域内外の労働者の移動をめぐる共通ルールの設定・強化へ

カテゴリ−:外国人労働者労働法・働くルール

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  • 国別労働トピック:2014年6月

欧州議会の5月下旬の改選に先立って、欧州域内及び域外からの人の移動に関する複数の指令が相次いで成立した。このうち、域内他国からの労働者に関する二つの指令は、それぞれ基本的な権利の保護ならびに他の加盟国から派遣された労働者の受け入れや権利・義務を定めた既存の指令の実施促進を主眼とする内容だ。一方、域外からの労働者については、季節労働者の平等な取り扱いを規定する指令のほか、多国籍企業による域外からの専門技術者の企業内異動(転勤)に際して、労働者に付与される権利などを規定する指令が成立している。

域内については既存の指令の実施促進

欧州域内での労働移動の円滑化と権利保護は、単一市場を標榜するEUが重視する方針の一つで、現在EU全体でおよそ800万人(就業者数の3.3%)が出身国以外の加盟国で居住・就労しているほか、自国に居住しつつ他国で就労している労働者も120万人いるとみられる。(図)しかし、近年のEU拡大に伴う中東欧諸国などの加盟により、こうした国からの労働者やその家族の受け入れをめぐる問題が議論となってきた。直近では、2007年の加盟国であるルーマニアとブルガリアに対する移行措置として他の加盟国に認められていた就労規制が2014年1月に廃止されることに伴い、ドイツやイギリスなど一部の受け入れ国が警戒感を強めていた。両国からの移民が、自国より恵まれている社会保障制度などを目当てに他国に流れ込む、いわゆる「社会保障ツーリズム」の横行への懸念が理由の一端だ(注1)。また国民の間にも、経済発展の度合いの異なるこうした国からの移民の流入が、雇用や公的サービス、治安などに悪影響をもたらしているとの懸念がたかまっている。

こうした議論を背景に、欧州委は2013年4月、域内他国からの労働者に関してEU法(注2)が規定する権利、すなわち雇用へのアクセス、労働条件、社会保障や税制上の優遇、訓練へのアクセス、労組への加入、公的住居の提供、子供の教育などの権利の実施促進に向けて、各国に制度や体制の整備を求める内容の指令案を示した。4月に成立した指令(注3)は、各国に対して、域内からの労働者の権利の実施に際して支援や法的な補助を提供する全国レベルの機関を設置すること、権利の実施に関する有効な法的保護を設けること(例えば権利の実施を理由に不利益な取り扱いを受けない、など)、労働者及び求職者の権利に関して複数言語による情報提供を行うことなどを規定している。

続いて5月には、域内他国への労働者の派遣(posting of workers)に関する1996年の指令(注4)の実施促進を目的とする指令が成立した。1996年指令は、他の加盟国から請負などの形で派遣される(注5)労働者を対象とするもので、建設業(全体の25%)のほかサービス業や金融業などで約120万人を数える。指令はこうした労働者について、受け入れ国における労働法制の遵守を送り出し企業に義務付けており、これには、法律で定められた労働時間の上限や最低限の休息期間、休暇、最低賃金、時間外割増率、労働者派遣に関する条件、安全衛生、妊産婦や児童・若者の保護的施策、差別禁止法制が含まれる。加えて、建設業については、労使間の労働協約や仲裁裁定に関して全般的な拘束力が宣言(一般的拘束力宣言)されている場合、これも適用されることとなるが、他の業種については、各加盟国に扱いが委ねられている。労働協約の全般的な適用が制度化されていない国では、企業毎の協約締結が基本となることから、送り出し企業に労働協約の締結やこれに基づく労働条件の遵守を義務付けられず、結果として、受け入れ国の労働者よりも低い労働条件で就労するという問題が生じていた。任意に適用されている協約の条件を義務付けることは、域内での開業やサービス提供の自由に反しており、公正な競争を阻害するというのがその理由である(注6)。これに反対する労組などが欧州委に対応を求めていた。

新たな指令(注7)は、1996年指令の実施に向けた取り組みを各国に義務付ける内容となった。労働者及び企業に対して、労働条件に関する権利・義務の一層の周知を図ること、各国の監督機関の連携強化(他国の監督機関からの照会に対する回答に期限を設定)、海外派遣に関する定義の明確化による制度の悪用(実体のない企業が労働条件の抑制を目的に制度を使用)の防止、監督機関を通じた法律遵守に関する各国の責任の明確化などを規定している。また、送り出し企業に対しては、監督機関に対する担当者、派遣する労働者の数、派遣期間、派遣先の住所と従事するサービスの内容の登録とともに、雇用契約、給与明細、勤務記録などの保存を義務付ける。また、建設業については直接の下請け企業の法令遵守に関する元請企業の責任を法制化することを加盟国に求めている(注8)

いずれの指令についても、各加盟国には2年以内に関連する法制度の整備を行うことが求められている。

図:加盟国間の労働移動の状況(2012年、千人)

グラフ:出身国別・受入国別にみた加盟国間の労働移動の状況

季節労働者の受け入れに各国共通のルールを設定

一方、欧州域外からの労働者については、加盟国間の共通ルールの設定を目指して欧州委が2010年に示した、季節労働者に関する指令と多国籍企業による企業内異動(intra-corporate transfer)の労働者に関する指令が今年に入って成立している(注9)

このうち、2月に成立した季節労働者指令(注10)は、域外からの季節労働者の受け入れに関する条件と、季節労働者の権利について定めている。農業や観光業など、季節的に発生する活動に従事することを目的とする労働者について、各国は5~9カ月の間で滞在期限を設定できるほか、受け入れ数の制限や、域内で調達が可能な場合には申請を却下する権限を有する。受け入れにあたっては、賃金・労働時間を含む雇用契約または仕事のオファーに加え、適切な住居が確保されていることが条件となる。各国は、住居が法律または慣行に照らして十分な生活水準を保証するものである証拠の提出を求めるほか、雇用主が季節労働者に法外な住居費を課していないこと、給与から自動的に差し引かれていないことを確認する義務を負う。加えて、労働者が転居する場合には届出を受けなければならない。

また、指令は域内の労働者との間の平等な取扱いを義務付けており、就業可能な最低年齢や、賃金、解雇、労働時間、休日・休暇、安全衛生などの労働条件、さらに社会保障給付(病気、障害、高年齢に対するもの)が対象となる。短期的な滞在を前提とする性質上、失業給付や家族に関する給付については平等取扱いは義務付けられないほか、税額控除や教育訓練などについても異なる取扱いが認められる可能性がある。

指令は同一または異なる雇用主のもとでの就労を目的に、1回以上の滞在延長を認めている。加盟国は、上記の滞在期限(9カ月)の範囲内であれば、複数回の延長を認めることができる。また、過去5年以内に季節労働者として入国し、条件に従って滞在した実績のある労働者については、手続きの簡素化の措置を設けることが求められる(例えば、複数年にまたがる入国・就労許可、優先的手続き、一部の提出書類の省略など)。なお、悪質な雇用主に対しては、罰則を設けるべきことを定めている。

各加盟国は、指令の施行から2年半(2016年9月)のうちに関連する国内法の整備を行わなければならない。

域外からの企業内異動による労働者は他国での就労が容易に

5月半ばに成立した、多国籍企業による企業内異動を通じた域外からの労働者の受け入れに関する指令(注11)は、管理職、専門職および研修目的の域外からの企業内異動者を対象とし、管理職・専門職で最長3年、研修生の場合は1年を上限として滞在・就労を認めるものだ。加盟国は、当該多国籍企業における対象者の直近の勤続期間に関する要件として、管理職・専門職については3~12カ月、研修生は3~6カ月の範囲で設定する。

受け入れ対象者には、最初の受入国以外の加盟国での一時的な就労が、簡易な手続きにより認められる(注12)。また、家族の帯同についても初日から、かつ滞在期間中の就労が認められている。

各国は、受け入れ対象者に係る労働契約のほか、受け入れ期間終了時に異動可能な同じ雇用主の保有する域外の事業所が存在すること、また対象者の処遇が就業先で同等の職位にある国内労働者に対して不利に定められていないことを確認しなければならない。報酬以外の労働条件(最長労働時間、安全衛生など)については、域内他国からの派遣労働者と同等の権利を認めなければならない(注13)。加えて、社会保障制度については、病気や障害、高齢に係る給付に関して国内労働者との間の平等な取り扱いが義務付けられている。ただし、法制化または二国間協定等により、送出し国の制度を適用することは可能。また、滞在期間が9カ月未満の労働者については家族給付を適用対象外とすることができる。

各加盟国には、指令施行から2年半のうちに法整備を行うことが求められている。欧州委は、新たな受け入れ体制の下で年間1万5000人から2万人の受け入れを想定している。

参考資料

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