「青い鷲は舞い降りた」か?

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2014年6月

アメリカ商業会議所は、「青い鷲は舞い降りた」と題するレポート(PDF:783KB)新しいウィンドウを発表した。

シンボルの青い鷲

1933年、全国産業復興法(NIRA)が制定された。世界大恐慌からの復興を目的としたこの法律には、自由競争を促進して経済を活性化させることが織り込まれていた。労働者と企業との関係では、労働組合と使用者の力関係を均衡させることで、公正な競争環境を整えることに力点がおかれた。

そのシンボルとして「青い鷲」の絵が用いられた。アメリカの労使関係で「青い鷲」といえば、労働者が労働組合を組織して使用者と対等な交渉をすることを政府が保障するということになる。

しかし、1950年代に35%に達していた労働組合組織率は、2014年3月に11.3%となるなど低下の一途を続けており、「青い鷲」に象徴される労働組合と使用者の対等な交渉の恩恵を受ける労働者の数は減少した。

オバマ大統領が2008年に就任してから、労働組合を中心に実現を目指してきた労働組合組織率を高めることを目的とする法律、従業員自由選択法(Employee Free Choice Act)の成立の見込みはまだない。

このままアメリカの労働組合組織率は低下を続けるようにみえる。今回のレポートは、その状況に反転の兆しがみられるとするものである。

労働組合と対峙する立場からのレポート

レポートを作成したのは、アメリカ商業会議所、「従業員の自由イニシアチブ(Workforce Freedom Initiative)」部門である。同部門は、専門のウェブサイト新しいウィンドウを持ち、情報を発信している。そのミッションは、「労働組合による年金基金活動の濫用」と「労働組合による反競争的な権利擁護活動を防ぐこと」と置いており、労働組合と対峙する姿勢を明らかにしている。

こうした部門がレポートを作成したということは、即ちそれだけ労働組合による反転の兆しに危機感を感じている現れだとみることができるだろう。

その背景には、ウォルマートやファストフードで働く労働者や彼らを支援する労働組合、コミュニティ組織、ワーカーセンターなどによる「ストライキ」と称する活動の高まりがある。

こうした活動の対象となっている企業には、使用者と合法的団体交渉を行なうことが認められた労働組合は存在しない。それにもかかわらず、どうして「ストライキ」ができるのか。

排他的交渉権

アメリカも日本と同様に労働組合と使用者が団体交渉を行うが、制度的枠組みは大きく異なっている。

団体交渉の手続きを規定しているのは全国労働関係法(NLRA)という法律で、運用は労働委員会(LRB)が担う。その一方で、どのような組織が労働組合であるかの根拠を定める法律は存在しない。内国歳入法典の事業内容と税制上の区分で労働組合が規定されるのみである。

使用者と労働組合が団体交渉を合法的に行なうためには、特定の範囲の従業員が過半数を投じることが必要だとされてきた。そこでは、どのような従業員が投票するのかといった運用は労働委員会が裁定をする。いったん一つの労働組合が交渉権を獲得すれば、その労働組合以外は使用者と交渉することはできない。これを排他的交渉権という。交渉権を獲得した労働組合を支持しない従業員がいたとしても、その労働組合が使用者と行なう交渉によって獲得された労働条件の向上の恩恵に与ることができる。つまり、労働組合が全ての従業員を代表することになる。これをマジョリティ・ルールと呼ぶ。その反面で、理論上は合法的な交渉権を持たない労働組合が存在しても良いことになる。

排他的交渉権とマジョリティ・ルールは、1930年代に全国労働関係法が施行されてから現在に至るまで、アメリカにおける労使関係の常識と思われてきた。だからこそ、オバマ政権下で試みられた従業員自由選択法も、労働組合が従業員による投票で勝利を得やすい条件を整えるものだった。それというのも、企業側による労働組合組織化への抵抗が大きなものとなり、労働組合が代表選挙で従業員から過半数の支持を得ることがほとんど出来なくなってきたからであった。

全米自動車労働組合(UAW)は、テネシー州に進出したフォルクスワーゲン(VW)社とドイツ式の従業員代表組織を導入することを条件に労働組合の組織化への協力を取り付けていたものの、ビジネス界やテネシー州選出連邦議員、反労働組合組織などの抵抗により、代表選挙に敗北するという事態も2014年2月に起きている。

ウォルマートとファストフードに対する「ストライキ」

排他的交渉権とマジョリティ・ルールという、アメリカの労使関係の常識からすれば、想定できない事態が進展している。

これらの企業では、合法的な団体交渉権を獲得するための従業員による投票すら行なわれていない。それなのにどうしてストライキというような争議行為ができるのか。

実際のところ、こうした企業を対象にした活動は、厳密にはストライキではない。

少数の従業員と多数の支援者によって構成されている。この活動は、ウォルマートに対しては、柔軟な時間管理のためにまともな暮らしができる年収を手に入れられない状況を改善すること、ファストフード企業に対しては時給15ドルといった要求を掲げている。店舗前でデモを繰り広げたり、メディアに訴えたりすることが主な活動だが、営業妨害となる行為は謹んでいる。そこに、運動を支持する従業員が勤務を離れて参加している。

こうした運動は2012年から始まった。最初のターゲットはウォルマートだったが、同社は運動に参加した従業員を解雇した。その理由は、合法的な団体交渉権を持たない従業員による行為ということだった。これに対して、支持者は労働委員会に提訴した。

2014年1月に労働委員会が下した裁定は、ウォルマートによる解雇を不当とするとともに、処分を下した使用者側に対する取り調べをすることであった。

これは、労働委員会が合法的な団体交渉権を持たない労働者であっても、争議行為が認められると解釈できることを示した。

アメリカの労使関係において、研究者にも労働組合にも使用者にも常識とされてきた排他的交渉権とマジョリティ・ルールが揺らいだのである。そして、これこそが、アメリカ商業会議所に危機感をもたらしたものだった。なぜなら、労働組合の組織化を防ごうとする企業にとって、排他的交渉権とマジョリティ・ルールこそが防波堤の役目を果たしていたからである。

少数派組合―忘れられた記憶がよみがえる

ウォルマートやファストフードの運動に参加した従業員や支援者たちは闇雲に突き進んだわけではない。彼らには確固たる根拠があったのである。

アメリカ商業会議所のレポートの題名は「The Blue Eagle Has Landed」という。日本語に訳せば、「青い鷲は舞い降りた」となるだろうか。この題名は、南メソジスト大学デッドマン・ロースクールのチャールズ・J・モリス名誉教授の2005年の著書「労働における青い鷲(The Blue Eagle At Work)」をひいたものである。

双方のタイトルにある「青い鷲」は、1930年代の大恐慌からの復興策であるニューディール政策で使われた「自由競争」を意味するシンボルマークである。労働における青い鷲、つまり労働における自由競争とは、労働組合の交渉力を高めて使用者と均衡させることにより、労働者と企業との自由競争を促進して経済の活力を高めることを意味している。翻って、アメリカ商業会議所のレポートが「青い鷲は舞い降りた」としたことは、いったん低下していた労働者側の交渉力が再び高まることを予兆するものである。

モリス名誉教授が明らかにしたのは次の二つであった。一つめは、全国労働関係法の成立前後において、排他的交渉権もマジョリティ・ルールもアメリカの労使関係で支配的ではなく、少数派組合による団体交渉が一般的だったこと。そして二つめは、全国労働関係法の成立に尽力したワグナー上院議員と後の初代大統領経済諮問会議委員となったカイザーリングの二人が、少数派組合の団体交渉権を維持しようと意図していたことである。

事実、1937年当時、全米鉄鋼労組(USW)の9割弱、全米自動者労組(UAW)の7割弱が少数派組合による団体交渉だった。

全国労働関係法成立前後で少数派組合による団体交渉が一般的だったことを指摘したのはモリス名誉教授が初めてだったわけではない。しかし、これまでは忘れられた記憶として、現代に再び蘇らせることは不可能だとされてきた。モリス名誉教授は、全国労働関係法の草案の文言や議会における委員会発言、少数派組合の団体交渉を支持する判例などを丹念に掘り起こし、現代においても十分に通用するとの議論を展開したのである。そのうえで、労働法、労使関係、労働経済、政治などの一線の研究者やアメリカ労働総同盟産業別組合会議(AFL・CIO)の法務担当者、全国労働関係委員会関係者などから意見を聴取して出版に至った。

モリス名誉教授によれば、そもそも排他的交渉権やマジョリティ・ルールは労働者と企業の自由競争を阻害する会社組合を排除することが目的であり、労働組合が排他的交渉権を獲得するための選挙を実施する前であれば、たとえ従業員の過半数が支持していない少数派組合であっても、使用者には団体交渉を受ける義務がある。その場合、団体交渉後に結ばれる労働協約の範囲は労働組合員だけに限られる。少数派組会がいったん団体交渉権を獲得したのち、労働組合員の数を増やしていって、最終的には過半数を越えて排他的交渉権を獲得することを目指すという。

だからといって、モリス名誉教授は少数派組合による合法的な団体交渉権が簡単に手に入るとしているわけではない。使用者側から強い抵抗を受けることを予想しつつ、少数派組合がどのように運動を展開するべきかに多くの紙幅を割いている。

2011年の変化

レポートによれば、全米鉄鋼労組(USW)とモリス名誉教授は、2005年にディックスポーツ用品(Dick's Sporting goods)の従業員の雇い止めに関して少数派組合による団体交渉を使用者側に求め、拒否されると全国労働関係委員会(NLRB)に訴えた。個別の団体交渉は退けられたものの、全国労働関係委員会は2011年8月26日付で次のようなコメントを出した。
「全国労働関係法の再解釈については、法的な議論を拒絶するものではない。」

2011年はもう一つの、そしてもっとも重要な決定が全国労働関係委員会によって行われたとレポートは指摘する。認定看護助手の団体交渉に関する続きのなかで、「団体交渉を求める従業員の単位が明らかに従業員のグループだとわかること」とし、とても小さくかつうつろい易いものを含むとしたのである。

ここにも日本と異なるアメリカの特徴がある。労働組合が代表するのは、労働者性が認められる職場の従業員全てではない。同じような働き方や賃金の支払われ方をしているといった特定の従業員の単位(unit)である。それを交渉単位といい、範囲の決定は全国労働関係委員会が行ってきた。その運用をより小さく曖昧なものとして良いと全国労働関係委員会が定めたのである。レポートは、この決定が過去20年間にわたる先例を覆すものだという。職場のなかで、より小さな交渉単位が団体交渉を認められることがこれ以後に相次いでいるとする。

労働組合ではないが、労働者の権利擁護や法的扶助、職業訓練を行う組織としてワーカーセンターがある。レポートは、ワーカーセンターが訴訟を通じて労働条件の向上を獲得するなど、団体交渉と実質的に変わらない成果を上げていることも指摘する。

2012年の感謝祭後の最初の金曜日、ブラック・フライデーのウォルマートに対する全米規模の抗議運動があった。その運動に参加した労働者に対する解雇を不当とする全国労働関係委員会の裁定もあった。

全国労働関係委員会に、司法、連邦労働省も加えて、アメリカが少数派組合の団体交渉を認める方向にあり、排他的交渉権とマジョリティ・ルールから少数派組合に移行するパラダイム・シフトを迎えているとレポートは結論づけている。

モリス名誉教授による反論

モリス名誉教授は自身のウェブサイト新しいウィンドウでレポートが多くの誤りがあるとする反論を掲載している。同教授は、少数派組合による団体交渉が広くみられるようになっているわけではなく、少数派組合による団体交渉はマジョリティ・ルールに向けた布石であるとしている。

いずれにせよ、全国労働関係法設立時期に回帰した再解釈の動きが、使用者側であるアメリカ商業会議所の動向にも影響を与えるほどのインパクトを持っていたことは確かだろう。

(山崎 憲)

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