最低賃金、物価上昇率を上回る改定
―低賃金業種では違反横行の懸念も

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  • 国別労働トピック:2015年4月

最低賃金制度に関する政府の諮問機関、低賃金委員会は2月に、今年の成人向け最低賃金額を3%引き上げて6.70ポンドとする改定案を政府に提示、政府はこれを承認した。景気回復や雇用状況の改善を受けた引き上げ幅で、このところ急速に低下している物価上昇率を大きく上回る。一方で、低賃金業種では最低賃金違反の横行が指摘されており、特に介護業では労働者の1割、16万人が最低賃金未満の賃金水準にあるとも試算されている。

低賃金委、政府の引き上げの要請にも慎重な対応

最低賃金額の改定をめぐっては、既に昨年の改定案に先立って、財務相が物価上昇率を上回る引き上げで2015年には7ポンドとする可能性を示唆しており、またキャメロン首相も今年2月初め、雇用主に対して景気回復や事業コスト低下の恩恵を賃上げの形で労働者にも分配すべきであるとの発言を行うなど、政府は賃金水準の向上に積極的な姿勢を示していた。景気が緩やかな回復を示しており、また雇用統計における労働市場の状況も、継続的に改善していることが背景にある。平均給与額は、依然として金融危機以前の上昇率を大きく下回ってはいるものの、このところの物価上昇率の急速な低下もあり、ここ3カ月間は実質ベースで増加している(図表) (注1)

政府の意向を受けて、低賃金委員会(Low Pay Commission)は昨年の改定案で物価上昇率を上回る引き上げを提案した。ただし改定幅については、経済や雇用への影響を考慮して、政府案より慎重な内容となった。今年の改定案をめぐっても、財相が先に示した7ポンドへの大幅な引き上げが委員会内部で議論されたとも報じられていたが、結果としては前年と同等の引き上げ率に留まった。今年10月からの改定案は、成人(21歳以上)向けの額を前年の時間当たり6.50ポンドから6.70ポンド(3.1%増)に、また18-20歳層向けの額を5.30ポンド(17ペンス、3.3%増)、16-17歳層向けの額を3.87ポンド(8ペンス、2.2%増)、アプレンティス(見習い訓練)参加者向けの額を2.80ポンド(7ペンス、2.6%増)(注2)に、それぞれ引き上げるというもの(注3)。2014年4月時点で、最低賃金から5ペンス以内の賃金水準の労働者はおよそ140万人(就業者全体の5.3%)(注4)と推計されており、これを超える労働者が改定の恩恵を受ける見込みだ。委員会は、昨年に続いて物価上昇率を上回る改定案とする上で影響を及ぼした要因として、堅調な雇用の伸びを挙げている。

政府は3月、委員会案を基本的に承認する意向を示した。ただし、アプレンティス向けの最低賃金額については、委員会案を大幅に上回る3.30ポンド(57ペンス、21%増)に引き上げることとした。アプレンティス向け額に関しては、最低賃金制度を所管するビジネス・イノベーション・技能省のケーブル大臣が昨年10月に、16-17歳向け額と同水準への引き上げを検討するよう委員会に要請していた。1ポンドを超える大幅改定により、アプレンティスシップの金銭的な魅力を高めて普及促進を図るねらいがあったとされるが、委員会はむしろ大幅な引き上げが受け入れ先雇用主の減少を招く恐れがあるとの理由から、より慎重な引き上げ案を示した。最終的に政府が決定した引き上げ幅は、委員会案と大臣案のほぼ中間程度にあたる。政府は、この引き上げにより影響を受けるアプレンティスはおよそ6万7000人(注5)、雇用主にとって計940万ポンドのコスト増となると試算している。

図表:賃金・物価および最低賃金の上昇率

図表:賃金・物価および最低賃金の上昇率を表したもの

注:週平均給与上昇率、消費者物価上昇率はいずれも過去12カ月間の上昇率。

参考:統計局ウェブサイトほか

経営側は、今回の改定を概ね歓迎している。例えば経営者団体のイギリス産業連盟(CBI)は、改定額は景気回復の成果を反映しつつ、生産性の低迷にも配慮しているとして評価している。ただし、アプレンティス向け額の大幅な引き上げに関しては、政治的なものとして批判的だ。またイギリス商業会議所(BCC)も、3%の引き上げ幅は適正であると認めており、多くの会員企業がここ数年の賃金抑制の時期を経て、賃上げを行う意向を示していると述べる一方で、アプレンティス向け額については、現在政府や野党が目標として掲げるアプレンティスシップの拡充に、マイナスの影響を及ぼしかねないとしている(注6)

一方、近年の低賃金労働の拡大を懸念し、賃金水準の向上を求めていたイギリス労働組合会議(TUC)は、今回の改定額が上昇率で平均賃金を上回る点は評価しつつも、経済がもし財相が主張するとおり堅調で持続的に回復しているならば、低賃金委員会はより大幅な引き上げを提案すべきであったとしている(注7)。また、より高い賃金を支払える業種については、業種別の賃金委員会を設けることを政府に求めている。TUCは1月にも、最低賃金制度の強化に向けた提言をまとめており、この中では、取締り体制の強化や違反雇用主の訴追の積極化、また罰金額の上限を現在の2万ポンドから7万5000ポンドに引き上げることなどを提案していた(注8)

介護労働者の1割が最賃未満の可能性も

最低賃金制度の監督機関である歳入関税庁は、最低賃金に違反した雇用主名を公表している(注9)。2015年2月に公表された新たな違反雇用主名はこれまでで最多の70件となり、未払い賃金額は合計で15万7000ポンド、罰金額も7万ポンドにのぼった(注10)。政府は取り締まり体制の強化のため、現行の920万ポンドの予算に追加して300万ポンドを投入し、70人の取り締まり担当官を増員するとしている。

最低賃金違反が顕著な業種の一つが、介護業だ。歳入関税庁(HMRC)が2013年11月に公表したところによれば、過去2年間に実施した介護事業者に対する検査の結果、48%の事業者(183組織)で最賃違反が発見された(注11)。また昨年6月には、介護事業者1社において、およそ3000人の労働者に計60万ポンド(一人当たり約200ポンド)を超える未払い賃金があったことが明らかとなった。さらに、今年2月に公表された違反雇用主でも、介護事業者1社が184人の労働者に対して、計3万7600ポンド(同204ポンド)の賃金を支払っていなかった。政府は、現在も100件の違反の可能性がある案件の検査を実施中であり、また大手6社に対しては予防的検査を行っていると述べている。

シンクタンクのResolution Foundationは2月に示したレポートで、こうした介護労働者の1割にあたる16万人が最低賃金未満の賃金しか支払われておらず、年間で計1億3000万ポンド、平均で一人当たり815ポンドの損失を被ったとの試算を示している。賃金からの不適切な控除や、賃金支払いの対象とすべき労働時間の一部について賃金を支払っていなかったこと(例えば訪問介護を行う労働者の顧客間の移動の時間や、訓練時間、呼び出し労働における待機時間)などが主な理由だという(注12)。こうした未払いは、本来徴収されるべき社会保険料や所得税に加え、低所得者向け給付支出(税額控除や住宅給付)を通じて財政的損失につながっているとResolution Foundationは分析している。同時に、違反の一因として、地方自治体による介護サービスの委託料の低さを指摘、対応策として、取り締まり体制の強化と併せて、委託プロセスにおける地方自治体の責任の強化を提言している。

在宅介護事業者の連合体UKHCAが2月に公表したレポート(注13)も、介護労働者の賃金低迷の要因として地方自治体による委託料の低さを指摘している。同団体は、介護労働者に対する最低賃金の支払いを前提に、適正な委託料(注14)を試算しているが、地方自治体に対する調査によれば、同等以上の水準の委託料を支払っている自治体は、全国203カ所の自治体のうち28カ所(14%)に留まっていた。UKHCAは、必要な水準を下回る委託料の支払いは、サービスの提供や労働者に対する訓練、人材の調達を困難にしかねないとして、自治体による委託の状況を監督する独立機関の設置を求めている。

参考資料

参考レート

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