「社会扶助暫定規則」が施行
―各種扶助制度を整備

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2014年6月

中国政府が今年2月に発表した「社会扶助暫定規則」(以下「扶助規則」という)が5月1日から施行された。「扶助規則」は、これまでいくつもの分野に分かれていた社会扶助にかかわる制度を1つの規則に統合した。最低生活保障、特別困難者扶助、自然災害扶助、医療扶助、教育扶助、住宅扶助、就職扶助、臨時扶助の各種社会扶助制度について規定している。

公的扶助制度の変遷

1. 公的扶助制度の形成(1949年~1978年)

中国では、1951年の「労働保険条例」の制定により社会保障制度が確立し始めた。この時期の社会保障は主に「単位」(政府機関、事業部政府組織や企業など)によって提供されていた。年金をはじめ、医療、住宅、出産、労災などだけでなく、職員の家庭の困難に対しても、扶助を行っていた。計画経済の下で、労働能力のある者はほぼ全員、政府によって仕事を分配され、「単位」に勤めていれば生活が保障された。

都市部で公的扶助の対象となる者は、(1)労働能力がなく、収入のない、扶養者のいない者(三無人員)、(2)政府が指定する者(元国民党党員、帰国者、ハンセン病患者など)、(3)大規模自然災害及びその他の事故にあって一時的に生活が困難となった者、の3つに区分されていた。(1)~(3)のいずれに対しても、現金や実物による救済がなされた。一般に、(1)(2)を対象に定期定量支援を提供し、(3)を対象に臨時支援を提供した。

農村部では「高級農業生産合作社模範規則」(1956年)により、村集団における身寄りのない高齢者や虚弱者、独居者、障害者には食事、衣服、住宅、燃料、葬儀(「五保」)を提供し、提供される者は「五保戸」と呼ばれた。

2. 経済体制改革に伴う公的扶助制度の改正(1978年~2000年)

改革開放後、中国の国有企業は、私有企業と外資系企業の競争に巻き込まれ、市場経済の発展に合わせるための改革を迫られた。その時期、国有企業に解雇された余剰人員が「下崗者」(「一時帰休者」)となり、失業者が急増して都市部に新しい貧困層が生まれた。そのため、従来の支援制度では対応できなくなった。1993年には、市レベルの最低生活保障制度が開始され、上海市をはじめ6都市では、都市部を中心に社会救済制度改革が実施された。中国政府は1999年9月、「都市部住民最低生活保障条例」を公布した。保障対象は主に、(1)三無人員(収入がなく、労働能力のない、扶養者のいない者)、(2)在職者賃金や離職者年金を受給しても、都市最低生活保障基準を下回る都市部住民、(3)基本生活費を受給しても、世帯の1人あたり収入が最低生活保障基準を下回る都市部「下崗者」(「一時帰休者」)、(4)失業手当の受給期間満了後も就職できない、世帯の1人当たり収入が最低生活基準以下の都市部住民、である。財源は地方が負担していた。

1994年に国務院が発表した「農村五保扶養業務条例」(現在は廃止)は、「五保戸」に提供する保障内容を食事、衣服、住宅、医療、葬儀に変更し、未成年者に対する義務教育の提供も盛り込んだ。財源は村や郷で負担することとした。

3. 公的扶助制度の充実化(2000年~現在)

「都市部住民最低生活保障条例」の発表以来、中国政府は公的扶助制度を充実させるため、医療、衛生、廉価住宅、法律扶助などのあらゆる分野で様々な規則や条例を制定してきた(表1)。

表1:公的扶助制度の充実化
公的扶助制度に関する規則や条例
2002年 国務院の農村衛生業務のさらなる強化に関する決定
2003年 都市部最低所得世帯の廉価賃貸住宅管理規則
2003年 都市生活に定着できない流浪者、物乞いの救助管理規則
2003年 法律扶助条例
2004年 都市・農村部の特別困難未成年者に対する教育扶助の拡充に関する通知
2005年 都市部医療扶助制度の試行に関する意見
2006年 新「農村五保扶養業務条例」
2007年 国務院の都市部低収入世帯の住宅困難の解決に関する若干意見
2008年 都市部低収入世帯の認定弁法
2012年 都市と農村部最低生活保障資金の管理弁法
2013年 国務院弁公庁の疾病応急救助制度の確立に関する指導意見

しかし、これまでの公的扶助はいくつもの分野で制度が乱立し、管理が非常に難しい状態となっていた。さらに、時代の変遷とともに貧困層の状況が変わり、一時困難者や傷病治療を受けない困難者などが社会の不安要素になってきた。そのため、中国政府は、新しい社会扶助制度を策定することとした。

「社会扶助暫定規則」の制定

2014年5月1日に施行された「社会扶助暫定規則」は5つの新しい施策を盛り込んでいる。第1に、最低生活保障をはじめ、特別困難者扶助、自然災害扶助、医療扶助、教育扶助、住宅扶助、就職扶助、臨時扶助の各種の社会扶助制度を1つの規則に規定している。第2に、都市と農村の戸籍を分けずに統合して扶助制度を適用する。第3に、最低生活保障申請者に対しては、収入審査だけでなく、財産審査も行う。第4に、突然の災害や大病などで一時的に生活困難となる世帯に対する臨時扶助を全国規模で創設する。第5に、政府補助金や税制優遇、税金減免などの政策により企業が社会扶助に参加するよう奨励している(表2)。

表2:社会扶助制度の対象者と内容
制度 対象者の条件 内容
最低生活保障 共同生活している世帯員の1人当たりの収入が当該地域の最低生活保障基準を下回り、かつ、「最低生活保障世帯状況規定」に該当する世帯であること。 最低生活保障世帯に対し最低生活保障金を毎月支給する。最低生活保障金を受給していても、生活が困難な者(高齢者、未成年者、重度障害者、重病者など)に対しては、県レベル以上の地方政府が必要な生活保障を提供する。
特別困難者扶助 労働能力がなく、収入のない、法定扶養者のいない高齢者、障害者、16歳未満の未成年者であること。 基本生活条件の提供、自活できない者に対する世話、病気の治療、葬儀などの支援を行う。
自然災害扶助 自然災害の被災者であること。 生活扶助を提供する。
医療扶助 最低生活保障世帯、特別困難者、県レベル以上の地方政府が規定するその他の特殊困難者であること。 都市住民基本医療保険及び新型農村合作医療に加入している場合、保険料の個人納付分を助成する。
基本医療保険や大病保険、その他の補助的医療保険で賄われる医療費のほか、個人及び家庭が負担しなければならない医療費を助成する。
教育扶助 義務教育段階における最低生活保障世帯、特別困難者であること。高校教育(中等職業教育を含む)、高等教育段階における最低生活保障世帯、特別困難人員及び義務教育を受けない障害児童であること。 教育段階に応じて、教育費の免除、助成金支給、生活補助の提供などの支援を行い、扶助対象者の基本的学習と生活を保障する。
住宅扶助 最低生活保障世帯、在宅特殊困難者であること。 公営賃貸住宅の斡旋、家賃補助、農村の老朽化した屋根の補修などを行う。
就職扶助 最低生活保障世帯の構成員で、労働能力があり、失業状態の者であること。 政府利子扶助融資、社会保険補助金や賃金補助金、育成訓練補助金を支給する。また、職業紹介費用を減免し、非営利の仕事に配置する。自営業に従事する失業者に営業税や個人所得税などを減免する。医療費の減免も行う。
臨時扶助 火災や交通事故などの不慮の事故、世帯構成員の突発的な病気などが原因で一時的に基本的生活が困難となった世帯、生活に必須な支出の突然の増加により、家計を支えられなくなった最低生活保障世帯、特別な困難にあった世帯であること。 臨時扶助の具体的事項や基準は、県レベル以上の地方政府が確定・公布する。流浪者、物乞として生活する者に臨時の食事や宿泊、急病応急処置、帰郷支援など。警察及びその他の行政機関の職員に対し、急病人については「直ちに救急医療機関に通報し、治療を受けさせること」を義務づける。
  • 出所:「社会扶助暫定規則」(2014)より作成

戸籍にかかわらず、特別困難者に生活・医療扶助を提供

「扶助規則」第3章では、都市部の「三無」と農村部の「五保」の区別がなくなり、都市、農村を問わず、労働能力がなく、収入のない、法定扶養者のいない高齢者、身体障害者、16歳未満の未成年者などを「特別困難者」と定義した。「特別困難者」に対しては、基本生活保障を提供し、自活できない者の世話、病気の治療、葬儀などの支援を行う。「特別困難者」に対する扶助の基準は省、自治区、直轄市あるいは市レベルの地方政府が確定・公布する。

一時困難者や医療費を払えない患者には臨時扶助を提供

これまでの救済政策は、「低収入・低支出」の世帯ばかりに目が行き、「低収入・高支出」や「中収入・高支出」の世帯を支援する制度に力を入れてこなかった。現実に、病気や災害で「支出型貧困世帯」(世帯収入は最低生活保障制度の対象世帯の基準を上回っているものの、災害や病気で世帯員の医療費などの支出が増加し、生活水準が貧困レベルにある世帯)が存在する。上海市は2013年9月、「医療費支出に起因する貧困世帯への生活支援方法(試行)」を施行した。北京市でも同様の制度の創設を検討している。今回の「扶助規則」は、このような「支出型貧困世帯」に対して臨時扶助を与えることを明確に規定した。

「扶助規則」第51条は、公務員や警察官などが勤務中に「流浪者」、「物乞い」を見かけた場合、それらの者に「扶助管理機関に支援を求めるべきである」と伝えることとし、身体障害者、未成年者、高齢者及び行動不自由者については扶助管理機関に誘導や護送することを義務づけた。また、急病人については「直ちに救急医療機関に通報し、治療を受けさせること」も義務づけた。近年、病院の利益追求や患者の治療費不払い、医療保障制度の不備などにより、急病人が病院に搬送されても、治療を受けられない事例が多発している。新しい規則はこうした事態を防止することを目指している。

申請監査機能と処罰制度の強化

「扶助規則」の規定に基づき、扶助を申請・受給する世帯は、世帯の収入状況、財産状況を事実どおり申告しなければならない。以前は収入のみを基準として世帯を審査し、財産状況は基準に入っていなかった。そのため、「高級車を保有しながら最低保障金を受け取る」「大量の不動産を保有しながら最低生活保障金を受取る」などの不正受給が発生していた。今回の「扶助規則」により、財産状況も申告する必要が生じたため、このような状況は抑えられるとみられる。このほか、就職扶助を受けている最低生活保障世帯の構成員が健康状態や労働能力にふさわしい仕事を紹介され、それを3回拒否した場合、政府は最低生活保障金の支給を停止することができる。これにより、「仕事をせずに最低生活保障金を受取るだけ」の状況も管理される。「扶助規則」は、偽造や隠避などの手段で社会扶助資金を不正受給したことが発覚した場合、社会扶助を停止し、所得金額の1~3倍の罰金を科すと明記した。

「最後のセーフティネット」といわれる公的扶助制度は、生活困窮者の生活を維持するための「救命草」と呼ばれている。経済体制の改革で新たな貧困層が増え、急速な経済発展によって社会格差が著しく拡大してきた。社会扶助制度の未整備により貧困者が生活苦で自殺する例も少なくない。今回の「扶助規則」の制定が多くの貧困者を助け、社会に良い影響を与えることが期待されている。

参考資料

  • 中国政府網、民政部、人民日報、玉林新聞網、中国青年報、21世紀経済報道

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