベルの労使合意の有効性に関する議論である。フランスやドイツ等の欧州諸国において、産業レベル(全国レベル)で締結される労働協約が、国の法制度と企業内のルールを媒介する規範として労働社会を規制してきた(注2)。フランスの集団的労使関係の特徴の一つとして団体交渉に複数の階層(全国レベル・産業レベル、企業・事業所レベル)があることが挙げられる。企業レベルで締結される労働協約は、従業員にとって有利なものを定めるものでない限り、産業レベルで締結された労働協約から逸脱することはできないとされてきた(注3)。このいわゆる「有利原則」に基づいて産業レベルの労働協約が集団的な労働条件決定の中心的な役割を果たしてきたのである。だが、2004年フィヨン法(注4)によって、一定の条件が課されるものの、企業別協約による産業別協約の適用除外制度が導入され、法制度上「有利原則」が根本的に変更された。この改正によって、雇用の保護のためには企業別協約によって労働時間等の労働条件を不利益に変更できるようになった。

それに続く2008年8月20日の法律(注5)では、労働時間(超過勤務時間の年間割当、年間労働日数制、労働時間調整等)について、企業別協約に主導的な地位を与える改正が行われた。さらに2013年6月14日の法律(雇用安定化法(注6))では、雇用の維持および企業内移動に関する協約の締結を認める改正が行われた。2009年以降の企業別協約の締結件数の推移を見たものが図表2であるが、年間 3万件~4万件前後で推移していることがわかる。ちなみに1980年代前半においては年5000件程度で、1990年代半ばまでは1万数千件程度であったとされている(注7)

図表2:企業別労働協約の締結件数の推移
図表2:企業別労働協約の締結件数の推移

出所:Ministère du Travail, de l’Emploi, de la Formation professionnelle et du Dialogue social(2013)及び(2014)より作成

企業別交渉の目的の変化

そもそも企業内組合の存在と交渉権が承認されたのは1968年である(注7)。だが、その後しばらくの間は企業別労働協約が発展することはなかった。ミッテラン政権下で行われたオールー労働改革(1982年)では、法による企業内の労使交渉の促進が実施された。この改革はフランス企業の組織内労使関係には労使対話が存在しないという構造的な問題に対して、労働者の権利強化や団体交渉の促進、労使協議の機会を拡大することを目的としていた。とりわけ、経営者に対して毎年1回の賃金の改定と労働時間の短縮に関する労働組合との企業内交渉を義務づけたことに意義があった。だが、この改革後も大きな変化は起こらず、企業内の労使対話や交渉は形式的に行われるに過ぎないものであったとされる。この当時の企業別労働協約の締結件数は年間で5000から6000件程度であった。

企業別労使交渉に大きな変化が現れたのは、オーブリ法(1998年)が施行されてからである。オーブリ法は、全企業を対象として法定週労働時間を39時間から35時間へと短縮する義務づけを目的とした法律であり、時短によって雇用の維持と創出を実現するワークシェアリングの趣旨を含んでいた。週35時間労働に関する交渉が行われたことによって、1999年から2001年にかけて合計8万7000件以上の企業別労働協約が成立したとされている。年間の締結件数では98年の約1万3000件から99年には約3万5000に増加した。企業別労働協約がこれ程までに増加した背景には、企業における労使交渉を促進する動機づけとなる施策が盛り込まれていたことがある。というのは、経営者と労組が時短を行うことによって、リストラを回避し一定規模の雇用維持や新規採用することを合意した企業には、社会保障費負担(法定福利費)を軽減する利点を設けたからである。

企業別労働協約が増加させた週35時間労働の交渉によって、労働協約のあり方に明確な変化が生じた。従来の労働協約は異議申し立てをベースとする運動の下で、労働者が新たに権利を獲得するために行われる交渉の結果であったのに対して、35時間交渉以降は、労働側も雇用拡大や時短と引き換えに、賃金凍結や変形労働時間制導入といった譲歩を受け入れる交渉姿勢が一般的になっていったからである。

労組による批判

近年、企業レベルでの労働協約の重要性が高まるなか、バルス首相は産別協約に対して企業レベルでの合意が優越的な位置づけになることを認めるという意向とされており、労働規制の事実上の緩和を進めることになる。これは経営者団体側の要求に沿ったものである一方で、労働組合側はこの動きに警戒感を強めている。Les Echos紙(5月3日)によれば、首相の側近が今回検討するのは労働法の条文を大幅に削除して企業レベルの労使合意に労働条件の決定を委譲するような改革ではなく、例外の適用を可能にするに過ぎないと説明しているが、この説明では労働組合を安心させる十分な材料となっていない(注8) 。労組側にとって今回の検討事項は慎重に取り扱うべき内容を含んでおり、ほとんどの企業において労働者自身は交渉できる立場にないということを踏まえて、労使交渉のレベルが産業別から企業単位に移されることに対して懸念している(注9)。特に中小企業において労組が存在しない企業が一定割合を占める(20人未満の企業の4分の3.50人未満の企業で約半数)(注7)ことを踏まえて、労働者の利益となる企業別の交渉の実現は困難との見方があるようである。

フランス労働総同盟「労働者の力」(FO)のジャン・クロード・マイィ事務局長は、今回の審議会の改革は、国・産業レベル、企業レベルそれぞれの規範の解体につながる可能性があり、国益や個々の労働者の契約の保護という観点では損失となるであろうと批判している(注10)。これに対して、審議会のコンブレクセル座長は「今回の改革の検討は、労働条件をその内容によって最も適切なレベルで労使交渉をするための改革である」強調している(注8)。たしかに、統計数値に基づけば中小企業における企業別の団体交渉と労働協約の締結が進展している傾向が見受けられる。少々古いデータではあるが2001年に締結されたおよそ2万5000件の企業別協約のうち、約半数が50人未満の中小企業での締結件数であったとされる。ただ、組合支部が置かれていない中小零細企業での35時間交渉は、産業別労組から委任された従業員代表と使用者が交渉を行なって協約を締結するかたちをとった。その上、社会保障負担金の軽減を経営再建の手段に活用するという使用者の意図が働いたため、企業別労働協約が中小企業に広まったという見方もある(注7)。そのため企業別の団体交渉や実質的な労使対話が十分に行われているとは言いがたい。

今回設立された審議会が検討すべき課題は、現行の企業単位での労使交渉のあり方についての検討だけにとどまらず、次のステップとして、従来は実質的に労使交渉が行われていなかった中小企業での労使対話を確立していくための方策を検討する必要があるとしている(注8)。フランスは伝統的に労使が対立し、対話が不在であったとされる。だが、近年締結される企業別協約は企業競争力強化を目的として、労使が譲り合って合意するケースが見受けられる。そのような流れにおいて労使対話が不在の中小企業を対象として、従業員代表制の実施や企業委員会の設置という取り組みとともに、企業内での従業員代表と使用者間の団体交渉が実質的に行われるようになるための方向性が議論されることになるだろう。審議会が9月公表する予定の提案がどのような内容になるか注目されている。

参考資料

(ホームページ最終閲覧:2015年7月21日)

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