上海市、「居住証」発行でポイント制
―地域間格差の助長を懸念の声も

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2013年7月

上海市は7月1日、「居住証管理弁法」を施行し、同市の居住証付与にポイント制を導入した。出稼ぎ労働者の融和を図る一方で、同市が必要とする人材を確保するのが狙いだ。広州市などは都市戸籍の付与にポイント制を採用している。こうした動きについて、地域間格差を助長すると懸念する声も出ている。

年齢・学齢・納税状況など多項目を点数化

新たな法律の施行に伴い、従来の「人材吸引を実行するための <上海市居住証> 制度暫行規定(2002年公布」と「上海市居住証暫行規定(2004年公布)」は同日付で廃止された。

上海市は2002年より他地域に先駆けて居住証制度を導入している。上海市都市戸籍を取得できない上海居住者に対して、居住証を発行。子女の教育・社会保険などで上海市都市戸籍保有者並の待遇を付与することで、格差是正を図ってきた。しかし、居住証保有者は親の上海市への帯同、最低生活保障制度への申請、市政府が補助する公共住宅への入居などには制限があり、この点で上海市都市戸籍保有者とは異なる。居住証の有効期限は5・3・1年のいずれかで、期限終了後は更新が必要となる。7年以上の居住証保持が、戸籍取得申請の条件とされている。

今回、この居住証の付与に対して、ポイント制が導入された(表1)。学歴・納税状況・家族状況・上海居住年数など幅広い項目を点数化し、総合的に判断する。点数が120点を超えた場合に居住証が付与される。虚偽申請や刑事犯罪歴は重大な減点項目となる。国家計画生育政策に違反した場合は、点数が抹消される。都市戸籍の付与でポイント制を導入している地域はいくつか存在するが、居住証の付与では今回の上海市が初である。

表1:上海市の居住証付与におけるポイント制
項目 基準 ポイント
基本項目
年齢 56~60歳 5
44~55歳 (56-年齢)×2+5
43歳以下 30
学歴 専門学校 50
大学本科 60
学士 90
修士 100
博士 110
専門技術・技能資格 国家職業資格5級 15
国家職業資格4級 30
国家職業資格3級 60
国家職業資格2級およびそれに相応する資格 100
国家職業資格1級およびそれに相応する資格 140
社会保険納付状況 社会保険料の納付年数 納付年数×3
加算項目
技能の不足・急募状況 上海市における急募職種リストに職歴・学歴が一致する 30
投資納税 直近3年の平均毎年納税額が10万元以上 100
平均毎年納税額が10万元以上 該当年数×10
雇用創出 直近3年の平均毎年上海市戸籍者雇用者数が10人以上 100
平均毎年上海市戸籍者雇用者数が10人以上 該当年数×10
社会保険基数 直近3年の社会保険基数が前年度平均賃金の80%以上100%未満 25
100%以上200%未満 50
200%以上 100
特定公共サービスへの従事 5年以上 年数×4
重点開発郊外地域での居住または就労 5年以上10年未満 年数×2
10年以上 20
全日制大学の卒業 全日制大学の卒業年度の学生 10
表彰・奨励 市級機関におけるプロジェクトレベルの表彰・奨励 30
市級機関における総合レベルの表彰・奨励 60
市・部級以上の政府表彰・奨励 110
上海市戸籍者の配偶者 1年以上10年未満 年数×4
10年以上 40
減点項目
虚偽申請 学歴・婚姻状況・職業資格などについての虚偽の申請資料の提出 1件につき-150点
行政拘留記録 直近5年以内での行政拘留記録 1件につき-50点
刑事犯罪記録 直近5年以内での一般刑事犯罪記録 1件につき-150点
取消項目
国家計画生育政策規定違反 点数抹消
重大な刑事犯罪 点数抹消
居住証取得基準点数 120

出所:上海市

大卒者には戸籍付与で優遇

上海市は上記制度とは別に、大卒者に対して、2種類の戸籍付与政策を採用している。1つは資格や雇用契約に基づくスキームで、このスキームでは必須条件として一定の英語力、ITスキルが課せられるほか、労働契約を結んでいる就業先企業の資本金が100万元を超えている必要がある。

もう1つのスキームは、2004年より開始された大卒者向けのポイント制度である(表2)。中国政府が重点大学と位置づける指定大学の学位、指定の専攻分野での修学、優れた学業成績、IT分野や外国語の高い技能などによりポイントが加算される。近年は特許関連など一部の項目を除き、各項目のポイントには毎年ほとんど変更がない。基準点を超えれば上海市の戸籍を得ることが出来る。戸籍付与の基準点は決まっておらず、毎年、上海市の人口動態に基づき決定される。基準点を超えなかったとしても、上海市居住証が付与される場合がある。

表2:大卒者を対象とした上海市のポイント制(2013年)
項目 基準 ポイント
基本項目
学歴 博士 27
修士 24
学士 21
教育部指定の重点大学で学士、上海の211工程大学で学士、上海に拠点を持つ中国科学院付属の研究施設で修士を取得 15
上海以外の地域の211工程大学で学士、中央政府直属の研究機関で修士、上海の大学および研究機関で学士または修士を取得 12
上記以外の機関において学士または修士を取得 8
在学時の学業成績 上位25% 8
上位26ー50% 6
下位26ー50% 4
下位25% 2
外国語能力 大学英語試験6級で425点以上または職業英語8級 8
大学英語試験4級で425点以上または職業英語4級 7
外国語・芸術・スポーツ専門外国語試験に合格 7
ITスキル 当該分野の博士を保有 7
科学分野の学位を持ち専門的なIT能力が有する 7
社会科学分野の学位を持ち中程度のIT能力が有する 7
科学分野の学位を持ち中程度のIT能力が有する 6
社会科学分野の学位を持ち初等のIT能力が有する 6
外国語・芸術・スポーツに特化したITに関連する課程を修めている 6
発展・開発項目
表彰 優れた学生として国家級の表彰を授与している 10
優れた学生として省(自治区・直轄市)級の表彰を授与している 5
優れた学生として学校において表彰を授与している 2
科学技術・英語分野における大会での成績(累計で最大15点) 国際大会または全国大会で1位 10
国際大会または全国大会で2位 8
国際大会または全国大会で3位 6
全国大会の地方予選で1位 5
全国大会の地方予選で2位 3
全国大会の地方予選で3位 1
科学技術分野での創造 当該分野での発明特許を有する 5
当該分野での新規の実用性に関する特許を有する 1
当該分野での製品デザインに関する特許を有する 1
当該分野での製品デザインに関する特許を有し、かつ当該分野で就業している 3
西部開発計画への参加 上海市の計画に基づく西部地域での任務に従事 5
  • 出所:上海市
  • 注:上記の他に使用者・起業者を対象とするポイントが存在する。

人材確保が必要な理由

一方で上海市は、外国居住者(注1)に対してもポイント制によって居住証を付与している。当該者の持つ技能について上海市がどの程度不足しているかという点のほかに年齢・学歴・職歴などについて、計算表を基に点数化し、100点以上、80~99点、65~79点であればそれぞれ5・3・1年の居住証が付与される。

このように、上海市は出稼ぎ労働者・大卒者・外国居住者と様々な階層の市への受け入れでポイント制を実施している。そのため、中国国内でも人の受け入れに際して、最も積極的にポイント制を採用している地域の一つと言える。

上海市が上記のような各種政策を実施する背景には高齢化の問題がある。上海市は中国国内で最も高齢化が進んでいる地域の一つである。2012年時点での上海市の常住人口は2,380万人だが、上海市の戸籍を有する者はそのうちの1,420万人である。戸籍保有者で60歳以上の者は367万人で、26%に達している。高齢化の問題は、特に年金財政への影響が大きい。中国では年金財源が地域ごとに別個に管理されているため、高齢化は当該地域の年金財政に直接影響する。上海市が年齢が比較的若く、かつ優秀な人材を確保する政策を実施する背景には、このような理由がある。

ポイント制で出稼ぎ労働者の囲い込みを図る広東省各市

上海市以外にも、出稼ぎ労働者・農村出身の大卒者の確保に積極的に取り組んでいる地方政府がある。その中でも特に活発なのは広東省である。広東省では広州市・中山市・深セン市などが独自の政策を実施しており、広東省の中で人材の奪い合いをしているような状況にある。こうした状況の背景としては、沿岸部での賃金の高止まり、および内陸部での賃金上昇に伴い、出稼ぎ労働者の内陸への移動が進んでいること、また新規学卒者の間で上海や広州のような沿岸部の大都市だけでなく、内陸部の都市も就職先の選択肢として認められつつあることが窺える

広州市は出稼ぎ労働者を対象にポイント制度を採用しており、社会保険の納付状況・住居・投資・納税などの項目を基準として、一定の点数を超えた場合に都市戸籍を付与している。中山市もポイント制を採用しており、140点を超えた農村戸籍者に都市戸籍を付与している。4年生大学の学位の取得で80点、住宅の購入で50点、不妊手術を受けた場合に25点が得られる。一方で第2子をもうけた夫婦は60点の減点となる。こうした政策の結果として、広東省人的資源社会保障局によれば、2012年末時点でポイント制による広東省の都市戸籍獲得者は約180万人に達している。

熾烈化する新規学卒者の確保

一方、優秀な新規学卒者の確保はもはや「青田買い」状態となっており、出稼ぎ労働者の獲得以上に、熾烈を極めている。近年、各地方政府は地域の経済発展に貢献しうる人材に対して、戸籍付与で次々と魅力的な条件を提示することで、当該地域への就職を促している。その方法も、上海市のようなポイント制によるものではなく、学歴・専攻等を指定したより直接的なものとなっている。

武漢市は、自動車・鉄鋼・石油化学・物流など需要の高い分野を専攻した学生に対して、就業あるいは起業を始めるよりも前に戸籍を付与する政策を採用している。

成都市は従来設けていた学卒者に対する戸籍付与の人数制限を撤廃した。これにより、成都市の学卒者は卒業証明書と労働契約があれば、当地での戸籍取得を申請できることとなった。

アモイ市では修士保有者に対する規制が緩和され、労働契約を有していなくても、戸籍取得の申請が可能となった。また、自動車・機械・建築・航空分野等の学士保有者に対しても、労働契約なしでの戸籍取得申請を認めた。

深セン経済特区においてはかなり特殊な政策を採用している。指定する国内38の大学(北京大学・清華大学・中国人民大学等)で特定の専攻分野(経済・法律・文学・材料加工)を修めた学卒者に対しては、卒業直後の戸籍付与、つまり労働契約なしでの戸籍付与を認めている。そのため、条件に合致すれば深セン地域以外の大学の卒業者も申請可能である。

上記のように、各地方政府は新規学卒者に対して、主に理系分野を専攻している者、地域経済の発展・開発に貢献しうる人物の確保に積極的に取り組んでいると言える。農村戸籍者の都市市民化は住宅や道路といったインフラ、それに社会保険制度に影響があるため、多くの地方政府はその受け入れに及び腰である。しかし優秀な人材に関しては、他の地方政府に先んじて確保するべく、それぞれの地方政府が独自の政策に取り組んでいる。

外国人に対する移民政策に類似

上海市や広東省各市が実施しているポイント制を用いた政策は、点数計算の項目・基準点に達した場合に享受できる恩恵・制約される権利などの特徴から「まるで高度人材・技能労働者を外国から受け入れるために実施している、ポイント制に基づく移民政策に類似している」との指摘が多い。逆に言えば、中国国内において各市や省、そして都市と農村の間に、国境にも近いような制度上の境目が出来てしまっているとも言える。

地域間格差拡大の可能性も

上海市や広東省各市でのポイント制を用いた取り組みに対して、現地報道は「現実的で妥当かつ無難な政策だ」としてある程度高く評価している。出稼ぎ労働者を受け入れる側の地域からすると、近年は内陸部での賃金上昇に伴いその確保が難しくなっている。しかし、何の制限もなしに居住証や当地の都市戸籍をやみくもに付与することは、社会保険や教育などに多大な負担を強いることになる。そのため、ポイント制によるスクリーニングをした上で、地域経済の発展に貢献しうる人材にのみ当地市民並の恩恵を与え、長く滞留してもらうことは、理にかなった政策といえる。

しかし、政策の効果を一定程度認めつつも、現地報道では「居住証制度でのポイント制は、戸籍制度改革の最終目標ではない」との論調が多い。そもそも戸籍制度改革の最終目標とは、「都市・農村といった戸籍の種別に縛られることなく、誰もが自由に移動・居住出来るようになること」である。その点から言って、ポイント制は最初の段階で既にポイントによるスクリーニングをしており、「誰もが」という点と相容れない。そのためポイント制に対しては、「そもそも戸籍制度改革を進めるどころか、逆の方向に向かわせている」との指摘もある。また、ポイント制が地域間格差、都市・農村格差を助長して、結果として国内の格差が今まで以上に拡がるのではないかとの懸念もある。各地方政府はポイント制で選択的に出稼ぎ労働者・新規学卒者・外国居住者を受け入れることにより、当該地域の経済発展、および健全な財政の維持を期待できる。しかし彼らを送り出した側の地域は、若くて優秀な人材のみを喪失し、一方で出稼ぎ先から帰郷してくる高齢の非熟練労働者を受け入れなければならない。上海市が実施している政策は、短期的に見れば上海市という限定された地域の発展に強く寄与することは間違いない。しかし長期的視点に立つと、中国全体では格差が拡大することも十分に懸念される。

こうした各種反対意見は的を射ているとも言えるが、現実問題として、戸籍制度改革の最終目標を達成することは少なくとも現時点では極めて困難である。かつて都市・農村戸籍の分離を廃止した地域として、河南省鄭州市が挙げられる。鄭州市は2003年に戸籍の都市・農村の区別を廃止した。しかしその結果として、都市部の学校に生徒が過剰に流入したり、交通渋滞が悪化するなど都市機能に混乱が生じたため、鄭州市は翌年にこの措置を停止せざるをえなくなった。

今後の中国国内のポイント制を巡る見通しについては、他地域にも波及するのか、或いは縮小してしまうのかは不明である。上海市の「居住証管理弁法」は2015年6月で終了予定であるため、その段階で継続・廃止・修正などの新たな動きがあると見られる。

参考資料

  • 各市省政府、新華社通信、南方日報、中国青年報

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