労働力革新機会法(WIOA)の成立
―コミュニティの連携がカギ

カテゴリー:人材育成・職業能力開発

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  • 国別労働トピック:2014年10月

オバマ大統領は7月22日に、職業訓練と職業斡旋に関する法律、労働力投資法 (WIA)を改正する労働力革新機会法(WIOA; Workforce Innovation and Opportunity Act)の成立に署名した。労働力投資法は1998年に成立したため、16年ぶりの改正となった。

労働力投資法で実施していた連邦労働省による33の職業訓練プログラムの再承認が中心だが、改正の柱となったのは、職業訓練・斡旋におけるコミュニティとの連携の強化と雇用主の参加、実際に職場で仕事に従事しながら訓練するOJTの活用などである。

連邦政府は労働力革新機会法の成立により、長期失業者の雇用促進、低賃金労働者の生涯賃金の増加、継続的なキャリアパスの構築などが期待できるとする。

労働力投資法(WIA)の拡大

1929年の大恐慌を契機として、アメリカの職業訓練、職業斡旋に関する政府の関与が始まった。1935年の緊急救済支出法のなかで、失業者や未就職者に対する雇用創出が位置づけられたのである。

1970年代の経済不況をうけて、1973年に綜合雇用訓練法が成立した。ここで長期失業者と低賃金労働者向けの職業訓練が実施されることになった。

実際の訓練は地方におかれた職業訓練実施のための委員会が行う。連邦政府は予算を提供することが主たる役割であり、直接の関与はしていない。

1982年には綜合雇用訓練法が改正されて職業訓練パートナーシップ法となった。ここで、未成熟の青年と若者が対象に加わった。

ここに、1933年に成立していた職業斡旋に関するワグナー・ペイザー法が合流してできたのが、1998年の労働力投資法(WIA)だった。ワグナー・ペイザー法の下で職業斡旋を担う公共職業センターが全国に設置されていたが、労働力投資法(WIA)の成立により、職業訓練につながる職業相談やカウンセリングを統合したワンストップセンターへと役割が変化した。

労働力投資法でも、地方におかれた委員会に実施を委任することが継承された。委員会の名称は労働力投資委員会であり、州、市、郡、もしくはその連合を単位として、雇用主、コミュニティ組織、教育訓練機関、労働組合等の代表者を委員としている。委員総数の51%は雇用主でなければならないことが法律で規定されていた。

連邦労働省からの予算配分は各州の人口構成や失業率等を勘案して行われる。その予算の使い道は労働力投資委員会によって検討され、職業訓練を実施する非営利組織もしくは民間企業に委託されるという流れとなっていた。

労働力革新機会法(WIOA)は、労働力投資法(WIA)の延長線上にあるというよりも、労働力投資委員会の職業訓練の関わり方や訓練内容と方法について規定を設けるというかたちのものだ。

なお、労働力投資法までの記述は、筒井(2014)(海外労働情報2014『労働力開発とコミュニティ・オーガナイジング』)を参考にした。

バイデン副大統領レポート『働くための準備―仕事に基づく訓練(Job Driven)とアメリカ人の機会』雇用主ニーズを重視

オバマ大統領は1月の一般教書演説においてバイデン副大統領に既存の職業訓練をレビューすること、および企業ニーズに合わせた人材育成の手法を検討するように指示を出していた。

それを受けて、バイデン副大統領は7月に『働くための準備―仕事に基づく訓練とアメリカ人の機会』と題するレポートを大統領に提出した。これが労働力革新機会法の内容を示唆している。

作成には、雇用主、コミュニティ・カレッジ、高校、アメリカン・ジョブセンター(ワンストップセンター)、コミュニティ・リーダー、徒弟訓練制度プログラム労使代表、社会的起業家、求職者、学生、州・連邦公務員と議員、連邦議会議員が参加した。また、連邦労働省のほか、商務省、住宅都市開発省などが協力している。

レポートは、「1.働くための準備 Ready to Work」、「2.ナットとボルトNuts and Bolts」、「3.目の前の機会―アメリカ人のスキルと仕事に向けた行動への呼びかけ The Opportunity Ahead: A Call to Action for American Skills and Jobs」の三部構成になっている。

1.で全体的な解題と戦略を提示し、2.では既存事業との整合性、3.では実行に移すための具体例と施策である。

副大統領レポートが強調するのは、「仕事に基づく訓練(Job Driven)」ということだ。これは、次の三つの課題を解決することが目的となっている。

  • 「雇用主は望むようなスキルを持つ労働者を採用することができない」
  • 「雇用主から求められているスキルがどのようなものかという情報が教育訓練を実施する側に不足している」
  • 「求職者側には、どのような訓練が必要で、訓練修了後にどういった仕事が待っているかよくわからない」

労働力投資法(WIA)は、これまでも職業訓練を実施する労働力投資委員会で地域コミュニティのさまざまな利害を調整することを目的においてきた。そのうち、雇用主が委員構成の51%となるようにしてきたように、地域コミュニティで企業を職業訓練プログラムに巻き込むことが意識されてきた。具体的には、職業訓練を修了した求職者を雇用することになる企業のニーズを把握することが重視されたからである。

その具体的事例については、労働政策研究・研修機構が実施した調査結果を取りまとめた前述の海外労働情報2014『労働力開発とコミュニティ・オーガナイジング』と、海外労働情報2013『労働力媒介機関におけるコミュニティ・オーガナイジング・モデルの活用に関する調査』が詳しい。ここでは、 連邦政府をはじめ、ミシガン州政府の労働力開発機構であるミシガン・ワークス!と、ミシガン州の二つコミュニティ・カレッジ、ワンストップセンター、デトロイト商業会議所等へのインタビューを通じて、地域コミュニティで行われている利害調整の様子に迫っている。

そこで明らかになったことは、労働力投資法下でも、雇用主である企業を職業訓練・斡旋に実際にどれだけ巻き込むことができるかということが大きなテーマとなっていることだった。

たとえば、労働力開発を担うミシガン・ワークス!が企業の理解を得るために協力できる企業関係者を探し、かつ巻き込むために不断の努力を続けていることや、コミュニティ・カレッジでは企業ニーズを引き出す専門の担当部門を置き、従業員向けの訓練講座を開設しているといったことが明らかにされている。

企業側の利益を代表するデトロイト商業会議所では、副大統領レポートが提起する「雇用主は望むようなスキルを持つ労働者を採用することができない」との声を直接に聞いている。デトロイト商業会議所はそのような状況を打開するために、自ら地域の学校教育への働きかけを行い、求めるスキルを身につけるための基礎学力の向上にも努めていた。

こうして雇用主のニーズを聞くことだけが地域コミュニティで行われているのではない。

地域の住民は安定した雇用だけでなく、少しでも高い賃金や、そこにつながるスキルの上昇、新たな雇用創出に加えて、環境問題、子供の教育などにも関心がある。労働力開発機関やコミュニティ・カレッジはそこに働く担当者の雇用の安定という問題もある。労働組合は、労働組合員の利益を代表しているが、それが必ずしも企業の利益と合致するわけではない。こうした状況について、筒井(2014)は、「利害のせめぎ合いの場」と表現している。

こうした労働力投資法(WIA)の実践を制度化するものが副大統領レポートに込めた労働力革新機会法(WIOA)の意図である。

OJTと徒弟訓練制度を活用

「雇用主が望むスキル」と「雇用主からどのようなスキルが求められているかわからない」という求人側と求職側双方をつなぐ仕組みとして副大統領レポートで示されたのが、実際の職場を教育訓練に活用するOJTである。企業側は職場の革新や新しい技術の導入を進めているために、企業外の職業訓練機関では企業のニーズを満たすことが難しいという分析が背景にある。

オバマ大統領は提案に基づき、2015会計年度に実施に移すための助成金予算として、連邦労働省に140万ドルを措置する予定としている。

労働力革新機会法(WIOA)は、世界最高水準のスキルを維持するためのロードマップも提示しており、そのための教育訓練予算として2015会計年度に14億ドルを予定している。

OJTの活用と同様に、座学から離れて実際の職場で参加を促す「報酬を得て学ぶ(Earn and Learn)プログラム」の重要性を強調し、徒弟訓練制度の活用を位置づけている。

徒弟訓練制度は、1937年全国徒弟訓練法により、企業側が独占的に従業員の教育訓練に携わるそれまでの状況から、労働組合を関与させるように義務付けたものである。そうすることで、労働組合が企業側に対する交渉力を高めることを目的とした。

徒弟訓練制度では87%の訓練参加者(徒弟)が修了後に雇用されているだけでなく、平均年収が5万ドルを超えるなど、安定した生活が見込めるものとなっていると副大統領報告は指摘する。徒弟訓練制度に参加することで、大学の単位が取得できるようにすることも検討されている。現在は7%に留まる女性の参加率を引き上げることで、介護や情報通信分野での機会を拡大することもあわせて副大統領レポートは指摘している。

地域コミュニティにおける雇用主のニーズに応えるという試みは、OJTや徒弟訓練制度の利用だけに留まらない。助成金を申請するにあたり、どのように地域コミュニティや地域で事業活動を行う雇用主のニーズに応える教育訓練プログラムを実施するかについて、ジョブ・ドリブン・チェックリストの提出を義務付けることも副大統領レポートは提案している。この提案は2015会計年度から実施に移される予定である。

「求職者側には、どのような訓練が必要で、訓練修了後にどういった仕事が待っているかよくわからない」との課題については、効果的かつユーザーフレンドリーなオンライン情報提供の方法を検討することとしている。

効果測定

実施したプログラムの効果を測定する手法の標準化も副大統領レポートでは提案された。

具体的には就職に結びついた率、一年以内に大学等の学位や認定資格につながる別のプログラムを受講した割合、訓練修了後にどれだけ賃金が上昇したかといった項目について、全国で標準の評価指標を策定することとしている。

求職者が自らのキャリアパスを構築して、継続的に教育訓練を受講することを可能にする手法として、オンライン・スキル・アカデミーの創設も提案している。労働組合と企業が協力して進めている品質向上のためのトレーニングを拡大し、ミドルクラスの賃金を獲得するための道筋とすることもその一つとしている。

副大統領レポートは、こうしたさまざまな取組を通じて、労働力革新機会法(WIOA)が長期失業者や就職が困難な状態にある若年者の就職支援となるとともに、スキルレベルが低いために低賃金の状態にある労働者の生涯賃金を引き上げることになるとしている。

六カ月以上の長期失業者の数は300万人にのぼっており、低賃金・低スキルの状態にある労働者の数は240万人である。長期失業者を再び仕事に戻すとともに、低賃金労働者の賃金を28%、生涯賃金で30万ドル引き上げることが目標である。

(山崎 憲)

参考

  • White House "Ready to Work: Job-Driven Training and American Opportunity", July 2004.

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