私的年金活性化対策

カテゴリー:高齢者雇用

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  • 国別労働トピック:2014年12月

8月27日、韓国政府は、高齢者の退職後の所得保障を強化するため、私的年金(退職年金)の役割を拡大するなどの内容を含んだ「私的年金活性化対策」を発表した。少子高齢化が急速に進展している韓国では、高齢者の退職後の生活保障が重大な課題となっており、こうした背景のもと、「私的年金活性化対策」は打ち出された。本対策の要点について、韓国における高齢者の雇用現況と今日までの退職後の所得保障システムの変遷を整理しながらまとめてみたい。

ベビーブーム世代の退職と高齢者の雇用変化

まず韓国の高齢者層における雇用の変化を概観してみたい。

韓国ではベビーブーム世代(注1)が50歳代に突入した2005年頃から、退職者が増加し、今後一層その勢いは増していくと予想されている。

そうした中、2016年より60歳定年制が義務化されるなどの対策も講じられてはいるが、これまで多くの中高年層が50歳代で退職を迫られてきたのが韓国社会の実情であった(注2)。引退に対する備えも十分でないまま、当面の生計と子女の教育という問題に直面するベビーブーム世代は、何らかの形態によって経済活動を持続する傾向にあり、そのため、近年は高齢層の就業者数は上昇傾向を見せている(図表1)。

図表1:年齢別就業者の増減(前年比)
(単位:人、概数)
  全体 15~19歳 20~29歳 30~39歳 40~49歳 50~59歳 60歳以上
2001年 416,000 -31,000 -33,000 30,000 284,000 60,000 108,000
2002年 597,000 -45,000 29,000 45,000 295,000 139,000 133,000
2003年 -30,000 -41,000 -152,000 -26,000 175,000 76,000 -62,000
2004年 418,000 -14,000 -14,000 -5,000 175,000 160,000 115,000
2005年 299,000 -15,000 -113,000 -59,000 99,000 265,000 124,000
2006年 295,000 -34,000 -146,000 14,000 102,000 236,000 122,000
2007年 282,000 2,000 -69,000 -101,000 77,000 258,000 115,000
2008年 144,000 -21,000 -98,000 -25,000 64,000 207,000 18,000
2009年 -71,000 -12,000 -115,000 -173,000 -24,000 198,000 54,000
2010年 323,000 26,000 -69,000 -4,000 29,000 294,000 47,000
2011年 415,000 23,000 -58,000 -47,000 58,000 291,000 149,000
2012年 437,000 4,000 -40,000 -30,000 11,000 270,000 222,000
2013年 385,000 -7,000 -43,000 -21,000 22,000 253,000 181,000
  • 出所:韓国労働研究院(KLI)
  • 50~59歳の増加数は、2005年以降、世界金融危機の影響を受けた2009年を除くと、全て20万人を上回っている。

また、就業率を見ると高齢者層の雇用変化はより明確となる(図表2)。

図表2:年齢別就業率
(単位:%)
  全体 15~29歳 30~49歳 50~59歳 60歳以上
2000年 58.5 43.4 74.3 66.5 37.3
2001年 59.0 44.0 74.5 66.8 38.0
2002年 60.0 45.1 75.1 68.2 38.7
2003年 59.3 44.4 74.7 67.6 36.2
2004年 59.8 45.1 74.9 67.8 36.9
2005年 59.7 44.9 74.7 68.1 36.9
2006年 59.7 43.4 75.4 68.5 37.4
2007年 59.8 42.6 75.6 69.7 38.1
2008年 59.5 41.6 75.6 70.6 37.2
2009年 58.6 40.5 74.5 70.3 36.7
2010年 58.7 40.3 75.0 71.0 36.0
2011年 59.1 40.5 75.4 71.6 36.5
2012年 59.4 40.4 75.6 72.2 37.5
2013年 59.5 39.7 75.9 73.1 38.4
  • 出所:韓国労働研究院(KLI)

2000年時の50~59歳の年齢層の就業率は66.5%であったものが、2005年時には68.1%と、わずか1.6ポイントの増加であるのに対し、2013年時には73.1%と、2000年時に比べると6.6ポイントも増加している。これに対し、就業率の最も高い30~49歳の年齢層では、2000年時で74.3%、2005年時で74.7%、2013年時で75.9%と、ほぼ同水準の推移である。

まさにベビーブーム世代が50歳となった2005年頃を起点に、50~59歳の年齢層の就業率の上昇が見られる。

これまで政府も、高齢者雇用促進法(2008年)の制定などを通じて、高齢者の雇用創出のため、様々な支援策を講じてきたが(注3)、高齢者の労働市場がさほど発達していない中での再就職は難しく、その結果、非正規職や零細自営業者として働かざるを得ない中高年層の割合は高くなっている。

退職後の所得保障には不十分な公的年金(国民年金)

退職後の所得を保障するための公的年金制度としては、国民年金がある。しかしながら、韓国が国民皆年金を達成した(注4)のは1999年と、その歴史は非常に浅く、そのため、加入者の平均加入期間も8年程度と短い。また、2007年には国民年金法が改正され、所得代替率(注5)が、それまでの60%から段階的に引き下げられ、2028年には40%にまで引き下げるよう調整された。こうしたこともあって、もはや公的年金は退職後の所得保障として十分な役割を果たせなくなっている。事実、高齢者の貧困率を見ても韓国はOECD諸国の中でも高い水準にある(注6)。こうした現状に加え、高齢化の進展があまりにも急速なこともあって、国民年金制度の存続そのものを危ぶむ声もあがりはじめている。

このように不十分で不安定とも言える公的年金制度を補う形で、これまで重要な役割を果してきたのが、退職金や退職年金といった私的な退職給付の仕組みである。

私的年金(退職年金)への期待

韓国の退職給付制度は、1953年に成立した勤労基準法の中で規定された退職金制度に始まる。任意であったこの制度は、1961年より法定による強制的な制度となった。その後、適用範囲の拡大や種々の仕組みが付加されるなどの変遷を経て現在に至っている(注7)

しかしながら、この退職金制度は、定年退職前に退職金を精算して労働者に支給することが可能であり、しかもそうした場合のほとんどが、生活費に使われて、老後の蓄えとして活用されないという状況にあった。また、企業が倒産した場合などは、労働者への支給が保護されないこともあるなど、退職後の生活保障には不確定な面もあった。とりわけ近年増加している非正規労働者にとっては、長期勤務を前提としたこの退職金制度は老後の保障となり得るものではなかった。

こうした中、2005年に「勤労者退職給与保障法」が制定され、退職年金制度がスタートした。これにより、使用者は「退職金」と「退職年金」のどちらかの制度を設けなければならなくなった。退職年金制度は、企業が退職金に相当する金額を一定期間積み立て、勤続期間が1年以上の労働者を対象に、退職時に一時金または年金として支給するというもので、企業が行う私的制度ではあるが、法律に基づいているため極めて公的性を帯びた制度であると言える。

退職年金制度は、確定給付型年金(DB)と確定拠出型年金(DC)のうちのどちらを選ぶのかについて、あるいはそれぞれの割合について、労使合意によって決定する仕組みとなっている。また、退職年金制度は、退職金制度のように、資金を社内留保ではなく、社外に積立てるようになっているため、企業の倒産時にも労働者は退職給付を受けられるようになった。更に、転職を繰り返す労働者のためには「個人退職貯蓄口座」が創設され、積立金を移行できるポータビリティ性も持たせている。

しかしながら加入率は依然低く、導入から9年が経過した今も、加入率は16%程度に留まっている。特に中小零細企業の導入率が低く、大方の中小零細企業は退職金制度を採用している。現時点では、このように、事業所規模間における加入率の格差が著しいが、高齢化が急速に進む中で、政府はこの退職年金制度に公的年金制度の補完的役割を求めている。公的年金制度に対する効果的な対策が打ち出せない中で、政府は公的年金制度と退職年金制度の二者を合わせて所得代替率の向上を期待している。

総合的な対策としての私的年金活性化対策

8月27日に発表された「私的年金活性化対策」は、老後の所得保障の充実化を目的に、退職年金など私的年金の強化をはじめ、税制・金融対策から規制緩和をも含んだ総合的な対策となっている。具体的には、退職金と退職年金という二元化されている現状を、今後、退職年金制度に一元化していくことも含まれている。近々、勤労者退職給付保障法を改正し、2016年から退職年金制度への加入を段階的に義務付け、2022年には退職年金制度への加入が全面的に義務化される予定である。

また、退職年金制度への加入を促進していくため、中小企業に対する退職年金財政の支援、臨時労働者を含む勤務年数1年未満の労働者への対象の拡大、その他、一時金としての受給よりも年金として受給する場合の税額控除の拡大――等、退職年金制度加入へのインセンティブを高めていく内容となっている。

退職年金の運用面での規制緩和対策としては、運用を銀行や保険会社などに任せる規約型に加え、別法人を設立する基金型の運用も可能としている。企業が積み立てた退職年金を各方面へ投資することによって、収益の拡大を期待している。さらに、確定拠出型年金(DC)においては、株式、債券、不動産等、いわゆるリスク資産の運用規制について、その限度を現行の40%から70%に緩和することも盛り込んでいる。

今後、労働市場から続々と退出し始める高齢者の生活保障対策のため、韓国では、以上のように、公的年金と退職年金――将来的には個人年金の拡大も見据えた――の多重層的な所得保障システムが整備されようとしている。

私的年金活性化対策に対する様々な声

以上のように、退職後の所得保障として、退職年金制度への期待が高まる一方で、政府が推し進めようとしている「私的年金活性化対策」を疑問視する意見が、専門家や報道機関等から出ていることも事実である。それらの要旨は、だいたい次のように取りまとめることができる。

ひとつは、退職年金制度の死角を指摘する声である。2022年に全事業所に企業年金制度が義務付けられた場合の退職年金の加入者は1037万人と推計されている。その時の18歳から59歳の人口は3297万人となることから、加入者は3割程度に留まる。すなわち、7割の人が加入できないことになる。この中に含まれる低所得の自営業者等は、いわば退職年金制度の死角に取り残される人たちである。前述のとおり、国民年金の所得代替率は非常に低い状況にあり、退職年金の加入者と、この死角に取り残された人たちの間で格差が広がり、二極化が進み、固定化されていくのではないかという指摘である。

資金運用の面から見ると、退職年金制度が全面義務化された場合、運用資金は財閥系企業に集中し、莫大な資金の運用が可能となる。その規模は2030年には、900兆ウォンに達すると見られている。大企業のみに新たな収益を生み出す機会を創出する退職年金制度は、財閥系企業でないと生き残れない市場構造へと変えていくことを懸念する声もあがっている。政府の政策は「庶民のためではなく、財閥のための政策である」といった批判的な意見も出ている。

また、退職年金には国民年金のような物価上昇との連動がない。確定給付型(DB)の部分のみ企業が責任を負うとしても、その他の損失のリスクは加入者自身が抱えなければならないもので、国の責任によって裏付けられない制度である。公的年金である国民年金の制度がまだ成熟していない状況にある韓国においては、退職年金制度といった私的年金に期待するよりも、本来は国の責任において、国民全てに老後の所得機能としての役割を果たす国民年金を充実化、強化していくべきであり、私的年金は、あくまでも確実な公的年金制度の上に付加的に築かれるべきものである。政府の推進しようとしている私的年金の積極的活用は、今後、逆に公的年金を委縮させてしまうものとなる、と憂慮する声も多い。

参考資料

  • 厚生労働省大臣官房国際課海外情報室「2013年海外情勢報告」
  • 金栄淇「韓国における退職金制度」『日本労働研究雑誌』2000年10月号(№483)
  • 柳在廣「韓国の退職給付制度の現状と課題」『年金と経済』2010年1月(112号)
  • OECD統計(ウェブサイト)
  • 統計庁ウェブサイト
  • 韓国労働研究院(KLI)ウェブサイト

参考

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