雇用安定化に向けた労使合意
―短期雇用の減少と労働条件の柔軟化

カテゴリー:雇用・失業問題労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2013年3月

失業率が10%を超えるなか(注1)、労働組合と使用者団体は2012年12月から雇用安定化へ向けた新たな政策の方向性について交渉し、1月11日に労働市場改革案に合意した。短期の有期雇用契約(CDD)を対象とする失業保険料率を引き上げるなど不安定雇用の減少策を打ち出した。その一方で経営が悪化した企業では雇用維持を条件に、賃金の引き下げや労働時間の延長、配置転換が容易に行えるようにする。今後、法制化の手続きに入る。

有期雇用契約の失業保険料率引き上げ

労働者の権利拡大に関する合意として挙げられるのは「有期雇用契約の保険料率引き上げ」「健康保険補足制度の適用範囲拡大」「失業手当受給権保持制度の導入」「職業訓練を受ける権利の時間を個人口座に累積できる制度導入」「パートタイム労働の週労働時間の下限設定」などである。

失業保険の使用者負担料率を上げて、企業の有期雇用利用の減少を図る。失業保険の負担料率は、現在、労働者分が2.4%、使用者分が4.0%である。今回の合意では、使用者分を有期雇用契約の雇用契約期間が1カ月未満の場合7.0%に、同1カ月以上3カ月未満の場合は5.5%に引き上げる。同様に引越や興行、映画、レストラン業など業務の特殊性により、無期限雇用契約(CDI)で採用し難いと考えられている業種では(注2)、3カ月未満の有期雇用契約の場合4.5%に引き上げられる。これは不安定な雇用である有期雇用契約を減らすことを目的としている。

この保険料率の引き上げは、次の2つのケースでは免除される。(1)有期雇用契約(注3)で採用された者が、その雇用期間終了時に、無期限雇用契約で同企業に採用された場合(注4)。(2)季節労働や代替要員(休職中の従業員の代替など)を確保するための有期雇用契約の場合。

この短期の有期雇用契約にかかる割増料率の設定は、2013年7月1日から適用される予定である。

健康保険補足制度の全雇用労働者への適用

フランスで保険診療を受けた場合、診療報酬や薬剤費の一定割合(診療報酬の7割程度が多い)を公的健康保険(医療保険)制度が負担し、残りは、被保険者(患者)の負担となる。ただ、フランスではこの患者負担分を共済保険や民間保険(以下、健康保険補足制度)でカバーすることも少なくない。特に、大企業などでは保険料の一部を雇用主が負担して、従業員を健康保険補足制度に加入させ、従業員の医療費負担の軽減を図っている。

今回の合意では、健康保険補足制度を全雇用労働者に適用する。2013年4月1日までに制度の詳細についての産業別の労使協議を開始する。産業別の労使協議の合意後、各企業がその合意に沿った内容の健康保険補足制度を導入する。企業の準備期間として18カ月間が与えられ、また保険者(健康保険補足制度の運営機関)の選択は個別の企業に委ねられる。

2014年7月1日までに産業別の協約が締結にされなかった場合は、企業は健康保険補足制度の詳細に関する労使交渉を企業内で行わなければならない。企業内でも合意できない場合でも、企業は2016年1月1日までに最低の治療費をカバーする健康保険補足制度を従業員に提供しなくてはならない。具体的には診療所や病院における診察料や技術料、薬剤費、定額入院費などに関しては、規定された診療報酬額まで(すなわち、保険診療で自己負担分が3割の場合、その3割分が健康保険補足制度の負担となり、規定された診療報酬額での治療であれば、患者の負担は実質的に無料となる)、入れ歯等に関しては、規定された診療報酬の1.25倍まで(フランスでは、保険診療でも規定された診療報酬を上回る額を患者に請求することができる)、眼鏡やコンタクトレンズの代金として100ユーロ(年間)をカバーする必要がある(フランスでは、眼鏡やコンタクトレンズの代金の一部も、公的健康保険制度が負担する)。

遅くとも2016年1月1日には全ての雇用労働者が健康保険補足制度に加入することになる。なお、その費用は労使で折半である。

失業手当受給権保持制度の導入

失業後に再就職した場合、失業保険制度における失業手当の権利の残余分を保持し、再び失業した際にそれを加算することができるようになる。

フランスでは、50歳未満の失業者は、過去28カ月以内に4カ月以上就業していた場合、就業期間分について、失業保険制度による失業手当を受給することができる(すなわち、就業期間=保険料拠出期間=失業保険制度による失業手当の受給可能期間、ただし、受給可能期間は、最長でも2年間)。例えば、2カ月間就業し数カ月の無職の期間の後、また3カ月間就業した場合、失業保険制度による失業手当の受給可能期間は5カ月間となる。現行では再就職後、就業期間が3カ月で再び失業した際、失業保険制度の失業手当の受給権はない。今回の合意では失業保険制度の失業手当の受給可能期間を2カ月残して再就職し、3カ月の就業の後、再び失業した場合には失業保険制度の失業手当の受給権が生まれる(この場合の受給可能期間は5カ月)。

また、失業手当をあえて満額受給してから再就職することを防ぐと同時に、失業保険の受給権の拡大にもつながる。

職業訓練を受ける権利の個人口座制度の導入

フルタイムの雇用労働者が1年以上同一の企業に勤めた場合、年間20時間まで職業訓練を受ける権利(注5)が生まれる。雇用主の同意の下で就業時間内又は就業時間外に、職業訓練を受けることが出来る。職業訓練にかかる費用は、原則として雇用主が負担し、職業訓練中の賃金も一部又は全額支払われる。

今回の合意では、全ての雇用労働者を対象に、職業訓練に関する個人口座制度を導入し、職業訓練を受ける権利の時間を、職業訓練に関する個人口座に累積する。全ての労働者が、労働市場への参入後、引退するまでこの口座を持ち、完全なポータビリティーを確保するようになる。すなわち、転職した場合でも、また、転職の回数にかかわらず、職業訓練に関する権利を保持できるようになる(現行では転職すれば、いったん権利が喪失する)。ただし、累積時間は120時間を限度とする。求職者(失業者)もある一定の条件の下で、この口座を活用することができる。これに関わる財源は、国と地方圏の協議にゆだねられる。なお、この職業訓練に関する個人口座制度は、6カ月以内に実施に移される予定である。

復職権付きの自発的外部就業期間制度の創設

一般的に、転職にはリスクを伴う。転職先で試用期間に解雇される可能性もある。そのため、転職を躊躇する雇用労働者もいて、労働市場の流動性を妨げている。

今回の労使合意では、従業員数300人以上の企業で就業する勤続年数2年以上の雇用労働者が、雇用主の同意の上で、一定期間、復職の権利を伴った形で他の企業で就業することが出来るようになる。この制度の利用を希望する雇用労働者は、その旨を雇用主に願い出ることとなる。雇用主によってこの申請が2回拒否された場合、その雇用労働者は、個人職業訓練休暇(CIF)(注6)を優先的に利用できる。他の企業での就業期間が終了した後(従業員が望んだ場合)、少なくとも前職又は同等のポストに、以前と同額以上の賃金、同等以上の職位で復職することができる。また、従業員が復職を望まない場合、辞職として雇用契約が終了することとなり、事前の辞職通告は必要ない(通常ならば、1カ月から数カ月前に辞職の意思を雇用主に通告しなければならない)。

パートタイム労働の制限

フルタイムでの就業を希望しながら、パートタイムでの就業を余儀なくされている者の就業時間は、自ら望んでパートタイムで就業している者より短く、賃金も低くなっている(注7) 。今回の労使合意では、短時間労働が原因の低所得者を減らすため、週当たり労働時間を、最低でも24時間とすることになる。ただ、ベビーシッターなど、個人の雇用主に雇われている賃金労働者や、学業に従事している若年者などは対象外となる。また、このパートタイム労働者の最低労働時間の適用除外を受けることも可能で、労働者自身が自主的にかつ書面で申し出た場合、週24時間未満の就労も可能となる。これは、他の雇用主の下でも就業し、合計の就業時間が週24時間以上となることを認めているためである。雇用契約上の労働時間を超えて就業した場合、超過勤務のうち、契約時間の10%まで(例えば、雇用契約上の労働時間が30時間の場合、31時間目から33時間目まで)は10%増、それ以上に対しては25%増の割増賃金が支払われることとなる。この施策は遅くとも2013年中には実施に移される予定である。

この他にも、労働者の権利拡大として大規模企業で取締役会のメンバーに従業員代表を入れることや、有期雇用契約で就業する者の個人職業訓練休暇(CIF)(注8)の取得条件の緩和なども、この合意に盛り込まれた。

雇用維持を条件に賃金減額及び労働時間延長

企業経営の柔軟性向上に関する合意として挙げられるのが、「賃金減額及び労働時間引き上げ」「配置転換」である。

経営状態が極めて悪化した企業は、雇用を維持するために従業員を代表する労働組合と、最長2年間、雇用の維持を条件に賃金の減額や労働時間の延長に関する合意を締結することができるようになる(フランスでは、賃金が引き下げられることは、稀である)。ただし、最低賃金(SMIC)や労働時間の上限、休憩時間、有給休暇などは遵守しなくてはならない。賃金の減額や労働時間の延長を求めるには、企業の経営状況を開示しなくてはならない。また従業員側は、経営状況を判断するために、財務の専門家を雇用主の負担で呼ぶこともできる。労使合意では、その期間の終了後に利益の分配を計画しておかなくてはならないし、また、合意が守られなかった場合は制裁を受ける(具体的な制裁に関しては不明)。減給などの合意を個々の従業員が拒否することもできる。従業員が拒否した結果、解雇された場合、経済的な理由とした個人の解雇(注9)となり、複数の従業員を経済的な理由で解雇する場合(注10)より手続きがやや簡素になる。したがって、企業は雇用(維持)を盾に、賃金の減額や労働時間の引き上げなどを従業員に迫ると同時に、それに従わない従業員の解雇を容易にすることができるようになる。

配置転換(人事異動)が容易に

フランスにおいて配置転換するには、原則として従業員の同意が必要であり、企業の組織改革などの妨げとなっている。今回の合意によると配置転換をより容易に実施できるようになる。具体的には、中・大規模企業で配置転換の条件、特に職業訓練や引越費用の補助などに関して労使交渉することが義務づけられる。ただ、配置転換の際は給与水準の引き下げや降格は認められず、また従業員の職能維持・向上に対する努力義務が雇用主には課せられる。配置転換を拒否して従業員が解雇された場合、個人に起因する解雇(注11)となり、経営状況が改善した場合に復職する権利などはなく、解雇手続きも経済的な理由とした解雇(注12)と比べてやや簡素である。このように企業にとっては従来と比べて、従業員の配置転換を行い易い環境となる。

そのほかにも、企業経営の柔軟性向上に繋がる合意として、部分的失業(一時帰休)制度の簡素化及びその期間中の職業訓練の促進、複数の従業員を経済的な理由で解雇する際の手続きの簡素化と迅速化、26歳未満の若者が無期雇用契約で採用された場合の社会保険料の使用者負担免除(試用期間終了後の3カ月間、従業員数50人未満の企業の場合、4カ月間)なども盛り込まれた。

報道によると、現在(2月11日現在)法制化の手続きが進められており、3月6日に閣議決定される予定となっている。

  1. フランスでは四半期に1回失業率が発表されており、直近では2012年10月から12月の数値は10.2%であった。
  2. 具体的な業種は労働法典D1242-1条に列記されている。
  3. すなわち、短期の有期雇用契約のこと。
  4. フランスでは、実際の保険料の徴収は、数カ月後となることもあるし、そうでない場合は、一旦納付された保険料が還付されるか、次の納付時に減額されると考えられる。
  5. droit individuel a la formation
  6. conge individuel de formationのこと。フランスでは、職業訓練に参加するために、休暇を取ることが可能。
  7. PAK, 2013参照。
  8. conge individuel de formation
  9. licenciement economique (individuel)
  10. licenciement collectif pour motif economique
  11. licenciement du salarie pour motif personnel
  12. licenciement economique

参考資料

(ホームページ最終閲覧:2013年3月1日)

参考レート

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