働く側は自由度の高さよりも安定を好む傾向

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2015年2月

経済政策研究所(Economic Policy Institute)は、月給労働者(Salaried)と時間給労働者(Hourly)それぞれについて、残業時間と仕事と生活の両立を年収階層別に比較した調査報告を9月30日に発表した。

アメリカは2004年に改正した公正労働基準法(FLSA)第13条により、管理職や専門的職務などの要件や一定の週給以上の労働者が残業手当の対象ではなくなる、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションが導入されている。

今回の報告は、2014年の6月に連邦議会に提出されたFLSAの改正案とも連携している。改正案は残業手当の対象となる週給上限を引き上げることが柱で、残業手当の対象から除外された労働者の所得を引き上げることがねらいである。

週給上限が引き上げられて、年収が5万ドル程度になれば、現在は一割程度に留まる月給労働者のうちの半数以上が残業手当の対象となると指摘するとともに、始業時間と終業時間の変更、休暇のとりやすさなどが年収階層によってほとんど差がないこと、柔軟性が高いと思われる時間給労働者とくらべて、実際は月給労働者の方が働く側にとって柔軟性が高いことを明らかにした。

ホワイトカラー・エグゼンプション

経済政策研究所の報告を紹介する前にアメリカにおけるホワイトカラー・エグゼンプションについて確認しておこう。

FLSA第13条(a)(1)では残業手当の対象だけでなく、最低賃金からも除外される労働者を規定している。

残業手当の支給対象となるのは、基本的には、ブルーカラー労働者および週給455ドル未満の労働者である。残業手当は、週40時間をこえる部分について、通常の5割増しとなる。

それ以外の労働者は、管理職(executive)、運営職(administrative)、専門職(professional)に加えて、FLSA第13条(a)(17)で、コンピューター関連職などの除外要件を定めている。

無条件で残業手当の支給対象となるのは週給455ドル未満の労働者だが、その金額を年収で計算すれば、2万3660ドルにすぎない。

2014年6月、アイオワ州選出のトム・ハーキン上院議員によって提出された「アメリカの労働者のための残業手当再建法(the Restoring Overtime Pay for Working American Act.)」は、FLSAの改正からおよそ10年にわたって見直されることのなかった週給上限の変更を柱としている。

その理由は、一つには物価の上昇に合わせた引き上げであり、もう一つは2004年の改正により残業対象から除外された労働者の所得を引き上げることである。

「アメリカの労働者のための残業手当再建法」は、段階的に週給455ドル、週給665ドル、週給865ドルと引き上げ、3年間で週給1090ドルまで引き上げることを提案している。最終的な年収は5万6580ドルとなることが想定されている。

年収5万6580ドルが残業手当支給対象上限となれば、65%が残業手当支給対象だった1975年の水準に近づくという。

なお、報告書では触れられていないが、アメリカのホワイトカラー・エグゼンプションは日本と賃金の支払い方がまったく違う仕組みに基づいたものだということを留意しておかなければならない。アメリカは一人の職務範囲とその職務を達成するために必要な時間を厳格に定めたうえで、その職務に対して賃金を支払うことが原則になっている。この仕組みのうえでは、一時間あたりの職務を具体的に設定することが理論上は可能である。

一方で、日本の賃金の支払い方は勤続年数と能力に応じたものであり、職務の内容や必要な時間が厳格に定められたものではない。

このようにまったく異なる背景を持つ二つの国の間で、残業手当の支給対象となる労働者を拡大するか、縮小するかということには、やはりまったく異なる目的と意味を持つことになるはずである。

アメリカにおいては、すべての労働者について、厳格に職務の内容とその職務の遂行に必要な時間が定められているのであれば、残業手当の支給から除外することに合理性はないはずである。ということはつまり、職務の内容や遂行に必要な時間が厳格ではなく、曖昧な方向へと進みつつある、もしくはそうした働かせ方を求める経営者が曖昧なかたちへ職務設計を変更させているという見方ができる。

働き方の柔軟性と月給・時間給の関係

報告書は月給労働者と時間給労働者のそれぞれについて、総合的社会調査(General Social Survey Quality of Worklife Supplement)の結果を用いて、年収階層別に働き方の柔軟性について分析している。 調査対象のうち、年収2万2500ドル未満の労働者は全体の29.6%で、年収4万ドルまでで全体の48.6%、年収5万ドルまでになると全体の56.3%だった。ここでいう年収は、月給労働者、時間給労働者、その他をあわせたものである。

月給労働者と時間給労働者の割合は、年収2万2500ドル未満では月給労働者が12%、時間給労働者が48%、2万2500ドルから3万9999ドルでは月給労働者が22%、時間給労働者が29%、4万ドルから4万9999ドルでは月給労働者が17%、時間給労働者が9%、5万ドルから5万9999ドルでは月給労働者が12%、時間給労働者が6%、6万ドル以上では月給労働者が37%、時間給労働者が9%だった。低い年収階層に時間給労働者が固まっている格好だ。なお、調査対象のうち、月給労働者は38%、時間給労働者が51%、その他が11%だった(図表)。

賃金の支払状況別、年収階層における労働者シェア
  全体
(n=2,398)
月給労働者
(全体の38%)
時間給労働者
(全体の51%)
その他
(全体の11%)
$22,500未満 33% 12% 48% 41%
$22,500-$39,999 25% 22% 29% 14%
$40,000-$49,999 12% 17% 9% 8%
$50,000-$59,999 8% 12% 6% 7%
$60,000以上 22% 37% 9% 30%
合計 100% 100% 100% 100%

出所:総合的社会的調査2006年-2010年のデータに基づきGoloden Lonnie氏が作成

報告では、これらの対象について、「始業時間と終業時間の変更」「休暇の取得」「昼間シフト、夜間シフト」「残業と仕事と家庭の両立」という項目で分析をしている。

「始業時間と終業時間の変更」について、「まったく・めったにできない」「時々」「頻繁に」の3つの尺度で聞いている。年収が高くなるにつれて変更しやすくなる傾向があるが、年収6万ドル以上を除けば年収が低いからといって極端に変更しにくくなるわけではない。

月給労働者の場合、年収2万2500ドル未満は「まったく・めったにできない」が49%、「時々」が18%、「頻繁に」が33%であるのに対し、年収5万~5万9999ドルがそれぞれ42%、14%、45%だった。

一方で、時間給労働者の場合は年収が高いからといっても変更しやすくなるわけではない。年収2万2500ドル未満は「まったく・めったにできない」が66%、「時々」が17%、「頻繁に」が17%であるのに対し、年収5万~5万9999ドルがそれぞれ65%、18%、17%だった。

「休暇の取得」については、「とてもとりにくい」「それほど難しくない」「まったく難しくない」の3つの尺度で聞いている。

月給労働者の場合、年収2万2500ドル未満は、「とてもとりにくい」が29%、「それほど難しくない」が31%、「まったく難しくない」が40%であるのに対し、年収5万~5万9999ドルがそれぞれ15%、38%、48%だった。年収階層が高くなると休暇が取りやすくなるようにみえるが、直近下位の年収4万ドル~4万9999ドルではそれぞれ30%、36%、48%であり、5万ドル未満ではどの階層でも同じような傾向だった。

時間給労働者の場合は、年収2万2500ドルで、「とてもとりにくい」が28%、「それほど難しくない」が34%、「まったく難しくない」が38%、年収5万~5万9999ドルがそれぞれ33%、36%、31%であり、月給労働者、時間給労働者ともに似たような結果となった。

「昼間シフト、夜間シフト」については、1から5までの尺度で5に近いほどストレスを感じるとしている。調査対象のうち、77%が昼間シフト、6%が夜間シフト、16%が不規則なシフトで働いている。昼間シフトで働いている人は、「家庭と仕事の両立」について2.2、「仕事上のストレス」については3.1、夜間シフトではそれぞれ、2.3、3.0、不規則なシフトでは2.5、3.1だった。つまり、どのようなシフトであれ、大きな変化はなかった。

賃金の支払い方別にみれば、「家庭と仕事の両立」については、月給労働者が昼間シフトで2.4、夜間シフトが2.4、不規則シフトが2.9、時間給労働者がそれぞれ2.0、2.3、2.4だった。夜間シフトには大きな差はみられないが、昼間シフトでは月給労働者の方がよりストレストを感じていることがわかる。

「仕事上のストレス」については、月給労働者が昼間シフトで3.3、夜間シフトが2.9、不規則シフトが3.3、時間給労働者がそれぞれ3.0、3.0、3.1となり、ここでも月給労働者の方が強いストレスを感じている。

「残業時間と家庭と仕事の両立」については、月給労働者が「残業なし」で2.0、「強制でない残業」で2.5、「強制の残業」で2.8、時間給労働者はそれぞれ1.9、2.2、2.5となり、月給労働者の方がストレスを感じていないという結果だった。

「残業時間と仕事のストレス」については、月給労働者が「残業なし」で2.9、「強制でない残業」で3.4、「強制の残業」で3.4、時間給労働者は「残業なし」で2.8、「強制でない残業」で3.1、「強制の残業」で3.3となり、月給労働者の方がよりストレスを感じていることがわかった。

柔軟性とストレスの相関

報告が明らかにしたのは、月給労働者の「始業時間と終業時間の変更」「休暇の取得」については年収による大きな差異はないということ、一方、時間給労働者と比べれば、「始業時間と終業時間の変更」「休暇の取得」が容易ということだった。

ところが、「昼間シフトにおけるストレス」「残業時間と仕事のストレス」については、月給労働者が時間給労働者よりも強いストレスを感じている。

これらの結果から、月給労働者は時間給労働者に比べて、「始業時間と終業時間の変更」「休暇の取得」において、自由度が高いにもかかわらず、家庭と仕事の両立や仕事については、ストレスを感じやすいことがわかった。

つまり、月給労働者は時間給労働者よりも、家族と仕事の両立及び仕事上のストレスを強く感じる一方で、「始業時間と終業時間の変更」「休暇の取得」等就業時間の変更において、自由度が高かったことから、一般的に柔軟性が高いとされる時間給労働者の働き方よりも月給労働者の方が働く側にとってメリットが大きいことを明らかにした。

(山崎 憲)

参考資料

  • Golden, Lonnie, EPI BRIEFING PAPER: Flexibility and Overtime Among Hourly and Salaried Workers, Sep.30  2014.

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