待機労働契約に関する法制度の見直しへ

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  • 国別労働トピック:2014年1月

雇用主の求めに応じて不定期に働き、労働時間によって賃金を受け取る「待機労働契約」をめぐり、政府は12月に法制度の見直しに関する方針を示した。待機労働には一定のニーズがあるとして全面禁止の可能性を改めて否定する一方、待機労働契約を悪用する雇用主のもとで不利益を被っている労働者がいることを踏まえ、他の雇用主のもとで働くことを禁ずる「排他条項」の規制のほか、雇用主主導での実施規範作成を要請している。

雇用法上の権利が曖昧

待機労働契約(zero-hours contract)は、雇用主の要請がある場合のみ働き、労働時間に応じて報酬を受け取る契約。法的な定義はなく、一般的には、雇用主には仕事を提供する義務がない一方で、労働者も契約上は、仕事を引き受けるか否かを任意に決めることができる。雇用法上、被用者とはみなされにくいため、雇用主には休暇手当や傷病手当などの支払い義務は生じず、正規従業員に比べて雇用法上の権利が限定的になりがちとみられている。政府は、待機労働契約の拡大とその悪用の可能性を懸念する一方で、こうした契約が学生や育児・介護者など、短時間で柔軟な雇用形態に対するニーズを満たしているとして、対応には慎重な姿勢を示していた。

政府統計によれば、待機労働契約に従事する労働者数は2012年時点で25万人、2004年の10万8000人からは2.5倍近く増加している(図表)注1。国内の事業所の8%がこうした契約を利用しており、特にホテル・レストラン業や医療・介護業、教育業などで利用事業所の比率が高い注2。ただし、実際の労働者数は統計局の推計をはるかに上回る、とシンクタンクや労組は見ている。自らが待機労働契約によって働いていると認識していない労働者が多く、統計はそれらの労働者をカウントしていない、というのが理由だ。例えば、シンクタンクのCIPDによる推計では100万人強、また労働組合ユナイトによる調査では550万人などで、正確な水準は不明だ。

図表:待機労働契約による労働者数(千人)

図表

出典:Office for National Statisticsウェブサイト

待機労働契約に6割が満足、との調査も

CIPDは、雇用主・労働者双方に対する定期的な調査注3の一環として、待機労働契約の利用状況を分析している。回答のあった雇用主の23%が待機労働契約による労働者を使用しており、従業員に占める比率は平均で19%。主な仕事は、清掃員、介護従事者、管理事務員、コールセンター・顧客サービス、教員などだ。待機労働契約を利用する主な理由として、需要の変動への対応、労働者に柔軟な働き方を提供すること(それぞれ66%と47%)を多くの雇用主が挙げている。これを反映して、雇用主の過半数が待機労働契約による労働者の労働時間は需要の変動によって決まるとしており、毎週ほとんど変わらないとする2割を大きく上回っている。また雇用主の64%は、待機労働契約による労働者を「被用者」とみなしているという注4。61%が、労働者には雇用主の求めに応じる義務はないとする一方、15%は契約上の規定として、17%は状況によって、雇用主の求めに応じる義務があると回答している。なお、仕事の依頼やキャンセルに関するルールを予め設定している雇用主は約3割で、4割がルールを定めていない。

他方、労働者調査の結果は、多様な労働者が待機労働契約により働いている状況を示している。待機労働契約の労働者の平均的な労働時間は週23.7時間(労働者全体の平均は34.15時間)、また59%は、平均年収が1万5000ポンド未満だ(同34%)。待機労働契約について、労働者の60%が満足していると回答、満足していないとする19%を大きく上回っている。調査は、待機労働契約に従事している理由を尋ねていないが、満足していると回答した労働者の理由としては、44%が現在の自らの状況に合っているため、16%が引退後の年金による所得を補完するため、11%が就労所得に生活水準を依存していないため、などで、学業や介護・看護責任や健康上の問題による制約を挙げた労働者はごく一部に留まる(それぞれ1%、3%、3%)。42%が、業務開始前の12時間以内に仕事の依頼を受けており、仕事のキャンセルについては46%が事前の連絡を受けていない。労働者の8割が、雇用主から依頼された仕事を引き受ける義務はないとする一方、およそ2割は、仕事を断れば制裁措置(仕事量や時間帯の制限など)を適用される場合があるか、常に適用されると回答している。主な雇用主の下で仕事がない時に、それ以外の雇用主のために働くことが必ずしも認められていない労働者は24%(15%は時折可能、9%は不可)。52%が、現在の平均的な労働時間以上働きたくないとする一方で、38%はより長い時間働きたいと述べている。また、47%は最低労働時間の保証は不要と回答しており、必要であるとする27%を上回っている。

時間当たり賃金の水準については、雇用主と労働者の間に認識の差がみられる。待機労働契約による労働者に、同等の業務に従事する通常の従業員(期間の定めのない雇用契約)と同じまたはより高い賃金を支払っていると回答した雇用主は82%(それぞれ64%と18%)で、労働者の側の48%(同37%と11%)とは大きな開きがある(より低い賃金を支払っているとの回答は雇用主が11%、労働者が21%)。

なお、被用者に通常認められる手当や休暇などの権利を待機労働契約の労働者にも認めているとする雇用主の比率は手当などの種類によって3~5割注5、一方、21%の雇用主はそうした権利を一切認めていないと回答している。

CIPDは調査結果を受けて、待機労働契約を通じた労働者の多くが満足していると回答している点を強調、こうした契約が過度に批判を受けていると指摘、待機労働契約に何らかの問題が生じる場合、働き方自体ではなく雇用主による管理に問題があるのではないか、との認識を示している。ただし調査結果からは、一定の層が短時間・低所得、また雇用法上の権利が限定的であるといった問題に直面しているとみられることに加え、仕事のスケジュールに関して労働者が事前に調整を行う余地は小さい可能性が窺える。

最低労働時間の保証を伴わない排他条項の違法化へ

政府は昨年5月、待機労働契約の現状に関する情報収集を行ったうえで、法制度見直しの是非を検討するとの方針を示していたが、全面的な禁止については当初から否定的だった注6。9月に公表された調査結果の概要は、現状の問題点として、雇用関係が対等ではなく、他の雇用主のもとで働くことを禁じる「排他条項」が横行していること、待機労働契約による労働者が必ずしも自身の契約内容を認識していないこと、また所得が不安定であることが社会保障給付の受給資格に影響している可能性などを指摘した。

こうした結果を踏まえて、政府は12月に開始したコンサルテーションにおいて法制度の見直し方針を示した。改めて、待機労働契約の全面禁止の可能性を否定するとともに、雇用主による制度の悪用で労働者の側に生じる不利益を防止する目的から、最低保証時間(一定期間内に与えるべき最小限の仕事時間を規定、実際の労働時間がこれを下回る場合も、最低時間に相当する賃金を受け取ることができる)を設定しない契約においては、特殊な場合を除いて、「排他条項」を禁止する可能性を示唆している。また、自身の契約内容やその結果に関する認識のない労働者が少なくないこと、雇用主の側でも責任の内容を理解していないとの指摘を踏まえ、契約内容の明示に関して雇用主主導で実施規範を定めることを求める見込みだ。

政府が全面禁止を廃して、待機労働契約を利用する雇用主や労働者に配慮した見直し案を示したことについて、経営側は好意的な反応を示している。例えばイギリス産業連盟(CBI)は、政府が待機労働契約の労働市場における重要性を認識したとして称賛、学生や子供を持つ親、介護者などに柔軟な働き方の機会を提供することに加え、長期失業に陥りやすい層にとって仕事への足がかりとなる、と述べている。一方、イギリス労働組合会議(TUC)は強い不満を示している。待機労働契約の増加は、景気の回復にもかかわらず、勤勉に働く多くの人々が仕事を失う不安や生活の苦しさに直面している理由の一端であり、政府案はこうした契約の利用を抑制するにはあまりに不十分である、との理由だ。

なお、法制度の見直しに加えて、待機労働契約に関する新たな統計調査も導入が予定されている。統計局は、待機労働契約に特化した調査を定期的に実施する方針を示しており、初回調査を年明けに実施、3月には結果を公表する予定だ。従来の推計に用いられていた労働力調査が労働者個人を対象としたものであるのに対して、この調査は雇用主に対して待機労働契約の適用労働者数を尋ねる内容で、業種別の利用状況を明らかにすることを目的としている。ただし、調査の性質上、労働者の性別や職種、実際に働いた時間、また対象となる労働者の待機労働契約に関する評価(望んでこうした契約のもとで働いているか)などは調査項目に含まれない。

参考

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