最低賃金、10月から1.9%増
―若者向けは1%増

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  • 国別労働トピック:2013年5月

政府は4月、全国最低賃金の10月からの改定額を公表した。雇用状況の改善を背景に、21歳以上向けの基本額を1.9%引き上げて6.31ポンドとする。昨年は据え置いた若者向けの額については増額するものの、1%増と抑制する。この数年、増加率がインフレ率を下回っているため、最低賃金の水準は実質ベースでいえば2004年時点にまで低下しているという。

実質ベースは低下、賃上げ低迷が影響

最賃制度に関する政府の諮問機関である低賃金委員会は、景気や雇用状況、賃金動向などの分析をもとに、前回の最賃額改定による雇用への影響や、新たな改定案を毎年報告書にまとめている。今年の報告書は、景気の引き続きの低迷にもかかわらず雇用状況が改善している点をいぶかりながらも、昨年の基本額の改定(概ね平均賃金上昇率と同等の1.8%)は雇用にマイナスの影響を及ぼさなかったと分析。今年も景気動向には大きな変化はないとみて、同等の改定幅を維持すべきとの見方を示している。また、18-20歳向け及び16-17歳向けの額については、昨年は若年層の雇用状況の悪化を勘案して据え置きとしたが、今年は改善の兆候がみられることから据え置きの必要は感じられないとしている。

一方、アプレンティス(見習い訓練者)向けの額については2010年の導入以降大幅な改定が続いていたが、今回の改定では据え置きを提言している。2011年度には、16-18歳層のアプレンティスシップ新規参加者数が3年ぶりに減少しているが、雇用主から収集したエビデンスによれば、最低賃金額は雇用主のアプレンティス受入れに影響を与えている様子はないという。むしろ委員会は、16-17歳層のアプレンティスの約40%が最低賃金額を下回る賃金しか受け取っていないとの調査結果を重く見て、最低賃金額が遵守されていない状況で額の引き上げを提言することは難しいとしている。このため、アプレンティス向けの最賃額は据え置きとし、雇用主やアプレンティスに対する最低賃金額の周知徹底と併せて、アプレンティスを含め最賃全般について、違反雇用主の取り締まり強化を提言している。

委員会の提言を受けて、政府は基本額と若者向け額の改定案についてはこれを承認した。10月の改定額は、21歳以上向けの基本額が6.31ポンド(12ペンス・1.9%増)、18-20歳向けが5.03ポンド(5ペンス・1.1%増)、16-17歳向けが3.72ポンド(4ペンス・1.0%増)となる。一方、アプレンティス向け額を据え置きとする委員会案は却下し、2.68ポンド(3ペンス・1.1%増)への引き上げを決めた注1。他の最賃額や給付などに対するアプレンティス向け額の相対的な水準を維持し、アプレンティスシップを選択肢として魅力あるものとし続ける必要があるため、と政府は説明している。

改定の検討に際して委員会が行った意見聴取に対しては、経営側から景気の低迷を理由に据え置きまたは抑制を要望する声が多く寄せられた。ただし一部の業種別団体などからは、インフレ率と同等の引き上げにより実質ベースの水準を維持すべきとの意見や、物価と平均賃金の過去12カ月の上昇率を考慮した自動的な引き上げを行うべきとの意見もみられたという。一方、労働側は低賃金業種における労働需要が増加傾向にあること、また多くの大企業が内部留保を行っていると指摘、低賃金労働者の実質所得が継続的に減少している状況を反転させる必要があるとして引き上げを要請していた。委員会の分析によれば、ここ数年の最賃額の改定幅はインフレ率未満となっており、実質ベースでは2004年の水準に低下している。これには、最低賃金の改定に際して考慮される賃金上昇率が、不況期以降一貫してインフレ率を下回っていることが影響している図表1

図表1:賃金・物価および最低賃金の上昇率

図表1:賃金・物価および最低賃金の上昇率 2001-2012年

  • 注:平均賃金額は3カ月間の移動平均、消費者物価指数は各月の値。
  • 参考:統計局ウェブサイトほか

待機労働の増加で、介護業の最賃違反拡大

委員会による報告書はこのほか、介護業における最賃違反の拡大を取り上げている。とりわけ、在宅ケアにおける待機労働(zero hours contracts―業務の発生時のみ雇用主の要請を受けて就業、労働時間に応じて報酬を受け取る働き方)の普及が、労働時間や収入の不安定さにつながっているほか、現場間の移動時間を労働時間に含まないなどの違法な運用も広がっている。最賃未満の在宅ケア労働者に占める待機労働従事者の割合は、2008年の30%から2012年には70%に増加しているという。このため、自治体等による介護業務の委託に際しては、委託先との契約に最賃の遵守を条件として盛り込み、またこれを可能とする委託費を支払う必要があると指摘している注2

待機労働の拡大は、介護業以外にも広範な業種で生じているとみられる。統計局によれば、待機労働に従事する労働者数はイギリス全体で2004年の8万9000人から2012年には20万人と倍以上増加している。ただし、週当たりの平均労働時間はむしろ減少傾向にあり、柔軟な労働力としての利用が進んでいる状況が窺える(図表2)。この間、待機労働を利用する事業所は全体の4%から8%に倍増、規模の大きい事業所で利用比率が高く、100人以上規模の事業所では23%、50-99人規模で11%、50人未満規模で6%となる。業種別には、ホテル・レストラン業で急速な普及がみられる(2004年の4%から2011年には19%に増加)ほか、医療・介護業(同7%から13%)、教育業(1%から10%)など注3。こうした労働者は、雇用や収入の不安定さだけでなく、通常の労働者に比して雇用上の権利が制限される場合も多く、労働組合などから制度的対応を求める声が強まっている。

政府は、介護業務の公的調達に際して最賃遵守を条件とすべきとの委員会の提案について、取り締まりに関する「より効果的な手法」を検討中であるとして導入の可能性を否定している。

図表2:待機労働の労働者数と労働時間の推移

図表2:待機労働の労働者数と労働時間の推移 1997-2012年

  • 参考:統計局ウェブサイト

  1. 政府は歳出削減の一環として、これまでインフレ率に準拠してきた主要給付の改定についても、今年度から3年間は1%に抑制する方針を示しており、4月にはこの方針に基づいて改定が行われた。
  2. 委員会は前年の報告書でも同様の指摘を行ったが、状況はむしろ悪化しているという。
  3. 2011年職場雇用関係調査(WERS)に関する議会図書館資料の引用。

参考資料

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