EuGH法務官意見書
―「社会保障ツーリズム」の歯止めとなるか

カテゴリー:雇用・失業問題外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2014年8月

欧州司法裁判所(EuGH)のメルキオール・ワトレ法務官は5月20日、「一定の条件下で、ドイツはEU出身の移住者に対する社会保障給付を拒否できる」という意見書を提出した。近年、移住が急増するドイツでは、EU域内から社会保障給付を目的に移住する「社会保障ツーリズム(Sozialtourismus)」への懸念が強まっており、今後の判決に注目が集まっている。

支払い拒否はEU法に抵触せず

EUの最高裁判所である欧州司法裁判所(EuGH)には、各加盟国から1名ずつ選出された裁判官のほか、8名の法務官がいる。法務官の任務は、裁判所を補佐し、事案について公平かつ独立の立場から、理由を付した意見を公判に提出することである。

今回の意見書は、ライプツィヒ市に移住したルーマニア国籍の母子(子はドイツ生まれ)に対して、同市のジョブセンターが社会保障(注1)の給付を拒否した事案をめぐるもの。母親は、月額184ユーロの児童手当てと、1人親に対して支給される追加手当(月額133ユーロ)を受け取っていたが、その他の給付は拒否された。

ドイツの社会保障は、社会保険料の納付がなくても就労可能性や要扶助性等が存する限り、原則として地域の窓口に受給申請をすることができる。しかし、現行法では、ドイツに移住してから職を探したり、あるいは社会保障給付が目的と判断されるEU市民には原則として受給権を認めないという「排除条項」を設けている。こうしたドイツ人とEU出身者を異別に取り扱う「排除条項」がEU法に抵触するか否かが争われていた。

意見書においてワトレ法務官は、原告に対し、「EU法(注2)は、3カ月を超えて移住先に滞在する場合、域内市民とその家族は、その国の社会保障制度の負担とならないよう、生計を立てるのに十分な資金を保有する必要がある」として、ドイツの「排除条項」がEU法の規定に抵触しないことを認めた。さらに、「ルーマニア国籍の母子は、ライプツィヒの親族(住居・食費を負担)の家で暮らしているが、母親は専門資格を一切保有しておらず、これまでのところドイツおよびルーマニアにおいて専門資格を取得しようとした形跡もない。明らかにドイツへは職を求めて入国したわけではなく、職を探した形跡もない。このような場合、不適切な社会保障の支出を避けるために受け入れ国が給付を拒否することをEU法は妨げない」とした。そして最後に、「ただし、社会保障の給付は、排除条項に従って自動的に拒否するものではなく、あくまで申請者と同国との関係性(tatsächliche Verbindung)や給付の濫用に該当するか否かも含め、個別の判断が必要だ」と追記している。

欧州司法裁判所は、法務官の意見書には拘束されないが、一般的に事案の約8割において意見書に従った判決が出る。本件事案に関する正式な判決は、最短で今年末に出されると予想されている。

移住者の急増と提訴の増加

OECDが5月20日に発表した資料によると近年、経済と労働市場が好調なドイツへの移住が急増しており、OECD加盟国中、アメリカに次いで2番目に移住が多い国となった。2012年には約40万人がドイツへ移住し、そのうち3/4はEU域内からであった。前回調査(2009年)比で約40%増加しており、トーマス・リービヒOECD専門官は「短期間でこのような急増は稀だ。明らかにドイツへの移住ブームが起きている。特に中東欧、南欧からの移住が増えている(図)」と指摘。同専門官は、これほどの上昇幅ではないが、今後もドイツへの移住は増加すると見ている。

図:EU域内の国・地域からのドイツへの流入推移(2010年~2013年)

グラフ:EU地域内の国・地域からドイツへの流入推移を表したもの

  • 出所:Destatis

OECDによると、EU域内からドイツへ移住した者の大半は職があり、2007年以前の移住者より高い技能を有している。その一方で、比較的寛容なドイツの社会保障制度が、技能や資格を有しない給付金目的の人たちをも惹きつけている可能性を指摘している。

ドイツでは、今年1月1日からブルガリアおよびルーマニア出身者に対する就労と移動の制限が解除された。これにより国内では「社会保障ツーリズム」などによる社会保障支出の負担増を警戒する声が高まっている。前述のとおり、ドイツでは、社会保障給付について、EU市民に対する「排除条項」を設けている。しかし、域内移住者が増加するにつれて、この「排除条項」をめぐり、全国各地で訴えが増加しており、今回の事案が紛争解決の先例となるか、今後の判決に注目が集まっている。

参考資料

  • Gerichtshof der Europäischen Union PRESSEMITTEILUNG Nr. 74/14 Luxemburg, den 20. Mai 2014.
  • Migration Policy Debates, OECD May 2014.
  • SPIEGEL ONLINE (January 07, 2014), Deutsche Welle (20.05.2014).

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